第三章 其の四
ハアハアハアハァ。
俺とアリシアとナタリアは肩で呼吸しながら、全速力で出入り口を目指す。
当然両足には、風の闘気を纏っている。
幸い今の所、敵は異変に気付いていない。
周囲にも魔王軍の兵士の姿はない。 この絶好の機会を逃す手はない。
そうこう考えているうちに、出入り口の扉が近づいてきた。
中にはあの海賊っぽい親玉とその手下が九人くらい居るが、構いやしない。
バタンッ!!
俺は出入り口のドアを足で蹴破り、勢い良く中に飛び込んだ。
「な、何だっ? 何かあったのか!?」
「お、おい。 何かあったなら報告しろよ!」
どうやらこの暗闇で敵も俺達の姿をまともに視認できてないようだ。
こいつは運がいいぜ。 俺は即座に右手を前に突き出して、砲声する。
「我は勇者、我はクレセントバルムの大地に祈りを捧げる。
母なる大地クレセントバルムよ。 我に力を与えたまえ!
せいやぁっ! 『シャイニング・ボルトッ』!!」
どおおおん、どおおおん。
爆発音と共に魔王軍の兵士達が「う、うおおおっ!!」と呻き声を上げる。
とりあえずこれで二、三人は始末できただろう。
それから俺は腰帯から銀色に輝く片手直剣を抜剣する。
そして視界に入った魔王軍の兵士に目掛けて、突撃を開始。
「喰らいなぁっ! 『イーグル・スラッシュ』ッ!!」
俺は素早く中級剣術スキルを放ち、敵兵の首筋を切り上げた。
ぶしゅっ、という鈍い感触と共に首を切られた敵兵は地面に崩れ落ちる。
残りは親玉を含めて、七人ってところか?
「お、おい! て、敵襲だ! 敵襲だあああっ!」
「さっき魔法を詠唱する時に『我は勇者』とか言わなかったか?」
「な、何っ!? という事はこいつ等は勇者とその盟友……ぐわっ!」
「お、おい? どうしたんだ?」
俺の想像以上に敵は狼狽している。
多分この短いやり取りの間で、ラルが敵兵を一人狙撃してくれたようだ。
正直ラルがここまでやってくれるとは、計算外だ。 ありがとうよ。
「……こめかみに弾痕がある!? ど、何処から狙撃されたんだ?
て、敵には長距離狙撃が可能な銃士が居るのか!?」
「うろたえるんじゃねえよっ! てめえらも海賊ならびっとしろよ!!」
周囲を一喝するように、親玉と思われる男の声が周囲に響いた。
恐らくあの頭に赤いバンダナを巻いた黒いコートの男だろう。
流石は魔王軍の幹部。 この状況でも落ち着いてやがる。
「俺たちゃ海賊なんだよ? 細かい事でいちいちビビってんじゃねえよ。
おい、勇者さんよ? そこに居るんだろう? ここは漢らしく
タイマン勝負で決着をつけようじゃねえか? どうよ?」
どうやら連中は本当に海賊だったようだ。
しかも敵の親玉がタイマン勝負を申し込んできた。
ここで逃げたら、勇者が廃るぜ。 いいだろう、乗ってやろう。
「いいだろう、貴様の申し出を受けてやる。
私は勇者ユーリス・クライロッド。 貴様ら魔王軍を倒す為に盟友を連れて、
この場にやって来た。 覚悟するがいいっ!!」
「ほう、本当に勇者が現れたんだな。 お前がザンライルを倒した噂は聞いているぜ? 俺は魔王軍・私掠船団の魔総帥ガーランド様だっ!!」
そう言いながら、ガーランドと名乗った魔族が数歩こちらに歩み寄った。
月夜に照らされてガーランドの姿が露わになる。 身長は180以上ありそうだ。
筋骨隆々でコートの上からでも、筋肉が盛り上がっているのが分かる。
「さあ勇者よ! 貴様の実力を見せてもら――」
「せいっ! 『イーグル・スラッシュ』!!」
先手必勝。
俺はガーランドの言葉を遮るように素早く剣術スキルを放った。
ぶしゅっ! 銀の刃がガーランドの漆黒のコートの胸部を切り裂いた。
「ちょ、ちょおまっ!? ま、まだ喋ってる最中――」
「ハアアアアアッ……『シャイニング・ボルトッ』!!」
俺は躊躇いなく追い討ちをかけるべく、砲声する。
俺の右掌から輝く光弾が放たれて、ガーランドに命中。
どごおおん、という爆発音と共にガーランドが後方に吹っ飛んだ。
「そ、総帥っ!? だ、大丈夫ですかっ!?」
「こ、こいつなんて野郎だ! 不意打ちするなんて汚いぞ!」
「そうだ、そうだ。 それでも勇者かよっ!!」
ガーランドの手下達が口々に罵詈雑言を浴びせたが、俺は動じない。
だが後方に待機していたナタリアとアリシアが――
「今のは流石に卑怯と思いますわ。 正直引きました……」
「だ、だよね? いやあ、勇者様。 容赦ないわあ。 引くわあ~。」
敵だけでなく、仲間からも批判されたぜ。
だが俺は鬼畜勇者。 この程度では怯まないぜ。
「何とでも言え! 先に侵略してきたのは、貴様ら魔王軍ではないか?
