三十八編
聞いた話。
自分の家の床下や屋根裏を覗いたことのある人間はそう多くないと思う。
建築業者の人間から聞いた話。
ある家を増改築することになった。既に何度か増改築を行ったことがある物件だという。
今回の注文は家の半分、つまり古い部分を潰し、そこに新たに部屋を作るというものだった。
責任者だった彼はその物件を見に家に訪れた。目的は簡単な査定や、何をどうすべきか判断するため。
その家は何度も改築をしているせいか外観は酷くチグハグで、つぎはぎを思わせた。古い部分もあれば近代的な部分も見られる。そんな物件だった。
彼は中年の男性に案内され、門を潜り、奥へと通される。
改築する部分は予想以上に古く、黒ずんだ柱は歴史を感じさせた。話によるとこの家が改築する前、つまり明治の時代でこの部屋の時間は止まっているのだという。
「ここは父の部屋でして。最近、父も他界したので丁度いい頃合かなと思ったんです」
既に部屋は整理されているらしく物が少ない。
彼は当たり障りの無い返事を返し、押入れを開く。押入れの木製の壁は黒ずんでいて斜めに傾いていた。
古いから作りが柔いのかと、壁をぐいっと押した。
べきりと音を立てて、壁は向こう側に倒れた。暗闇にひらりと木の板が落ちる。
ああ、やってしまった。
そう思い、どう取り繕おうかと思った矢先、それに気がついた。
暗闇の向こう、斜めに下る階段。
雇い主に振り向き、目にしたものについて聞くが男は不思議そうな顔で知らないと首を振った。
どちらが先にいうでもなく二人はその階段を下る。軋む木製の階段を下ると上の部屋とほぼ同じくらいか、それよりも小さいだろうと思われる部屋があった。
床と壁は白い石膏のようなもので補強されている。空気は冷たく埃っぽい。中心には古びた椅子があり、壁際には木製の棚が置かれていた。
後から付け加えたかのようなスイッチを見つけ、明かりを灯す。電球も辛うじて生きていた。
ぼんやりとした光りの中、男は棚に並べられた写真立ての一つを手に取ると急に黙り込んだ。彼はどうしたのだろうと覗き込む。
モノクロの写真には数人の人間が家の前に立ち並び、硬い表情でカメラを睨んでいるのが写っている。
棚にはいくつも似たような写真。
どうやら家が変わっていく度に、その様子を収めているようだった。
男は一番古そうな黄ばんだ写真を手に取り、半ば独り言のようにいった。
「……ここに写っている人いるでしょ? これね、私の父なんですよ。それでここに写っている家は改築する前の家なんです」
男はそれ以上何も言わなかった。ただひたすら難しい表情で写真を睨み続けていた。
彼は帰った後、それに気がつき得も言われぬ恐怖に震えた。
予定通り家は取り壊しになり、地下も埋めることになったが最後まで彼はそのことについて男に聞くことができなかった。
分かりにくかったらごめんなさい。私も聞いても説明を受けるまでぽかんとしてしました。