最終章 其の二
「せいっ……『イーグル・スラッシュ』ッ!!」
「ギョエエエエエエエエエッ!!」
俺は白銀の長剣を水平に払い、薄茶色の蜥蜴人間の喉笛を切り裂いた。
周囲にはこの薄茶色の蜥蜴人間の死体の山が積み上げられている。
この薄茶色の蜥蜴人間は、
バイオレンス・リザードという名のモンスター。
その名の通りかなり狂暴だ。
俺達がレイビアを越えて、このだだっ広い荒野に渡ったところで、
この薄茶色の蜥蜴人間が頻繁に出現するようになった。
だが俺達は、魔王軍の幹部との戦いで随分と成長した。
バラムシュートに勝った事により、俺のレベルも35から41まで上昇。
レベルアップに加えて、あの強敵達との戦いで俺達は一皮も二皮も剥けた。
故にこの程度のモンスターなら、もう苦戦する事はない。
戦闘を終えた俺達は、再び荒野を徒歩で突き進んだ。
道中も何度もモンスターと遭遇したが、
殆ど俺とアリシアの二人で始末した。
俺達はこの広大な荒野をただひたすら歩き、
モンスターとの戦闘を重ね、夜は野営を繰り返して、遂に魔王城に辿り着いた。
「遂に辿り着いたな」
「ええ、正直疲れましたわ」と、ナタリア。
「だね、でももう少しで私達の使命は終わるわ」と、アリシア。
「油断しない方がいいですよ。 ある意味これからが本番です」とラル。
俺達はそれぞれ勝手な感想を述べながら、
前方に聳え立つ黒金の城を見据えた。
ここが俺達の旅の終着点。
そう思うと感慨深いものがあるが、ラルの言うように油断は大敵だ。
俺達は周囲を警戒しながら、魔王城の正門前まで突き進んだ。
すると正門の前で門番の如く立ち塞がる巨漢の魔族が視界に入った。
門番らしき魔族は、筋骨隆々で漆黒の鎧を着込んでおり、両手に戦斧を握っていた。
「そこの四人組。 今すぐその場で立ち止まれ。 それ以上近づいたら――」
「うん、止まるです。 でも発砲はするですっ! えいやぁっ!」
「お、おいっ……俺の話はまだ終わっ……うぎょっ!!」
ラルは躊躇なく水属性と電撃属性の合成弾を打ち込んだ。
水と電撃が交わり、眼前の門番らしき魔族は感電状態になる。
当然門番は「うぎょおおお」と悲鳴を上げて、全身を痙攣させる。
更にナタリアがそこに追い討ちをかけるように――
「敵を前にお喋りするなんて甘いですわっ! 我は賢者。 母なる大地クレセントバルムよ。 我に力を与えたまえ! 『プラズマ・バスター』!!」
素早く呪文を紡いで、英雄級の電撃魔法を喰らわせた。
感電状態で更に強力な電撃を浴びた門番は断末魔を上げて、息絶えた。
お、おい。 ラルレイアさんにナタリアさん、どうしちゃったんですか?
という感じの視線を俺が二人に向けると――
「もう勝負は始まってるのです。 油断する方が悪いんです。
これは人族や人族に追従する種族と魔族の聖戦なんです。
だからあたちは勝つ為には容赦しないでちっ!」
「ラルちゃんの言うとおりですわ。
ここまで来たら何が何でも魔王を倒すべきです!
ええっ、そうですわ!
私は『魔王を倒した勇者の盟友』という称号が欲しいのです!
その為、ユーリス様に散々おべっかを使いましたし、
ユーリス様の卑怯過ぎる真似も見過ごしてきましたが、
ここまで来れば何が何でも魔王に勝ちたいです!」
ラルが平らな胸を張りながら、高らかにそう宣言する。
ナタリアも到頭、猫を被るのを止めて本性を曝け出した。
ああ~、ナタリアさん。 やっぱ本性はこんな感じでしたかぁ~。
いや薄々気付いていたけど、いざ目の当たりにするとやはり少しショックだ。
クソ、俺の幻想を返せ。 どうせなら最後まで幻想を見させて欲しかった。
「あら? ユーリス様、不服そうな表情ですわね?」
「い、いや……そんな事ありま……せんよ」
思わず敬語で返しちまったぜ。
「なら問題ないですわね?
大体四人で魔王を倒せというのが荒唐無稽な話なんです!
どうせ城の中には、敵が有象無象に居るんでしょ?
なら少しでも楽すべきです!」
「……そうですね」
俺はちらりとアリシアに視線を向けた。
すると彼女は右手の人差し指でぽりぽりと頬を掻きながら――
「ん、まっ……あたしは数の多い方に従うんで」
彼女らしい言葉だ。 まあいいだろう。 こうなれば半ばヤケクソだ。
どうせ俺達四人以外に見物人も居ない。
こうなりゃ鬼畜者にでも、卑怯者にでも、
なってやろうじゃねえか。 文句は言わせないぜ?
大体たった四人で魔王を倒せという話自体おかしんだよ。
要は結果が全て、過程はどうでもいいんだ。
よし、やってやろうじゃねえか。 この手で魔王を倒してやるぜっ!
