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生き方を決めるのは

 私はとても恵まれている。

 公爵家に生まれ、何不自由なく生きた。

 

 何より、素敵な婚約者を持った。

 名前はロレンツ。私と同じ公爵家の生まれで、幼い頃から交友がある。


 綺麗な金色の髪と赤い瞳。

 いつだって優しくて、とても上品な人。


 これからずっと、二人で幸せに生きる。

 そう思っていた──



「これよりスキル付与の儀を始める!」



 貴族とは、神からスキルを与えられる資格を持って生まれる。


 スキルは十五の時に一度だけ与えられる。

 スキルの性質により、その後の人生が大きく変わる。


 例えば剣聖のスキルを得れば剣の道へ。

 聖女のスキルを得れば人々を癒す道へ。


 逆に、何の役にも立たないスキルを得れば、家を追い出されてしまう可能性がある。


「ロレンツ、私とても不安です」

「大丈夫だよメイリア。どんなスキルを与えられても、僕達の関係は変わらない。僕は、ずっと、君を愛している」

「……ありがとう。あなたが婚約者で、私は本当に幸せ」

「僕もさ。メイリア、ずっと一緒だからね」


 私は彼の肩に頭を乗せる。

 彼は私を受け入れて、そっと頭を撫でてくれた。


 それだけで直前までの不安が嘘のように消え去る。

 うん、大丈夫。どんなスキルを与えられても、私達の関係が変わることはない。


「次ッ、メイリア! メイリア・ドライツェン!」


 名前を呼ばれ、立ち上がる。


「行っておいで」

「……はい!」


 ロレンツに送り出され、私は席を立った。


 数十人の子供が集まる聖堂。

 中央の赤いカーペットの上を歩き、我々を見守る神の彫像の前で跪く。


 そして──


「メイリア、どうだった?」


 私はロレンツの元へ戻り、彼の隣に座り直した。


「去年、僕は飛翔のスキルを授かった。大空を自由に飛べるスキルだ。ならば僕の伴侶となる君は、千里眼とかかな? 僕が翼となり、君が目となる。まさに理想の関係だ」


 ロレンツは、嬉しそうに語る。

 その声を聞いて私は余計に何も言えなかった。


「そうか、良くないスキルだったんだね」


 ロレンツは口を閉じた。

 それからも淡々と儀式が進み、終わった。


 周囲がざわめき始める。

 あのスキルを得たという喜びの声。

 このスキルだったという悲しみの声。


「メイリア、そろそろ聞かせてくれないか」

「そう、ですね……」


 私は何度も呼吸を整えて、


「指から、水を出すスキルです」

「……すまないメイリア、もう一度、言ってくれるかな?」


 愕然とした表情。

 当然だ。このスキルは外れ中の外れとして有名なスキルである。


 安全な水を得られるという点では希少だ。

 しかし出せる水は一日にコップ一杯程度。


 平民ならともかく、貴族としては庭の砂粒程度の価値しかない。


 あってもなくても同じ。

 これまでに同じスキルを得た者達はスキルを付与されなかった者と同じ扱いを受けた。


「ロレンツ、どうしましょう。私、家を追い出されるかもしれません」


 彼の肩を掴み、私は言った。


 パチン、と音がした。

 それが手を叩かれた音だと気付くまでに、随分と時間がかかった。


「ロレンツ……?」

「…………な」


 彼は身を震わせる。

 そして大きく口を開き、言った。


「気安く僕の名前を呼ぶなああ! この無能者がああ!」


 彼から初めて聞いた大声。

 周囲が静まり返る。


「……ロレンツ、何を?」

「黙れ! 近寄るな無能者! ああ悍ましい!」


 これは、悪い夢?

 

