第二章 其の四
俺達が街の正門前に着くと、そこには既に多数の冒険者が集結していた。
人族を筆頭として、エルフ族、ドワーフ族、猫妖精族などの
獣人の姿もあった。 全員見るからに腕の立ちそうな連中ばかりだ。
その総数は軽く五十人は越えているな。
『今この古都ロザリアに魔王軍が攻め込んで来ております!
皆さんもご存知の通り港町エルベーユは魔王軍の占領下にあります。
この上この古都が陥落させられたら、王都まで攻め込まれるのも時間の問題です。
なので何としても魔王軍の侵攻を食い止めてください!』
このアナウンスを聞いて、周囲の冒険者達がどよめいた。
「おいおいおい、マジかよ? これってヤバくね?」
「ヤバいね、下手したら死ぬかもよ?」
「ばーか、こういう時こそ稼ぎ時だぜ? おーい、ギルドのお姉さんよ?
報奨金の方は期待していいんだよな?」
粗野な冒険者の問いにやや間を置いてから――
『はい、問題ありません。 多大な戦果をあげた人には冒険者ランクの
昇級も考慮するようです。 ですから心置きなく戦ってください!』
と、アナウンスする冒険者ギルドのお姉さん。
「よし、なら善は急げだ! この手で魔王軍を蹴散らしてやるぜ!」
「おいっ! 俺達も行くぜ!」
「分け前は均等だよね? じゃないと私は行かないわ」
「わかっているさ、もちろん均等さ」
「じゃあ行く!」
などと好き放題言う冒険者達。
ある意味頼もしい連中だ。 だがこれは俺にとっても好都合だ。
何せ敵の力量が分からない状況だからな。
だからまずはこいつ等に魔王軍と戦ってもらい、
敵の力量を知ってから、俺達はどうするか決めよう。
「ユーリス様、私達は討伐に向かわなくていいのですか?」
と、やや心配そうに訪ねてきたナタリア。
「いや俺達はいざという時の切り札さ。 もし仮に魔王軍が予想以上に
強かったとしても、最後の砦として俺達勇者一行が控えている。
それが魔王軍にとって見えないプレッシャーになるのさ」
「ふうん。 なる程、そういう心理的効果も考慮するとは、
流石、勇者様と言うべきかね?」 と、感心したようにアリシア。
「お兄ちゃん、凄いのだ。 あたち、感心したよ!」と、ラル。
などと賞賛してくれるのは、有り難いが結構適当な事を言っている。
でもクソ真面目に魔王軍と交戦するよりも、まずは当て馬を宛がい、
相手の力量を測ってから、美味しい所を漁夫の利で頂く。
これこそが鬼畜道というものさ。
なのでとりあえず俺達は高みの見ぶ――
「もしかして他の冒険者を当て馬に使ったの?
とすればこの人、なかなか侮れないわ」
実はこう見えて、俺は読唇術も出来る。
そして今ナタリアが物凄い小声で上記のように述べた。
俺の聴き違いか? いやそれは有り得ないな。
というか前からナタリアには、俺と似た匂いを感じていた。
いや別に彼女が鬼畜者というわけではない。
だが彼女が、見た目通りの純真な美少女ではない事は既に見抜いている。
何故なら彼女は為す事、言う事、全てそつがなく完璧なのだ。
何というか愛されるべき完璧美少女、という役割を演じているように見える。
根拠はある。
それは俺が似たような考えの持ち主だからだ。
俺も表面上は人から愛されるように演技している。
パーティ内では明るく振舞い、時には冗談も言ってパーティの雰囲気を和らげる。
しかしこれは残念ながら、全て計算されたものだ。
だからこそナタリアの行動や言動に俺と似た何かを感じていた。
「……ユーリス様? どうかされました?」
と、少し警戒気味な表情で問うナタリア。
「いや何でもないさ。 とりあえず俺達はしばらく戦況を見守ろう。
そしていざとなれば、俺達が前線に出て戦えばいいのさ」
「そうですわね」
そう言いながらも、ナタリアは警戒気味に俺を見据える。
だが心配する必要はない。 例え仮に君の性格が全て演技だとしても、
俺は君を軽蔑などしない。 むしろ偉いと褒めてやりたいくらいさ。
むしろこれ程、容姿に恵まれながらも、更に自分を磨こうとする精神。
俺はむしろそこに惹かれるぜ。 案外、俺達は似たもの同士かもな。
そう思いながら、俺は双眸を細めてナタリアを見据える。
すると彼女は――
「あのう、ユーリス様。 早く戦況を見守れる場所へ行きませんか?」
と、とても嫌そうな目で事務的に問うナタリア。
「ん? ああ、ああっ……そうだな」
なんかナタリアが凄い嫌そうなオーラを出しているんですけど?
これは地味にショックだな……。
まあいいさ、とりあえず今は魔王軍の動向に注目するぜ。
古都ロザリアの入り口付近に広がるラルバルナ平原。
そのラルバルナ平原で、魔王軍と冒険者で結成された討伐隊が死闘を繰り広げていた。
冒険者達は五、六人で一組となった部隊で、
前衛に戦士や聖騎士といったど防御役を配置。
中衛には魔法剣士や魔法銃士などの支援職を配置して、
後衛にメイン火力である魔道師や賢者などの魔法職。
そして僧侶などの回復役が前線を支える。
まあこの陣形や戦術自体は戦場における極めてオーソドックスな戦術だ。
しかし同様に魔王軍も前線には重装備の魔族兵やオーガ、トロル、ゴブリン、
コボルド、蜥蜴人間などを配置して、真っ向から相手を迎え撃つ。
そして後衛には、魔法が得意な魔族による魔法攻撃で敵の前線を攻撃する。
冒険者達も予想以上に善戦している。
だが敵との兵力差があり過ぎる。 冒険者達が精々七十人程度に対して、
魔王軍は軽くその二倍近くの兵力だ。 この兵力差はきつい。
次第に冒険者で結成された討伐隊が押され始める。
最初こそ勢いと気合で凌いでいたが、個々が好き勝手に動き出して、
その陣形は乱れ、遊軍が生まれ始めている。 これでは勝てるわけがない。
「ねえ、お兄ちゃん。 あたち達はここで傍観するだけなの?」
そのつぶらな瞳でジッと俺を見据えるラル。
その瞳には少しばかり批難の色がこもっていた。
「そうね。 このままだと冒険者の部隊が負けるのは明白だわ。
何もしないで、手を拱いているのも……ねえ?」
そういうアリシアの言葉にもやや棘がある。
そうだな、敵の戦力と戦術はおよそ把握できた。
これ以上、高みの見物をする必要はないな。 今が攻めごろだな!
「よし、機は熟した。 今より我等勇者一行が参戦するぞ!
全員、気を引き締めるんだ。 大丈夫だ、俺について来い! そうすれば勝てる!」
俺のこの言葉を待っていたように――
「了解でち!」と敬礼するラル。
「やれやれ、ようやく出番ね」と背中から漆黒の大剣を抜くアリシア。
「頑張って攻撃も回復もします」と、笑顔を浮かべるナタリア。
彼女らの言葉に呼応するように、俺は腰の剣帯から
白銀の片手直剣を抜剣して、頭上に掲げた。
「それでは行くぞ! ――突撃開始っ!!」