十編
聞いた話。
彼女は苛立っていた。それは先程、デートの途中で彼氏と喧嘩別れしたからだった。
むすっとした表情のまま近くの公園へと足を運ぶ。そこは自然公園で大きな池と色あせた芝生があった。
彼女はベンチに座ると、先ほどのことを思い出す。
自分に落ち度はあっただろうか。
いや、悪いのは彼だ。
私の気持ちなんてこれっぽちも理解していない。
回想は苛立ちに変わり、どんどん気分を昂らせていく。休日のためか辺りには幸せそうなカップルが多いこともそれに拍車を掛けた。
何故私だけがそんな気持ちにさせられるのだ、と。
彼女は足元の石を拾う。ギザギザとしていてまるで今の自分のような石の欠片。左右非対称の変わった形の石。心の中でバカヤローと叫びながら彼女はそれを池に投げ入れた。
ちゃぽん。
その音がした瞬間、池から石が返ってきた。それは投げ入れた時と同じ速度で彼女の胸元に当たる。よく分からない出来事と池の水で服が濡れたことに彼女は慌てた。石は芝生の上に音もなく落ちた。
彼女は何が起ったのだと、石を眺めた。
最初はなんてことなかった。ただの変わった形の石。
どうして石が池から……。
次に何か違和感に気づいた。千切れ雲のように上手くまとまらないその違和感に必死に彼女は頭を動かす。
そしてはっとした。
「その石ね、私が投げた時とギザギザの向きも欠けた場所の向きも全部反対だったの」
石は自分の投げた石と形が全て反対になっていた。
左が右に、裏が表に。まるで鏡に映った像のように。
彼女は形容しがたい違和感に苛まれ、その場所を足早に離れたという。
「自分が生きてる方の世界が鏡の世界の側なんじゃないかって思ったことない?」
そういって彼女は左手でコーヒーカップを口に寄せた。