序章(プロローグ)
勇者。
それは選ばれた者にだけ与えられる称号。
この世界――クレセントバルムにおいても勇者は特別な存在である。
代々勇者は選ばれし盟友と共に魔王と戦うのが宿命。
そして先代の勇者が魔王を倒して、二十年の月日が経った。
魔族の中から新たなる魔王が現れ、人族に宣戦布告。
そして先代勇者の子――主人公ユーリス・クライロッドは、
十六歳の誕生日を迎え、勇者になるべく勇者の試練を受ける日が近づいていた。
ユーリスは世界を救う為に戦う事を決意。
だがこの物語は只の勇者の英雄譚ではない。
そう、ユーリスは世界を救うという勇者の義務は果たすつもりだが、
彼は勇者というブランドを最大限に生かせて、
この世界で成り上がるという野心があった。
――世界は救ってやるさ、それが勇者の義務だからな。
――だが俺は王族や貴族にとって都合の良い勇者にはならねえ。
――俺は真面目に勇者をやるつもりはねえ。
――俺は勇者というブランドを利用して、鬼畜に成り上がってやるぜ。
そう、この物語は鬼畜勇者が織りなす鬼畜な英雄譚なのである。
「ユーリス、いよいよ明日だな」
目の前のナイスミドルな中年の男が感慨深そうにそう呟いた。
このナイスミドルのおっさんは俺――ユーリス・クライロッドの
父親ユンベルク・クライロッドだ。 こう見えて元勇者だ。
俺はこの元勇者と木製のテーブルを挟んで対面する形で、
それぞれ木製の椅子に座っている。
「ああ。そうだねえ、父さん」
「懐かしいな。 あれから二十年も経つのか、こう見えて私は――」
「いや父さん、そういう昔話はいいから」
「そ、そうか」と、肩を落とす親父。
おい、そんなにしょんぼりするなよ?
でもおっさんの昔話は、得てして長くなるからな。
だけどこれでも俺は親父を尊敬しているんだぜ?
何せこの男は、二十年前に魔王を倒した勇者様だからな。
勇者は代々自分の子供を勇者の座に就かせる。
そして勇者の子供は十六歳の誕生日を迎えると、
王様の許に出向き、勇者の試練を受けて新しい勇者となる。
そんなわけで俺は物心ついた頃から、父親から直々に
勇者の心得や剣術、魔法に加え算術や読み書き、礼儀作法などを
教えられて、勇者になるべく資質を磨き上げられていた。
俺は大きな期待を一心に受けて、これまで勇者になるべく
最大限の努力をしてきた。 だから勇者になる事には迷いはない。
だが俺は真面目に勇者をやるつもりはねえ。
何故かって? ならあえて言ってやろう。
例えばこの家だ。
全部で六部屋ある木造の二階建ての普通の家だ。
まあ平民としては、少しは立派な家だ。
だが王族や貴族からすれば、こんな家など兎小屋レベルだ。
この家は親父が魔王を倒した後、俺の母さんと結婚した時に
人族の王様から新婚祝いとして送られたものだ。
更には生活費や勇者育成費として、
王宮から月々六十万ラン(約六十万円)の年金が給付されている。
まあ毎年厳しい年貢や税金を納める農民や平民からすれば、格別の扱いだ。
うん、それは認める。 でもこれも王族や貴族からすりゃ子供のお小遣いだ。
要するに勇者の扱いは――
平民<<<<<<勇者<<<<<<貴族<<<<<<王族
程度の扱いなのだ。
俺はこれが気に食わねえ、だって勇者は世界を救ってるんだぜ?
それでこの程度の扱いなんて絶対おかしいぜ。
だから俺は親父や過去の勇者達が歩んだ道は辿らない。
俺は勇者というブランドを最大限に生かして、
この世界で成り上がるつもりだ。 それの何が悪い!
