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私の話。  作者:
22/125

二十二編

 私の話。


 子供と大人の決定的な違いとは“目線”だと私は思う。子供と大人は同じ世界を見ているようで、まったく違う世界を見ているといっていい。

 私たちはテーブルを見たとしても表面しか見えない。しかし子供の目線はテーブルの下から始まる。裏側を見ているのだ。

 小さいが故に大人が気づかないものに気がつき、無知故にそれを当然と認識する。それがどんなにおどろおどろしいものであっても彼らはただひとつの出来事として捉えるのだ。


 私は当時、遊ぶ時はいつも一人だった。仲のいい友達は保育園、つまり両親が共働きで遠くから通ってきているような子供達で、直ぐに遊べるという間柄ではなかった。

 二人の兄や姉は自分たちの用事や友人があり、私に構ってくれることは少なかった。だから、もっぱら私の休日の過ごし方というのは一人で近所を探検することだった。アパートのある区域は住宅が密集していて、道が入り組んだ迷路のような場所だった。しかし、それらすらも探検しきってしまった私はその日、前々から気になっていたアパートの前の古い家を探検することにした。

 今考えると、屋敷は明らかに金のかかった作りだったのだが、幼かった当時の私はそれをただの古臭い家としか捉えていなかった。


 その屋敷の隣は小高い駐車場になっていて、背を伸ばせば直ぐに家の屋根に上ることができた。屋根の瓦はさらりとした触りごごちで、陽の光を長時間浴びていた為か暖かかった。

 屋根から屋敷の庭を覗く。木製の門から石畳がその身を緩やかに蛇行させながら、階段状に屋敷の玄関へと伸びていた。私はひと気のないことを確認し、屋根の淵を掴みながらゆっくりと降りる。降りる途中で目の粗いクリーム色の壁で膝をすりむいた。

 庭は広く、キャッチボールくらいはできそうな余裕があった。屋敷の庭を深い緑色の葉をつけた背の高い木々と竹を主軸とした生垣が光を遮っているためか、少し暗い。屋敷は詰まれた岩の上にあって道路を見下ろす俯瞰の位置にあった。

 いつも見ることのできなかったそれが今、目の前に広がっている。そんな奇妙な高揚を感じながら階段状の石畳を進んだ。

 石畳を登り切ると風情のある庭と池が顔を出した。池にはそれぞれ色の違う二匹の鯉がゆったりと泳いでいる。家の中は白いもやのようなものがガラス戸についていてよく見えない。暗いが昼間だからか灯りのようなものはついていない。

 木漏れ日の中、私は奥の竹やぶを覗いた。竹やぶの直ぐ隣はまた別の家で、私はそこから見る風景を見たかったのだ。

 竹やぶから顔を出し、風景を見る。

 何もなかった。

 あるはずの家はなく、ただ白っぽい太陽が私を見下ろし、薄黄色の背の低い芝生が地続きにどこまでも広がっているだけだった。私は狐につままれたような気持ちになり、心細さを覚えた。階段を上がる時、もう一段あると思って踏んでみたら何もなかったあの感覚に似ている。

 竹やぶが風に揉まれてサワサワと笑った。私はよく分からない焦燥に駆られ、逃げ出した。

 ガラス戸の奥に広がる暗闇に目を瞑り、池のほとりにある苔の生えた白い石を恐れた。ドクドクと胸の内側から叩かれる音に私は涙を浮かべ、屋根をよじ登る。思えば、あの壁は身長の二倍以上あったのだが当時の私はそれを疑問に思わなかった。

 登り、駐車場に降り、息を落ちつけ、汗を拭う。やっとのことで私は日常に回帰した。

 落ち着き、自分の目にしたものについて考えた。しかし、なにが起こったのか結局理解できず、ただ人の家に勝手に入ったことを遅まきながら後悔した。


 久しぶりに前住んでいた家の辺りを通ることがあった。当時の安っぽい駐車場はコンクリートで綺麗に舗装され様変わりしていたが、私が住んでいたアパート、そしてあの屋敷は昔の姿のまま、そこにあった。

 しかしチラリと覗いた屋敷の庭は私の記憶ほど広くなく、そして風景もまた違った。

 夢だったのかもしれない。それを事実と誤認しているだけなのかもしれない。だけど、あれがもしも夢ではなくて現実だとしたら、私はどこに迷い込んでいたのだろう。

 今でも不思議に思う。

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