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櫻の樹の下に埋まっているのは  作者: 朝倉メイ
第一章 夫婦の日常
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夫の日常 1

第二章以降をR18版に合わせて改稿しています


内容は(ほぼ)変わっていません

『櫻の樹の下』には屍体が埋まっているらしい。

良く聞くフレーズだが私は()れを読んだ事はない。


 今年も桜の開花予報をテレビで見かける季節になった。

「そもそも標準木って何? 三輪咲いたら開花宣言ってどうなのよ。家の近所の桜は粗々(ほぼほぼ)満開よ」

 妻の香織(かおり)が朝の情報番組の天気予報を見ながら文句を言っている。香織はこの気象予報士がお気に入りらしく、毎朝『検定』なるものをスマホ片手にやっている。それってカンニングでは?と思うが口には出せない。


 香織の淹れてくれた珈琲を飲みながら応える。

「あの桜は『ソメイヨシノ』じゃあないからね」

ふーん、と言いながらも香織は不満顔だ。

「桜の木の下には死体が埋まっているってよく聞くわよね? 何でだろう?」

「昭和初期の散文詩からとか、もっと昔から実際に死体を埋めた上に桜を植えていたからとかいろんな説があるよね」

そう答えながら、『檸檬』という漢字はどうだっただろうと考えてしまう。


 珈琲を飲み終えて食器を下げようと席を立った。

「実際に埋まっていたらどうする?」

食パンを噛りながら香織が聞いてきた。

「僕が昔、埋めたことがあると言ったら?」

振り向いて、そう答えると香織はケラケラと笑った。

「鳥か何かの死体? 小さい頃はよくペットのお墓を木の下に作ったよね」


 ペットではない。私は実際に桜の根本に屍体を埋めたのだ。

愛しい少女の(しかばね)を。


 今日は燃やせるごみの日なので、玄関に纏めて置いてある袋を手に家を出る。

「行ってらっしゃい、今日は私も遅くなるから」

香織は声だけで送り出してくれる。いつもと変わらない朝だ。


 駅に向かう途中の家に七分咲き位の桜があった。香織が言っていたのはこの木の事だろう。

以前このお宅の方に伺ったところ『大寒桜』と言う種類らしい。


 日本人は何故、桜の花と富士山を見るとテンションが上がるのか謎だが、私もその内のひとりなのだと実感する。何となく今日は良いことが有りそうな気がしてきた。



 会社に着いても『何となく良いことが有りそうな』気分なのが顔に出ていたらしい。

「おはようございます杉下さん、何か良いことでもありました?」

同じ課の青木小夜子(さよこ)が話しかけてきた。

「おはよう、青木くん。通勤途中のお宅の桜が綺麗に咲いていてね」

「桜ですか? まだ咲くにはに早くありません? 暖かくなって来たとはいえ、三月になったばかりてすよ。」

「いや、大寒桜といって今頃の時期に咲く種類の桜らしいんだよ」

そう言いながらパソコンを立ち上げて今日中に片付けたい案件をピックアップする。


 To-Doリストの確認をしている所に小夜子が近付いてきた。

「早めにご確認お願いします」

そう言いながら《桜が咲いたら一緒にお花見に行きませんか?》と書いてある付箋付きの書類を手渡して行ってしまった。

私は直ぐにその付箋を丸めてゴミ箱に捨てた。


 青木小夜子は小柄で庇護欲をそそる容姿をした女性で社内の若手男性社員に人気があるが、私の好みではない。

部内の飲み会で上司に絡まれていたときに助けて以来、こうやって誘ってくるのだ。私が妻帯者だと知っているのに、である。

何度目かの誘いに、他の女性社員も一緒に昼食を奢ったのだが、諦めてはくれない。遠回しの拒絶は効かないらしい。


 せっかく良い気分だったのに台無しだ。既婚者に媚を売る尻軽女(ビッチ)なんて御免だ。

そう思いながら目の前の仕事を黙々と(こな)していく。


 気がつくと12時5分前だったので、切りの良い所でデータを保存した。

電源を落としながら大きく伸びをした所で目の端に小夜子が立ち上がるのが見えた。

慌てて(デスク)の引き出しにパソコンを収め鍵を掛けてから部屋を出た。

(つか)まると面倒だからな」

足早にオフィスを出て目当てのキッチンカーに向かった。



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