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平宰相〜北条嫡男物語〜  作者: 小山田小太郎
新九郎の巻(1551年~)
41/117

牛久の戦い

 1555年春 香取海


 香取海(かとりのうみ)は関東平野東部の常陸と下総の境目に位置し、古代より東海道から相模、安房、上総、下総を経て、常陸から陸奥へと結ぶ交通路の要衝であった。古くから香取神宮と鹿島神宮の両神宮が香取海周辺を社領とし、港や漁民・関所を支配していたが、坂東武士が台頭してくると多くの荘園が開発され、戦国期には群雄割拠する係争地帯となっていた。


 香取海南部の下総国側は、小弓公方と里見氏が滅亡したことで千葉氏と北条氏の統一勢力となっているが、北部と西部は大掾氏(だいじょうし)、小田氏、土岐原氏、相馬氏等が割拠している。古河公方の影響力が低下したことで、結城氏旗下の国人であった多賀谷氏が台頭した。多賀谷政経は土岐原治頼と手を結び、牛久地方に勢力を広げたのである。


 足高城主の岡見宗治は小田氏に援軍を求めたが、小田氏は佐竹氏との抗争で動くことができなかった。岡見宗治は領地を失い、北条氏に身を寄せることになったのだ。


挿絵(By みてみん)


 北条氏康は岡見宗治の領地である牛久地方の回復を名目に、多賀谷政経を討伐すると宣言した。北条氏親率いる江戸衆と、富永直政率いる青備の古河衆に出陣を命じたのである。富永直政の青備が、多賀谷政経の本拠地である多賀谷城を包囲すると、北条氏親は岡見宗治と共に多賀谷氏の拠点であった谷田部城を攻略。谷田部城に入城したのである。



 谷田部城 北条新九郎


 香取海周辺の地図に碁石を並べる。地図を囲んでいるのは島津忠貞、狩野泰光、大藤景長、風間藤吉郎の面々である。そこに岡見宗治殿が小姓を伴い現れた。


「新九郎様、お呼びとのことでまかり越しました。何事かありましたかな。」


「岡見殿、朗報じゃ。足高城を落としたと報せがあった。牛久の地もじきに回復するであろう。」


「それはまことですか。いやはやこれほど早く落とせるとは流石ですな。」


「忠貞、岡見殿に現状を説明してさしあげろ。」


 島津忠貞がそれではと地図を指して説明を始めた。


「牛久地方の三つの城を同時に攻めております。先ほど申し上げた通り、原胤貞殿率いる千葉勢が足高城を落としました。岡見城へは真田隊、牛久城へは福島隊があたっております。両城へは土岐原氏から援軍があり、激しく抵抗しているとのことですが、時間の問題かと思われます。」


 千葉勢が足高城を落としたことで真田隊と福島隊も奮起しているようなのだ。忠貞が続ける。


「牛久城と岡見城を落とした後に我等本隊も合流し、土岐氏の龍ヶ崎城、続いて江戸崎城まで進軍する計画です。」


 岡見殿も成る程と肯いていたが、岡見殿の小姓が声を発した。


「兵を分割しても大丈夫なのですか?」


 まだ声変わりもしていない子供の純粋な疑問なのであろう。岡見殿が慌てて嗜める。


「これ千代松、口を挟むでない。新九郎様、失礼の段、お許し下さい。」


「よいよい、その子の申すことも尤もじゃ。広く部隊を展開しておる故、手薄であるな。兵を纏める必要があるやもしれぬ。其の方、名は何と申す。」


「はい、栗林千代松と申します。」


 子供の元気な声に皆が微笑ましい顔になった。


 その日の内に岡見城と牛久城が落ちたとの報せがあり、本隊も牛久城へ移動することとなった。移動の途中で近隣の村々から酒等の献上品があり、名主達の挨拶を受ける。全軍に暫しの休息を告げると、折りしも視界を遮る程の大雨が降ってきた。


 その時であった。喧騒が聞こえてきたのだ。狩野泰光が「喧嘩でもしているのか。けしからん」と言った途端「敵襲だー。」との声がかすかに聞こえた。声が大雨にかき消されていたが、確かに聞こえたのだ。すぐさま状況を頭に思い浮かべると危険な状態だと気が付いた。


「落ち着け!敵襲じゃ。混乱すると敵の思う壺じゃ。」


 牛久、岡見の友軍を見捨てて、大将首を狙うなどこれはまるで桶狭間の織田信長のような戦略だ。襲って来たのは土岐なのか。それとも小田氏が狙っていたのか。すぐに答えが出た。

 

