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私の話。  作者:
125/125

百二十五編

 聞いた話。


 神様が私達の目の前に現れたとして、それは一体どのような姿をしているのだろう。

 神々しいのか、禍々しいのか。動物のようなのか、人のようなのか。あるいはアリのような姿なのか。


 妹は少しおかしかった。

 自分が興味のあることには相手が聞いていようが聞いてなかろうが関係なく喋り続け、自分の知らないこと、興味のないことに関しては別人のように黙り込んだ。酷い人見知りの癖に、知っている人には異様なほど馴れ馴れしかった。突拍子のないことをいって、よく周りを困らせた。

 そんな妹が、お姉ちゃんにも神様を紹介してあげるといったのはつい先程のこと。彼女は妹に早く早くと急かされながら手を引っ張られ、ぐんぐんと見知らぬ住宅街を進む。内心、その申し出を断りたかった彼女だったが、妹は一度決めたらテコでも動かない上に、無理に機嫌を損なえば一週間はふさぎ込むようなタチだった。

 入り組んだ住宅街を進み、見知らぬ道に入る。進むごとに少しずつ音は失われてゆき、草木のざわめきと森の香りが強くなる。

「どこまでいくの?」

「もう少し」

 そういって妹は奥へ奥へと進んでいく。

 人がいなくなってから長い時間が経過したのだろうと思わしき建物の連なりが左右に広がり始めた。草木に家々が侵食されていて、誰も掃除していないのか、道には落ち葉が多い。彼女は不安になってもう一度、先程と同じ言葉を妹にかけた。その問い掛けに妹は先程と同じ、無邪気な表情で答えを返す。

「もう少し」

 同じ言葉。

 若干、その返事に呆れつつ、彼女は自分の住んでいる場所にこんなところがあったのかと思った。

 終わった後の世界、そんな印象。


 侵食されつつある家々の細い道から、確実に森の中に入り込んだのを彼女は感じた。コンクリートで舗装されていたはずの道も、いつの間にか土と枯れ木に変わっている。チキチキとどこかで鳥が囀る声が聞こえる。足元を落ち葉と同じ色のヤモリがスルリと通り過ぎた。背の高い木は不思議なことに道を邪魔することなく、まるでトンネルを作るかのように空を遮り、ひとつの道を作っている。

 自分がどこに進んでいて、どこらへんに来ているのか分からない。山道のような緩やかな傾斜を進んでいるということは理解できた。

 帰ろうよ、そんな言葉をいおうと口を開いた瞬間、緑に覆われた天井が青色に染まる。

「ついた」

「…………」

 狭い空間に朽ちつつある木造の建物がポツンとそこにあった。横は急斜の崖でフェンスのような支えがない。山の頂上付近にいるらしく、町の景色が見渡せた。遠くに海が見える。

 彼女は自分の記憶にこんな場所があっただろうか、と疑問を浮かべた。

 いくつかある小高い場所の一つなのだろう。

 辺りに生い茂った樹木が多いせいで遠目に見ても、この場所は分からなかったのだろうと。分からないから、忘れ去られた場所なのだろうと。朽ちつつあるのだろうと。

 妹を見ると小さな建物の屋根下に入り、黒い大きな猫に声をかけている。ケラケラと笑いながら妹は一人で楽しそうに騒いだ。

「今日は猫だー、へんなのー! へんなのー!」

 短い階段で横になる黒い猫は妹の突付く指にも動ぜず、とぐろを巻いて木漏れ日から漏れる光に目を瞑っていた。彼女が近寄っても片方の眉を上げただけで、直ぐに目を閉じた。

「図太い猫だね」

「これね、神様なんだよー。ここの神様!」

「へえ」

 確かにボス猫の風格がある。

 小型犬くらいなら用意に倒してしまうだろうという大きさ。

 神様神様と嬉しそうに連呼する妹を尻目に、彼女は建物の中を覗き込む。中は暗く、一番奥のところに大きな掛け軸のようなものと仏壇のような設備が見えた。

「荒寺かなあ……」

 辺りには建物以外何もない。あるのは木と草と緑。何かないかと妹に聞くと、彼女は何もないと陽気な口調で答えた。

 黒猫の頭をひと撫ですると彼女は崖の淵に立って、辺りを見回した。小さな町並みと底の見えないが緑が広がるばかりで、特にこれと言ったものはない。

 瞬間、足元がガラリと崩れた。

「あっ……」

 そんな声が漏れた。地についている方の足に力を入れてもバランスは取り戻せない。体が宙にゆっくりと傾き、沈んで行く。

 死んじゃうな、とどこか冷静な気持ちで落ちつつある自分の状況を考えているとぐいっと服が何かに掴まれ、後ろに力強く引っ張られた。地面に尻餅をつく。

「…………」

「え?」

 何かがしわがれた声で自分を馬鹿にするような言葉を吐いたのが分かった。皮肉めいた声色。

「…………ああっ!」

 遅れてやってきた恐怖に全身が震え、汗がふき出る。

 胸の鼓動を落ち着けながらゆっくりと後ろを振り向くと、先程と同じ場所で自分を見つめてケラケラと笑う妹の姿。そして、いつの間にか真後ろに立っていた大きな黒猫が金色の目でじっと自分を見つめていた。


「あの時から何が何だか、分からなくなった」

 不思議そうな顔で彼女はそう呟いた。

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