二十三編
聞いた話。
神といっても、必ずしもそれが良いものである、というわけではない。中には人を喰らう神も人を呪う神もいる。理由は分からない。しかし、いつからか彼らはそうして人から恐れられていた。
父方の地元は古い土地柄からか、そういった土地神のようなものが多い。小さな坂に住むというよく分からない神も入れば、街中をふらついている狐の神もいる。
私はもうその名を覚えてはいないが、近所に住む彼はある土地神に魅入られた。
その田舎では人が死んで四十九日の間は“声”に気をつけなくてはならないという掟があった。というのも死者が生者に声を掛けて連れて行こうとするのだ。それも巧みで自分のよく知った人の声で死者は話しかけてくる。もしもその声に答えてしまうと「おXXX様」という神に魅入られ、あの世に連れて行かれてしまうのだという。
死者の中にはその神を使って間接的に人を殺そうとするものがいるらしいという話だ。つまり寂しさ故に仲間を作ろうということらしい。
本来は無念のうちに死んだ者が恨みを晴らす為にその神を使ったのがその始まり、というが私はそれが事実かどうかは知らない。ただ分かっているのはそういう掟があって老人たちは信じているということだけだった。
彼らはみな一様にそれを「まつろわぬ神」と呼んで畏怖していた。
「○○」
「なに?」
郵便局の近くの神社で遊んでいると自分を呼ぶ声を聞いた。幼かった彼はその声に答え、振り向いた。しかし誰もいない。時刻は夕暮れ時でそこには自分以外の人の姿は見えなかった。
空耳だと彼は思い、家に帰ろうと神社を出た。境内を出た瞬間、体がズンと重くなった。頭が風邪を引いたように重い。
ばきばきばき。
そんな音が背後でなった。地面を見れば自分の影よりも大きな影が地面に映り込んでいる。彼は直ぐにそれが何か分かった。祖父母が口を酸っぱくしていっていた例の神だと気がついたのだ。
「おーい、こっちだこっちだ」
そんな野太い声が頭の真上で聞こえる。恐怖のあまり泣きたくなるも、なんとか堪えながら彼は真っ直ぐ歩いた。おXXX様は後ろさえ振り向かなければ生者を連れて行くことはない。
「おーい、こっちよこっちよ」
今度は妙に甲高い女性の声。手と首が妙に長い何かが影となって地面で踊る。
足が震え、駆け出したい衝動に駆られるが彼はじっと我慢した。ちょっとでも隙を見せたり、後ろ振り向こうものなら直ぐに連れて行かれる。
彼はなんとか家にたどり着くと自宅のインターフォンを押した。直ぐに祖母が出てきて、彼の後ろを見咎めると無言で中に戻っていった。
少しして祖父が日本酒の入った瓶と立派なヒノキの台に乗せた人形を持って現れた。彼の背後に恭しく一礼するとコップに酒を注ぎ、台を置くとその場で正座した。
「御神、ご拝謁させていただき……」と畏まった挨拶をし、次に祝詞を告げ、呪文めいた言葉を続ける。その間に祖母が彼を引き寄せ、髪を抜いた。それをそのまま祖父に渡す。
祖母は彼の頭を何度も撫でながら小さく大丈夫大丈夫と心配そうに呟いた。
祖父はその髪を人形に添えて前に出し、最後に深く一礼する。すると先ほどまで重かったはずの肩がすうっと軽くなった。それと同時に今まで張り詰めていたものが解け、一気に疲れが津波のように押し寄せた。
倒れる前に、と祖父は捧げた酒を彼に少し飲ませ、塩を巻いた。家の前に台を置く。
祖母が敷いた布団で横になり、彼が自分の魅入られた経緯を話すと二人は驚いた。
「普通は声に答えて振り向いたらお前は連れて行かれたはずだ。きっとあそこの神様がお前を守ってくださったんだろう」
祖母はよくなったらお参りに行こうといい、祖父もそれに同意した。
次の日、家の前に置いた台の上から人形が消えていた。
あの神は今も尚、あの街ふらついているのだろうか。
私も以前に“声”を聞き、返事をしてしまい顔を青くしたのですが、土地が離れていたからかそれに出会うことはありませんでした。
その話を父にしたら血相変えて、塩撒かれて仏飯を食べさせられました。
“それ”がいなくても声が聞こえ、それに答えてしまうのはどうやらよくないようです。