第四章 其の一
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遂に魔王様が登場です!
エルベーユ奪還から一週間後。
俺達はエルベーユで貴族やエルベーユ市民に散々祝福、接待された。
特に貴族達は勇者とその盟友に恩を売るように、露骨に擦り寄って来た。
連日連夜の豪華な晩餐会。
毎日ご馳走を味わい、貴族や貴婦人から賞賛された。
まあ正直悪い気はしなかった。 というかナタリアはかなり喜んでいた。
彼女は貴族御用達の仕立て屋で特注品された蒼いドレスを
纏い、晩餐会や夜会に出席しては、男達の視線を釘付けにした。
そういう事もあって、ナタリアも機嫌を直してくれた。
だがアリシアやラルは、そんな彼女とは裏腹に終始微妙な表情であった。
彼女達も仕立て屋で特注品されたドレスを身に纏っていたが――
「なんかこういう恰好、アタシには似合わない感じがする」
「あたちもなんか微妙な気分です。 晩餐会や夜会の参加者から、
好奇な視線を浴びせられるし、正直肩が凝る感じです」
という感じに二人は衆目の晒し者になる事を好まなかった。
かく言う俺も露骨な世辞や接待に少々食傷気味だった。
なんだろう、勇者になる前は、散々周囲から持てはやされる事を望んでいたが、
いざそういう立場になると、意外と嬉しくなかった。
まあガーランドとの戦いで落ちたナタリアとアリシアの信頼度と好感度は、
少し盛り返したが、俺も勇者としての在り方に少しばかり考えてしまった。
今にして思えば、親父の言っていた言葉の意味と重みが分かる気がする。
とはいえ王族や貴族にとって都合の良い存在になるのは御免だ。
だがもう少し真面目にというか、露骨に卑怯な真似は止めようと思っている。
確かに俺は卑怯な不意打ちで、ほぼ無傷で魔王軍の幹部を二人も倒した。
しかしあの時のナタリアとアリシアは本気で引いていた。
まあそりゃそうだろう。 あれじゃ鬼畜というより只の卑怯者だからな。
正直今は反省している。
だから今後の戦いは、出来る限り正々堂々戦うつもりだ。
それは他人の評価もあるが、俺自身の勇者としての誇りの問題だ。
もちろん全てを反省して模範的な勇者になるつもりはない。
やはり魔王討伐後は莫大な褒賞を貰い、たくさんの女に囲まれて暮したい。
だが事、勇者の使命に関しては、真面目にやるつもりだ。
やはり他人に後ろ指を指さられるような人生は御免だからな。
そういう訳で俺達は貴族達の接待は程よい所で打ち切り、
当初の予定通り船で魔大陸を目指す事にした。
まあその際に貴族達から贈呈された豪華な馬車や
馬車馬、貴重な魔道具、回復薬などの消耗品、
食料などは、有り難く頂戴して、船の積荷に積み込んで、
木造の帆船に乗って魔大陸へ向けて出発。
「見て、見て、ユーリス様。 イルカですわよ! とっても可愛いわ!」
「ああ、俺もイルカは初めて見るが、確かに可愛いな」
「おおっ! イルカ、凄く可愛いです! お持ち帰りしたいでち!」
「綺麗な海ね。 なんというか見ていると癒される」とうっとりするアリシア。
と、俺達は船の甲板から騒いだ。
俺達は今エルベーユから魔大陸に向かう定期船に乗っている。
魔大陸にも少数であるが、人族の拠点や砦や要塞は存在していたが、
今回魔王軍の総攻撃を受けて、その大半が破壊されたとの話。
魔王軍は、そこから更に海を越えて、エルベーユに侵攻してきたというわけだ。
だが魔大陸の人族の船着場は辛うじて無事らしい。
しかし魔大陸についても、人族の支援は期待できないと聞かされている。
魔大陸に着けば、本格的に厳しい戦いになりそうだ。
今までのようには行かないだろうな。 だから今のうちに休んでおこう。
「それじゃ俺は客室に戻っておくから、お前等も程ほどにしとけよな?」
「はいですわ」「了解」「了解でち」
魔大陸の魔王の居城バルフィネラ城。
そのバルフィネラ城の謁見の間は、黒と白を基調とした内装で、
部屋の真ん中に、金の刺繍が施された豪奢な赤の絨毯が敷かれ、
玉座の後ろの壁には、魔王の大きな肖像画が飾られていた。
漆黒の鎧を来た魔王親衛隊の騎士達が、左右に縦一列に並んでおり、
その先の玉座に座る男は圧倒的な存在感を放っていた。
その玉座に座る男は圧倒的な存在感を放っていた。
輝かしい豪奢な白銀の髪。 艶めかしい切れ長の緋色の瞳。
豪奢な漆黒のコートを華麗に着こなし、しなやか肢体が見るものを魅了する。
この男こそが魔王。 魔王ガルガンガニス。
そして魔王は玉座の肘掛に頬杖をつきながら、目の前の部下にこう問うた。
「魔将軍ザンライルに続いて、魔総帥ガーランドも勇者に敗れたというのか?」
「は、はい。 左様でございます」
伝令兵の男は魔王ガルガンガニスに跪きながら、恐る恐るそう答えた。
だが魔王は伝令兵を咎める事もなく、「うむ」と頷きながら微笑を浮かべた。
「勇者が人族の王都アールハイトを発って、まだ一ヶ月足らず。
それで我が魔王軍の幹部を立て続けに二人も倒したというのか?