「無能者の血など残せるものか! 貴様との婚約は今日限りで破棄する! 二度と姿を現すな!」

「……そ、そんなっ、待ってください」

「黙れ黙れ! 消えろ無能者! このゴミが!!!」


 信じられなかった。

 あの優しかったロレンツが、こんな……


「ロレンツ、どうした」


 声をかけたのはアンドレ。

 私達の共通の幼馴染である。


 ロレンツと同じ歳で、瞳の色は彼と同じ赤色。

 一方で、髪は金ではなく透き通るような白銀。

 二人は、よく月と太陽と言われ比較されていた。


「この女に与えられたスキルは、指から水を出すスキルだった! 何の役にも立たない無能だ!」


 周囲がざわつく。

 嘘とか、かわいそうとか、そんな声が聞こえた。


 私は唇を噛み、俯いた。

 今すぐにでもこの場から消えてしまいたい気分だった。


「なるほど、君の言い分はよく分かった」


 アンドレは納得した様子で言った。

 当然だ。貴族に無能者の居場所は無い。

 私はきっと、明日にでも家を追い出される。


「でも、おかしいんじゃないかな」

「おかしいだと?」

「君達の会話は聞こえていた。どんなスキルでも関係が変わることは無いと君は言った。あれは嘘だったのかい?」

「無能者は例外だ! 当たり前だろう!」


 ロレンツは声を張り上げる。


「それとも何か!? 貴様なら違うというのか!?」

「んー、まぁ、そうかもね」


 アンドレは飄々とした様子で言った。

 ロレンツは呆れた顔をして、煽るような口調で言う。


「そうか! それは傑作だ。なら君が、この無能者を拾ってやったらどうだ? どうせ家からは追い出される! 当主様には僕から伝えておいてやるよ!」

「良いのかい? なら、そうしようか」

「…………はぁ?」


 アンドレは私の前に立ち、手を伸ばした。


「行こうか」


 私は頭が真っ白だった。

 何が起きたのか分からなかった。


「行くよ」


 彼は呆然とする私の手を取った。

 そして好奇の目を無視して聖堂を出た。


 後ろからは嘲笑うような声。

 しかし一度だけ振り向いたアンドレは、私に微笑みを向けるのだった。



 *  *  *


「……あの、どうして?」

「ん? 何がだい?」


 聖堂から十分に離れた後、私は彼に問うた。


「……私は、無能者ですよ」

「だからどうした。スキルなんて、ただの個性じゃないか」

「……おかしなことを言いますね。スキルは、その後の人生すら決めるものです」

「僕はそうは思わない」


 彼は足を止め、振り向いた。

 そして私の目を真っ直ぐに見て言った。


「スキルによって選べる未来は変わる。それは事実だ」


 しかし、と彼は言う。


「生き方を決めるのは、君自身だ」

「……詭弁です。無能者に選べる未来など」

「君が言ったことだよ」

「……私が?」

「おや、忘れてしまったのかい?」


 全く記憶にない。

 私が呆然としていると、彼は困ったように言った。


「俺は運動も勉強も不得意だった。自分には才能が無い。無価値な人間だと塞ぎ込んでいた。そんな時に君が現れて、俺に言ったんだ」


 言われて、ようやく思い出した。

 本当に幼い頃の話。確かに私は彼に言った。


「……子供の戯言です」

「だけど俺は救われた」


 彼は少し照れくさそうに言った。


「白状すると、その時からずっと、君を慕っていた」

「……お、お戯れを」


 顔が熱い。

 思わず目を逸らしてしまった。


「行こうか」


 いくらか間が空いた後、彼は言った。

 私は俯いて、はい、と小さな声で返事をした。



 それからのこと。

 アンドレの家に招き入れられた私は、二日だけ部屋に閉じこもった。


 彼の優しさは嬉しい。

 しかし、ロレンツを愛していたのは事実だ。すぐに気持ちを切り替えることは難しかった。


 二日後、私は生き方を決めた。

 コップ一杯の水を使って、一日一人、平民を助ける。


 貴族からすれば意味の無いことだ。

 アンドレの家でも「バカなことを……」と陰口を聞くことは多かった。


 しかし私は、それを何日も続けた。

 その間、密かに実家から遣いが来ることを期待していたけれど、それはなかった。


 一年が経った。

 不思議なことが起きた。


 私の水を飲んだ平民が、体調が良くなったと言い出した。

 最初は貴族に対するおべっかかと思ったけれど、この一年で私は平民の方々と随分仲良くなった。嘘でないことは顔を見れば分かる。


 多分、気持ちの問題。

 でも嬉しかった。彼らの笑顔は素敵だ。


 その直ぐ後、私にも変化が起きた。

 出せる水の量が増えたのだ。コップ一杯ではなくて、その気になれば、浴槽をひとつ満たせる程度に。


 それから一年後、国は大かんばつに襲われた。


 平民はもちろん貴族も苦しんだ。

 その時になって、人々は私を頼るようになった。


 陰口を言っていた人はもちろん、とっくに記憶から消えかけていたロなんとかさんも現れた。


 彼は甘い言葉を重ねた。

 昔は好きだった言葉なのに、全く心に響かなかった。


 私は大きく息を吸って、言い返した。


「私、自分の生き方は、自分で決めましたので!」


 それから隣で様子を見守っていたアンドレの腕を抱き、見せつけるようにして、ベッと舌を出した。


 ロなんとかさんは憤慨したけれど、アンドレが睨め付けると兎のように走り去った。


 その後ろ姿が見えなくなった後、二人で笑い合う。


「メイリア、随分とハッキリ言うようになったね」

「……今の私は、お嫌いですか?」

「まさか。前よりも、ずっと素敵だよ」

「……ありがとうございます」


 どちらからともなく口を閉じる。

 ドキドキと心臓が鳴り始めて、私は彼の腕に抱きついたままなことに気がついた。


 急に恥ずかしくなった。

 だけど身を引くことはしない。


 むしろ強く抱き直す。

 彼は照れくさそうに笑って、そっと私に身を寄せた。


 それから二人で家に戻る。

 私は、これ以上は無いくらいに、幸せだった。

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