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平宰相〜北条嫡男物語〜  作者: 小山田小太郎
新九郎の巻(1551年~)
37/117

槍大膳の城

前話で太田資正の名前を難波田三楽斎に変更し、改名の経緯を加筆しております。

 真里谷城 北条新九郎


「拙い状況です。武田家家中に疑心暗鬼が広がっております。誰かが扇動していると思います。」


 藤吉郎からの報告を皆で吟味している。この戦の大義名分であった武田信政の復権を後押ししたと見せかけて、信政を暗殺し武田家を乗っ取ろうとしているという噂だ。この噂で信政に従っていた家臣達が分裂している。親北条の立場を取る信政の側近達は、主を守れなかったことから家中での信頼を失い、武田家で唯一残っている武田信応の子である信高を当主にと望む声さえ上がっていた。武田信高は落城前に落ち延びており、行方がはっきりしていない。


「藤吉郎、野犬の出所は判明しているのか?」


「いいえ、そもそも如何にして野犬を(けしか)けたのかも分かりません。竹筒に残っていた水は何か動物の尿ではないかと思われますが、それで野犬が襲い掛かる理由が解りません。捕えた侍女達の話しでは【難波田三楽斎】という怪しい者が出入りしていた、と聞いています。里見家の他には佐竹家や土岐家の者が出入りしていたそうです。」


「成る程、合点(がてん)がいった。難波田三楽斎とは太田資正のことであろう。資正は犬を伝令として使う術を持っておったそうじゃ。犬笛を合図に、匂いを付けられた者を襲うように訓練していたのではないかと思う。」


「新九郎様、野犬を訓練して特定の人を襲わせることなどできるものなのですか?」


「犬は飼い主に忠実で頭も良い。訓練次第では武器を奪い取らせたりもできるであろう。信政の遺体を見れば分かるが、まず足を狙い引きずり倒してから首を掻き切っておる。狼の群れが獲物を獲るのと同じ動きじゃ。我等が伝令として鳩を使っているように、野犬を訓練して使う術もあるのだろう。そういえば藤吉郎、小田原に鳩は飛ばしたか?」


「はい、大久保殿の鳩を飛ばし風魔の者も伝令で走らせております。おっつけ小田原から早馬が戻ると思います。」


 話を聞いていた真田俊綱が言葉を挟む。


「若様、いっそのこと我等で真里谷城を抑えてしまっては如何でしょうか。庁南武田の元に真里谷武田も統一してしまえば、憂いも無くなると存じます。」


「俊綱、それも考えたのだが時宜(じぎ)が悪い。国人同士の争いで城を一つ取るだけなら問題ないであろうが、武田信政殿が討死したのならまだしも、北条を頼った者を北条が弑したと噂になっては今後北条を頼る者がいなくなってしまう。結果的に北条が一番得をしたとなっては仮に根切りまでしたとて、悪い噂を消すことはできぬ。戦に勝って進退窮まるとは思ってもみなかったな。」


「若様、小田原へは如何なる報告をされたのですか。」


「真里谷城を放棄して大多喜城を攻めると伝えてある。仕切り直しじゃ。藤吉郎に七百の鋤鍬隊を預ける。真里谷と庁南の間、高滝の畔に砦を築くのじゃ。異常があればすぐに狼煙を使え。後背を藤吉郎に任せ、本隊は大多喜城へ進軍する。真里谷城での失点を補うのじゃ。」



 1554年夏 大多喜城


 大多喜城は南側の山の頂に出丸を備えた堅城である。武田氏の城であったが里見方の正木時茂によって奪われていた。城主の正木時茂は【槍大膳】の別名を持ち、越前の朝倉宗滴が絶賛した程の武将である。時茂は領民達をも城に収容して防衛体制を取った。


 正面から一当たりすると出城からの遊撃部隊に横腹を突かれて、少なくない損害を出してしまった。翌日は一計を案じ、福島隊と本隊で正面から攻める。原胤貞隊が槍衾を並べて出城の遊撃部隊を受け止めた。伏せていた真田隊は大きく迂回し出城に攻め掛かり、山上氏秀の活躍で攻め落とすことができた。


挿絵(By みてみん)


「忠貞、城に籠もっている数が多いな。これ以上の力押しは損害も大きくなろう。」


「左様ですね。出丸の部隊が本城に戻ってしまいました。こちらは優勢ですが他の方面は如何でしょうか。」


「佐竹が圧力を掛けているようじゃ。常陸土岐家が香取海の海賊衆を使い、下総国を荒らしておる。千葉家も幕張太田も動けないようじゃ。古河周辺の状況も混沌としている。古河公方家が居なくなり古河公方直臣の権威が落ちていて、国人衆が勝手気儘に動き回っておるようじゃ。」


「青備の富永殿も難しい判断を迫られているらしいと聞きましたが。」


「その通りじゃ。北条家に誼を通じている国人同士でも争っておると聞いた。父上は古河の支援に黒備を派遣したようじゃ。真里谷衆はどうじゃ。藤吉郎から連絡は無いか。」


「真理谷衆は武田信高を受け入れたようでございます。しかし纏まってはおりません。藤吉郎の話では、武田信高殿が強引に纏めようとしているようです。北条に心を寄せる者達には、いつでも高滝砦に駆け込むように伝えているそうです。佐貫城の綱成殿からの連絡はございませんか。」


