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平宰相〜北条嫡男物語〜  作者: 小山田小太郎
武蔵守の巻(1558年~)
67/117

虎寿丸の元服

 1562年春 会津 蘆名徳


「喜多、会津の生活には慣れてきましたか。」


「はい、皆様に大変良くしていただいております。ただ、小十郎と二人きりの今までの生活から比べると、大勢の方が周りにいる生活は慌ただしくも感じております。」


「ほほほ、北条の方々は(せわ)しくお働きの様子ですからね。喜多も大変ですね。」


「確かにおっしゃる通りかもしれませんね。盛邦様にお仕えしていると、次々にお客様がお見えになりますので、粗相の無いようにお名前を覚えるだけでも大変でございます。」



 先日、虎寿丸が元服しました。蘆名一門の栗村盛種に子が居なかったこともあり、藤菊丸は栗村家の養子となり、蘆名姓を許されて一門衆に取り立てられたのです。旦那様が烏帽子親となり、名を【蘆名盛邦】と改めることになりました。



「元服祝いの贈り物で気になったのですが、小田原から疱瘡退治の八幡踊りが来ているそうですね。喜多が取り仕切っていると聞いて気になっていたのです。どの様な者達なのですか。怪しい者ではありませんか。真に病魔を取り払う力を持っているのでしょうか。」


「踊り巫女の一座はとても気のいい方々でございますよ。疱瘡の病魔退治にはからくりがございます。お館様やご領主の方々にはお話しておりますので、お方様にもご説明いたしますね。」



 疱瘡の病魔退治のからくりは、牛種痘という弱い病魔を身体に取り込み、弱い病魔を一度退治することで疱瘡の病魔に罹らないようにする治療なのだそうです。疱瘡は一度罹ると、再び罹患しないことが知られています。種痘を受ける事で疱瘡に罹らなくなるとのことでした。



「それは何とも恐ろしい話ではありませんか。弱い病魔とはいえ病魔を扱うのでしょう。万一のことがあるのではありませんか。」


「お方様、心配ございませんよ。そのために踊り巫女の方々が祈祷の踊りをいたしますし、関東ではお医者様も効果をお認めなのだそうです。種痘が始まってから北条家中は勿論、領内でも疱瘡は一度も流行しておらず、甲斐や駿河でも広がっているそうなのですよ。」


「それが真であれば喜ばしいことですね。一座を送っていただいた北条家には、お礼をしなければなりませんね。」


「それが盛邦様や北条家の者達は当然の努めだと申しておりました。疱瘡で幼子を失ったり、目の光を失った者達の悲しみを取り除くことが、八幡大菩薩様の御心に沿うことだというのです。子を失う親の辛い気持ちは、敵味方や信仰の別に関わらず救って然るべきなのだそうです。」


「なんと尊い思いなのでしょう。八幡様が信仰を集めるのも肯けるお話です。ところで家中の者達はどのように応じておりましょうか。」


「最初は懐疑的な印象を持つ方ばかりでしたが、甲斐の名医・永田徳本様のお墨付きを知り、興味を持つ方もございます。お館様も領内に広げるようにとの仰せでした。不断衆の方々の接種を先日終えたところでございます。」



 不断衆とは人材発掘を目的とした家中の子弟を集めた学校のようなもので、北条家でも早雲寺で似たようなことをやっているそうです。しかし妾は不断衆のことをあまり好ましくは思っていないのです。



「不断衆ですか。まあ良いでしょう。次代を担う者達のことは御家の大事ですからね。しかし最近は風紀の乱れも聞き及びます。適度なものなら良いと思いますが、嫉妬から相手を罵る者もいるとか、嘆かわしいことです。盛邦はどうなのですか。室を迎えねばならない年頃でしょう。」


「実はお方様、盛邦様には懇ろになっている娘がいるのです。武家の娘ではありませんので問題にはならないとは存じます。」



 盛邦の相手は会津商人簗田藤左衛門の娘であるらしい。嫁ぎ先の夫が病で亡くなり、実家に出戻っていたところを盛邦に見初められたようだ。



「そうでしたか、簗田家の娘でしたか。直ぐにでもお相手を探さねばと思っておりましたが、身の回りの世話をする者がいるのであれば問題ありませんね。妾はてっきり盛邦も男色を好むのかと思っておりましたから安心しました。どのような娘なのですか。」


「盛邦様のお手付きと聞いて言い含めて参りました。名は【八重】と申します。中々賢く良い娘でございました。ただ鉄砲に興味があるという少し変わった娘なのです。盛邦様の鉄砲の調練を手助けしておりました。」


