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第四章 其の三

 

 俺達は相変わらず馬車を走らせて、岩と土だらけの魔大陸を横断する。

 俺達が目指す魔王城までちょうど半分以上過ぎたくらいの地点だ。

 だが魔王城を目指すには、

 その前に立ちはだかる魔族の都レイビアを越えねばならない。



 魔族の都レイビアは、魔大陸一の大都市。

 その大都市レイビアは、巨大なクレーターの中央部にあった。


 クレーターは天然の城壁であり、モンスターや敵軍の侵入を阻んでいる。

 クレーターの内壁には魔石が埋め込まれており、外部からの攻撃には

 対魔結界を張るようになっているとの話だ。 また夜になれば魔石が光り、

 不夜城の如く町や城を明るく照らすらしい。



 本来ならば魔族の街など訪れたくないが、このレイビアを経由しないと

 魔王城へ辿り着く事が出来ない。 

 それ故にどうしてもこの街の中に入る必要はある。

 とは言え俺達も何の予備知識もなく、

 敵のど真ん中に突っ込む程、馬鹿ではない。



 故に街に入る前に、俺達は全員黒いフーデッドローブを目深に被った。

 俺とナタリアはドーランを顔に塗って、魔族っぽいように扮装する。

 レイビアの街には、魔族以外にも亜人や獣人の姿も珍しくないらしいから、

 アリシアとラルは基本的にそのままの恰好だ。



 俺達は斜面を降りて、

 クレーターの外周をぐるっと周り、街の入り口へ向かう。

 入り口には漆黒の鎧を着込んだ魔族の門番が二人立っていたが、


「どうも、仕事を探しにやって来ました」

「ん? 魔族二人に亜人二人か?」

「ええ、地方じゃあまり稼げませんからね。 

 だからこうしてみやこにやって来た次第であります」


 俺はあえてへりくだった態度でそう言った。

 話に聞く限り、魔族の都は「来る者も拒まず、去る者追わず」の精神らしい。

 門番は「そうか、まあ精々稼ぐがいいさ」と言って中に入れてくれた。

 とりあえず無事門を潜れて、俺達はホッとする。 

 正直警備はガバガバだな。



 だが良くも悪くも魔族の街は、

 規律が緩く比較的自由が許されているとの話。

 また少数ではあるが、人族の住人も居るらしい。 

 だが差別らしい差別もないとの事。

 なんか人族に比べて、魔族は度量が広い気がするな。



 まあそれはさておき、俺達は街の北出入り口を目指す。

 胸の金の懐中時計に目をやり、現時刻を確認する。

 夕方の十八時半過ぎか。 夜になる前にはレイビアを発ちたいな。

 ここの宿屋で一泊するという選択肢もあるが、用心の為にそれは避けたい。



 俺達は不審に思われない為に、街に入る前に馬車を道中で廃棄して、

 このレイビアを越えた後は、徒歩で魔王城を目指す事になる。



 一応エルベーユから魔大陸に向かう前に貴族達から魔大陸の通貨ジェイドを

 それなりの額を貰っていたが、

 基本的にこの街では買い物の類はしないつもりだ。


「とりあえず長居は無用だ。 さっさと北出入り口へ向かうぞ!」

「そうですわね」「そうね」「了解でち」


 そう言葉を交わし、俺達は北を目指した。

 しかしそんな俺達を誘惑するように、

 物珍しい出店が行く先々に立ち並んでいる。


「わあぁ、凄いですわ!」


 ナタリアが中央広場の露天市場を見て、そう感嘆の声を上げた。

 この中央広場の露天市場は、特に栄えており活気に満ちていた。

 様々な種族の商人と冒険者。 


 噂通り魔族だけでなく、エルフや竜人、ドワーフなどの亜人。

 更には猫妖精族ケットシー犬人族ワードッグなどの獣人の姿もあった。

 流石に人族の姿はないが、それにしても国際色が豊かな町並みだ。



 ある意味、人族の都よりも活気があるかもしれない。

 商談が繰り返され、物見高い群衆がつどう。 



 様々種族が集まった喧噪の中にはあらゆる種類の住人がいた。 

 一攫千金を夢見る冒険者や傭兵達。



 大声で客に呼びかける商人、ベールをつけて肌を露骨に露出させた商売女。

 その市場の喧噪を越えて、俺達は北を目指して、ひたすら歩き続けた。

 正直少しは観光したいという気持ちがないわけではない。

 しかしここは敵地の真っ只中。 故に目立つような行動は避けたい。

 というか心なしか、街の至る所に漆黒の鎧を着た兵士の姿が多い気がする。



「おい、聞いたか?」

「ん? 何をだよ?」

「勇者だよ。 勇者とその盟友がこの魔大陸に辿り着いたという噂だぜ?」

「へえ、そうなんだ。 

 でも俺らには魔王ガルガンガニス様がついているじゃないか?」


 俺は歩きながら、聞き耳を立てて周囲の会話を盗み聞きする。

 どうやら魔族の都でも勇者一行の噂話がされているようだ。

 というか魔王の名前はガルガンガニスというのか。 覚えておこう。



「でもよ。 噂に聞く限りじゃ今回の勇者はすんげえ卑怯な手を使うらしいぜ?」

「へ? 勇者なんだろ? 

