三十編
聞いた話。
半ば都市伝説となっている話。
多くの人が前日彼と会った、ないし会話したという話を聞く。
彼女はいつもの帰り道を通って帰宅しているところだった。人気の無い道を通り、タバコ屋を過ぎた。
そこでジリジリと何かがけたたましくなった。
ふと振り返る。何も見えない。しかし、音は鳴り続けている。
ようやくそこでタバコ屋の電話が鳴っているのだと気がついた。ピンクの公衆電話。
店を覗くがいつも座っているはずの老婆はそこにいない。
彼女は善意でその受話器を取った。
老婆は今はいないと伝えてやろう。
そう思った。
「もしもし」
「もしもし」
大人の男性。どこか丁寧な雰囲気のする声だった。
「今、お婆ちゃんいないみたいなの」
「いい未来と悪い未来、君はどっちが知りたい?」
「え?」
「どっちか一つだけ教えてあげるよ。どうする?」
「え、あ……じゃあいい未来」
彼女はとりあえず言葉を発してみたといった感じで答えた。
「明日酷いことが起こるよ」
何を、という言う前にその電話は切れた。
なんだったんだろうと彼女は首をかしげた。
次の日、彼女の住んでいる町であの地震、阪神淡路大震災が起こった。
「みんなこの話を聞くと、悪い未来も同じ内容なんじゃないのっていうけど、私はいい未来を引き当てたと思ってる。じゃないと……悲しすぎるじゃない」
彼女は少し悲しそうにそういった。