「敵の旗印は里見と難波田にござります。若殿、すぐにお逃げ下され。」


「ならぬ!ここで儂が逃げては混乱は増すばかりじゃ。貝吹け!各々持ち場を守るよう指示を出せ!落ち着かせるのじゃ!」


「若殿!そのような余裕はありません!」


「死中に活ありじゃ!敵は小勢とみた!槍持て!方陣となり迎え撃つ。」


 周りにいた馬廻達が槍を構えて覚悟を決める。大雨で視界が利かないが、それは敵も同じ条件だ。


「貝吹け!吹き続けよ。味方を鼓舞するのじゃ!」


 法螺貝の音を聞き付け味方が集まってくる。五十人ばかりになったところで敵勢が打ち掛かってきた。


「槍構え!参るぞ!」




 side 鮎川文吾


 突然の大雨に大急ぎで火薬樽の蓋を確認する。雨は大敵だ、鉄砲が使えないし、ぬかるんだ地面は自慢の騎馬隊も運用ができない。その時であった。前方から鬨の声が挙がり、法螺貝が聞こえてきた。法螺貝の調子から本陣が奇襲を受けている様子であった。


「文吾殿!新九郎様が危ない!すぐに助けに参るぞ!」


「相解った!岡見様はこの場に留まり様子を見ていて下され。」


 同行していた岡見様に声を掛けて槍を手に馬に跨ると、声変わりのしていない少年が声を張り上げた。


「風間様!お待ち下され。この混乱の中、無闇に進んでは同士討ちの恐れがありまする!」


「千代松!解っておるが、今は一刻を争う時じゃ。」


 藤吉郎が岡見殿の小姓に引き留められ耳打ちされた。藤吉郎は驚きの表情を見せたが、すぐに真剣な表情になり、衣服を整え馬に跨り、皆に宣言した。


「文吾殿、喜八、小一郎、儂は新九郎様の影武者となり、敵を引き付ける所存じゃ。激戦となるが、覚悟してほしい。新九郎様をお助けするぞ。」


 そう言うと藤吉郎は大声で口上を叫んだ。


「我こそは鶴岡八幡北条新九郎也!手柄が欲しくは我が首、討ち取ってみよ!」


「「「うぉーー」」」


 藤吉郎の口上に応えて味方の士気が上がる。藤吉郎主従は一丸となり本陣へ向けて進んで行く。


「我こそは鶴岡八幡北条新九郎也!」


「「「うぉーー」」」


 何度も叫ぶ内に敵も味方も集まってきて、藤吉郎の周りは激戦地となったのである。




 side 里見義弘


 難波田三楽斎殿が悔しそうな表情で声を掛けてきた。


「義弘殿、潮時じゃな。寄せ集めと侮っていたが、中々に手強い。」


 味方の城を捨て駒にして敵を分断し、本隊に奇襲を掛ける戦略が見事にはまった。しかし、寄せ集めと思っていた敵の備えは、思いのほか精強であった。すぐに逃げ出すと思っていた雑兵共でさえ、小集団を作り抵抗してきたのだ。優秀な小物頭を揃えているのであろう。奇襲が成功したとはいえ、こちらは五百に満たない兵力しか無いのだ。整然と反撃されると苦しくなる。


「大雨で奇襲が成功しましたが、本陣の把握に手間取ってしまいましたな。」


「それもあるな。伊勢の者は影武者を使うようじゃ。混乱させるつもりが、こちらが混乱させられてしもうたわ。」


「三楽斎殿、江戸﨑城に戻りますか?」


「いや、この調子では土岐殿も伊勢の軍門に降るであろう。我等が帰るあてはない。このまま落ちよう。」


「承った。」


 敵将を諦め、血路を拓く。必ず再起するのだ。


~人物紹介~

岡見宗治(?-?)岡見氏は小田氏の分流で牛久地方を拠点とした国人衆です。

栗林千代松(?-?)諱は義長。岡見宗治家臣。狐の子との伝承がある。


~勢力紹介~

大掾氏:常陸南部に勢力を持った一族。小田氏や佐竹氏と抗争を繰り返した。常陸大掾職の職名を名乗った。常陸南部の国人衆と縁が深い。

土岐氏:美濃土岐氏と同族。常陸に入り原氏を名乗り土岐原氏と呼ばれる。

小田氏:常陸守護の名門。でも有名なのは戦国最弱武将小田天庵様。

相馬氏:伊達政宗と戦ったのは陸奥相馬氏で、こちらは常陸相馬氏大勢力の間で苦労している。


~有力国人衆~

布川城:豊島頼継

柴崎城:荒木胤重

小金城:高城胤吉

森山城:石毛定幹(森山衆筆頭)



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― 新着の感想 ―
[一言] なるほど、やはり常陸方面への侵攻ですか。香取海や関東河川は何重にも並行して流れて要塞線の様になっていますからね。香取海での水軍衆が重要ですね。 やはり重砲の類いは船に載せ、香取海では臼砲艦…
[良い点] 更新お疲れ様です。 栗林千代松 登場! なるほど、面白い人物ですよね。 [食事環境改善で頑丈な体にして長生き作戦]を発動しなければ!(願望) 早速、関東の孔明の片鱗を見せる千代松も凄い…
[良い点] 藤吉郎がまたもや出世しそうですな、っていうか何気に活躍回多いな。でも史実を知っているとその忠誠心を素直に信じられないのがなんとも。さすがに戦国時代にしては異質レベルで親族の仲が良好で三七や…
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