「里見水軍が佐貫城の補給を断とうとしきりに海賊行為をしておるそうじゃが、三崎水軍の援護に新納忠光の屋久水軍が加わり、補給線を保っておるとのことじゃ。」


「忠光は椎津城の補給もありますから大変ですな。」


「更に綱成叔父上の黄備が秋元城を落とした事で、父上も馬廻り衆を率いて安房に来ている。いよいよ、久留里城に攻め込むとのことじゃ。綱高の赤備も海岸沿いに勝山城、岡本城と落とし稲村城を囲んでいるとのことじゃ。里見の海賊衆が大人しくなれば、忠光等の補給も楽になろう。儂等も負けられぬな。」


 大多喜城を激しく攻めたてるが正木大膳亮の守りも堅く、既に20日が経過していた。勝浦城から正木時忠の率いる700の軍勢が大多喜城の救援に現れた事で、事態が動きだす。


 原胤貞隊が正木時忠勢の進路を遮るように陣を構える。原隊が離れた事で包囲が薄くなったと見た正木時茂は城門を開いて打って出たのだ。


 不意を突かれた福島隊が隊列を整える間に、機動力を重視した正木時茂勢は福島隊を避けて山沿いに進み、新九郎の本隊へ突撃する。


 しかし、島津忠貞は落ち着いていた。


「新九郎様。遠眼鏡で確認いたしましたが、奴等は機動力を重視したため軽装です。こちらには山上の地の利があります。逆茂木を並べ槍衾を揃えて迎え撃ちましょう。」


「分かった。貝吹け!鉄砲組、前へ。合図と共に斉射したら槍衾を張れ!来るぞ!」


 ダダダーンと銃声が鳴り響く。先頭を走る騎馬が倒れるのを躱して後続の騎馬武者が槍衾に飛び込んできた。


「新九郎様、上手く受け止めたようです。ただこの軽装部隊は動きが変です。突撃してきていますが福島隊を避けていました。勝浦勢との合流が目的やもしれません。」


 忠貞の見立て通り敵勢は馬首を返し、勝浦勢と対峙している原隊の後背を狙う。すかさず原隊の背後を庇うように真田隊が割り込んだ。真田隊が敵勢を押し包む。敵勢を殆ど討ち取ったが一部は隙を突いて血路を開き、勝浦勢と合流。勝浦方面へと退いて行ったのであった。


 その日の内に大多喜城は降伏。城内に残っていたのはほとんどが農民兵であった。首実験には正木大膳亮を名乗る首が三つ持ち込まれたが、何れも別人であった。首を持ち込んだ山上氏秀達は地団駄踏んで悔しがっていた。


 side 鮎川文吾


 高滝砦に二曲輪猪助が駆け込んで来た。


「藤吉郎!新九郎様が大多喜城を落としたぞ!落武者が彷徨(うろつ)いているから守りをしっかりせよとの御達しだ!」


「猪助殿。(うけたまわ)った。五十人ずつ組になって巡回するぞ!怪しい者を決して通すな。」


 砦に残れと言ったのだが、藤吉郎殿は巡回に加わると我儘を言う。仕方なく宮田喜八と共に見廻る事になった。


 運が良いのか悪いのか案の定、十人組の落武者の集団に出くわした。宮田喜八が襲いかかる。


「儂は高滝砦の風間藤吉郎の一の子分、宮田喜八じゃ。命が惜しければ有り金全て置いていけ!」


 喜八よ。それは野盗の台詞じゃ。誰だよ阿呆な口上を喜八に教えたのは…。


「野盗如きが【槍大膳】の朱槍を避けられると思うなよ。」


 二つ名持ちの落武者がいたようだ。あの喜八が必死の形相で打ち合いをしている。他の落武者は皆で押し包み倒したが、二つ名持ちは喜八を相手にしながらも他の者を寄せ付けない強さだ。藤吉郎が懐から虎の子の山椒玉を取り出した。


「せいや!」


 印字打ちの要領で山椒玉を落武者の土手っ腹にぶち当てる。


「なんじゃこりゃ!」


 落武者は視界を奪われて、喜八の槍を喰らい絶命した。


「まだ、落武者が居るかもしれんな。巡回を続けるぞ!戦利品を忘れるな!」


 藤吉郎殿。それは巡回と言う名の落武者狩りじゃ。


高滝砦、滝があった場所は現在はダムになっており、砦の位置は高滝湖PAのあたりです。庁南、真里谷、大多喜を結ぶ丁字路の要に位置しています。


大多喜城、現在の大多喜城は作中の真田隊が駐屯した出丸の位置にあり、本多忠勝が築城したものです。中世の城郭は向かいの山頂にあったと考えられています。

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― 新着の感想 ―
[一言] 歴史変わりまくりで面白いね。 いや既に秀吉と川並衆が関東にいる時点で織田勢の歴史大変更なんだけど(笑。 これは桶狭間も結果が狂いそうだなー
[一言] 此処で槍大膳(正木時茂)を退場させるとは、これは、史実では播磨三木城で討死する宮田喜八(光次)の大殊勲ですね。
[気になる点] 後書きの「高滝SA」は「高滝湖PA」では?。ご訂正を。 年に1~2回通るので。
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