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平宰相〜北条嫡男物語〜  作者: 小山田小太郎
西堂丸の巻(1543年~)
25/117

西堂丸の提案

 小田原城の評定の間には重臣達が集まっていた。大評定の面子である。


 包囲網を何とか凌ぎきり、河越城では存外な勝利を得ることができた。状況が変化したことで、父上は意思統一が必要だと考え、臨時の大評定となったのだ。「西堂丸も出席せよ。」と言われている。


 まず論功の報告がなされ、長期の籠城に耐え、扇谷上杉朝定を討ち取った北条綱成が勲功一位と称せられた。論功の後、大道寺周勝から現状報告がなされる。


「古河公方足利晴氏様に、藤氏様を廃嫡し、梅千代王丸様を嫡男にと申し入れ、快諾されました。」


 梅千代王丸は後の義氏のことで、足利晴氏と北条氏康の妹の間に生まれた子供だ。快諾かどうかは些細なことであるな。


「公方様を支える重臣に大和晴統、野田弘朝、山中盛定が列せられました。」


 重臣と言う名の監視役だが、それも些細なことである。古河公方足利家は完全に北条家の軍門に降ったのだ。


「続いて扇谷上杉家は断絶しました。河越城攻めに与力した者に圧力を掛けているところです。」


 周勝の報告に父上が頷く。「順調のようだな。問題あるまい。」いや!問題があるのだ。


「父上!発言をお許しいただけますか?」


「西堂丸、何か問題があるのか?申してみよ。」


「お許しありがとうございます。儂の懸念は岩槻城じゃ。太田資顕は信用できるが、その弟である太田資正は扇谷上杉の主力を率いておった。資顕には娘しかおらず、万一の場合、資正が岩槻城主となるやもしれぬ。」


 一息入れ、周りを見回す。皆耳を傾けてくれているようなので続ける。


「岩槻太田資顕の婿に、江戸太田景資を入れるのが良いと思う。幸いなことに資顕と景資は昵懇の仲と聞いておる。景資は庶長子であるが故、江戸太田から出ても問題無かろう。如何じゃ?」


 太田氏は名将太田道灌を輩出した家で、扇谷上杉陣営の岩槻太田と北条陣営の江戸太田に分かれていた。岩槻太田から反北条を払拭するのだ。


「西堂丸。岩槻の太田資正は良き武士だと聞く。他所へ行かれるのは些か勿体ないのではないか?」


「父上。資正は良き武士じゃが、河越で討死した難波田盛重と親子のように親しかったと聞いております。難波田の仇である北条家に(なび)くとは到底思えませぬ。」


 史実でも太田資正は名将である。それは北条家に最後まで抵抗し続けて得た勇名なのだ。


「道理じゃな。そのように取り計らおう。次は山内上杉のことじゃ。」


 皆からは如何に攻めるか?誰某(だれそれ)を調略するかとの意見が出る。静観している西堂丸を見て、北条幻庵が声を掛けてきた。


「若君にも何か思案があるのではないか?」


「では申します。儂は上野を攻めるのは時期尚早だと思うのじゃ。山内上杉と和を結ぶ好機だと思う。」


 幻庵は興味津々といった表情で問い掛ける。


「当主を失い、周囲の諸侯で今一番攻め取りやすいのが山内上杉である。若君は何故攻めるのを躊躇(ためら)うのじゃ?」


「大叔父様。上野は美味そうに見えるが毒饅頭じゃ。物事には段取りがあるように、国盗りにも段取りがあるのじゃ。手順を踏まねば要らぬ苦労が増えるだけじゃ。」


「段取りとは如何なることか?」幻庵が続きを促す。


「小田原から見るとどこも正面の敵じゃが、広く関東平野として見ると、里見家が常に北条家の背後となっておるのじゃ。北関東は小田原から遠い。背後に敵を抱えていては、力を存分に発揮することなどできぬ。」


 赤備の北条綱高が同意する。


「確かに里見水軍がある限り、海岸沿いは常に攻め込まれる懸念が付き纏います。若様の言葉を聞いて、初めて広い視点でものが見えた気がします。」


 青備の富永政直も口を挟む。


「此度でさえ、すぐに河越城に向かえたのは綱成殿の黄備だけでありましたな。これが上野、下野、更には越後となると尚更心細いですな。」


 幻庵も「道理であるな」と頷いたが、質問を重ねてきた。


「若君は山内上杉をどうするつもりじゃ?何か良い案があるのか?」


「山内上杉は嫡男がまだ幼く継ぐことができぬ。他所から当主を迎えなければならない筈じゃ。儂は宅間殿を関東管領として送り込むと良いと思うのじゃ。」


 宅間上杉は山内、扇谷、犬懸と並ぶ上杉の名家であった。長引く戦乱で勢いを失い、今では北条家に身を寄せ血脈を繋いでいた。


「宅間殿は温厚で人柄も良く公正な人物と聞く。長野業正が家宰を務め、北条家が後押ししたなら、上野は戦乱とは無縁の地となるであろう。」


 宅間殿は北条家に深く恩義を感じており、実質的には従属に近い同盟国となる可能性が高い。幻庵は大きく頷くと父上に向き直った。


「御本城様、若君の思案が最善かと存じます。兵を仕向けるのでなければ、長野業正も交渉に応じましょう。某に任せては頂けませぬか?」


 父上は「幻庵に任せる。」と決裁した。

人物紹介

大和晴統(?)北条氏の御家門衆。幕府奉公衆。

野田弘朝(?)古河公方重臣。親北条派。

山中盛定(?)北条氏の譜代衆。山中家は荒木家と並ぶ治水の家(という設定)

太田資顕(?-1547)岩槻太田氏当主。号は全鑑。

太田資正(1522-1591)岩槻太田氏。資顕の弟。

太田景資(?-1563)江戸太田の庶長子。太田康資の異母兄。

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