三十一編
聞いた話。
ファミレスで友人と神社やその土地の神様の話をしていた。一人が奇妙なことをいった。
「昔さ、お参りしちゃだめな神社とかあったよな」
もう一人の友人は少し嬉しそうに声を上げる。
「あー、あったあった。入っちゃいけない川とかな。あれ、何で駄目なんだろう」
私に目を走らせる。その瞳は“何か知っているか?”と聞いていた。私はグラスの水を煽りながら首を振る。
彼は私が知らないことが嬉しかったのか、ニコニコしながらその話をしてくれた。
「さっきのは本当なのか!? 嘘ついてるんじゃないだろうな!」
稲穂が重い実をつけた頃、その村で子供が独り行方不明になっていた。
父が厳しく問いただすのに彼は顔色を伺いながらながら答える。
「本当に○○神社にA君が入ってくのをみた」
そのAというのは眼鏡をした気の強い少年で、よく学校の帰りに校庭でサッカーをして遊ぶような仲だった。
父親はまるで折檻するかのように何故止めなかったと怒鳴った。答えられないでいる彼に父親はため息をつき、電話をとる。
「ああ、○○神社に入ったのをうちの倅が見たらしい。みんなに回してくれ」
何人かに同じような連絡をし、父親はため息をついた。そして彼に着いてこいといい、車で村の集会場に向かった。そこは小さな小屋で村の祭りや行事を決める為の場所だった。
日は既に傾きかけているせいか、集会所には明かりが灯されていて、靴箱にはたくさんの靴や草履が押し込まれている。
戸を開け、中に入ると先ほどの自分のようにAの父親が沢山の大人から責め立てられていた。Aの父親は酷く狼狽し、周りに頭を下げていた。
「みな揃ったし、もうええじゃろう」
奥に座っている老婆が口を開いた。畑仕事を終えたばかりといった感じのもんぺ姿。
父親は黙りながら座る。彼も父親に倣って横に座った。老婆の家の孫で同級生の女の子がお盆にお茶を乗せて二人に差し出した。
しわの濃い老婆が落ち着いた声で彼に聞く。
「ほんで○○くんは本当にA君が神社に入ったのを見たのかね?」
大人たちが息を呑み、じっと彼を見つめる。父親の顔を見るが父は我関せずと両手を組んで押し黙っていた。
彼は小さな声で「見ました」と答えた。その言葉に大人たちは俯き、ため息を吐く。
老婆は彼にありがとうと答えるとゆっくりと立ち上がった。周りの大人も特に何かいうわけでもなく立ち上がる。
父親も同じように立つと先ほどと同じようについて来いとといった。
「お前も遅かれ早かれ知るだろうから、見とけ」
彼には何のことかさっぱり分からなかった。
男達は老婆の屋敷に集まると、みな服を着替えた。祭りで使うような着物で頭に烏帽子を被り、顔には面を被った。老婆から振舞われた酒を口に含み、仏飯を各家から集め、男達はそれを喰らった。
老婆は神主のような服装で男達のよりも少し長い烏帽子、孫は巫女の服だった
村中に今日は戸を硬く閉めて一歩も外に出るなと連絡を回し、男たちで村一体を練り歩く。神社やそれに準ずるところを周り、呪文めいた唄を歌った。
太鼓を叩き、笛を吹く。巫女の声に合わせて声を上げる。
暫くすると明らかに最初よりも人数が増えていることに彼は気がついた。中には女性や子供も混じっている。大きな男も居ればほっそりとしたものもいた。
父の袖を引っ張るが父は「黙って知らんふりをしろ」というだけだった。
最後は○○神社についた。その頃には既に辺りは暗闇で、背後の大きな山も暗く見えない。
その神社は山の麓にあって、普段は赤い鳥居が見えるのだが暗いせいか、樹木が邪魔をしているのか、今は見えない。
階段を上り、石畳を歩く。その間にも歌やお囃子は絶やさない。
提灯の明かりは酷く頼りない上に、森の奥から視線のようなものを感じた為か彼は直ぐにでも帰りたくなった。
奥に着くと開けた場所に出た。中心には太い注連縄をした巨大な大木が不気味に天を刺している。辺りにはその木以外草一本生えていなかった。
全員で地面の上に正座するとその木に向かって浅くお辞儀をした。大人たちは目を瞑り、何かまじないのようなことをその場でする。彼も父を見てそれを真似した。
楽器を持ったものはそのままお囃子と太鼓を続ける。
巫女は神楽鈴を持ち、その音に合わせてシャンシャンと鈴を揺らし、踊った。老婆はひたすら、熱気の篭った呪文を続ける。
暫くして、鈴の音が佳境に入ったのかテンポが速くなる。揺らすというよりも震わせているような音。
ぶおおおっ。
瞬間、森の置くからほら貝のような音が鳴った。木の葉と砂埃が舞い上がる。
急に蝋燭の明かりが小さくなったと思うと、木の後ろ、暗闇の中に蠢く何かがいた。
熊のようにも見えるし、人のようにも、獣のようにも見えた。
それは暗闇の中でぶんと何かを投げる。大人はおおっとざわめく。Aの父親が即座に飛び出しそれをキャッチした。
投げられたそれはAだった。気を失っているのかぐったりと眼を閉じている。
Aの父親は何度もその黒い何かに向かって頭を下げていた。
帰りは来た道を通り、笛を鳴らし太鼓を叩いた。
みんなで老婆の屋敷に戻ると宴会になった。大人達は「XX様が来てくれたのが大きかった」などと口々に自分の家に所縁のある神様の名前を口にした。
Aの父親はAを連れて病院にいった。
父にあれは何だったのかと彼は聞いたが父は結局答えてくれなかったという。
面白い話ですが、個人的にでき過ぎてるような気がして少し信憑性にかける気がします。