百七編
聞いた話。
人は結局のところ幼児期の成長が根底にあるのだという。
乳離れが早い場合、愛されることに固執するといった感じに。
では“そういう体験”をした幼児は大人になった時に何を望み、どういった人生を歩むのだろう。
どういう理由か誰も知らない。ただそれは稀に起こることで、彼女はよくそういったことに呼ばれた。何故、彼女がそれが起こる人間を嗅ぎ分けることができるのかは、彼女自身よく分からないのだという。
ただその日、確かに生まれたばかりの子供が消えた。最初こそ鼻で笑っていた産婦人科医もその時ばかりは狼狽えた。目の見えない老婆にどうすればいいかと教えを乞うた。
「子どもが……ほんとに消えました。へその緒を切ったら直ぐに、こう手からすり抜けてくっていうか、ぼけていくみたいに……」
「消えちゃいねえのよ。泣き声が聞こえてるだろうよ、ママに助けを求める声がお前には聞えねえのかい」
そういって老婆は泣き声のする場所まで近寄り、布で透明な何かをくるんだ。
子供が消えたショックで狂乱している母親に老婆は向かう。そして布を彼女の前に近づけると静かにいった。
「ほれ、お前の子」
「見えない! わたしの子が見えない! 消えちゃった!」
「嘘だぁ、おれにゃ、ちゃあんと見えてるぞ。おめえさんにも見えてるだろう? おかあさんに似た可愛い顔だ」
「…………ああ、見える。見えます! ちゃんと見えます!」
老婆の言葉に母親はポロポロと涙を流し、ただ布を抱えた。するとうっすらと輪郭が見え始め、少しして形がはっきりと浮かび上がった。
医者はただ呆然とそれを眺めていた。
どういうことですか、と聞くと老婆はいった。
「おっかさんと赤ん坊にゃ、目じゃ見えねぇ“糸”がある。どんなに見えなくなっても糸をたぐりゃ戻ってくる」
そういうものらしい。