プロローグ
朝8時。チュンチュンと雀の鳴き声が響く日に照らされた部屋で、目を覚ました佑はバッと布団をはねのけ体を起こした。先ほどまで感じていた絶望はまだ心を圧迫しており、佑はぜぇぜぇと不規則に息を吐く。
しばらくそうした後、佑は顔を上げて辺りを見渡した。
白い壁に木製の床で出来た8畳の部屋。ベットの横に置かれた学習机の上には昨日の夜に終わらせた学校の宿題がそのまま乗っており、その机の前にある窓からはきれいな青空がのぞいている。
いつもと変わらない朝の風景に、佑はようやく先ほどの地獄がただの悪夢だったことを認識した。安堵してフーッっと大きく息を吐き、動悸を抑える。
だが夢で味わった絶望はまだ心に残り、傷をえぐるようにうずいていた。
佑は胸を抑えて自問自答する。
なぜ自分はあの部屋にいたのか。どうしてあんなに色んな感情に襲われていたのか。一瞬感じた明るい雰囲気は誰のものだったのか。その人が消えたのはなぜか。そして何より・・
「なんでこの場所で、こんなに辛い思いをするんだろう?」
佑がつぶやいた瞬間、ドンドンドン!と部屋のドアが強くノックされた。それと同時に明るい声がドアの向こうから響いてくる。
「おーい佑ぅ!!早く起きろよ!!今日は日曜だぞ!遊び放題なんだぞ!!」
「あ!ごめん!もう起きてる!!」
聞きなれたその声に佑は思考を中断し、ベットを降りてドアの方に向かった。
ドアを開けるとそこには金髪で青い目をした少年―ピーターと、メイド服を着た赤毛の少女―マリエが佑を待っていた。
二人は佑と同じ宿舎に住んでいる同い年の親友だ。宿舎で知り合ってから学校にも一緒に通い、食事もほとんど一緒に食べ、そんなことを重ねているうちにいつの間にか家族のような存在になっていた。
ピーターは佑の格好を上から下まで見て、ぶーっと頬を膨らませて不満を露わにした。
「なんだよ佑!まだパジャマじゃんか!せっかく日曜なのに、それじゃ遊びに行けないだろ!早く着替えてよ!!」
怒るピーターをマリエが優しくなだめる。
「まぁまぁピーター様。そんなに急かさなくてもいいじゃないですか。今日は学校も無いのですし。」
「いや!今日はなんか・・とにかく早く遊びに行きたいんだよ!早く行こう行こう!!」
「もう・・ピーター今日どうしたの・・?」
佑は苦笑しながらドアの横の壁に掛かっている籠を見る。そこにはきれいに畳まれたジーパンと黄色のTシャツが入っていた。
服を選択してくれたのは宿舎で働いている家政婦さんだ。彼女は住んでいる20人ほどの衣服の洗濯や食事の用意をしてくれている。22時までに家政婦さんの部屋の前にあるボックスに入れられた服は、朝このようにして新品同様の姿になって帰ってくるのだ。
籠から服をとった佑を見て、ピーターは嬉しそうに声をかけた。
「お!遊びに行ってくれるのか!!」
「まぁ起きちゃったからね。ちょっと待ってて!1分で着替えるから!」
「オッケー!なるべく早くね!!」
「分かりました。」
二人の返事を聞いた佑はドアを閉め、超特急で着替え始めた。
着ていた青いパジャマを脱ぐのに10秒。籠に入ったジーパンとTシャツを着るのに20秒。バックにトランプやゲーム機などの遊びに使いそうなものを入れるのに15秒という驚異的なスピードで支度を終えた佑は、再びドアを開ける。
部屋から出てきた佑を見るや否や、ピーターは「うん!」と大きく頷いてからその手をつかみ、
「じゃあ行こう!!」
と元気よく叫んで宿舎の出口めがけて走り始めた。
引っ張られる形で佑も走り出し、その後ろからマリエもすたすたと着いてくる。
ずんずんと宿舎の廊下を進んでいくピーターに、佑は慌てて声をかけた。
「ちょっと待って!僕まだ朝ごはん食べてない!!」
「大丈夫です佑様。朝ごはんならこちらに。」
「え?」
そういってマリエが佑に渡したのは、ラップに包まれたサンドイッチだった。
それを受け取り困惑しながら眺める佑に、マリエは説明を続ける。