 それが何処かの盗賊や山賊みたいに卑怯な真似をするのか?」

「ああ、そうらしい。 

 だが既に魔将軍ザンライルと魔総帥ガーランドがやれたらしい」

「マジかよっ!? それじゃこのレイビアの街も危険じゃないのか?」

「ああ、魔王城を通るには、このレイビアを経由しないと駄目だからな。

 案外もう勇者一行はこのレイビアに潜伏しているかもしれないぜ?」


 ……はい、正解です。 予想外に魔族の情報網は正確だな。

 というか相変わらず勇者の評判悪いな。 なんか悲しくなってくるぜ、とほほ。


「ありうる話だな。 ちなみに勇者一行の種族と職業編成はわかるか?」

「あ~、確か勇者が人族の男で、賢者セージが人族の女らしい。

 それと女魔剣士の猫妖精族ケットシーと女ドワーフの魔法銃士マジック・ガンナーという構成らしいぜ。 勇者の盟友だけあって腕は一級品らしいぜ?」

「そうか、そういう連中を見かけたら、要注意だな」

「ああ、今の魔王様は度量が広くて、話が分かる御方だからな。

 もし魔王様が勇者に討たれたら、魔族はまたバラバラになっちまうぜ!」

「それは出来れば避けたい状況だな。 もうあんな放浪生活は御免だぜ」

「全くだ。 んじゃ俺はそろそろ仕事に戻るよ」

「おう、じゃあまたな!」



 という会話を交わして、警備に戻る兵士達。

 というか俺達の情報も正確に伝わっているな。 

 少し魔王軍を侮っていたぜ。


 まあ魔族には魔族の事情もありそうだが、

 俺も伊達や酔狂で勇者をやっているわけじゃない。 

 そういうわけでお前さんらの評判が良い魔王は倒させてもらうぜ。


「ユーリス様、思ったより魔王軍に私達の情報が伝わってますね」と、ナタリア。

「ああ、正直俺も驚いている。 だから怪しまれる前に北出入り口へ向かおう」

「そうね、それがいいと思うわ」と、アリシア。

「あたちもそう思う……うにゅ?」

「ラル、どうかしたか?」

「……いやなんか視線のようなものを感じたです」


 そう言って周囲を見渡すラル。

 それに釣られて、俺達三人も周囲に目を配るが、特に異変はない。

 すると当のラルも首を傾げながら――


「う~ん、あたちの思い違いかな? ごめんね、変な事を言って」

「いや気にするな。 それよりキョロキョロすると怪しまれる。

 長居は無用だ。 さっさと目的地に向かおうぜ!」

「はいですわ」「そうね」「了解でち」



 だがラルの感じた気配は間違いではなかった。

 ユーリス達から約五百メーレル(約五百メートル)くらい

 離れた家屋の屋根の上で黒装束を纏った一団が、

 双眼鏡を片手に勇者一行の動向を監視していた。



「ほう、あのドワーフなかなか良い勘をしているな。

 遠距離での暗殺は難しいかもな。 やはりるなら接近戦か?」

「しかしおかしら。 油断はしない方がいいですぜ? 何せあのザンライルと

 ガーランドがやられているんですからね。 特にあの勇者には要注意ですよ」

「分かっているさ。 俺もあの勇者は警戒している。 だが俺達はプロの暗殺者アサシンだ。 例え相手が勇者であろうと、仕事は必ず成功させる!」



 お頭と呼ばれた口元に黒いスカーフを巻いた銀髪の男の魔族は微笑を浮かべた。

 そう彼等こそは魔王軍の暗殺部隊。 

 今回魔王から直々に勇者一行の暗殺を命じられた。

 暗殺という仕事は、非常にリスクが高いが、

 成功した際には大きな成果をもたらす。

 だがこの暗殺部隊は、先代魔王の時代には非常に冷遇されていた。



 先代魔王のジャビラスは、非常に猜疑心の強い男で

 暗殺部隊を積極的に利用したが、

 決して彼らを厚遇しようとはせず、

 常に暗殺部隊を自身の監視下に置いていた。

 この銀髪の魔族――バラムシュートは、そういう扱いに強い反感を抱いていた。



 そして先代勇者一行が魔王城に到着した時に、

 魔王から勇者一行の暗殺を命じられた。

 だがバラムシュートをはじめとした暗殺部隊の大半は、

 魔王の命令をボイコットした。

 その結果暗殺部隊は、空中分解状態になり、その大半の暗殺者アサシンは、

 勇者一行と戦わず、ひっそりと辺境へ移住したのである。



 そしてその移住先の辺境で彼らを受け入れたのが、ガルガンガニスであった。

