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櫻の樹の下に埋まっているのは  作者: 朝倉メイ
第三章 歩み寄り
22/25

平穏な休日の朝

 小学生の頃にマンションの同じ階に住んでいたお姉さんはとても綺麗で優しかった。

『関わっちゃダメよ』と親には言われていたけど、こっそりと遊びに行っていた。


 お姉さんの出してくれる高級そうなお菓子や同じマンションとは思えないような部屋の内装は物語のお姫様になった気分になれて楽しかったから。


 彼女は私に色んな話を聞かせてくれてとても面白かったが、12歳の私には理解できない内容もあった。

『人の気持ちをコントロールするなんて簡単なのよ、ギリギリまで精神的に追い詰めて、自己否定をして落ち込んでいる所で優しくすれば縋ってくるわよ。

犬の躾と一緒で飴と鞭を上手く使い分けるの。先ずは鞭を使って、其れからデロデロに甘やかせば簡単に堕ちるわよ?

でもね、追い詰め過ぎちゃ駄目よ? 傷付ける事が目的ではないからね、見極めが肝心なのよ』


 香織ちゃんも将来悪い男に騙されたりしない様にね、そう言ってお姉さんは笑っていた。

今考えると、彼女は騙す側の人間だったのだろう。



*****

 武尊は今、完全に私の手の中にいるが、落ち着いたら直ぐにまた元の武尊に戻るだろう。

だから、武尊が私に依存している間に何とかして妊娠しないとね。

 妊娠さえしてしまえば武尊の責任感の強さに付け込んで、半年位じっくり時間をかけて自分から進んで育児休暇を取る様に仕向けていけば良いだろう。


 前に武尊に言われた通りに基礎体温表を付けてはいるが、3ヶ月くらいのデータが必要らしいので未だ当てにはならない。

 前回の生理の時期とか、おりものの状態から推察すると今日明日辺りが排卵日だろうか。

卵子の寿命は24時間、精子は2~3日なので明日もう一度武尊をその気にさせなくてはいけないな。


 そんな事を考えながら洗濯機を回して、終わる迄の待ち時間でバスルームを掃除して歯磨きを済ませると丁度洗濯機が止まった。

洗濯物をバスルームに干して浴室乾燥のタイマーをセットしてからリビングを覗いたが武尊は居なかった。


 食器も珈琲カップも棚に収められていて、流し台は磨きあげられている。あんな精神状態なのに完璧に家事を熟す武尊を絶対に手放したくないと改めて強く思う。


 寝室を覗くと武尊は既に眠っているみたい。

精神的に追い詰めたので疲れたのだろう、狸寝入りではなく本当に眠っているな。

私も疲れたので今日はもう寝てしまおう。

 

 武尊を起こさない様にそっとベッドに入ってから枕元の電気を消した。

――お休み武尊、明日はまた可愛がってあげるから覚悟してね?―……



 翌朝目が覚めて直ぐに隣に手を伸ばしたが、武尊は既にベッドには居なかった。

ヘッドボードに置いてあるスマホを手に取って時間を確認すると未だ6時半過ぎだ。

休日の朝にしては早いが起きる事にして洗面所へと向かった。


 顔を洗って軽く身嗜みを整えてからリビングに顔を出すと、テレビを視ていた武尊は私に気が付いて恥ずかしそうに笑った。

「おはよう香織、昨日の夜は……いや、直ぐにご飯の用意出来るから食べるだろう?」


 武尊は『昨日の夜は……』の後に何と続けるか迷って結局思い付かなかったんだろうな。『ごめん』も『ありがとう』も変だものね。

「おはよう武尊、今朝のご飯は何かしら?」

私も何時もと変わらない挨拶を返して席に着いた。


 こうして久しぶりの二人揃っての休日は何時もと変わらない朝食風景から始まった。


 



 




 

 







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