二十七編
聞いた話。
私は彼以上に狂った人間を知らない。
自分がおかしいと分かっていて狂っているものほど恐ろしいものはない。
男は人の死んだ家に住み、呪われた品々を集めている変わった人間だった。コレクションの中には誰でも知っているような事件の重要証拠品も含まれていた。
男は不眠症で、それらを集めている真の目的は眠るためだといった。恐怖を感じると体が満たされ、深い眠りにつけるのだという。
何度かそういう経験もしたと私に話した。私を友人づてに呼んだのも私が知る人ぞ知る秘境や話を知っているから、と彼はいった。
私は彼を毛嫌いし、直ぐに帰ろうと思った。私は彼の期待しているような人間ではないし、男と私は根本的な部分で違ったのだ。
そんな彼は私に気に入られるためかある物を見せてくれた。
その包丁は持ち主を不幸にする。
不幸にするだけならば問題はないのだが、それを持つ人間がことごとく死ぬという。
詳しいことは不明で、連続殺人犯が持っていたものとも、ただの肉切り包丁とも聞く。分かっていることはそれを持っている人間が必ず死ぬということだけ。
彼はそれを入手した。しかし実物を目の当たりにしても、ただ古い包丁にしか彼には思えなかった。
何を思ったか彼はそれを知り合いに送った。当然相手はそれがどういう包丁かは知らなかった。実験だったのだ。一週間して、その知人は部屋に自分の血で大きな目玉を書いて首をくくった。その死体に目玉はなかった。恐ろしいことに自分の目玉をくり貫いてからその絵を描き、首をくくったのだという。
男は焦り、直ぐにそれを回収した。そしてその筋で有名な霊媒師に頼み、祓ってもらった。恐怖を感じたい気持ちはあったが、死にたいわけではなかったのだ。
お祓いが終わると霊媒師はそれを手放すなと念入りに男にいった。
時折、包丁から視線を感じるという。
「他の霊もさ、この包丁にびびっちゃってるのか、全然姿見せないんだよね。手放せないし、寝れないし困ったよ」
きっと霊媒師はそれがなくなった時の反動を恐れているのだと思った。押さえつけられていたものがなくなった時、きっと以前とは比べ物にならないほどの反動があるのだろう。
額縁に入れられたそれはぬらりと白い光を反射していた。
それ以降私は彼と会っていない。