「家政婦さんに頼んで私たちの分を作って貰いました。ピーター様が『朝ごはんを食べてる時間ももったいない!』とおっしゃるので。」
「えー?いつも学校あるときは絶対寝坊する人が『時間がもったいない!』って・・」
「そ、それとこれとは話が別だろ!?今日は日曜日!!いっぱい遊ばないと損だからな!!」
ピーターがかなり無理やり会話をまとめたところで、三人は宿舎の出口にたどり着いた。
ピーターは佑の手を放し(もっと早めに放してくれればいいのに、佑は思った)、両開きのドアを元気よくあけ放って外に飛び出していった。佑とマリエもその慌てように首をかしげながら、続いて宿舎を出る。
庇の作る影を抜けて降り立った場所は、見渡す限り広がる花畑だった。ひまわり、コスモス、チューリップ・・色とりどりの花が完璧な調和を保って見事に咲き誇っている。
そして少し高い丘の上に立っているこの花園からは、下の景色を展望台のように見下ろせる。
佑がゆっくりと目を向けたその景色は、なんとも不思議な、それでいてとても美しいものだった。
丘のすぐ下にはレンガ造りの商店街があり、その右手には鬱屈とした森林が広がっている。地平線のかなたには大きなビルの影がいくつも並び、そのビル群と商店街の間には竪穴式の住居がちらほらと見受けられる。
明らかに時代も地域も違うであろうエリアが、なぜか絶妙に共存しあって神秘的な光景を作り出していた。
さすがに都市や森林にいる人は見えないが、商店街にいる人たちなら何となくだが確認できる。その住人たちも実に多種多様だった。
甲冑を着込んだ騎士もいればスーツでびしっと決めたサラリーマンもいる。黒髪の人もいればありとあらゆる色を詰め込んだカラフルなヘアーの人もいる。道の両側には魚屋、八百屋、ゲーム屋、仕立て屋など、様々な店がズラリと立ち並び、それぞれの店員が大きな声で道行く人に呼びかけていた。
彼らもまたお互いの差異を一切気にする様子はなく、幸せそうに暮らしていた。
極めつけは空に浮かんでいる天使たちと、空に浮かんだ雲の上にいる後光を放つ大きな人影-カミサマだ。
天使は光る輪を頭の上に乗せ、純白の翼でこの世界のあちこちをはばたいている。彼らはお店の商品を運んだり困っている人を助けたりと、住民が快適に暮らせるようサポートをしているのだ。
そして決して消えることの無い雲の上から下界を見下ろすカミサマ。彼の後光はとても明るく、温かい雰囲気を持っており、その光に照らされて今日もこの世界の住民はたがいに笑い、楽しみ、ふざけあい、幸せに暮らしている。まさにこの世界を統べる存在であり、かつ人々にとって絶対の支えとなっている存在だ。
カミサマの光を見つめている内に、佑は徐々に心が温まり、幸せな気分になった。安らかな心持の中、佑は改めて昨夜の夢を思い出した。あのどうしようもない絶望感と薄暗い部屋を。
それと今目の前に広がる幸せな世界を比べ、佑は軽く頭を振って絶望と疑問を振り払った。
そう。自分の今いるこの場所で負の感情を抱くことなどありえない。
なぜならここは人類の歴史の中で永遠の安寧の地として定義されてきた場所。死者がたどり着く最終地点。
――『天国』なのだから。
「なに遠い目してるんだよー!早く来て!!は・や・く!!」
佑がハッと視線を移すと、丘を少し下ったところにいるピーターが大きく手を振っていた。その少し前では坂を下りる途中のマリエが振り返り、佑を心配そうに見つめている。
佑は二人を待たせてしまったことに対する申し訳なさと焦り、そして今までの悩みを一気に振り払いたいという気持ちから、
「はーーーーい!!!」
と大きく返事をして勢いよく丘を下って行った。
これが天国で過ごす最後の日になるとは考えもせずに。
いかがだったでしょうか!!
あらすじでかなりネタバレしてますが、それでも面白く読めるよう次回以降も頑張って書いていこうと思います!
アドバイスどしどしお待ちしております!