二十編
聞いた話。
はっきり言えば私は霊的なものに対して取るスタンスは懐疑的だ。テレビの心霊番組や超能力、宇宙人の話を見ると溜息がでる。
自分の体験したものですら何かしら偶然が折り重なってそう見えたもの、そう感じたものとすら思う。
しかし、心のどこかであって欲しいと思う。
彼も懐疑的な男だった。私とそういった話をしていた時、彼は不意に言った。
「霊とか魂なんている訳ないけど……妖怪はいるかもな」
高校生の彼は祖母の葬式に来ていた。地主ということもあり、葬式は壮大だった。
見栄を張りたがるのは田舎の特色だ。家もその見栄のために全て木造で、釘一本使っていないのが祖母と彼の母の自慢だったという。
親戚は好き勝手にそこら辺で話し込み、忙しい者は早々に帰った。
彼は居間の掘りごたつでウトウトとしていた。普段はガラス戸で閉じられている台所とも、女集の交通が不便という抗議の声によって今は繋がっている。
途中、親戚の叔母が葬式用の弁当を持ってきたが断った。今は慣れない場所での疲れを癒したかったのだ。
「…………っ」
机に突っ伏した彼を急に静寂と金縛りが襲った。瞳は動くが体は動かない。息苦しいが呼吸はできる、しかし声は出ない。
部屋の隅に置かれた黒いブラウン管には、ぽかんと口を開いた自分が映っている。
不意にボリボリと何かをこするような音が聞こえた。妙に湿っぽい。
その音が背後から聞こえるのだと気がついた彼は、何とか首を動かしてそれを見ようとした。しかし、首は石のように硬く動かない。
ボリボリという音が止まる。すると今度は床をバタバタと誰かが走る音。
子供の足音だ、と彼は直ぐに気がつく。
子供を連れた親戚は既に帰った。
では誰が。
走り回る音が止まり、生木を踏んだようなパキっという音。そして、またあの“ボリボリ”と言う音が鳴った。
彼は何が起っているのだろうと思い、ブラウン管に映り込む背後を見た。つまり台所。
何かが小さな子供を喰らっていた。
ボリボリと。
喉笛にかぶりつき、血を滴らせながら獣のように頭を振り乱している。
明らかに人だが人ではない。
暗く不鮮明ながらも彼にそれがそういうものだと分かった。
だがこんなことがあるわけがない。
これは夢だと。
だがしかし、恐ろしい夢はそこにいて子供のようなものをボリボリと喰らっている。
彼が唾液を飲み込んだのと同時にその音は止まった。
ブラウン管に映ったそれは彼を見ていた。瞼のない丸い目でブラウン管に映った彼をじっと。
声を上げようにも喉から熱い息がひゅーひゅーと出るだけで悲鳴にならない。
ブラウン管のそれはにっと笑うとゆっくりと近づいた。大きな口からはポタポタと血がほとばしり、床を濡らす。
それが居間に入ろうとした瞬間、叔母が彼を呼んだ。トントンと床を歩く音。
がらりと戸が開かれる。
その音と共に彼の体は自由になった。すぐに振り返る。
奇妙な者の姿など、どこにもなかった。
「目、丸くしてどうしたの?」
叔母が不思議そうな顔でそういった。
「俺さ、おかしいなって思ってその後、それがいた場所の床下を見たんだよ。床、調べたら簡単に開いてさ。……何があったと思う?」
「子供の骨とか?」
「…………さあな」
彼はそうはぐらかし結局何があったのか教えてくれなかった。もしかしたら何もなくて、この話は作り物なのかもしれない。
だけど彼の苗字に鬼という文字が入っているのを私は知っている。
鬼がつく方々すみません。