罪のない民衆を巻き込んだ貴様ら相手には、容赦は無用。
その為なら、私は卑怯者の汚名もあえて被る事も厭わぬ!」
俺は凜とした声で高らかにそう宣言した。
我ながらバッチリ決まったぜ。 ……と思ったが周囲の反応は――
「いやそれっぽく言ってるけど、流石に無理あるでしょ?」
「う、うん。 私もそう思いますわ」
と、アリシアとナタリアが微妙な表情でそう言葉を交わす。
あ、あれ? そこは俺をアシストする所でしょ? お二人さん!
「お、おい。 アイツ、味方からも引かれているぞ?」
「あ、ああ……どう言い繕おうと卑怯者は卑怯者だからな」
「ほ、本当だぜ? アイツ、本当に勇者なのか?」
敵味方問わずフルボッコ状態。
挙句の果ては、本当に勇者か、という疑念を抱かれる状況。
少し精神的に堪えるが、これで挫けるような俺じゃないぜ。 ……多分。
「お喋りはそれぐらいにするんだ。 アリシア、ナタリア。 周囲の敵は君達に任せる」
「まあ……そうね。 ナタリア。 とりあえずアタシ等はアタシ等の仕事しよ?」
「そうですわね。 了解ですわ、アリシアさん」
何処か他人行儀な二人。
これはもしかして二人の好感度を大きく下げたかもしれん。
などと俺が思案していると――
「おい、コラァッ! テメエ、何処まで卑怯なんだよっ!
テメエ、それでも勇者かっ!? 下手な魔族より悪辣だぞ!!」
と、全身煤だらけになったガーランドが切れながら、そう叫んだ。
周囲からの罵倒の嵐。 普通の奴じゃ既に心が折れているレベルだぜ。
だが要は勝てばいいのさ。 勝てば官軍。 だから俺はへこたれないぜ!
「それがどうした? 俺は貴様ら魔族相手に騎士道精神を貫くつもりはない。
俺達にあるのは、勝利か敗北か。 生か、死か? それだけだ!」
「ああ言えばこう言う! 口の減らねえ野郎だぜ! ――っておいっ!?」
「すまん。 お前の言葉には興味がない。 ――『テラ・スラッシュッ』!!」
「て、てめえええええっ!? ぎ、ぎゃああああああっ……あああっ!!」
毒を食うなら皿まで。 ならばとことん卑怯者を貫いてやる。
そう心に刻み込み、俺は光属性と電撃属性の英雄級剣術スキルを放った。
またしても不意を突かれたガーランドは、絶叫して全身を震わせている。
魔族は基本的に光属性に弱いからな。 しかしコイツ意外と間抜けだな。
もうこんな状態なんだからさ? 問答無用に襲い掛かって来いよ?
なのにわざわざ対話するなんて意外に律儀な性格してるな。
でも勝負師としては大甘だ。
そして俺は右腕を前に突き出し、ガーランドに狙いを定めて砲声!
