第四章 其の四
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俺達は、ひたすら徒歩で街の北出入り口を目指していたが、
大都市という事もあり、何度も道に迷い、
気がつけば周囲はすっかり暗くなっていた。
俺は胸の金の懐中時計を手に取り、時間を確認。
十九時十五分過ぎか。
思ったより時間を食ったな。 でもこの時間ならまだ大丈夫。
と思ったが、周囲のナタリアやアリシアは随分くたびれた表情をしている。
考えてみればこの二週間は、野宿の連続であった。
男の俺はともかく女性陣には、少々酷な生活だったかもしれない。
ナタリアとアリシアは『今夜くらい宿に泊まろうよ』と無言で訴えかけている。
ラルも不平こそ口にしないが、やはり疲れた様子だ。
うーん、正直悩むな。
俺としても出来れば女性の願いは叶えたい。
だがここは魔族の都なんだよな。 出来る事なら今すぐにも都を発ちたい。
しかし俺も野宿生活で身体が妙に重いのも事実。
まあ一日くらいなら大丈夫かな?
「……今夜は久しぶりに宿に泊まるか?」
「いいんですかっ!?」「……マジで?」
俺の言葉にナタリアとアリシアが目を輝かせる。
やれやれ、こういう反応されたら今更駄目とは言えないよな。
「……まあ一日くらいなら問題ないだろう」
「流石ユーリス様!」「勇者様、見直したよ」
「そういうわけだから、適当な宿屋を探すぞ? ん? ラル? どうした?」
ナタリアとアリシアが歓喜する中、
ラルは双眸を細めて周囲に目を配っていた。
そう言えば随分と周囲が暗いな。
おかしいな、夜はクレーターの内壁の魔石が光って街を照らすと聞いていたが。
もの静かな裏通りは薄闇に包まれており、周囲には明かりが全くない。
よく見ると周囲の魔石灯や吊るされたランプが、ものの見事に破砕していた。
「お兄ちゃん。 それとナタリアお姉ちゃん、アリシアお姉ちゃん。 気をつけて!」
ラルはそう言って、その場に立ち止まる。
俺は釣られて、ラルが睨んだ建物と建物の間に目線を移した。
すると建物と建物の細い間隙から、何者かがゆっくりと歩み出てきた。
暗がりで顔はよく見えないが、髪はざんばらの銀髪。
口元に黒いスカーフを巻き、顔を隠しているが、恐らく魔族だ。
闇に馴染む黒装束を纏い、その右手には三日月刀が握られていた。
「ドワーフの小娘。 お前さん、良い勘をしているな」
「それ程でもないです。 それで貴方はあたち達に何か用があるんですか?」
「俺は魔王軍暗殺部隊の統領バラムシュート。 当然俺も暗殺者だ。
本来なら言葉も交わさず、秘密裏に暗殺したいころだが、
お前等相手には小細工は、通用しそうにならいからな。
だからこうして真正面から戦う事にした」
バラムシュートと名乗った黒装束姿の魔族は僅かに口の端を持ち上げた。
暗殺部隊か。 厄介そうな連中だな。 だが恐らくこいつ以外の暗殺者も
この周囲で息を潜めて、俺達の動向を窺っているに違いない。
「ナタリア、アリシア、ラル。 この男は俺が引き受けるから、
お前達はこの周囲に隠れ潜んでいると思われる暗殺者達を任せるぞ!」
「わかりましたわ!」「了解っ!」「了解でち!」
俺の言葉に三人は大きな声で返事して、戦闘態勢に入る。
これで俺は眼前の男との勝負に専念できる。
「ほう、噂に聞いた限りじゃ今回の勇者はとんでもない卑怯者と聞いていたが、
この俺とのタイマン勝負を受けるとは、良い度胸してるじゃねえか?」
「抜かせっ! 貴様如きなら、正面決戦でも楽勝で勝てるさっ!」
「ほう~、言うねぇ~」
そう言うと、バラムシュートは「ヒュー」と口笛を鳴らした。
まあ俺が言った事の半分はハッタリだ。
こうして正面で向かい合うだけでも分かる。
この男は強い。 かなりの強敵と言っていいだろう。
しかし俺もいつまでも卑怯な真似ばかりする気はない。
