第三章 其の二
ハア、ハア、ハア、ハアッ!
俺達は両足に風の闘気を纏いながら、全力で地を駆けた。
周囲では王国騎士団の騎士や傭兵、冒険者で編成された潜入部隊が、
港町エルベーユに滞在する魔王軍の兵士達と交戦している。
相次ぐ爆音に、発生する衝撃波。
放たれた数々の魔法が着弾し、爆音と爆風が周囲に巻き上がる。
魔王軍の兵士達と騎士、傭兵、冒険者が手にした武器で斬り合う。
「ラル、ナタリア。 ちゃんと着いて来ているか?」
「大丈夫でち」「問題ないですわ」
「勇者様! 上だ! 上!」と、アリシア。
建物の屋根から飛び降りながら、
複数の人影が武器を持って、頭上より奇襲してきた。
俺とアリシアは手にした武器で敵の斬撃を切り払った。
いち早く間合いを詰めてきたのは、
銀の鎖帷子を着込んだ戦斧を持った魔族の男。
ブン、ブン、ブン。 豪快に戦斧を振り回すが、俺は左右に動きその軌道を見切る。
力はあるようだが、その速度は大したことないな。
俺はすかさず間合いを詰めて、攻勢に出た。
「せいっ! 『イーグル・スラッシュ』ッ!!」
相手の懐めがけ中級剣術スキルを繰り出し、鎖帷子の上から強引に斬り付けた。
「ぐ、ぐはっ!?」
俺の剣術スキルを喰らった戦斧の魔族は悲鳴をあげながら、後方に吹き飛ぶ。
「皆、俺の後について来きてくれ!」
「はい」「了解」「了解でち」
俺達は近くの裏路地に立ち込める砂煙の中に飛び込んだ。
俺は思わず砂煙で「ゴホゴホ」と咳き込んだが、そのまま裏路地を突き進む。
突撃前にこの街の地図に入念に目を通して、街の大体の構造を頭に叩き込んで
おいたが、この港町には裏路地が多く、北に突き進むと北側の路地へ通り抜ける
ようになっているので、地元の連中は抜け道として使う事が多いとの話。
少々狭い道だが、この地の利を生かさない手はない。
出来る事なら戦闘は最小限に留めたい。 だが魔王軍も馬鹿じゃない。
「お兄ちゃん! 上に敵が居るよ!」
ラルの言葉に釣られて視線を上に向けると、
進行方向の家屋の上に、四名の弓兵が姿を現した。
やはり魔王軍もこの裏路地を利用する事を読んでいたか。
左右に二人ずつ、漆黒の軽鎧を装着した弓兵が、
鏃を俺達に狙い定める。
クソッ、このまま突っ切るか、応戦するか。 判断に悩むぜ!
「我は賢者、我はクレセントバルムの大地に祈りを捧げる。
母なる大地クレセントバルムよ。 我に力を与えたまえ!
皆さん、目を閉じてください!! 『フラッシュ』!!」
素早く呪文を紡ぎながら、ナタリアが右手を開いて、上空にかざした。
次の瞬間、上空に眩い光が発生して、弓兵達の視力を一時的に奪った。
流石ナタリア。 機転が利くぜ。 俺達はこの間隙を逃すまいと、全力で地を蹴った。
「皆、この隙に建物の屋根に飛び移るぞ! 俺の後について来い!」
「そうね、このままでは高低の差で不利ね。 ――ハアアアァッ!」と、アリシア。
「皆、両足に風の闘気を纏ってハイジャンプしろ! ――せいやあッ!」
俺達は風の闘気を纏い、両足で地面を強く蹴って大きく跳躍する。
風の闘気に加え、守護聖獣の加護によって
強化された身体能力により、高さ十メーレル(約十メートル)に及ぶ
人家の壁を軽々と飛び越え、屋根の上に着地した。
「我は勇者、我はクレセントバルムの大地に祈りを捧げる。
母なる大地クレセントバルムよ。 我に力を与えたまえ!
喰らいやがれっ! 『シャイニング・ボルトッ』!!」
俺は間隙を突くように、眼前の弓兵二人目掛けて、砲声する。
眩い光が生じて、爆音が周囲に鳴り響いた。
絶叫と共に弓兵達が吹き飛んだ。 一人は黒焦げになって屋根から落下。
もう一人は屋根の一角に倒れ込んだ。 これで一気に二人を仕留めた。
だが反対側にまだ二人残っている。 するとラルが素早く魔法銃を構えて発砲。
パン、パン、パアン。
ラルの放った魔弾丸が続け様に弓兵の眉間に命中。
そして二人の弓兵は、背中から屋根の上に倒れ込んだ。
「えへん、あたちが本気出せば楽勝なんだな」
と、胸を張るラル。
こいつ、この闇の中で敵の急所を即座に打ち抜くとは、大した奴だ。
「おい、あそこに敵が居るぞ!」
「目敏い連中だ。 奴等を自由にさせるな!」
あらら、気がついたら、敵の追手が現れたぜ。
数は……四、五人か。 戦えないこともない人数だが、
一々、相手をしていたら、きりがない。 ここは一気に突き進むぜ。
「皆、このまま屋根を飛び越えながら、北へ向かうぞ。 追手は無視するんだ!」
俺の言葉にナタリア達が大きく頷いた。
俺達は再び両足に風の闘気を纏い、屋根の上をぴょん、ぴょんと飛びながら、
全速力で北に突き進んだ。
地上では魔王軍の兵士と騎士や傭兵、冒険者が激しく戦っている。
とりあえず俺達は、一呼吸置く為に目前の建物の広い屋上に着地する。
すると前方に新たな敵影が現れた。 数は五、六人ってとこか。
後ろの追手も迫って来ている。 まずいな、このままだと挟み撃ちになる。
すると後衛のナタリアが一歩前に出て、素早く印を結んだ。
