最終章 其の一
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魔王城の謁見の間。
「……それは真か?」
「……はい、残念ながら」
と、玉座に座る魔王に伝える伝令兵。
「そうか、バラムシュートまで敗れたか」
「はい、ですがバラムシュート様は生き絶える前に、
この鳥型の形代に勇者との戦闘記録を残したようです」
「そうか、最後の最後まで忠義を尽くすとは、奴らしいな。
奴は我に何を伝えようとしたのだ? 」
「それはその魔王陛下が直接お目を通してください。
おい、伝令兵! その形代をこちらに持って来るが良い」と、魔宰相。
「ははっ!」
魔宰相は二、三歩程前へ出て伝令兵から形代を受け取った。
念の為に何かの罠がないかと調べるが、特に異常はなかった。
それが分かると魔宰相は元の位置に戻り、形代を魔王へ手渡した。
「――ではもう卿は下がるが良い」
「――はっ! 失礼致しますっ!」
伝令兵は仰々しく一礼をして、謁見の間から立ち去っていく。
そしてしばらくすると広い謁見の間に、
魔王と魔宰相と数人の警備兵だけが残った。
魔王は右手の人差し指と親指で鳥型の形代を摘みながら、微笑を浮かべた。
「どうやら勇者との戦いは近いようだな。 それもまた一興。
ならばバラムシュートが残してくれた戦闘記録を観るとするか」
魔王は鳥型の形代をつまんだ二本の指に魔力を込めた。
すると鳥型の形代は「ぼう」と淡い輝きを放ちながら、
魔王が座る玉座のやや上空にバラムシュートと勇者の戦闘記録を投影した。
魔王と魔宰相はしばらくの間、無言でその映像を眺めていた。
だが勇者が守護聖獣ペガサスとマインド・リンクした頃くらいから、
食い入るような表情で勇者の戦いっぷりを眺めていた。
「……魔宰相、卿はどう思う?」
「そうですね。 人格面は歴代勇者に比べたら、
やや問題があるのように思えますが、一人の戦士としては、
厄介な相手かもしれませんね」
すると魔王が僅かに口の端を持ち上げた。
「卿もそう思うか? 余もそう思う。 この男は一見恥知らずに見えるし、
実際そうかもしれんが、現に余の部下達を立て続けに倒している。
この事実だけ見てもこの男を侮るのは危険であろう」
「ええ、陛下自らがこの男と対峙するのは、少々危険が伴います。
ですから私としては、今後も部下達に任せ、数の力で攻める事をお薦めします」
「……なる程、徹底した物量作戦で奴等を苦しめる、というわけか?」
「はい、それが一番効果的な戦術と思われます」
魔宰相の言い分は尤もだ。 それは魔王にも理解出来た。
だが魔王の喉から出てきた言葉は、それを真っ向から否定した。
「それでは面白くない。 やはり最終的には余自ら引導を渡してやるっ!」
「陛下っ!?」
「止めるな、魔宰相。 云うならばこれは余の我侭だ。 余は先代の勇者とは、
戦えなかった。 正直今もそれを後悔している。 だが余が魔王となって、
再び勇者が現れた。 ここで勇者と戦わねば、余は一生後悔する事になる」
珍しく自身の心情を語る魔王。
だが魔宰相の立場からすれば、到底それは受け入れられない。
「陛下、それは少々身勝手かと思われます」と、苦言を呈する魔宰相。
魔王は右手をあげて、魔宰相を制した。
「分かっておる。 全ては余の我侭だ。
だが余――いや俺も分不相応の魔王という役割を今まで演じてきた。
だからこれが最初で最後の我侭だ」
「し、しかし陛下が万が一勇者に敗れた時はどうなさるおつもりですか?」
だがこの程度の反対意見は魔王も予想していた。
魔王は「ふっ」と小さく笑うと、右手の人差し指で魔宰相を指した。
「無論、余とてその事を考えないわけではない。 だから魔宰相よ。
余が勇者に敗れた時は、卿を次期魔王に任命する」
「な……なんですとっ!?」
この言葉には流石に目を見開いて驚く魔宰相。
「ああ、我が軍の半数を卿に預ける。 だから余が勇者に敗れた時は、
先代魔王の時のように、卿が魔王軍と民を引き連れて、辺境に身を潜めるんだ」
「ば、馬鹿をおっしゃいますなっ! せっかくここまで魔王軍を再建して、
民の生活も安定してきたのに、
再び魔族が流浪の民になるような真似をしろと云うのですか!」
「……強いて云えば、俺自身の矜持の為かな?」
「……矜持の為?」
魔宰相の言葉に小さく頷く魔王。
「ああ、俺は魔族の為に自分を犠牲にして、魔王という役割を演じてきた。
最初は確かにやり甲斐も感じた。 だが人に限らず、魔族も余裕が出たら、
邪まな気持ちが沸き起こる。 なあ、魔宰相。 今の魔王軍の幹部の中でも
隙あらば、簒奪を企んでいる者も少なくないだろ?」
「……」
魔王の言葉に押し黙る魔宰相。 そして沈黙は肯定の証でもある。
だが魔王は咎めるどころか、さも当然と言った表情で言葉を続けた。
「別におかしい事ではない。 それは自然の摂理。
支配者が弱まれば、力の強い者が新たな支配者になる。
だが俺がそういう実情にいささか嫌気が刺しているのも事実。
だから俺は最初で最後の魔王の特権を行使する。 それが勇者との戦いだ」
「……しかし私には荷が重すぎますよ?」
「大丈夫さ。 俺に出来たのだ。 卿なら問題なく出来るさ」
「……でも私は陛下が勇者に勝つと信じていますっ!」
と、毅然とした態度で答える魔宰相。
すると魔王は満足そうに冷笑を浮かべた。
「無論、余も負けるつもりはない。 余は自殺願望者ではないからな。
まあ今回の勇者は、余が思い描いていた勇者とは、異なるが勇者である事には、
変わらない。 だから俺の方が強いか、あるいは勇者の方が強いかを確かめたいんだ」
まるで少年のように眼を輝かせながら、そう語る魔王。
「分かりました。 そこまで申されるのなら、私も命令に従いましょう。
ですが私は信じております。 陛下が勇者に勝ち、魔族の繁栄が続く事を!」
魔宰相の言葉に魔王は目を細め、微笑を浮かべながらこう言った。
「ああ、俺は必ず勇者に勝つ。 それが俺が魔王である証明だ。 ふふふっ」
次回の更新は2020年5月28日(木)の予定です。