1 いわゆる幼なじみ
「すみません、俺、今日、父さんの仕事の手伝いがあって、もう帰ります」
クラスメイトのアキラがそう言って席を立ったのは、三時間目の算数及び数学が始まってすぐ後のことだった。
「時間がないので」と早々にカバンを背負って教室を去っていく彼を、「そうか、最近忙しそうだな、頑張れよー」という先生の声援が追いかける。
彼の家族は、ずっと昔からこの近くで漁師を生業としている家系であり、三人兄弟の長男である彼も例外ではなく、その仕事を受け継ぐべく、近頃は学校に来ない日も増えていた。
「よし、みんな、授業に集中するぞー」という先生の声。私はそんな声は少し上の空で、漁師を継ぐ彼がこれから仕事場とするであろう海を眺めていた。
彼との縁は切っても切れないものだ。記憶がある時からずっと一緒にいて、昔は小さかった私たちも、気づけばお互い背が伸びていた。今は彼の方が少し高い。このままずっとずっと背が伸びて、私の手の届かないところに行ってしまうのだろうか。私は椅子に座って、机の上でノートを広げて鉛筆を動かしているのに、彼は既に仕事をしている。皆の役に立っている。この頃、なんとなく、そんなことを考えてしまうことがある。考えたくないのだけれど、でも確かにある。
それともう一人つ、私と切っても切れない縁がある。今日私が汗だくで教室にたどり着いた原因。寝坊、遅刻、居眠り、全ての生みの親、その名もコノハ。
「おぉーい」
この気だるげで、どこか包容力のある声。
というか、今は授業中だ。流石に声出しちゃいかんだろ。私が声のした方に顔を向けると、彼女は私の机の隣に立っていた。私が顔を上げて、少し見上げる格好。彼女の手にはお弁当。
「もう、授業終わってるぞぉ。さっきの授業は終始ぼーっとしてたねぇ。」
え、うそ。全く気付かなかった。わたし、寝てた? 意識飛んでた? ヨダレ出てない? しかし、そんな焦りを口に出すことはせず、少しそっぽを向いてから、それとなく口のあたりを指でくるりとなぞってみる。
「よだれは出てないし、そもそも寝てはなかったよぉ。ただずっとどこかを眺めてただけ」
そういうと彼女は、目を細めて微笑んだ。時々、彼女はこういう私の心を見透かしたような発言をする。昔からそうだ。マイペースで、適当で、それでいて、たまに核心をついてくる。
ランチョンマットを机に広げて、お弁当箱をその真ん中に、一緒に持ってきたお箸を取り出す。最近、あんまり食欲がなくて、少しのお米と少しのおかず。お箸でつついて、そっと閉じる、お弁当箱。
机の向かい側に座る彼女は、そんな私には目もくれず、箸でお米を掴んで口に運ぶ。
いつもと変わらない毎日。ゆっくりした生活のなかで、たまになんとなく落ち込んで、嬉しい時には全力で喜んで。きっとこれが平和なんだろうな。
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