最終章 其の四
そして次の瞬間、魔王の漆黒の魔剣が、目の覚める勢いで袈裟斬りを放つ。
だが俺も素早く銀の長剣を翻して、魔王の魔剣を受け止める。
かきんっ! 硬質な金属音と共に俺の両手に凄い衝撃が伝わる。
な、なんだよ? これ? 凄い衝撃だ! 魔王軍の幹部の比じゃない。
俺は今の一撃だけで、理解した。
目の前の男が魔族の頂点に立つ存在という事を。
「ほう、俺の一撃を食い止めるとは、流石だな。 ふふふっ。
こういう一騎打ちは、魔王になってからは一度もしてないからな。
久々に血が沸く感じだ」
魔王は何処となく嬉しそうな表情だ。
だがこっちは強敵と相対する喜びなど微塵もない。 あるのは焦りと恐怖のみ。
しょうがねえ、やはりまともに戦っては勝負にならねえ。
ならば俺は俺らしく戦う!
「そうか、俺もお前もこの瞬間の為に生きていたのかもしれんな」
「ふっ、そうかもしれんな」
俺の口からの出任せに乗って来る魔王。
やはりこいつは勇者との戦いに拘っている。
ならばその気持ちを利用する。
「――喰らうがよい、魔王! ――『イーグル・スラッシュ』ッ!!
「――遅いわっ!」
閃光の速さで繰り出した俺の剣戟を難なく受け止める魔王。
その表情は凄く満足げだ。 しかしこの攻撃はフェイントに過ぎない。
俺は剣の柄に握っていた左手を離し、前方に突き出した。
そして即座に左手に水の闘気を纏い、水属性の水弾を直線状に放出。
完全に裏をかいた。 と思った瞬間、魔王がにやりと笑った。
「――貴様の事は調査済みだ! 魔王を舐めるんじゃねえっ!!」
そう言いながら、魔王は頭上に大きく跳躍した。
そして天井にぶつかる前に身体を反転させて、両足で天井の壁を踏みつけた。
「死ぬが良い、鬼畜勇者っ!!」
そう叫びながら魔王は全力で天井の壁を蹴り、全身を加速させ、
右足を前方に突き出し急降下する。 まるで流れるような攻撃だ。
だが俺とて馬鹿ではない。 幹部を倒した手で魔王を倒せるとは思ってない。
ばしんっ! 全体重が乗った魔王の右足が俺の両手を蹴り抜いた。
だが俺は両手に光の闘気を纏いながら、全力で魔王の蹴りをガードした。
骨に響く強烈な一撃で両腕が痺れる。 だが耐えられないレベルではない。
俺は痺れる左腕を前に突き出して、左掌から直線状に眩く輝いた光弾を放出。
至近距離の為、流石の魔王も完全回避は不可能だった。
魔王の至近距離で光弾を弾けさせて、一時的に魔王の視界を奪う。
――今だあぁっ!!
「――死ねい、魔王っ!! 『テラ・スラッシュ』ッ!!」
「ちっ! 小賢しい手を何度も使いおっ……うわあぁっ!」
魔王は即座にバックステップして、回避を試みたが、俺の英雄級の
光属性を有した一撃が、魔王の漆黒のコートの胸部を切り裂いた。
魔族の弱点属性を突かれた魔王は、
身体を痙攣させながらも咄嗟にサイドステップする。
だが俺の攻撃はまだまだ終わらないぜ。 俺は再び左腕を前に突き出し砲声する。
「――『フレイム・ボルト』!!」
最低限の詠唱で解き放たれた初級火炎魔法が魔王に命中。
爆音と共に光属性と火炎属性が交わり、魔力反応『溶解』が発生。
次の瞬間、魔王の全身が激しい炎雷に包まれた。
これで単独連携に成功。 だがこれで終わりじゃない。 次で仕上げだ!
