西堂丸の密命
1543年秋 相模国 小田原 西堂丸
ブーン!ビューン!
猪助と段蔵が槍を釣りの遠投の要領で振っている。槍先にはスリングがついており、簡易投石器となっているのだ。
「若様!飛距離は伸びておりますが、精度は如何ともしがたいものがあります。」
「そうか。野戦向きではないかもしれぬな。人数をかけて弾幕を張る感じでの運用を検討しよう。」
足軽の主武器は長槍である。普段から鋤鍬を使っているので、武芸の心得が無くても槍衾を組んで叩く動きには問題がない。これに遠距離攻撃手段を追加しようという試みだ。竹竿のしなりがいいのではないかと話していると、大道寺盛昌がやって来た。
「若様!こちらに居られましたか。稲がたわわに実っておりますぞ。」
「爺、聞こえておる。後で儂も見に行こう。」
盛昌には心労を掛けてばかりだ。夏の盛りに田の水を抜く【中干し】を行おうとした際は「枯れたら如何します。」と心配していた。神奈河新四郎が見事な大樽に引き続き、手回し式脱穀機と扇風機を完成させた。それに喜んで名を授けたのだ。盛昌はその場では神妙な顔をしていた癖に後で「簡単に名を授けてはなりません。」と怒られた。さすがに【鉋河】はまずかったかな。でも与えられる褒美が何も無いのだから仕方ない。
真田幸綱が厩橋城に居るのが確認されている。中々の人物で、城主の長野業正の信任も厚いようだ。しかし、信濃の地に戻ることを諦めていないようだった。「其方が口説いてみよ。」と父上が仰せになり、幼名では格好がつかないので手紙だけならと北条新九郎と記し、五日に一度は送っている。そして忠貞には密命を与えて薩摩に行かせている。出発してからもう一月になる。そろそろ到着しているだろうか。
side島津忠貞 薩摩国加世田城
「兄上、ご無沙汰いたしております。父上と母上の墓参りをお許しいただき、ありがとうございました。」
目の前にいるのは兄の島津忠良である。分家同士の争いが絶えず、宗家の当主が相次いで亡くなったため、島津家には混乱が続いていた。それを統一しつつあるのが島津忠良、貴久の親子なのだ。
「忠貞、久しいな。儂のせいで其方には辛い思いをさせてしまった。御家もようやく安定してきた、誰憚ることもない。薩摩に戻って儂を助けてくれぬか?」
相州島津家の嫡流を兄弟で争わないようにと、幼い頃から僧門に入った。兄はそのことを申し訳なく思っているそうだ。
「ありがたいお言葉ですが、妻子を小田原に残しております。また良き主にも恵まれました。わざわざ島津家中の火種を増やすこともありますまい。」
「であるな。土産の江川酒は帝にも献上された銘酒と聞く。何か望みがあれば叶えよう。」
「お許しをいただけるのであれば、種子島に鉄砲が伝わり、複製の研究をしていると聞いております。私の供にも刀鍛冶がおりますので、研究にお加えいただきたいのです。」
「なんと!地獄耳か千里眼でも持っておるのか。確かに研究しておるが、まあ良い。其方の望みじゃ。これまでの償いと思って受け入れよう。」
兄の許可が下りた。遥々薩摩まで来た甲斐があったというものだ。供の者達も安堵することであろう。同行してきたのは、火薬の専門家である大藤景長、武蔵下原の若手刀鍛冶で山本甚兵衛・清兵衛兄弟である。
当初、鉄砲を買い入れるつもりであったが、希少で高額になるとして技術を取得することになった。山本兄弟には西堂丸様から螺子と呼ばれる部品の木製模型を託されているそうだ。加世田城を後にし、山川湊から種子島に渡る。
兄上の手紙のお陰で八板金兵衛を紹介された。金兵衛は螺子を見て驚き、すぐに山本兄弟と昵懇になったようだ。景長も鉄砲をいたく気に入ったようで、火薬の配合を学ぶため種子島に残ることになった。さて、もう一踏ん張りだ。種子島から屋久島へ渡って旧友達に会わなければな。
屋久島は入江が多く海賊衆の拠点となっている。相州島津家の勢力範囲ではあるが、独立性の高い海賊衆が拠点としてるのだ。砦の入り口で訪いを告げる。
「棟梁共に会いたい。島津長徳軒が来たと伝えて下され。」
長徳軒は僧門にいたときの名乗りである。屋久島の海賊衆は明から帰国する時に世話になった者達だ。門番と一悶着あったが、棟梁達がすぐに現れた。皆、懐かしい顔ばかりだ。
「鄧文俊!林碧川!沈南山!みんな無事のようだな。会えて嬉しいぞ。土産に酒もあるぞ!」
「「「長徳軒殿。久しゅうございます。ご無事でなによりです。」」」
彼らは倭寇と呼ばれた海賊集団の一派で明との貿易商人の一面もある。明では楊哥海賊として恐れられているのだ。御本城様と西堂丸様からの密命の一つが造船技師や操船に長けた船頭の勧誘である。水軍の練度や技術で北条家は里見家の後塵を拝している。三浦半島より西側の制海権をなんとか確保しているのが現状なのだ。暫くは屋久島に逗留することになりそうだな。
人物紹介
山本兄弟は架空人物です。武蔵の刀工山本家は山本周重から始まる北条家のお抱え職人の一族です。
屋久島海賊衆。倭寇の記録にある人物です。楊哥を拠点にした倭寇集団。楊哥は呼子(九州北部)と考えられているそうです。読み方が屋久島っぽいので屋久水軍として登場させました。