「仕方ありませんわね。 ――我が守護聖獣ジルニアよ。 我の元に現れよっ!!」
ナタリアが早口でそう言うなり、彼女の足元に魔法陣が現れて、眩い光を放った。
白、赤、青、黄色、緑と魔法陣の色が次々と変わり、強い魔力が生じる。
「ニャアアアァッ!」
すると魔法陣の中から体長五十セレチ(約五十センチ)くらいの白猫が現れた。
これは只の白猫ではない。 ナタリアの守護聖獣である猫神ジルニアだ。
「ジルニア、時間がないわ! リンクするわよ!」
「了解したニャン。 リンク・スタートッ!!」
そう言うなり、白猫こと守護聖獣ジルニアはナタリアの右肩に飛び乗った。
そしてナタリアとジルニアの魔力が混ざり合い、
ナタリアの魔力が一気に跳ね上がった。
種明かしすれば、契約者は意識を集中する事によって、
守護聖獣と意識を共有する事が可能である。
この現象をマインド・リンクと呼ぶ。
マインド・リンクを実行した際には、
契約者は守護聖獣の力を最大限に引き出せる。
つまり今のナタリアは能力値や魔力が何倍にも跳ね上がった状態だ。
そしてその状態で、ナタリアは手にした両手杖を前方に突き出して――
「最大パワーで行きますわよ。 我は賢者、
我はクレセントバルムの大地に祈りを捧げる。 母なる大地クレセントバルムよ。
我に力を与えたまえ! えいやあっ!! 『フレイム・ボルト』!!」
と、素早く初級火炎魔法を詠唱する。
次の瞬間、ナタリアの杖の先端の青い宝石から激しく燃え盛る炎弾が放たれた。
ナタリアの放った『フレイムボルト』は、初級火炎魔法。
火炎魔法の基本中の基本魔法である。 だがその威力は凄まじかった。
どごおおおんっ!!
炎弾が着弾するなり、激しい爆音と爆風が巻き起こった。
俺やアリシア、ラルは両腕で顔を防ぎながら、爆風に耐える。
初級魔法といえど、守護聖獣の力で何倍にも引き上げられた一撃だ。
むしろ初級魔法だからこの程度で済んだと言える。 恐らくナタリアは、
あえて初級魔法を放ったのであろう。
中級以上の魔法なら、この程度では済まない。
つまり自分や俺達に配慮して、敵を瞬時に滅殺できるギリギリの
レベルに調整したのだろう。 流石は未来の俺の嫁。
僅かの間でその判断と実行力。 惚れ直したぜ。
爆風が止み、視界が正常になった頃には、
この建物の屋上の地面は黒ずんでおり、
その周囲には、黒コゲになった魔王軍の兵士達の死体が六体あった。
凄えっ……本当に初級魔法で瞬時に敵を抹殺したよ。
感心と同時に軽い戦慄を覚えた。
彼女が味方で本当に良かった。 もし敵だったら……と思うと背筋が寒くなる。
「あちゃー、派手にやったわねえ。 こういうの見るとアタシの血も騒ぐね!
おっ? ちょうどいい具合に後ろの追手が迫ってきたわね。 ――ならば!
――我が守護聖獣ブラードよ。 我の元に現れよっ!!」
アリシアがそう叫ぶなり、先程同様、彼女の足元に魔法陣が突如現れた。
そしてチカチカと魔法陣が明滅しながら、激しく光った。
「ガアオオンッ!」
すると今度は魔法陣の中から体長六十セレチ(約六十センチ)くらいの黒竜が現れた。
これがアリシアの守護聖獣である黒竜のブラードだ。
ドラゴンにしては、かなり小さくて、見た目も可愛らしい。
「ブラード、リンクするよ!」
「わかったぜ、アリシア。 リンク・スタートッ!」
黒竜ブラードがアリシアの背中に飛び乗り、マインド・リンクが開始。
するとアリシアの周囲に、針のように研摩された強力な闘気が発生した。
アリシアがその闘気を全身に纏うなり、周囲の大気が震えた。
「いいね、いい感じね。 ではさっさと殺っちゃうよ!」
そう言いながら、アリシアは手にした漆黒の大剣を闇の闘気で覆う。
そして地を蹴り、後方から迫って来た追手目掛けて突貫する。
「喰らいなっ! 『シャドウ・ストライク』ッ!!」
マインド・リンクによって強化されたアリシアの一撃は壮絶であった。
一振りで追手の魔王軍の兵士を二人同時に切り捨てた。
「な、なんだっ!? こ、コイツ、強すぎるぞ!?」
「や、ヤバい! 逃げるぞ、お前等っ!!」
と、慌てふためく魔王軍の兵士達。
だがそうはさせまいと――
「そうはせないよ! 『ダークネス・スラッシュ』!!」
再び繰り出されるアリシアの闇属性の剣術スキル。
一振りで一人切り捨て、返す一閃でもう一人切り捨てた。
そして震えて脅える最後の一人目掛けて、突撃。
神速の速さで繰り出した横薙ぎで、脅える男の腹部を切り裂いた。
「ぎ、ぎゃああああああ……あああっ!?」
瞬く間に五人の切り捨てるアリシア。
アリシアはヒュンと血のついた黒刃の大剣を振り、切っ先を地に下ろす。
「さあこれで敵は片付いたわ。 先に進もうよ、勇者様」
「あ、ああ。 そうしよう」
やれやれ、ナタリアといいアリシアといい大した連中だ。
こりゃ彼女等に迂闊にセクハラする事も出来ないぞ。 いやする気はねえけどさ。
だがこの二人が味方で良かったぜ。 この調子で一気に船着場まで向かうとするか。