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私の話。  作者:
101/125

百一編

こっそり更新。

 聞いた話。


 夜は妖かしが蠢くという。

 しかし朝、日の出ている時間にまつわる彼らの話というのはあまり聞かない。

 だが確かにそれはいる。

 どんな時でも。


 その地方では霧の立つ静かな朝の日を“鬼日和”だとか“鬼日”などと呼ぶ。

 祖父母の家に遊びに来ていた彼は祖母に今日は鬼日和だから、まだ外に出てはいけないと言われた。

 時間や世界が曖昧な空間では普段見えないものが見えてしまうのだと。

「でもね、霧がおさまってお天道様が顔を出したら大丈夫だよ」

「ふうん」

 では今は大丈夫ではないということなのだろうか。

 そう彼はぼんやりと思った。


 鬼日和になると祖父母は決して雨戸を開けなかった。どの家もそうらしく、外には静寂と風の音しかなかった。

 そんなある日、彼は外に出たらどうなるのだろうと思った。本当に鬼などというものがいるのだろうか、と。そう思うと居ても立ってもいられず、外に出てみようという気になった。最初は分からなかった鬼日和も何となく“見分け”がつくようになった。

 湿気った匂い。ピンと張った空気と静寂。

 彼は祖父母に気がつかれないように起きた。根巻きのまま、裸足の上に靴を履いて外にそっと出る。


「わあ……」

 白い霧が地面からゆらゆらと立ち上り、ほんの数メートル先が全く見えない。深緑の草木にはどれにも朝露が掛かり、それは周りの白い光りを吸って真珠のような輝きを彼に見せた。

 いつもの庭、いつもの玄関、いつもの道とは別世界だった。霧は生き物のように彼を包み込み、普段とは違う景観を見せ続ける。

 少し先の道が見えないからか若干危なげなものはあるが、特にこれといって危険なものはなかった。ふと、霧の向こう側に人影が映り込む。彼は祖父母にバレてはと思い、あぜ道から草むらへと身を隠す。

 音のない、草木の揺れるような足音が聞こえる。普通の足音とは何かが違う。彼はそれが気になって木陰から顔を覗かせた。

 それは藁を編んで作った(みの)を着ていた。足には同じく藁で作った草履(ぞうり)

 だから音がしなかったのか。

 そう思い、様子を窺っていると不意にそれがこちらを向いた。

「ああ……っ」

 掠れるような悲鳴。

 一目で人ではないことが分かった。

 まずその丸い目には瞼がない。そして顔の、あるいは体の骨格が人とは明らかに違う。赤茶けた分厚い肌、眉の上の辺りから生えた左右非対称の短な角。

 鬼だ。

「鬼だ……」

 心の声が音となって重なる。

 表情といったものがないのか、それは真顔のまま大きな口を開いた。

 次の瞬間、彼は走っていた。

 白いもやの中、息を切らせつつ、転びながらそれから逃げた。逃げても逃げても追ってくるそれから。


「……家についた時さ、じいちゃん腰に刀差して猟銃持っててさあ。決闘にでもいくのかよ、みたいな感じで。んで俺の顔見てわーわー泣いてね、俺もわーわー泣いたよ」

 上品そうに彼はコーヒーを口にして、自嘲的に笑う。

「大人のいうことは真面目に聞くもんだよホント」

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