だから俺はあえて、正面決戦でこの強敵を打ち破って見せる。
そうする事によって、俺はようやく汚名返上する事が出来るのだ。
「――勇者よ。 貴様の首、貰い受ける!」
そう言って、バラムシュートが素早く地を蹴った。
彼我の距離が一瞬で詰められる。 こ、こいつっ! 無茶苦茶速いっ!。
「――喰らえ!」
「――させるかよっ!!」
俺は片手剣を剣帯から抜剣して、神速で振り抜かれた三日月刀を受け止めた。
がきんっ! 鈍い金属音と共に俺の右手に衝撃が走る。
速くて重い一撃だ。 これだけで分かる。 こいつはザンライルやガーランドより強い。
俺は激しい斬撃の衝撃でやや後ろに着地する。
次の瞬間、バラムシュートが疾走して、再び間合いを零にした。
そして五月雨のようなバラムシュートの剣線が無数の斜線を描く。
俺は斬る、払う、受け止める、回避という一連の動作を駆使して、
なんとかバラムシュートの嵐のような連撃から逃れた。
その時。
バラムシュートと交戦する俺の頭上で、四つの人影が闇夜に揺らめいた。
家屋の屋根に出現した人影は、その場から飛び降り散開する。
三日月刀、大剣、戦斧、鋼鉄の鍵爪。
それぞれ剣呑に輝く四つの獲物を手にした四つの影が、月夜に照らされる。
四人の魔族。 男が三人、女が一人。
バラムシュートと同じように口元にスカーフを巻き、黒装束を身につけている。
恐らくこの魔族達も暗殺者であろう。
三対四でやや数的不利だが、ここはナタリア達に任せるしかない。
「何をよそ見してやるがる! 貴様の相手はこの俺だ!!」
そう言いながら、バラムシュートは黒装束の懐に左手を入れた。
懐から取り出されたのは、数本の投げナイフ。
眼前の男がにやりと笑った。
そしてスナップを良く利かせながら、その投げナイフをこちらに投げつけた。
かきん、かきん、かきんっ!
俺は冷静な剣捌きで投げナイフを地面に叩き落とし、
それで対処しきれない場合は、
サイドステップやバックステップを駆使して、危機を回避する。
眼前の暗殺者は、身を屈めながら、また投げナイフをこちらに投擲する。
チッ……面倒くせえっ!!
俺はそう思いながらも、また長剣でナイフを叩き落す。
だがその間隙を突いて、バラムシュートが地を蹴り、大きくジャンプする。
「お兄ちゃん! 気をつけて、後ろよ!」
だがラルが指摘するまでもなく、俺も奴の狙いは予測していた。
俺は両足に風の闘気を纏い、バラムシュートに対抗するように大きく跳躍した。
敵との距離が狭まった瞬間を狙って、
俺は両手でしっかり握った片手剣で斬りかかる。
「――喰らえっ! 『シャープ・スライダー』ッ!!」
「くっ……意外にやるじゃねえか!」
完璧な手ごたえではないが、銀の刃がバラムシュートの身体にかすめた。
バラムシュートがまとった黒装束は切り裂かれ、
中に着込んでいた黒の鎖帷子が露わになる。
ほう、随分軽装だと思ったが、中に鎖帷子を着込んでいるのか。
だが鎖帷子を着込んで、あれだけ俊敏な動きをするとは見事の一言に尽きる。
恐らくナタリア達が対峙している暗殺者達もそれなりに腕が立つと思われる。
ヤバいな。 この状況下で数で押し切られたら、少々厄介な事になる。
だが俺の直感だが、眼前の暗殺者はタイマン勝負に拘っていると思う。
まあ腐っても、俺は勇者。
魔王軍からしても、タイマンで勇者を倒したという勲章が欲しいのかもしれない。
過大評価は有り難いが、俺はそんなに立派な勇者じゃねえぜ?
とは言え、こちらとしてもタイマン勝負の方が都合が良い。
もしここで俺がこの男を倒せば、周囲の部下達も激しく動揺するだろう。
まあつまり簡単な話だ。 こいつをぶっ倒せば全て丸く収まるわけだ。
そう自分に言い聞かせて、俺は再び身を低くしながら、前方の敵目掛けて突貫した。
次回の更新は2020年5月27日(水)の予定です。