「なんと。盛邦は変わった女子を好むものじゃな。」



 喜多と雑談を交わしながら盛邦の様子を聞き出すのは楽しいものです。盛邦も栗村家を継いでから、中々妾の元へ遊びに来られなくなっているのです。



「お方様、盛邦様からのお願いを言付かっておりました。私にも関係することなのですが、伊達家にも疱瘡退治の八幡踊りを広めたいとの仰せでありました。お方様にもお口添え頂けますでしょうか。」



 伊達家に広がれば、伊達家の洞を通じて陸奥全土に八幡踊りが広まるでしょう。疱瘡の病魔を退治することができれば、領民の悲しみを救うことができるのです。



「喜多、妾に任せてたもれ。伊達の兄上に文を書きましょう。妾も疱瘡退治に与力いたします。共に疱瘡を打ち滅ぼすのです。」




 1562年春 小田原城 北条氏親


「武蔵守様の仰せの数では越後を制圧するには心許ないと存ずる。最低でも五万は必要ではないか。」


「綱成叔父上のお言葉も解りますが、越後は敵地です。道案内に不安のある地で補給は如何するおつもりですか。」


「不足は乱取りで賄えば良いではないか。」


「五万の大軍を乱取りでは賄えませぬ。輝虎と雌雄を決するのは時期尚早です。先ずは南魚沼の国衆を降して、足場固めをすることが先決だと存じます。それならば三万の軍勢で十分ではありませんか。」


「確実に倒すためにはそれでは少ないと言うておるではないか。」



 春の評定の席で越後遠征の話し合いが行われているのだ。しかし、何を目的にどの程度の規模で越後遠征をするかで意見が分かれている。綱成叔父上は雌雄を決したい意向だが、補給の不安を考えると賛成できなかったのだ。幻庵大叔父が仲裁に入る。



「双方落ち着かれよ。御本城様の御前でありますぞ。二人の意見ばかりではなく、他の者の意見も聞かねばならぬ。周勝は如何じゃ。」


 

河越衆を束ねる大道寺周勝は本庄城や白井城の後方支援の役割も担っているのだ。



「どちらのご意見にも理がございます故、某には判断が付きかねます。しかし、同盟国の武田家や蘆名家との共同作戦を取れぬのであれば、此度は足場固めに徹した方が良いかもしれませぬ。」



 綱成叔父上は「後日話を持ち掛ければ良いではないか」と憮然とした様子で独り言をこぼしている。結城秀朝と正木氏時の弟達も足場固めを優先したいとの意見であった。青備結城衆は宇都宮家の動向に対応しており、宇都宮家中の分断を煽っているところなのだ。赤備美浦衆も香取海北岸の大掾諸氏に圧力を掛けている。古河公方家の影響力の低下で大掾諸氏は佐竹氏や江戸氏と誼を結んでいたが、北条家に鞍替えする姿勢を見せてきたのだ。



「皆の意見はよう解った。領域が広がったことで対処する相手も大きくなっておる。綱成の申すように全軍を以ってすれは越後を制圧することもできるやもしれぬ。しかし、全軍を以って一方面に当たることが以前よりも難しくなっているようじゃな。此度の遠征は南魚沼の国衆を降すことを目的とする。綱成も良いな。」



 父上の裁定により越後遠征の目的が定められた。綱成叔父上はやや憮然としていたものの、裁定を聞いて気持ちを切り替えているようであった。



「武田や蘆名に参戦を依頼しても間に合わぬであろうが、牽制の依頼はしておかねばならぬ。越後勢と雌雄を決する時には越後包囲網を以って行いたい。その時は全軍を以って事に当たるので心しておくように。それから己の持ち場ばかりを重視して、他を蔑ろにせぬように皆には心を砕いて欲しい。」



父上の宣言の後、越後遠征の詳細を詰めることになった。



先方衆は北条綱成を総大将として一万一千

真田俊綱の白井足軽衆 三千

長野吉業の西上野国衆 二千

由良成繁の東上野国衆 二千

北条綱成の黄備本庄衆 四千


本隊は父上を総大将として一万五千

大道寺の河越衆 四千

父上の小田原衆 七千

北条幻庵の玉縄衆 四千


後詰めは北条氏親を総大将として九千

北条氏親の江戸衆 五千

多目元興の黒備え 二千

笠原康勝の白備え 二千


総勢三万五千の軍勢での越後遠征が決まったのである。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 藤菊丸って、結城秀朝(史実の氏照)って設定じゃ無かったでしたっけ? 虎寿丸(史実の氏邦)で無いとおかしいのではないでしょうか?? [一言] 上田長尾は関東管領との結び付きが大きく、本…
[気になる点] 牛痘は馬痘から感染したものしか効果がないようです。
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