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最終章 其の五


 だが爆風が収まると、黒煙の中で魔王の身体が揺らめいた。

 視界が正常になると、身体の至る所から黒い煙を吐き出し、華麗な銀髪も

 煤だらけになった魔王が充血した双眸を細め、ゆっくりとこちらに歩み寄る。


「ごほ、ごほっ……い、今のは本気でヤバいと思った……ぜ」



 魔王は咳き込みながら、そう語りかけてきた。

 見るとかなり衰弱しているが、その眼は死んでいない。 或いは見る限り

 ――まだ終わりじゃない!

 そして魔王は右手に持った漆黒の魔剣をゆっくりと大上段に構えた。



「……見ての通り俺は満身創痍だ。

 今ならお前等四人でかかれば倒せるかもしれんぞ?

 だが俺は魔王、魔族の頂点に立つ存在。 故に引く事を知らぬ。

 だからこの身が果てるまで、戦う。 それが魔王としての矜持。

 さあ、勇者とその盟友よ、どうする?」



 魔王はまるで俺達を試すようにそう告げた。

 常識的に考えれば、四人掛かりで倒す選択肢を選ばない手はない。

 これは決闘じゃない。 人族と魔族の存亡をかけた戦いだ。



「……なんかあの人、自分に酔ってない? 時々ああいう男の人居ますよね~」


 と、バッサリと斬るナタリア。


「居る、居る。 男って本当馬鹿よね。 

 でもあたしはそういうの嫌いじゃない」


 と、アリシアがこちらを一瞥した。


「……お兄ちゃん、どうするの?」


 と、ラルが真剣な眼差しを向けてくる。

 なんか仲間からも試されている気がするなあ。

 まあ本音を云えば四人でボコりたい。

 その方が楽だし、確実だ。 だが俺も男、腐っても勇者。



 要するに魔王様は、

 この土壇場で生死を賭けたタイマン勝負を望んでいるのであろう。

 生死を賭けたタイマン勝負。 

 それは馬鹿げているが、ある意味漢の浪漫。

 そしてそれが勇者と魔王のタイマン勝負となれば後世に残る出来事となる。



 例え鬼畜勇者と云われても、勇者としての誇りは失いたくない。

 だから俺は馬鹿げた事と分かってながらも、前へ一歩踏み出した。



「面倒くせえ言い回しはいい。 魔王、要するに俺とタイマンしたいんだろ?」


 俺は飾らずど直球でそう問う。 すると魔王が微笑を浮かべた。


「ふふっ、お前はどうしようもない男だが、

 勇者としての誇りは持っているようだな。

 そうだ、魔王と勇者のタイマン。 俺は魔王の座について――」

「あ~、そういう自分語りはいいから!」

「……でお前はこの勝負受けるのか?」

「……ああ、受けて立とう!」



 すると後方でナタリアががくりと崩れた。

 アリシアは「やれやれ」と両肩を竦めている。 

 ラルは無言で俺を見つめている。

 まあ彼女らが呆れるのも無理ない。 

 理屈で考えたらアホらしい選択だ。



 だが俺は勇者。 

 卑怯者や鬼畜勇者と呼ばれても、勇者である事実は変わらない。

 そして勇者と云えば英雄譚。 勇者と魔王のタイマン勝負。

 これ以上の英雄譚はないであろう。 

 故にこの勝負に勝てばある種の伝説が生まれる。



 そして恥ずかしながら、俺はそういう状況に興奮している。

 地位や名誉。 酒池肉林。 

 そういう俗物的な物ばかり求めてきたが、

 この土壇場に来て、俺は男として、

 勇者として大切な何かを思い出した気がする。



「――勇者と魔王のタイマン勝負。 これに勝る英雄譚はないな」

「そうだな。 では覚悟は良いか? 勇者ユーリス!」

「ああ、構わないぜ。 魔王ガルガンガニス!」



 そう宣言すると、同時に俺は右手を長剣の柄に添えて、腰を落とした。

 恐らく魔王はもう限界だ。 攻撃出来たとしても一、二回が限度であろう。

 故にこの勝負は最初の一撃が重要である。



 ならば初撃さえ耐えれば、俺の勝機は高まるが、

 ここはあえて魔王に付き合う。

 俺も初撃に全ての力を込めて、一撃に全てを賭けてやる。



 散々卑怯者と云われたが、最後くらいは正々堂々と戦いたいからな。

 魔王は腰を落として、ジリジリと摺り足で間合いを詰めてくる。

 お互いの距離が次第にせばまってきた。 

 そして俺は全神経を集中させる。

 勝負は一瞬、その一瞬に全てをかけて俺は吼えた。



「――ナイトメア・スラッシュッ!」

「――イーグル・スラッシュッ!!」


 二人の雄叫びが、ほぼ同時に静寂を切り裂いた。

 俺は一番良く愛用する剣技に全てを籠めた。

 大技だと時間がかかるし、こういう場合は馴れ親しんだ技が一番だ。

 俺は全力で床を蹴り、駆け抜けた。 

 風を切り、空を切り、一直線に!



 そしてそれは魔王も同じだった。

 俺達は互いに剣技を繰り出して、一直線に駆け抜けた。

 短い攻防だったが、お互いの全てをかけた戦いだった。



「――ぐっ!?」



 次の瞬間、俺の白銀の軽鎧の肩先が裂け、肌から血が流れ落ちた。

 鋭く速い一撃だ。 こんな剣は初めて喰らったぜ。

 流石、魔王だ。 凄い剣技だったぜ。 

 俺は思わず身を屈めて、しゃがみ込んだ。

 対する魔王は、満足そうに微笑を浮かべていたが――


「がふっ!?」



 魔王の腹部が切り裂かれ、周囲に鮮血が飛び散った。

 そして魔王はふらふらしながらも、こちらに振り向いた。



「――見事な剣技であったぞ。 勇者よ、お前が勝者だっ……」


 とだけ告げると、力尽きたように床に崩れ落ちた。

 この瞬間、俺の勝利が確定した。 

 俺は――勇者は魔王に勝ったのだ。


「おお、やりましたね! これで世界は救われましたわ!」

「……やるじゃない」

「……凄い、凄いよ、お兄ちゃんっ!」



 後方で俺達の戦いを見守っていたナタリア達が歓喜の声を上げた。

 だが肝心の俺は何処か冷めた気持ちに包まれた。 

 勿論、勝った事は嬉しい。

 これで俺が長年望んでいた富や名誉が手に入るであろう。



 しかしいざ事をしてみると、

 想像していたものとは違う感情に包まれた。

 それは今地べたに転がる魔王に対しての敬意であった。



 考えてみれば、俺は王に云われるまま『魔王討伐』の旅に出た。

 魔王は忌むべき存在、倒すべき勇者の宿敵。



 そう信じて、この魔王城までやって来た。

 だが今俺の前で倒れている男は、本当に忌むべき存在か?

