第三章 其の一
港町エルベーユ。
エルベーユは人族の領土である中央大陸の中心となる港町だ。
この港町の向こう側には、広大な海が広がっている。
エルベーユからはエルフ族や竜人族、ドワーフ族などの亜人が住む
亜人領、猫妖精族や犬人族などの獣人が
住む獣人領へも海路で繋がれている。 そして魔族達が住む魔大陸。
人族領の中央大陸と魔大陸を唯一繋ぐ海路。
それがこのエルベーユに存在する。 つまりエルベーユを奪還しない限り、
俺達は、魔大陸へ渡る術がない。
だからこそ俺達は、この『エルベーユ奪還作戦』を必ず成功させねばならない。
しかしいくら俺達が勇者とその盟友と云えど、四人ではやれる事が限られる。
よって俺達勇者一行は、王国騎士団と国が金で雇った傭兵や冒険者と
協力して、この『エルベーユ奪還作戦』を行う事となった。
しかし現在エルベーユは魔王軍の占領下にある。
故に正攻法で攻めたら、占領下にある街の住人に危害が及ぶ危険性がある。
だから王国騎士団や傭兵、冒険者部隊は四、五人で一組になり、
日が沈んだ頃を見計らって、夜襲をかけてエルベーユの奪還を目指す。
というのが基本的な作戦だ。
当然ながら俺達も作戦に参加するが、俺達は云わば切り札的存在だ。
まあ魔将軍ザンライルが勇者に討ち取られた事は、魔王軍にも伝わっているだろう。
魔将軍を直接倒した事により、俺のレベルも21から一気に28まで上昇した。
これによって俺の能力値は更に強化され、新しいスキルや魔法も覚えた。
しかしいくら勇者とはいえ、魔王軍の大軍を一人で相手出来るわけもない。
だから王国騎士団や傭兵、冒険者部隊が先陣を切って、エルベーユに潜入して、
人質を解放したり、魔王軍と交戦して、勇者と敵の親玉が一騎打ちする。
というシチュエーションを用意してくれるとの事だ。
まあタイマン勝負なら十分勝機はある。 前回に加えて、
今回も勇者が魔王軍の幹部を倒したとなると周囲への宣伝効果もバッチリだ。
人族側は勇者の勝利を称え、王族や貴族が尾ひれを付けて、民衆へ伝えるだろう。
逆に魔王軍側は狼狽して、必要以上に勇者とその盟友を警戒するであろう。
まあ俺としてもこの作戦に不満はない。
段取りは騎士団や傭兵、冒険者部隊が整えてくれるからな。
楽をできるなら、極力楽をしたい。 それが俺の本音だ。
そして夜になり、先発隊がエルベーユに潜入する。
俺達勇者一行は、闇夜に溶け込むように、漆黒のフーデッドローブを纏い、
エルベーユの入り口付近から見える丘陵地帯から、
双眼鏡で中の状況を確認しながら、味方の連絡を待つ。
味方からの連絡法は、俺が今右手に握っている長方形型の銀色の石版を使う。
この長方形型の銀色の石版は、魔法で作られた魔道具だ。
これを手にして魔力を込めれば、遠く離れた仲間とも
魔力を介した念話で連絡を取り合う事が可能だ。
俺はなかなか連絡が来ないので、首にかけた金の懐中時計をぱかっと開いた。
現在の時刻は夜の二十時半過ぎ。
既に味方の潜入部隊が突入して、三十分近くの時間が経過している。
「なかなか連絡がありませんわね」
と、やや焦れたように言うナタリア。
「そうね。 正直こういうのは性に合わないわ」
と、アリシアも不満気にそう呟いた。
「二人とも文句言わないの! 今、潜入部隊の皆が頑張ってるんだよ?」
軽く二人を嗜めるラル。
だがかく言う俺も少々焦れていた。
どうにもこういう待ち時間は退屈なんだよな。 まあ作戦だから仕方ないが。
その時、俺の皮製の腰袋が激しく揺れた。
おっ? どうやら動きがあったようだな。
俺は腰袋に手を入れて、長方形型の銀色の石版を取り出した。
『はい、ユーリスですが』
『ユーリス殿か、私だ! ライドルフだ!』
石版に刻んだ魔力刻印から、野太い男の声が聞こえてきた。
声の主は王国騎士団の騎士団長レオン・ライドルフだ。
しかし疑ってたわけではないが、本当に遠距離の仲間と連絡が取れている。
凄えな、この魔道具。 これは確かに便利だ。
但しこの魔道具は、かなり高価な品なので、限られた人数分しか用意してない。
更には基本的に使い捨ての魔道具なので、コスパも非常に悪い。
だがこういう非常時には、とても役立つ一品だ。
『おい、どうした? ユーリス殿、私の声が聞こえてないのかね?』
『あ、すいません。 大丈夫です、ちゃんと聞こえてますよ』
『そうか、ならばいい。 こちらの状況を教えておこう。
現在我等王国騎士団の潜入部隊が、斥候役を務めながら、
奇襲をかけて、敵の兵力を少しずつ減らしている。
もう少しで人質となった街の住民や貴族達を解放できそうだ」
ほう、王国騎士団も結構やるじゃねえか。
この作戦を国王が命じた時は、この騎士団長も露骨に渋っていたが、
いざ任務となれば、気持ちを切り替えて実行する辺りは大したものだ。
『そうですか。 それは何よりです。 やはり人質の命は最優先事項ですからね。
彼等が解放されたとなれば、我々も任務に専念しやすいです』
『うむ、民を護るのが我等、騎士の役目だからな』
まあそうだけど、普段はアンタ等、あまり民衆を助けないよね?
どちらかというと国王の私兵。 それが王国騎士団の実態と思うぜ。
だがやる気を出している相手にわざわざ水を刺すほど、俺も野暮じゃない。
『もうすぐ潜入部隊が人質を解放するだろう。 だが全ての人質を
解放するには、時間がかかる。 だから潜入部隊が頃合を見て、
光弾を夜空に打ち上げるから、その時に総攻撃をかける予定だ。
君達、勇者一行は敵の幹部が居ると思われる港の船着場に向かうんだ。
そして君達の手で再び敵の幹部を打ち破るんだ! いいな?』
随分大味な作戦だが、まあ不平を言う事も出来ない。
要するに船着場へ向かい、魔王軍の幹部をぶっ倒せばいいだけの話だ。
そうすればまた俺の――勇者の名声は高まるであろう。 うん、断る理由はないな。
『わかりました。 必ずこの手で魔王軍の幹部を倒して見せますよ』
『うむ、期待しているよ。 そろそろ光弾が夜空に打ち上げられるから、
それと同時に君達は街の中に入れ。 フォローは周囲の者がする!』
『はい、必ずやご期待に応えてみせましょう』
『ああ、では君達の武運を祈っているよ』
そこで会話は終わり、俺は長方形型の銀色の石版を腰袋の中に戻した。
「ナタリア、君は後衛でいつも通り臨機応変に攻撃魔法と回復魔法を頼む。
アリシアは俺と一緒に前衛で立ち塞がる敵を切り捨てていくぞ。
ラルは中衛で支援あるいは邪魔な敵を狙撃してくれ!」
「わかりましたわ」「了解」「了解でち!」
俺達はそう言葉を交わし、身につけた漆黒のフーデッドローブを目深に被った。
そして待つ事、五分余り。
闇夜に包まれた港町の夜空に一発、二発、三発と光弾が打ち上げられた。
よし、機は熟したな。
「――行くぞ! 街の中へ入って全速力で船着場へ向かうぞ!」