「んじゃあばよっ!! 『フレイム・ボルトッ』!!」
爆発音と共にガーランドの巨大な体が後退を余儀なくされる。
「ちょ、ちょっ……うわああああああぁぁっ!!」
光属性と火炎属性が交わり、魔力反応『溶解』が発生。
次の瞬間、ガーランドの全身が激しい炎雷で包まれる。
俺は不意打ちに不意打ちを重ねて、単独連携まで成功させた。
「うおおお――て、てめえッ……だけは許さん。 こ、この手でぶっ殺してやるっ!」
黒煙が揺らめきを作るなか、
その中から巨体を震わせながら、ガーランドが絶叫する。
ガーランドの呼吸が荒い。
その血走った双眸で、こちらを睨みつけていた。
ガーランドは腰帯から湾曲した刃の剣――確かカトラスだっけ?を抜剣するなり、
こちらに目掛けて突撃して来た。 そして怒りの雄叫びをあげながら、
カトラスを滅茶苦茶苦に振り回した。 もう剣術もへったくれもねえ。
怒りに身を任せた攻撃だ。
「殺す、殺す、殺すっ! ぶっ殺す!」
呪詛のように何度も同じ言葉を口にしながら、剣を振り回すガーランド。
まあこいつが怒るのも無理はない。 我ながら鬼畜……というより卑怯過ぎた。
でも何度も何度も同じ手が通用するからさ。
ねえ? つい調子に乗っちゃったよ。
俺はガーランドの怒りの連撃をステップを駆使して回避する。
一撃一撃は鋭いが、
怒りのせいで大振りになっている故に回避するだけなら問題ない。
なんというかコイツの必死な形相を見ていると、少しばかり可哀想になる。
なんか悪いな。 多分漢と漢のタイマン勝負みたいなのを望んでいたのだろう。
まあ俺だって男だ。 そういうのに憧れる気持ちは分からなくもない。
でもさ、所詮俺達は敵同士。 だから俺は最後まで俺のやり方を通すぜ。
「――悪いが、そろそろお遊びは終わりだ。
――我が守護聖獣ペガサスよ。 我の元に現れよっ!!」
俺はガーランドの無秩序な攻撃を交わしながら、左手を夜空にかざした。
すると次の瞬間、俺の頭上に「ポン」という音を立てて、
光り輝く白い天馬が現れた。
「勇者よ、少し卑怯過ぎないか? 先代勇者に比べると少々目に余るぞ?」
と、俺の守護聖獣であるペガサスがジト目で軽く抗議してきた。
俺はそれを誤魔化すように「こほん」と軽く咳払いしてから――
「……そんな事よりリンクするぞ!」
「……了解だ、勇者ユーリス。 リンク・スタートッ!」
光り輝く白い天馬が俺の頭上で、
「ひひん」と嘶きを上げて、マインド・リンクが開始。
すると俺の全身に、溢れんばかりの強い魔力と闘気が漲った。
流石勇者の守護聖獣。 マインド・リンクしたらとんでもない力だ。
まあ先代の勇者達に比べたら、確かに俺はアレかもしれん。
だがな。 俺は俺なりに勇者の役割を演じているつもりだ。
だから例え守護聖獣から、
抗議の声を上げられても、俺は引かん。 俺は俺のままだ!
笑いたければ笑え。 だがそれでも俺が勇者と云う事実は変わらん。
と、俺は半ば開き直って、ガーランドの強撃を躱して、即座に反撃に転じた。
「――喰らえ。 『イーグル・スラッシュ』ッ!!」
従来の熟練度に加えて、マインド・リンクの恩恵で放つ剣撃も神速の速さだ。
白いの残光を放ったその剣撃は、ガーランドのカトラスと激突して火花を散らした。
激しい衝撃で両者が僅かにノックバックし、一瞬の隙が生まれた。
だがダメージはガーランドの方が大きかった。
今の一撃で大きくバランスを崩すガーランド。
俺はその間隙を突くように、身を低くして全力で地を蹴った。
風の闘気と守護聖獣の恩恵もあり、俺とガーランドの間合いは零距離になる。
目を見開いて驚くガーランド。
そして俺は左手で剣を握りながら、右手をガーランドの胸部に当てた。
俺は残された全魔力を解放して、叫ぶように砲声する。
「我は勇者、我はクレセントバルムの大地に祈りを捧げる。
母なる大地クレセントバルムよ。 我に力を与えたまえ!
うおおおっ! 『ライトニング・バーストッ』!!」
光と炎の英雄級混合魔法の零距離射撃。
爆音と爆風と共にガーランドの全身が振り乱れる。
体の上ならば魔法に対する抵抗も働くが、体内ではそれは不可能だ。
零距離射撃で放たれた炎雷がガーランドの体内で暴れ狂い、その全身を焦がす。
「ガハッ……ゲハアッ……!? う、嘘だろっ!?