 それは違う。 少なくともこの男は誇り高き戦士の矜持を持っていた。

 それに先代勇者が魔王を討伐した後、魔族は辺境に追いやられたらしいが、

 その魔族を統率して、再び魔族の地位を高めたのは、この男――魔王だ。



 ここで魔王に止めを刺せば、俺は多大な富と名誉を手に入れる事が可能だ。

 だがそれは一過性のものに過ぎない。 

 それは先代勇者の現状を見ればよく分かる。

 先代勇者は引退後も人々から尊敬され、

 敬われたが愛した女性は守れなかった。



 思えば俺が世の中に対して、疑問を抱いたのも母の死が発端だ。

 少なくとも俺は愛した女一人守れない男にはなりたくない。



 そう胸に刻み、王族や貴族の都合の良い道具にならないと決意した。

 だがもしここで俺が魔王を倒して王都に凱旋しても、王族や貴族は

 最初こそ歓迎するが、いずれ勇者の存在を疎ましく思うだろう。



 そう考えたら魔族より人族の方が狡猾で冷淡かもしれない。

 だが俺は勇者であり、人族。 

 故に人族のコミュニティで生きて行くしかない。

 でも都合の良い道具では終わりたくない。 

 ならば俺が選ぶ選択肢は――


「……勇者よ、お前の勝ちだ。 さあ、止めを刺すが良い」


 と、床に大の字になりながら魔王が呟いた。


「まあ普通ならそうするのが賢明だよな。 でも俺は違う。

 魔王よ、お前に俺との再戦の機会を与えてやろう」

「な、何っ!? き、貴様……どういうつもりだっ!?」


 この言葉には流石に魔王も驚きを隠せない。

 いや魔王だけでなく、後ろに居るナタリア達も声を上げて叫び出した。


「な、何を云ってるのです、ユーリス様!?」

「……もしかして剣を交えて、友情が生まれたとかいう落ち?」

「……流石にこれには同意しかねるよ、お兄ちゃん」


 当然の如く猛反発する勇者の盟友達。

 だが俺は勇者、魔王を倒した勇者。 

 だからここは俺の好きにさせてもらう!


「だまらっしゃい! ……心配するな、お前等にも納得できるように説明する。

 魔王よ、俺達はお互いに欠かせない存在だよな?