「……これで終わりだっ! 『ライトニング・スティンガー』!」
俺は躊躇いなく自身の使える最大の剣技を放った。
次の瞬間、俺の白銀の長剣の切っ先から、
うねりを生じた眩い雷光が矢のような形状になり放たれる。
鋭く横回転しながら、空気を裂きながら、神速の速さで魔王に迫る。
だが魔王も余力を振り絞って、頭上にジャンプして回避行動を試みるが――
「ハアアアアアアァッ……アアアッ! 軌道よ、変われえええっ!?」
俺はそう叫びなり、矢状の眩い雷光がぐにゃりと曲がり、軌道を変えた。
そして魔王の左肩に命中。
「な、何ぃっ……軌道を変えただとっ!?」
驚愕の表情でそう叫ぶ魔王。
そして魔力反応が『溶解』から『太陽光』に変化する。
すると魔王の左肩に激しい波動が生じて、魔王の左腕を激しく捻った。
ふぅ。 ぶっつけ本番だったが、単独連携の二連撃に成功したぜ。
そして更に追撃すべく、俺は渾身の水平斬りを魔王の左腕に繰り出した。
「――『シャープ・スライダー』ッ!!」
マインド・リンクで強化された水平斬りが魔王の左腕を両断する。
「な、何っ……ば、馬鹿なあああぁぁぁっっ!!」
魔王の悲鳴と同時にその左腕が宙を舞った。
フェイントで相手を油断させ、小技で視界を奪い、単独連携の二連撃。
そして傷口に魔族の弱点である光属性の『太陽光』を発生させて、
一瞬の隙を突いて、相手の左腕を絶つ。 小細工と小技、そして難しい連続技。
止めは基本の初級剣術スキル。 ありとあらゆる策を弄した戦術だ。
真っ向勝負で勝てないなら、小細工を弄しても勝つ。
ある意味俺らしい戦い方だ。 だが大切なのは結果、過程はどうでもいい。
「こ、この俺の左腕をおぉぉぉっ……許さん、絶対に許さんっ!!」
「ふん、貴様に許しを請うつもりはない。
さあ、魔王。 そろそろチェックメイトだ」
俺は冷ややかな声でそう告げると、
ヒュンと銀の剣を鳴らして切っ先を地に下ろす。
だが魔王も両眼を見開きながら、ギリギリと歯軋りしながら後方に跳躍する。
そして全身から闘気と魔力を解放して、その双眸に殺意を滾らせた。
「……どうやら貴様の事を侮っていたようだ。
貴様、只の鬼畜勇者ではないな? 小細工だけでなく、機転も利く。
そして単独連携を二連撃する戦闘センス。
貴様は恥知らずで、卑怯者だがその実力は歴代勇者と変わらないか、
あるいはそれ以上だ。 ならば俺も全力と全能を持って貴様と対峙する!
ハアアアアアアッ……アアアアアアアアアッ!!」
ヤバい、魔王の周囲にとんでもない魔力が渦巻いている。
こ、こんな桁違いな魔力は初めてだ。 そして魔王は不敵に笑いながら――
「我は魔王、我はクレセントバルムの大地に祈りを捧げる。
母なる大地クレセントバルムよ。 我に力を与えたまえ!
死ねいっ! 『シャドウ・ストリームッ』!!」
魔王は右掌を前にかざして、全魔力を解き放った。
強大な魔力により、生じた漆黒の波動がこちらに目掛けて放たれた。
回避行動は……間に合わない。 クソッ……こっちも光属性魔法で対抗するしかない。
「我は勇者、我はクレセントバルムの大地に祈りを捧げる。
母なる大地クレセントバルムよ。 我に力を与えたまえ!
せいやあああぁっ! 『ホーリー・バーストッ』!!」
俺は魔力の残量も考えず、自身が使える最大級の魔法を全力で放った。
迫り来る漆黒の波動目掛けて、俺の両掌から眩く輝いた光炎が放出された。
そして漆黒の波動と光炎が正面衝突して、激しくせめぎ合う。
だが最初こそ拮抗していたが、次第に漆黒の波動が押し始める。
や、ヤバいな。 このままではジリ貧だ。
だが俺にはもうあまり魔力が残されていない。 ――どうする?