「お、おい。 ユーリス、私の話を聞いているのか?」
「ああ、うん。 で何だっけ?」
「……聞いてないじゃないか、ぐすん」
「泣くなよ、父さん。 大丈夫、ちゃんと勇者やるから」
「ああ、天国の母さんもきっと喜んでいるぞ」
「……」
俺の母親カチュアは生前、親父と一緒に魔王と戦ったとの話。
彼女の職業は賢者だったらしい。
賢者は攻撃魔法も回復魔法も使える万能職だ。
そして勇者とその仲間と力を合わせて、先代の魔王を倒した。
その後、親父と結婚して生まれたのが俺というわけだ。
母さんは俺の記憶にある限りとても美しい人だった。
だが彼女は俺が七歳の時に病死した。
美人薄命とは良くいったものさ。
でも母親の葬式には、かつての仲間は来たが、王族や貴族は
直接顔を見せず、部下達を代理人として送ったに過ぎない。
その時、幼心に思った。
おかしくない?
だって母さんは父さんと一緒に世界を救ったんだよ?
王様や貴族が、今何不自由なく暮せるのも父さん達のおかげじゃないか。
それなのに何で母さんの葬式に顔も出さないんだよ。
今にして思えば、あれが一つの分岐点だったかもしれん。
それ以来、俺は馬鹿正直に王族や貴族を敬う事を止めた。
やべえ、思い出していたら、妙にムカついてきたぜ。
「まあちゃんと世界は救うから安心してよ」
「うむ、ちゃんと仲間を信頼して力を合わせるんだぞ?」
「わかっている、わかっているよ」
「それならばいいさ。 これから先お前は――」
「いやだからそういう話はいいからさ」
「お、おい。 お前、真面目に勇者をやる気はあるのか?」
「ないよ」
「な、何っ!?」
珍しく声を張り上げて、椅子から立ち上がる親父。
だが俺は悪びれる事なく、きっぱりとこう言った。
「だから世界はちゃんと救うさ。 それが勇者の義務だからね。
でも俺は父さんや他の勇者達と同じ轍を踏むつもりはないよ」
「お、お前……それどういう意味だ?」
「俺は父さん達のように王族や貴族の都合の良い道具にはならない。
大体おかしいんだよ。 勇者の待遇はその功績に比べたら全然しょぼいじゃん?」
「なっ……何を言うかと思えば、お前は! こうして立派な家に住めて、
毎月国から少なくない年金が給付されているじゃないか!?」
「あのさ、父さんは本気で今の待遇に満足してたの?」
「……えっ?」
俺の言葉に思わず固まる親父。
まるでこれまでそんな疑問を考えた事もないという表情だ。
だが俺は更に辛辣な言葉を浴びせた。
「大体母さんが病気になった時も王族や貴族は、
ちゃんとした療養所とか用意してくれなかったじゃねえか?」
「そ、それは……」
回復魔法は大体の怪我は治せるが、老衰と病気は対象外だ。
母さんは魔力欠乏症という難病にかかった。
この病気にかかると著しく魔力が枯渇するという病気だ。
魔力は生命力の源である為、魔力が枯渇すると命にも影響する。
しかし根本的な治療法は、現代でも確立されていない難病だ。
だが魔力濃度の高い土地などで療養すれば、その症状も少しは和らぐ。
しかし王族共は母さんに対して、何もしなかった。
気丈な母さんは平気なふりをしていたが、
実際はとても苦しかったであろう。 クソ、思い出すとムカつくぜ!