 つまり魔王を倒した勇者は、最初こそ人族の社会で歓迎されるが、

 いずれ邪魔者になる。 それは先代勇者――つまり俺の親父が実証済みだ。

 正直俺は同じ轍を踏むつもりはない! だから魔王よ、

 あえてここで貴様に止めはささない。 そして貴様はまた多くの

 部下を引き連れて、辺境へ逃げるが良い。 そしてまた力を蓄えたら、

 人族に宣戦布告しろ? そうすればまた勇者の存在意義が産まれる」



 俺の言葉を理解した魔王は目を見開き、

 信じられないといった表情をする。

 それは魔王だけでない。

 後ろに居るナタリア、アリシア、ラルも同様だった。



「……つまりその方がお前にとっても都合が良い、というわけか?」


 と、低い声で問う魔王。


「ああ、お前さんは生き延びれて、俺との再戦の機会も得られる。

 対する俺はしばらく平穏に暮らすが、勇者の立場が危ぶまれてきたら、

 再び魔王と魔族という敵が現れる事によって、再び勇者の存在意義が高まる。

 どうだい? 悪い話じゃなかろう? ん?」

「……まるで自作自演のような筋書きですわ」と、不満気な顔のナタリア。

「……しかしよくこういう事を思いつくね」と、呆れ気味のアリシア。

「……やはりお兄ちゃんは並の勇者じゃないでちっ!」と、ラル。


 盟友三人から呆れ気味の感想が漏らされる。

 まあ当然といえば当然だ。 

 だが彼女らは苦笑しながらも、事の次第を見守る。


「……ふん、やはり貴様は鬼畜勇者だ。 よくもこんな事を思いつくわ」と、魔王。

「お褒めのお言葉ありがとよ!」

「褒めてなどいない! 呆れているのだっ!!」



 魔王は震える身体をゆっくり床から起こした。

 そして急に「フハハハッ……ハハハッ」と笑い声を上げた。



「なんか急に馬鹿らしくなってきたぜ。 俺は先代魔王が倒れた後、

 嫌々魔族を率いてきた。 正直魔王と云う立場も俺には重荷だった。 

 だが俺の代わりになれそうな奴も居ないので、

 仕方なく今日まで魔王という立場を演じてきた。

 だがそんな俺の唯一の楽しみが勇者との戦いだった。 

 云わばこれは魔王のみに与えられた特権。 

 だから俺は勇者がどんな男か楽しみにしていたが――」

「……悪いね、こんな勇者でさぞ幻滅しただろ?」



 やはりこいつはそんなに悪い奴じゃない。 こいつはこいつなりに無理して、

 魔王という大役を演じてきたのだろう。 俺も勇者だからその気持ち分か――


「ああ、幻滅だよ! 激しく幻滅したよ! 俺の唯一の楽しみだったのに、

 何で俺が魔王の時に限って、こんなどうしようもない勇者が現れたのだよ!?」


 あちゃぁ~。 少しは分かり合えたと思ったが、魔王さん、ガチでご立腹だ。

 まあでも無理もねえか。 我ながら酷い勇者だと思うしな。 あはははっ……。


「だが不思議と悪い気分ではない。 

 お前は卑怯者でどうしようもない鬼畜勇者だが、

 先代勇者にはない度量の深さがある。 

 ……いいだろう、貴様の案に乗ってやる」

「……そうか、そいつは助かるぜ」

「……でも貴様の盟友がどう云うかな?」


 と、魔王がナタリア達に視線を向けた。

 そうだよなあ。 問題はそこだよなあ。

 俺は頬を指で掻きながら、彼女達を見据えた。

 するとナタリア達は顔を見合わせて、何か言葉を交わし合った。

 そして意見がまとまったようで、彼女達はこう告げた。


「……正直私としては不服ですが、ここはユーリス様の方針に従いますわ」

「……ほ、本当か!? ナタリアッ!!」

「でも私は魔王を倒したという称号は絶対に欲しいです。 その為だけに