と、思い悩んでいると――
「仕方ありませんわね、ジルニア! マインド・リンクよ!」
「了解したニャン。 リンク・スタートッ!!」
おお、この窮地にナタリアが駆けつけてくれた。
彼女は既に守護聖獣を召喚しており、可愛らしい白猫を左肩に乗せている。
そして即座にマインド・リンクして魔力を解放して、こちらに駆け寄ってきた。
「苦戦しているようですね、ユーリス様」
「あ、ああ……ナタリアはあの魔導師を倒したのか?」
「当然ですわ。 あんな雑魚女、瞬殺でしたわ!」
そ、そうなのか? それにしては来るのが遅かったな。
でもこの事を突っ込んだら、キレそうだから、あえて口にしない。
「うっ……流石魔王。 とんでもない魔力ですわね。
でも一人で無理なら、二人で挑めばいいのです。 ユーリス様、力をお貸しします!」
「あ、ああっ。 頼む、俺一人では受け止めきれない」
「やはり最後はこの完璧美少女の力が必要ですか! ――いいでしょう!
我は賢者、我はクレセントバルムの大地に祈りを捧げる。
母なる大地クレセントバルムよ。 我に力を与えたまえ!
えいやあっ!! 『アルティメット・スターライトッ』!!」
そう素早く呪文が紡がれ、ナタリアの杖の先端の青い宝石に眩い光の波動が生じる。
そしてナタリアは両手杖を握る両腕を大きく引き絞った。
次の瞬間、宝石から迸った光の波動が流星のような速度で漆黒の波動に迫った。
ギ、ギュワアアアンッ!
ナタリアの放った魔法が俺の放った魔法を後押しするように、
光炎と光の波動が交わり、次第に漆黒の波動を押し返す。
「なっ……馬鹿な、この俺の魔法が押し返されているだとっ!?」
それまで余裕の表情だった魔王も焦りを見せ始めた。
魔力と魔力による綱引きが続く。 そして徐々に光の波動が押していく。
も、もう一踏ん張りだ。 だが俺にはもう魔力が残されていない。
「魔力が足りないの? ならアタシの魔力を使いないよ、勇者様」
「そ、その声はアリシア、それにラルも!」
「二人だけで美味しい所を持って行くのは駄目でち!」
おお、この土壇場でアリシアとラルも援軍に来てくれた。
二人はかなり傷を負っているが、どうやらあの一団を倒せたようだ。
これで一対四。 勝機が見えてきた。 ならばここは攻勢に出るべきだ!
「アリシア、俺に魔力を分けてくれ!」
「了解っ! ハアアッ……『マナ・デリバリー』ッ!!」
アリシアが魔剣士の職業能力を発動。
この能力は、名前のまんま任意の相手に魔力を受け渡す。
アリシアから魔力を受け取った俺の身体が再び魔力で満たされた。
「ナタリア、君はまだ魔力に余裕あるか?」
「はい。 ユーリス様。 ここは呼吸を合わせて、もう一度魔力を放出しましょう」
「分かった。 ナタリア、俺と君の愛のハーモニーで魔王を倒すぞ!」
「はあ? キモい事言わないでください。 ……では行きますわよ!」
「……ああ。 行くぜええええええっ!!」
そう言葉を交わして、俺とナタリアは再び魔力を放出した。
すると新たな魔力を受けた光の波動が激しく振動して、眩い輝きを放った。
そして物凄い勢いで、漆黒の波動を押し返して、漆黒の波動を眩い光が
完全に飲み込んで、そのままの勢いで魔王に命中した。
ドガアァァァン!! ドガァァァン!! ドガアァァァァァァン!!
凄まじい衝撃音が城内に轟き、大気が激しく揺れた。
魔王は光の波動に呑まれて、断末魔のような悲鳴を上げた。
「ば、ば、馬鹿なこの俺があああ……あああッ!!」
魔王の絶叫と共に激しい爆発音と爆風が生じて、前方の視界が霞んだ。
鼻を突く焦げ臭い匂いに、俺は思わず左手の甲で鼻を塞いだ。
「や、やった……のか?」
「分かりませんわ。 でも手応えはありましたわよ!」