二十一編
聞いた話。
見える、という友人はよく私を驚かせる。今、後ろに老婆がいるだとか動物の霊が纏わりついているだとか。
そんな彼女に以前質問をした。
「悪い霊と良い霊って分かるものなの?」
「うん、イイ霊は何もしない。悪い霊はその日に何かする」
金縛りとは簡単にいえば脳が起きている状態にも関わらず、体が眠ったままの現象をいう。ある程度、科学的に説明がついているが分かっていないことも多い。
彼女は金縛りにあっていた。
疲れからくるものなのか、そうでないものかという判別は彼女にとっては簡単なことだった。
耳をすませればいい。疲れからくるものは何も聞こえないが、そうでないものは奇妙な声が聞こえる。或いは俗に言うラップ音。
奇妙な囁きに、今日はどうやら疲れ以外のものらしいと彼女は内心溜息をついた。いくら慣れているといっても気味が悪いものは気味が悪い。
血まみれの老婆が首を絞めてきたこともあれば、姿の見えない赤子が布団の這っていたこともある。
今日は何が起るのだろうと彼女は気を強く持ち、待ち構えていた。強く意思を保つことが金縛りに対する唯一の防御策だった。
ずるずると衣擦れの音。瞳を動かして辺りを探るが何も見つからない。どこかで新聞配達のバイクの音。
ずるずるという音が近づくのと相対的に布団の温度が急激に低くなる。息苦しさや体の重さが顕著になった。
「っ!」
一瞬、素足が外気に晒され、何かが布団に入ったのが分かった。冷たい手が足首を掴む。
彼女は心の中で触るなと叫んだ。すると手は力強く彼女の足を掴み、布団から引っ張った。あちらこちらに体をぶつけながら寝室を抜け、玄関まで引きずられる。姿を見ない方がいいことを知っていた彼女は目を瞑り、腹に力を入れて踏ん張った。強く離せと念じながら体を強張らせる。
「…………あれ?」
気がつくと玄関で仰向けになって息を切らしていた。
「もしかしたら単純に自分がおかしいのかも、とか思うけど足首にあたしの手と違う痣みちゃうとそうは言ってられないよ」
未だに彼女の指差す右手が怖い。