こ、この俺がこんな間抜けな……し、死に方するなんてえええっ……ゴハアァッ!!」
ガーランドは無念と云わんばかり、そう断末魔を上げた。
全身煤だらけになり、口から吐血すると数秒後には、
白目を剥いて、地面に崩れ落ちた。
すると周囲のガーランドの手下の海賊達が驚き慌てふためいた。
「そ、総帥がやられたぞっ!? な、なんて酷い死に方だ」
「あんな死に方じゃ総帥が浮かばれないぜ。 糞っ、お前等……総帥の仇を討つぞ!」
「ああ、死なばもろともよ! 魔王軍私掠船団に栄光あれっ!!」
親玉を殺された手下達は、窮鼠猫を噛むを体現するように大暴れした。
というかアリシアやナタリアを完全に無視して、徹底的に俺だけ狙ってきた。
流石の俺も五対一では大苦戦した。 それでも何とか勝利を収めたが、
最後まで「お前だけは許さん」とか「それでも勇者か!」と罵詈雑言を浴びせられた。
まあ自分でも流石に今回は卑怯過ぎたと思うが、これも街を救う為なんだよ。
結果的に被害を最小限に抑えて、敵の親玉を倒したじゃないか?
だからその白けた冷たい視線を浴びせないでくれよ。 アリシアさんとナタリアさん!
俺はやれ切れない思いになりながらも、己の役割を全うした。
三時間後。
俺達は、人質を無事解放した王国騎士団や傭兵、冒険者達と合流して、
残敵を一掃して、港町エルベーユの奪還に成功。
騎士団長のライドルフは「流石、勇者殿ですな!」と褒め称えてくれたが、
俺は「いえ……ははは」と乾いた笑いを浮かべるのがやっとだった。
アリシアとナタリアは相変わらず無表情だ。 それを不審に思ったラルが――
「お兄ちゃん、どうしたの?」
と声をかけてくれたが、俺は「何でもない」とだけ答えた。
だがどういう形であれ、俺はまたしても魔王軍の幹部を倒した。
更にこれでこのエルベーユから船で魔族達が住む『魔大陸』に渡航する事が出来る。
魔大陸に渡れば、魔王討伐も現実味が帯びてくる。
しかし失ったものも大きい。
とりあえずアリシアとナタリアの好感度は駄々下がりだろ。
こりゃ下手すれば旅の道中も気まずくなるぞ。 やべえ、どうしよう。
などと俺が考えていると――ナタリアとアリシアがこちらに近づいてきた。
「まあこうして無事街を開放できたから、今回だけは許してあげますわ。
でも勇者様。 あまり卑怯な手ばかり使わないでくださいね。 同行している
私達まで白い眼で見られてしまいますわ。 今後は控えてくださいね?」
「は、は……い」
俺はナタリアの有無を言わせない言葉にそう答えるのがやっとであった。
「はあ……まあナタリアもああ言ってる事だし、アタシも許してあげるよ。
でもさ、仮にも勇者なんだから、もう少し正々堂々と戦った方がいいよ?
このままじゃどっちが悪者か、分かったもんじゃないからね……」
「……はい、以後気をつけます……」
こうして何とか二人の許しを得られたが、周囲の人間が「流石勇者様」とか、
「勇者に栄光あれ!」と祝福してもらう度にやるせない気持ちになった。
「どうしたの? 元気ないよ、お兄ちゃん?」
「いや……その……俺、もう少し真面目に勇者しよう……かな? とか思ったりして」
「お兄ちゃんは充分頑張ってるよ。 あたちはお兄ちゃんの味方だよ?」
「……ラル、あ、ありがとうな」
一点の曇りもない純粋な眼で俺を見据える。 でも今はその視線が痛い。
というか幼女に慰められる勇者って……。 な、情けねえっ!!
情けなくて涙出てきたよ。 これじゃ鬼畜勇者というより只の卑怯者だな。
……今後は少し方針を変えよう。
そう思いながら、俺は右手に持った赤ワインが入った杯の中身を一気に飲み干した。
だが眼から出た液体が杯に混じっていた為か、
ワインの味は少ししょっぱかった。
次回の更新は2020年5月25日(月)の予定です。