どうやら今回の勇者はかなりの強者のようだな」
「は、はい。 ですがそれ以上に奴には眼に余るところがあるとの話です」
「ほう、なんだ? それは? 申してみよ」
魔王は伝令兵の言葉に興味を抱き、僅かに口の端を持ち上げた。
魔王と勇者。 それは互いにとって永遠のライバル関係と言っても過言はない。
それ故に魔王は、勇者が強敵であればある程、闘志が湧き上がる。
だが伐が悪そうな表情で伝令兵が、視線を泳がせながらこう告げた。
「い、今の勇者はとても勇者とは思えない卑怯な真似を平気でするようです!」
「は?」
伝令兵の言葉に思わず素でそう返す魔王。
予想の斜め上を行く言葉に魔王も一瞬思考を停止させたが、すぐに我に返り――
「そいつは間違いなく勇者なのであろう?」
「は、はい。 奴の守護聖獣はペガサスだったらしいので、間違いないと思います」
「その勇者が我等、魔王軍相手に卑怯な真似を繰り返して、
ザンライルとガーランドを倒した。 と卿は申すのか?」
「は、はい。 左様でございます」
――それでは勇者と魔王の立ち位置があべこべじゃないかっ!?
と、喉元まで出かかった言葉をすんでのところで飲み込む魔王。
それと同時に全身がなんとも言えない虚脱感に襲われた。
そう今の魔王ガルガンガニスは、勇者と対峙する事を長年望んでいた。
今から約二十年前。
その時、ガルガンガニスは先代の魔王ジャビラスの側近の一人であった。
先代の魔王ジャビラスは、
魔王を絵に描いたような尊大で支配欲の強い男であった。
人族だけでなく亜人や獣人も迫害し、彼らの領土を大軍を持って攻め立てた。
だが先代の勇者――つまりユーリスの父親ユンベルクとその盟友は、
魔王軍の魔の手から人族だけでなく、亜人や獣人を救った。
その時は、魔王軍の一幹部に過ぎなかったガルガンガニスであったが、
敵ながら賞賛に値する相手だと心の底から感銘を覚えた。
だから魔王ジャビラスに「我々も正々堂々と戦うべきです」と進言したが、
ジャビラスの不興を買い、辺境に左遷させられたが、魔王が勇者に敗れた後に、
彼の管轄下であった辺境に魔王軍の残存兵力を集め再起を図った。
魔王が敗れた直後は、人族による魔族狩りに脅える日々が続いていたが、
ガルガンガニスはその卓越した智謀と人心掌握力を存分に発揮して、
魔王軍の残存勢力を統率し、迫害された魔族を辺境に呼び寄せたり、
地道な努力を繰り返して、辛抱強く時が過ぎるのを待った。
そして十五年の月日が経った。
かつて我が物顔で魔族の拠点である魔大陸を支配していた人族は、
すっかり平和ボケ状態になり、魔大陸における人族の拠点の管理が杜撰になり、
その間隙を突くように、ガルガンガニスとその部下達は、苛烈な奇襲作戦を
繰り返して、魔大陸における勢力図をジワジワと塗り替えていった。
そして二年前に魔王の居城であるバルフィネラ城を奪還。
それを機にガルガンガニスは、新たな魔王を名乗り、その後も魔王軍を再編して、
魔大陸だけでなく、人族の領土にも侵攻を繰り返し、勢力圏を拡大していった。
だがそんな彼の前に勇者が現れた。
ガルガンガニスは勇者の存在を危険視したが、それと同時にその存在を肯定した。
そう、彼は新たな魔王となって魔族の頂点に立ったが、
最近はそれにも飽きていた。
元々、表に出る事を好まない性格。
だが自分以外に魔族を統率できそうな者も居ないから、
仕方なくその大役を受けたに過ぎない。
しかし現在の魔王軍は、それぞれの幹部が派閥を作り、
色々面倒臭い事になっている。
だが勇者が現れた事によって魔王軍にも変化が訪れた。
打倒勇者の目標を掲げ、各幹部の派閥が我先と勇者の打倒を目指した。
その結果、カーライルとガーランドが勇者の返り討ちにあったが、
停滞気味だった魔王軍の士気は再び上がり、今も尚、打倒勇者を目指している。
そして何より勇者の存在を肯定したのが魔王である。
勇者。 それは魔王にとっての天敵であるが、同時に欠かせない存在でもある。
現に勇者の出現により、魔王は再びやる気を取り戻した。
今度は自分が魔王として勇者と対峙できるのである。
男ならばこのようなシチュエーションで燃えないわけがない。
そういうわけで表面はクールを装いながら、内心で小躍りしていた魔王。
だが彼は伝令兵から勇者の実像を聞かされて、軽い眩暈を覚えた。
――勝つ為に手段を選ばない勇者? それ魔王と立ち位置が逆じゃね?
