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櫻の樹の下に埋まっているのは  作者: 朝倉メイ
第二章 夫の過去
14/25

二度と逢えない

R18版に合わせて改稿しました

 翌朝、着替えを持って病院を訪れた武尊は茉莉の母親から面会を断られた。

「ごめんなさいね、茉莉は未だ興奮状態が酷いので会わせてあげられないの。今日の午後には退院出来そうなので此のまま自宅に連れて帰ろうと思っているの」

「え、何故ですか?茉莉の自宅は(うち)ですよね」


 武尊の問いに茉莉の母は目を伏せて首を振った。

「当分は大学も休ませる事にしたから。武尊君は卒論とか就職の準備とかで忙しくて茉莉の面倒まではみられないでしょう?」

「そ、んな、そんな事…は……」


 そんな事より茉莉の方が大事だ、そう言いきる事の出来ない自分自身に武尊は混乱している。

「あ、……茉莉、さんの、茉莉さんを支えて…でも……ちゃんと就職して、結婚も――…」


 卒業して生活基盤を整えて1日も早く茉莉と結婚したい、だが今の茉莉を傍で支えたい。

頭の中で二つの選択肢が乗った天秤がグラグラと揺れる。

「兎に角、茉莉さんに会わせてください。ちゃんと話をして――」

「無理なのよ!」


 武尊の言葉を遮るようにして、茉莉の母は沈痛な面持ちで告げた。

「無理なのよ、茉莉は貴方の名前を聞くと興奮して暴れるの。謝りながら壁に頭を打ち付けようとするから、押さえ付けなくちゃいけないの」


「謝る? 何故そんな……茉莉は何も悪いことをしてないでしょう! 私はどんな茉莉でも愛しています。お願いします、会わせてください」

そう言って頭を下げ続けたが、最後には医者から面会謝絶を言い渡された。


 その日の午後、退院した茉莉は其のまま実家に連れて帰られた。

 茉莉が落ち着くまでもう少し時間を頂戴、そう言われて茉莉の荷物は二人の暮らすアパートから運び出されていった。


 ――茉莉はもうこの部屋には帰ってはこないのだろうか……

茉莉に会いに行きたい、そう思う度に恐怖と絶望で蒼白になった顔で腕の中から逃げようと藻掻(もが)く茉莉を思い出した。

『貴方の名前を聞くと興奮して暴れるの。謝りながら壁に頭を打ち付けようとするから、押さえ付けなくちゃいけないの』


 一番辛いのは茉莉だ。側にいたいと思うのは自分勝手な我儘なのだ、そう自分に言い聞かせて会いたい気持ちを抑えた。


 何度か茉莉の兄の(わたる)に会って様子を教えて貰った。

茉莉を暴行した男はアルバイト先の同僚だったらしい。


 武尊が報復する事を恐れた為か、詳しい事は教えてくれなかったが示談になったらしい。

茉莉がとてもではないが裁判に耐えられそうになかったからだと聞かされた。


 ――殺してやりたい、武尊は生まれて初めて殺意というものを知った。

そんな武尊の気持ちに気が付いた航はポツリと言った。

「俺だって出来れば殺してやりたいよ。でも、お前が犯罪者になったら苦しむのは茉莉だ」


 そう言いながら航も泣いていた。

そうだ、航たち家族は苦しむ茉莉の姿を側で見続けているのだ。

自分だけが苦しいんじゃないんだ。


 それでも少しずつ回復していると聞かされて、大学を卒業したら改めて会いに行こうと考えていた。

茉莉と自分の絆はこんな事で切れる筈はないんだ。

今は会えないけど、ちゃんと就職して指輪を持って正式にプロポーズしに行こう。


 

 再会できる日を想像して、それだけを励みに日々を過ごしていた。

だが二人が再び一緒に暮らせる日は永遠に来なかった。


 12月に入ったばかりの朝に茉莉が死んだと航から電話があった。

1ヶ月半ぶりに会えた茉莉は冷たくなっていた。


 嘘だ、回復していると言ってたじゃないか!

少しだけだが、笑って話せる様になってきたと言ってたじゃないか!?


 なぜ、何故!何故だっ!?


 茉莉の父親から聞かされたのは信じられない言葉だった。

 茉莉は妊娠していたのだ。直ぐに堕ろせと言ったのだが、万が一にも武尊の子どもだったらと思うと殺せないと泣き崩れたと……


 茉莉はお腹の子どもを殺せない代わりに自分の命を絶ったのだ


 アフターピルが認可されたのは、その翌年の2011年だった。

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