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私の話。  作者:
116/125

百十六編

 聞いた話。


 私達の見ている世界、感じているもの。それらは全てが脳の中で行われている事象に過ぎない。たとえ目の前で世界が崩れかけていようとも、脳が通常通りの世界を映しだすのなら、通常通りにしか見えない。

 それが悪夢のような世界だったとしても。


 手にとった本は真実の書という名前だった。

 中身を見ていいかと少し離れたカウンターで本を読む老人に質問をする。老人は無愛想な顔で「いい」と言った。

 店内は縦に長い変わった古本屋だった。商品が入れられている棚と呼ぶべきものはコインロッカーの連なりで、全てに鍵が差し込まれていて、青い扉を開かなくては中に入っている商品をみることはできなかった。

 最初こそ遊び心のある内装だと彼は思ったが、店主を見る限りでは案外そういったものとは無関係なのかもしれないと思った。

 頼りないオレンジ色の白熱灯の下で活字を読み進める。著者や翻訳者は書かれていないが、洋書の翻訳本らしく堅苦しい日本語だった。

 面白い本だなと思い、彼はその本を購入することにした。分厚い眼鏡をかけた店主のところに向かい「これ下さい」という。

「五千五百円」

「…………」

 少し高い。しかし、今更引くのもどうかと思い、彼は心で泣きながら代金を払った。

「どうも」

 素のままで本を持ち、身を翻そうとした。そこで店主が声をかけた。

 グレーのニット帽子の店主。眼鏡の隙間から見上げるような瞳。

「魔除け、いるかい? 今なら安くしとくよ」

 赤と白の紐で結ばれた小さな鈴。レジすらないカウンターに置かれた唯一のもの。

「……いえ、結構です」

「そうかい」

 会話が終わり、彼は戸を引いて外に出た。店は森の中にあるようで、店の後ろを木々が生い茂っている。はげた地面の上を歩き、林を抜けるとすぐに普通の道に出た。

 店は坂を下った辺りにあり、隣は長い階段が続く神社だった。辺りにはフェンスの掛かった小さな池以外は特別なものは見られない。

 こんなひと気のない場所に古本屋なんて流行らないだろうな。

 そう思った。


 本は呪術めいていた。真実の世界を見るための図解が所々に挟まれていて、よく分からない生き物の挿絵があった。

 彼は本当にそんなもので真実の世界とやらが見れるのだろうか、と実際に試したくなった。

 準備は簡単だった。ペンと蝋燭とオリーブオイルがあれば簡単にできた。やることといえば自宅の床に簡単な図解を書くことと作り上げたオリーブを瞼と額の上に塗り、床につくことだけだった。


 夜、目が覚めた。肉屋や魚屋を通り過ぎるような生々しい臭いが鼻につく。

 枕元のケイタイを開き、時間を確認する。横になってから一時間ほどしか経っていないことが分かった。

 体を起こし、明かりを灯す。

「わああ!!」

 部屋が血まみれだった。

 壁に、床に、天井に、服に血がべっとりとついていた。白い壁と赤い血のコンテラスト。彼は恐ろしくなってすぐに家を出た。そこにいるだけで狂ってしまいそうだった。

 とりあえず近所のコンビニまでと思い、彼は歩いた。向こうから人が歩いてくる。彼は血まみれの服を隠すように道の端に寄った。

 ちらりと横目でその女性を眺める。

「…………あ、えっ?」

 ボロボロの服を着た彼女は“頭の半分”がなかった。茶色に染まった髪の毛は途中から黒くかさぶたのようなものがへばりつき、黒く変色していた。腹からは黒っぽい液体が滴り落ち、指が既に何本か欠けていているのにも関わらず、女性はそれが当たり前のように道を進んでいる。

 彼はその場で泣きながら吐いた。


 町は異様だった。人々は屍といっても遜色ない格好で歩き回っているのに、誰ひとりとしてそれをオカシイとは思わない。

 人ごみに紛れるダチョウのような怪物にも疑問を持たなかった。それらは一様に目がなく、人に似た丸い顔には口しかなかった。ギザギザの歯で歩いている人、ケイタイを眺めている人の肉を引きちぎる。引きちぎられた人間は一切痛みを感じていないようだった。そもそも彼らにはダチョウの化物が見えていなかった。

 彼は何度も嘔吐しながら、血まみれの町を眺めながら、家に戻った。そして真実の書をベランダで焼いて、寝た。

 鏡だけは最後まで見れなかった。どこから腐臭がするのかだけは考えれなかった。


「それで悪夢から開放さた、と」

「……確かに悪夢だよ。でもさ、もしもアレが本当の世界だったらと思うと寒気がする」

 彼は小さな鈴を握り締めながら、続ける。

「たまに急に頭が痛くなったりさ、肩が痛くなったりとかするけど、それってもしかして……なんて考えるけど、変かな」

 私は何も答えずに彼を見続けた。

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