 この旅に同行したようなものですからね。 ここだけは譲れませんわ!」


 あははは。 素のナタリアさん、ある意味男らしいな。

 ここまでハッキリ云われると、

 ムカつくよりある種の尊敬の念すら抱いてしまうぜ!


「……それもそうだな。 いくら貴様らが納得しても、手土産の一つもなければ、

 人族の王も納得しないでろう。 ……良かろう、これを受け取るが良い!」



 そう言って魔王は、懐に手を入れて何かを取り出した。

 俺は魔王に近づいて、それが何なのかを確認した。 ……これはっ!?

 魔王から眩く輝いた宝玉を手渡された。 

 素人の俺が見ても凄いお宝だと理解した。



「……これは魔族に伝わる伝説の宝玉だ。 

 これを持って行けば、『魔王を倒した証』になるであろう。 

 それとこの魔剣ラバルガスも持って行くが良い」

「……いいのか?」


 俺の言葉に魔王が小さく頷いた。


「ああ、構わんさ。 それにあくまで一時的に預けたに過ぎん。

 いずれ返してもらうつもりだ。 この手でお前を倒してな!」

「……そうか、分かった。 その日を楽しみに待っているぜ」

「ああ、だが俺がお前を倒しても、お前のように情けはかけないぞ?」

「それでいい。 まあ俺も負けるつもりはないがな!」

「……では俺はもう去る事にしよう。 さらばだ、鬼畜勇者とその盟友よ!」



 そう言って魔王はゆっくりと身体を起こして、立ち上がった。

 そして切断された自分の左腕を拾い、ゆっくりとこの場から去った。

 俺達はその魔王の後姿を黙って眺めて、魔王を見送った。



「やれやれ、一難去ってまた一難ですわ」と、ナタリア。

「……悪いな、俺の我侭でこんな真似をして」

「まあ私はいいですけどね。 どういう形であれこれで『魔王討伐』の称号を

 手に入れましたからね。 うふふ、これで私の人生は薔薇色ですわ!」

「ナタリアさん、良い性格してるッスね」

「ええ、よく言われますわ!」


 嫌味が通じないナタリアさん。 ある意味最強の存在である。


「まあアタシは面倒くさい話は嫌いだから、何も聞かなかった事にするわ」

「……アリシア、ありがとう!」

「いいって事ですよ」と、軽くウインクするアリシア。

「あたちも少し複雑の気分だけど、お兄ちゃんの意向に従うよ」

「……助かるよ、ラル」

「気にしなくていいよ、お兄ちゃん!」



 へっ、何だかんだで俺は良い仲間に恵まれたな。

 何にせよ、これで俺達の魔王討伐の戦いは終わりだ。

 長いようで短かったが、こいつ等と旅が出来て良かったぜ。



「じゃあ俺達も帰ろうぜ」

「そうですわね」と、ナタリア。

「そうね」と、アリシア。

「了解でち」と、ラル。



 そう言葉を交わして、俺達は魔王城を後にした。

 こうして勇者一行による『魔王討伐』の旅は終焉を迎えた。

 まあ問題がないわけでもないが、一応は当初の目的を達成出来た。

 いずれはまた魔王と再び剣を交える日が来るであろう。

 だがそれはしばらく先の話だ。 とりあえず今はゆっくり休みたい。



 ――親父、そして母さん。 俺なんとか勇者の大役を果たしたよ。

 ――実家に帰ったら、父さんと一緒に母さんの墓参りに行くよ。



 俺はそう胸に刻み込み、王都アールハイトを目指して、最後の旅に出た。





残すところエピローグのみ。

エピローグは明日の昼頃に投稿する予定です。


次回の更新は2020年5月31日(日)の予定です。


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