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死神の鎌  作者: ASH
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第1話②

鳥の鳴き声や木々のさざめきが木霊する森林。その中の一本道を佑は走っていた。

森に入ってから3分ほど経ったとき、佑の耳にガヤガヤというたくさんの人が喋る声が聞こえてきた。その声は道を進むごとにどんどん大きくなっていく。

佑は目的地が近いと知って嬉しくなり、笑みを浮かべてペースを上げた。


森林を抜けた佑の目にバッと飛び込んできたのは、たくさんのテントと人で埋まったキャンプサイトの光景だった。同時に森林で吸収されていた分の音がダイレクトに佑へ伝わったことで、ガヤガヤという声も最高潮に達する。


1万メートル四方のこの場所ではどこでもテントを建ててよいことになっており、今日も赤、黄、緑、紫などのカラフルなテントが、火が燃え移らない程度に遠く、だが隣のグループと会話できるくらいには近い間隔で立ち並んでいた。

キャンパーたちはあるいは大きなグリルでバーベキューをしたり、あるいはハンモックを木の間にかけて昼寝をしていたりと、思い思いの時間を過ごしている。


佑は当たる風の心地よさに、思わず大きく息を吸う。瞬間、マイナスイオンたっぷりの清澄な空気と焼肉のいい匂いが鼻の中いっぱいに広がった。

それらを十分堪能してから、佑は大きく息を吐いた。


「いやー。やっぱここはいつ来ても気持ちいい場所だなぁ。」


しみじみとそう思いながら、佑は「もし皆で来たら・・・」と、ピーター、マリエと一緒にキャンプをしている姿を想像し始めた。

マリエは椅子に座り、吹き抜ける風に髪を揺らせながら静かに読書をするだろう。その間、ピーターと佑は一緒に遊んでいる。先ほどまで原っぱでしていたように、笑顔で駆けずり回るだろう。例えばしりとりをしながらボールをパスしあったり・・・。


ん?ボール・・・ボール・・・。


「・・あっ!そうだ!ボール探さなきゃなんだった!」


佑はハッと本来の目的を思い出し、急いでキャンプの妄想を止めてボールを探すためにテントの群れの中に入っていった。


テントとテントの間を、グリルやハンマー、チェアなどのキャンプ用具にぶつかったりしないよう慎重に進みながら、佑はキャンパーの人たちに声をかけていく。


「すみません。このあたりでボール見ませんでしたか?」

「ボール?見てないわねぇ・・」


小さめのグリルで一人焼肉をしていた茶髪の女性にそう答えられ、佑は礼をいってから他の人の所へ行った。


「公園で遊んで来たら飛んできちゃって・・」

「もしここに落ちてたら何かしらにはぶつかってるはずだけど、そんな音もしなかったなぁ。」

「俺も聞いてないねぇ・・・ごめんな、力になれなくて。」


椅子に座って酒を酌み交わしていたヨーロッパ系のオシャレな中年男性2人に謝られ、佑は「いえいえ。こちらこそすみません、邪魔しちゃって。」と一言詫びを入れてからその場を後にした。


「青色の結構新しめのボールで・・」

「それは知らんぜよ・・。あっ、赤色の獣肉ならあるが、いかがでござるか?」


ちょんまげの侍に笑顔で豚肉のパックを差し出され、佑は「あ、大丈夫です。お気持ちだけ受け取っておきますね!」と丁重に断って別のテントに向かった・・・。


こんな感じで尋ねる、聞く、礼を言うを何回も繰り返し、20人目から「知らない」という返事を聞いた後、疲れた佑は一旦立ち止まってふぅ~と1つ息をついた。


額に浮かんだ汗を腕でぬぐいながら、佑は入り口の方を向き、自分がどのくらい進んだのかを確認した。佑から入り口までの距離はテント20個分、およそ1000mくらいだ。

続いて佑は入り口の反対側、キャンプサイトの端の方を向いた。そこまでの距離は入り口までの距離のおよそ8、9倍。ということは多くてあとテント180個は回らなければいけない、ということだ。


そこまで計算して、佑はまた少しため息をついた。


「うーん。意外とキャンプサイト広いなぁ。いったん2人のとこに戻った方がいいのかなぁ・・。」


佑は顎に手を当て、1人でもう少し探してみるか、それとも一旦戻って2人に協力してもらうか悩み始める。

佑が目を閉じて真剣に考えを巡らせていた、その時。


「あのーすいません。」


佑の後ろから低い男性の声がかけられた。


その声を聞いた瞬間、佑はカッと目を見開いた。

周りの時が止まったように感じられ、人々の騒ぐ声も肉の焼ける音も、一切聞こえなくなる。動悸が異常に早まり、息はすぐに上がる。


その感覚はちょうど夢の中で『あの人』の気配を感じた時と同じだった。驚きと期待の入り混じった、あの感覚。

しかし、今後ろに立っているのは『あの人』では無い。この人は、この声は・・・。


佑はそれを確かめるため、バッと後ろを振り向いた。


そこには40歳ほどの男性が立っていた。ジーパンにポロシャツというラフな格好で、両手で青色のボールを持っている。そこそこ整った日本系の顔をしており、赤いフレームのメガネと鼻のてっぺんについた黒子(ほくろ)が特徴的だった。


その顔を見た瞬間、またも強い衝撃が佑を襲った。心臓がとんでもない速さで振動し、顔から汗がドバっと噴き出す。

それもそのはずだ。なぜならこの顔は・・この声は・・・


(・・・誰だ?)


男性の姿は、佑の記憶の中には無かった。


いやそんなはずはない、と佑はすぐさま否定する。佑の直感、本能は確かに「彼は×××××だ!!」と強く告げているのだ。


(人違い?いや、そんなはずない。絶対に僕はこの人にあったことがある。昔・・・昔どこかで・・・)


考えるとともに、佑の思考は男性の影を追い求めて過去へ過去へと(さかのぼ)り始めた。脳がすさまじい速さで回り、過去の出来事をまるで糸を手繰るように回想していく。


ピーターとマリエに会う前。

宿舎に入る前。

天国に来る前。

そして・・・・


《空白》《空白》《空白》《空白》《空白》《空白》《空白》《空白》《空白》《空白》《空白》《空白》《空白》《空白》《空白》《空白》《空白》《空白》《空白》《空白》《空白》《空白》


(・・・え?)


佑は突如頭の中に湧き出た《空白》に、「そんなはずない」ともう一度記憶をたどる。


3人で遊んだ日々。

初めて出会った日。

宿舎を眺めてこれからの日々にワクワクしていた時。

カミサマに今日から暮らす場所を教えてもらったとき。

そして・・・


《空白》《空白》《空白》《空白》《空白》《空白》《空白》《空白》《空白》《空白》《空白》《空白》《空白》《空白》《空白》《空白》《空白》《空白》《空白》《空白》《空白》《空白》


(嘘だ。・・嘘だ!!)


パニックに陥りながら佑はやけくそで記憶を(さかのぼ)り続ける。

しかしいくら細かく出来事を思い出して行っても、最後に待ち受けるのはただ1つ《空白》だった。


佑が男の方に振り返ってからここまで、時間にして5秒ほど。

普通の人はそこまで気にしないこの5秒間の硬直の中、佑はある1つの残酷な真実にたどり着いてしまった、というより気づいてしまった。


自分の中に『昔の記憶』というものが、存在しないことに。

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