――というか勇者って代々勇者の子がその座を受け継ぐんだよな?
――あの先代の勇者は敵ながら、実に立派な男であった。
――だがその偉大な勇者から生まれたのが、魔王もドン引きの卑怯者の勇者。
――何だよ、それっ!? 笑い話にもならねえじゃんっ!!
と、魔王は内心でやればのない怒りに際悩まれながらも、立場上は平静を装った。
「ふむ。 だが考えようによっては、その勇者は今までの勇者より厄介かもしれんな」
「と、申されますと?」
魔王の玉座の左隣に立つ黒い燕尾服を着た初老の魔族がそう問う。
「魔宰相の卿にも分からぬか? 良かろう、ならば余が直々に教えてやろう」
「はい、是非お聞かせ願いたく存じます」と、軽く頭を下げる魔宰相。
すると魔王はいささか気分を良くしたのか、その形の良い唇を少し吊り上げた。
「今までの勇者は良くも悪くも正攻法で我等、魔王軍に戦いを挑んで来た。
だがどうやら今回の勇者は、先代の勇者達とは違うようだ。
勇者と云えば人族の英雄の証。 それ故に勇者は品行方正さが求められ、
大衆もそれを望んだ。 我等、魔王軍相手にも騎士道精神で挑んで来た。
だがそれ故に我等としても戦いやすい相手であったと云える」
「まあそうですな。 勇者は良くも悪くも正攻法で攻めて来ましたからね。
それ故に我等が姦計や策略を用いる……っ!? も、もしや!?」
魔王の言葉の真意をようやく理解した魔宰相が両眼を見開いた。
魔王はそれを横目で覗きながら、「ふっ」と微笑を浮かべた。
「そう今の勇者にはそういう姦計や策略が通用しない可能性が高い。
なにせ歴代至上初と云っていい卑怯者の勇者だからな。 己の目的の為なら、
平気で民を見捨てるような輩かも知れん。 それはある意味恐ろしい」
「そ、そうですなあ。 手段を選ばない強者程、怖い存在はありませんね」
と、魔宰相は額に冷や汗を浮かべる。
「うむ、おい、伝令兵! 勇者は既にこの魔大陸に向かっているのだな?」
「は、はいっ!」と、脅えながら答える伝令兵。
すると魔王は右手で顎の先端を撫でながら――
「ならば今後とも勇者一行を監視せよ! それと勇者の行動や言動を注意深く
観察するんだ。 それで奴の人となりが分かる筈だ! いいな?」
「は、はいっ! 分かりましたっ!」
伝令兵は背筋を伸ばして、右手で敬礼しながら、そう大きな声で返事する。
「うむ、ではもう下がって良いぞ。」
「ははっ! 失礼します!」
そして謁見の間には、魔王と魔宰相と一部の魔王親衛隊だけが残された。
すると魔宰相は横目で魔王の表情を窺いながら、こう告げた。
「しかし魔王陛下。 心なしか、何処か嬉しそうですね?」
「ふふ、そう見えるか?」
「ええ、そう見えます」
「まあそうかもしれんな。 正直魔王という立場にも飽きていたところだ。
だがそんな時に勇者が現れた。 それで一気に私のやる気に
火がついたところさ。 やはり魔王には、
強敵――勇者が必要なのかもしれん」
「かもしれませんな。 ですが油断だけはしないでください。 話を聞く限り、
今回の勇者は少々異質な存在と云えましょう。 私は何か嫌な予感がします」
「分かっているさ、魔宰相。 心配するな、必ず私の手で勇者を倒してみせるさ」
その言葉に偽りはなかった。
だがそれと同時にこう思う魔王であった。
――でもさ、出来ればまともな勇者と戦いたかったぜ。
――何でよりにもよって、俺が魔王の時にそんな卑怯者の勇者が現れるんだよっ!?
――散々苦労した挙句、こんな展開が待ってるとは予想の斜め上を行くぜ。
――ああ~、真面目に魔王なんかやってられるかっ!?
――と云いたいところだが、立場が立場なんでこの状況を受け入れるしかないな。
待ちわびた勇者は実は卑怯者。
その事実は人族だけでなく、魔族及び魔王にも少なからず影響を与えていた。
だがそれでも魔王は――ガルガンガニスは自らの役割を真っ当に演じるのであった。