「――では城内に入るぞ」
「了解ですわ」「はいよ」「了解でち」
俺は掛け声と共に正面入り口の扉を蹴破った。
それに続くようにナタリア、アリシア、ラルも城内に入り込んだ。
城内は黒と白を基調とした内装で、華美さはないが、上品な雰囲気を放っている。
床はピカピカの黒大理石。
そして正面玄関の真正面には、二階に上がる中央階段が見える。
思ったより広くはないな。 これなら魔王を見つけるのに苦労しなそうだ。
「な、何だ、何だっ! ――敵襲かっ!?」
「おい! 見慣れぬ四人組が城内に居るぞっ! き、貴様ら……な、何者だっ!!」
まあ当然素通りはさせてくれないよな。
漆黒の鎧を着た警備兵らしき連中がぞろぞろと現れ始めた。
その数少なく見積もっても二十人以上。 やれやれ、こいつは分が悪いぜ。
だが俺達を警戒しているようだ。 ならば得意のハッタリをかましてやるかっ!
「我等は魔王を討つ為に、馳せ参じた勇者とその盟友だ。
我が名は勇者ユーリス・クライロッド。
この聖剣の錆になりたい者は前へ出てみよ」
俺は只の銀の長剣を右手で握り、眼前の警備兵達にこれ見よがしに見せつけた。
すると警備兵達はジリジリと後ろに下がって行く。 どうやらハッタリは効いたようだ。
まあ聖剣なんかじゃねえけどな。 だがこの間隙を逃す手はない。
「――我が守護聖獣ペガサスよ。 我の元に現れよっ!!」
俺はそう叫びながら、左手を頭上にかざした。
すると次の瞬間、俺の頭上に「ポン」という音を立てながら、ペガサスが出現。
そのペガサスを見るなり、警備兵達は驚きの声を上げた。
「あれは勇者の守護聖獣と云われる白い天馬っ!?」
「という事はやはりあの勇者は本物なのかっ!?」
「ヤバいな。 お、俺……死ぬかもしれねえ」
効いている。 効いてる。
我ながら大したものだと思う。 こいつ等、完全にビビッているぜ。
ならばこの機に生じて、一気に片付けてやるっ!!
「ペガサスッ!! マインド・リンクだっ!」
「了解です、勇者様。 リンク・スタートッ!」
お、ペガサスも空気読んで合わせてくれたな。
そしてペガサスが俺の頭上で、「ひひん」と嘶きを上げて、マインド・リンク開始。
俺の全身に力が溢れる。 強い魔力と闘気が漲ってきたぜ。 ――行くぜっ!
「我は勇者、我はクレセントバルムの大地に祈りを捧げる。
母なる大地クレセントバルムよ。 我に力を与えたまえ!
はあぁっ! 『ホーリー・バーストッ』!!」
俺は両手に魔力を集中させて、前方目掛けて、大声で砲声する。
次の瞬間、俺の両掌から眩く輝いた光炎が放出された。
俺が使える最大級の魔法、聖人級の光と炎の合成魔法。
更にマインド・リンクで威力が強化された渾身の一撃は、尋常ならざる威力であった。
「うあああああああああぁっ!!」
「や、ヤバいっ!? に、逃げろおおおおおおぉっ!!」
そんな声も呑み込む様に、放射された光炎が城内の中央階段に着弾。
すると「どごおおおおおおん」という爆音と共に大地震でも起きたかのように、
城内が激しく振動する。 ヤベえ、少々やり過ぎたかもしれねえな。
「ゴホ、ゴホッ……ユーリス様。
狭い範囲で聖人級クラスの攻撃魔法を使うのは禁止ですよ?」
「そ、そうなのか? わ、悪りい、ナタリア」
「ケホ、ケホッ。 冒険者の基本知識だよ、お兄ちゃん?」と、咳き込むラル。
「でも今の一撃で敵は一掃できたみたいね」
と、アリシアが口元を押さえながら、呟いた。
少々調子に乗りすぎたようだ。 反省、反省。 でも敵を一掃できたならいいか?
それからしばらく待って、爆風と爆煙がようやく収まり、視界が正常に戻った。
今の一撃で二階に続く中央階段は、半壊状態になっており、周囲の床や壁にも
放射状の皹が入っている。 魔法が直撃した敵の警備兵の死体は酷い有様だった。
酷い者はミンチ状態、辛うじて生き残った者もほぼ虫の息状態。
こういう光景を見ると、やはりほんの少しは罪悪感が湧いてくるが――
「お兄ちゃん、気にしちゃ駄目です!
これは人族と魔族の存亡をかけた聖戦なんです!
だから変な同情はしちゃいけないよ!
むしろ今のうちに二階へ進むべきでち!」
「ラルちゃんの言う通りですわ! これは戦争なんです! 同情なんて無用です!」
ラルとナタリアに叱責されて、俺も我に返った。
そうだよな。 これは遊びじゃないんだ。 正真正銘の戦いなんだ。
そう、魔王を倒すまでは終わらない戦い。 ならばそれまで全力を尽くすべきだ。
「わかった。 なら今のうちに二階へ上がろう。 中央階段は壊れているから、
全員両足に風の闘気を纏って、二回までジャンプするぞっ!」
「その意気ですわ!」「了解!」「了解でち!」
次回の更新は2020年5月29日(金)の予定です。