「……すまない、ユーリス。 お前がまだその事を気にしているとは
思わなかった。 全ては私の力不足が招いた結果だ」
と、軽く頭を下げる親父。
「いや父さんが謝る必要はないさ。 別に父さんが悪いわけじゃねえ。
言うならば、今までの勇者が王族や貴族に飼い慣らされていたんだよ」
「か、飼い慣らされていた!?」
「ああ、あるいは都合の良い使い捨ての道具かな?」
「お、おい。 ユーリス、お前は私を侮辱するつもりかっ!?」
眉間に皺を寄せて怒る親父。
まあこう言えば、親父が怒る事はわかっていた。
だが俺は言わずにはいられなかった。
「侮辱なんかしてないさ。 魔王を倒し、世界を救った父さんは立派さ。
だけどその後が悪い。 世界を救ったのなら、もっと強欲になるべきだった。
金銀財宝、立派な豪邸、更には貴族の爵位や王国騎士団での地位など
望めばいくらかは手に入れられただろうにさ」
「ば、馬鹿を言うな! 勇者は見返りなど求めない。
自らの崇高なる使命を果たすべく戦っているのだ」
「崇高なる使命ね。 立派だね、でも愛した女一人救えないんだ?」
「う、うっ……それは」
俺の辛辣な言葉に親父は、上手く二の句が継げない。
多分本当は親父もわかっている筈だ。
自分はもっと評価されていい、いやそれはあえて我慢しよう。
だがせめて妻の療養所くらいは用意して欲しかった。
いくらお人好しで無欲な親父でもそれくらいは思っただろう。
だが王族や貴族は何もしなかった。
要するに奴等にとって、魔王を倒した後の勇者は興味がないのさ。
もちろん後々の為に、勇者の子孫は残しておきたい。
それは世界が再び危機になった時の為でもあり、
自分達の保身の為でもある。 だが勇者を必要以上に厚遇はしない。
何故なら勇者は英雄であり、状況によっては自分達の地位を脅かす危険性がある。
だから生かさず、殺さずで今まで勇者を飼い慣らしてきたのであろう。
そう言う意味じゃ親父も被害者だ。 だが俺はそんな風にはならない。
実際勇者が魔王を倒した後も人族の世界では争いが絶えない。
王族は側室をバンバン作り、貴族は初夜権を買い漁っている。
王族の後継者争いで、宮殿内では謀殺や暗殺が常に繰り返されている。
くだらねえ、こんな奴等を救う為に魔王と戦うなんて冗談じゃねえ。
俺はもっと欲深くなる。 女にはガンガンもてたいし、
大金や金銀財宝も欲しい。 貴族の爵位や領地なども欲しい。
そして隙あらば、今の王政を転覆させるつもりだ。
その後、俺が新しい王になるのも良し、あるいは皇帝も悪くない。
そう思案する俺の顔を心配そうに見つめる親父。
「ユーリス、私の事を恨んでるのか? あるいは勇者になるという
責務がお前を苦しめたのか?」
残念ながら、それは違う。
むしろ俺は勇者の跡取りとして、生まれた事に感謝している。
但し俺は真面目に勇者をやるつもりはねえ。
せいぜいこの勇者という地位を最大限に利用させてもらう。
「大丈夫だよ、父さん。 ちゃんと魔王を倒して世界は救うから」
「あ、ああ……もういい。 私からは何も言わん。 確かに私を含め、
今までの勇者は無欲すぎたのかもな。 だからお前はお前の好きにするがいいさ」
「ああ、好きにさせてもらうよ。 父さん、俺は鬼畜勇者になるよ。
勝つ為には手段を選ばないし、とことん強欲になる。 但し、
他人の眼や反応には注意するよ。 表向きは立派な勇者様。
しかし本性は鬼畜勇者。 俺はそうしてこの世界で成りあがるよ!」
自分でもろくでもない事を言ってるのは分かる。
だが俺は王族や貴族にとって都合の良い道具にはならない。
少なくとも愛した女一人護れないような人生は死んでも嫌だ。
だから俺は何でもやる。 手段は選ばない。
そうだ、俺こそが鬼畜勇者ユーリス・クライロッド。
この名を人族だけでなく、亜人や魔族の歴史に名を刻んでやるぜ。
「じゃあ父さん、行ってきます」
「ああ、いってこい」
俺は簡素な別れの挨拶を交わして、家を出た。
俺の姿は黒のインナーの上から、白銀の軽鎧を身につけて、
背中には青いマントという恰好。
本当はもっと豪華で派手な恰好をしたいんだが、生憎金がなくてな。
とりあえず今はこの恰好で我慢しよう。
さて、向かう先は人族の王都アールハイト。
そこに人族の頂点に立つ国王アレクセイ四世が待ち構えている。
俺はそこで勇者になるべく勇者の試練を受ける必要がある。
とりあえず最初が肝心だ。 精々純真無垢な少年を演じてやるぜ。
こう見えて容姿は母親譲りで整っている方だ。
ならばそれを最大限に生かして、愛される勇者を演じてやるさ。
本作品は新人賞投稿作品に加筆・修正を加えたものです。
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