 ガルガンガニスは、他の魔族と同様に暗殺部隊の残党を快く受け入れた。 

 勿論彼等の事を快く思わなかった者も居たが、

 とりあえず最低限の衣食住は確保出来た。



 暗殺という非合法イリーガルな任務から解放された暗殺者アサシン達は、

 辺境の地で自由気ままに暮した。 ある者は農作業に、ある者は食料の調達に、

 ある者は辺境地域の警備隊に、ある者は何もせず日々自堕落に過ごした。



 かく云うバラムシュートも数年は、何もせずただ無為な日々を過ごした。

 暗殺という任務から解放されたものも、

 いざ任務から解放されたら自分には何も残ってなかった。 

 これと言ってやりたい事も見つからず、何かをする気力も沸かなかった。



 だが身体に染み付いた習性は、そう簡単に消えるものではない。

 自堕落な生活に飽きたバラムシュートは、かつての部下達を引き連れて、

 魔族狩りから同胞を救い、魔族狩りを指揮していた人族の指揮官を暗殺した。



 派手な抵抗は、人族の大攻勢を引き起こす引き金になりかねない。

 故に事故に見せかけた暗殺が望ましかった。 バラムシュートとその部下達は、

 魔族狩りの勢いを削ぐ絶妙な暗殺を繰り返し、魔族を魔族狩りから救った。



 すると魔族狩りから逃れ、

 この辺境の地に逃げてきた同胞に「ありがとう」と感謝の事葉を伝えられた。 

 人を殺して感謝されるのは、妙な気分だったが、悪い気はしなかった。



 そういう生活が何年も続き、次第に魔族は力を取り戻し始めた。

 ガルガンガニスがその卓越した智謀と人心掌握力を発揮して、魔族を束ねて、

 その障害となるものをバラムシュート達が駆除、排除していった。



 そして気が付けば、魔大陸は再び魔族の領土なり、魔王城も奪還。

 だがその時、バラムシュートはガルガンガニスに対して、危惧の念を抱いた。

 この男も権力を手に入れた途端、その人格が大きく変貌するかもしれない。


 もしそうなりそうならば、俺達はまた辺境へ移住するしかなさそうだ。

 しかし幸いな事に新たな魔王ガルガンガニスは、その人格が変貌する事もなく、

 バラムシュート達をこれまで以上に厚遇してくれた。


 この時、バラムシュートはこの男なら信じていいかもしれない、と思った。

 その後も再編された魔王軍の為に、獅子奮迅の働きを見せた。

 そしてバラムシュート達は、今回魔王から勇者一行の暗殺を命じられた。


 前回の勇者一行とは矛を交える事なく、終戦を迎えたが今回は違う。

 勇者には特別な感情はない。 自分達が動くのはあくまで魔王の為だ。

 


 ――アンタの命令なら俺達は何でも従うぜ。

 ――だから恨みはないが、勇者とその盟友よ。 貴様らには死んでもらうぞ!



「お頭、そろそろ夜になりそうですぜ。 どうします? 奴等を尾行して、

 夜道で待ち伏せしますか? それとも数にものを言わせて始末しますか?」

「……そうだな。 出来れば騒ぎは大きくしたくない。 待ち伏せで行こう」

「了解です。 よーしお前等、今回の標的はなんとあの勇者だ!

 暗殺対象として、これ程の大物はそうはいない。 全員心して仕事にかかれよ!」

「了解です!」



 とりあえず方針は決まった。

 後はこの手で勇者とその盟友を始末するだけだ。


 魔王さんよ、今回もアンタの邪魔になりそうな奴をこの手で始末させてもらうぜ。

 それが俺が出来る最大限の恩返しだ。 何せ俺は、俺達は暗殺者アサシンだからな。

 そう思いながらバラムシュートは、僅かに口の端を持ち上げて――



「よし、それじゃ尾行を開始するぞ!」

「了解です、お頭!」



 と、部下達に命令を下し、

 闇夜にまぎれて勇者一行の尾行を開始するのであった。





次回の更新は2020年5月26日(火)の予定です。



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― 新着の感想 ―
暗殺部隊の登場で、より緊迫した空気になりましたね。 シリアスになりそうな予感がします。
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