第4話 村長の提案、そして…
「ーーと、いう訳で異世界に転生するのを避けるためにカルマポイントなるものを稼いでいるんです」
ハルは土下座の態勢から椅子に座り直した後、村長に自分が悪ぶった態度をとり始めた経緯を話した。
異世界転生やカルマポイントといった突拍子もない内容を含んだものだったが、村長はハルの話を真剣な表情でうなずきながら聞いていた。
「なるほど……ハルくんが嘘をついているようにも思えない。信じよう、ハルくんの言っていることを」
「本当ですか!」
ハルは異世界転生者となって初めてできた理解者の存在に嬉しさを隠しきれず、椅子から身を乗り出してキラキラと目を輝かせた。
その姿に若干の戸惑いを見せつつも村長は余裕の表情を崩さなかった。
「いや〜嬉しいです!まさかこんなラノベみたいな話信じてもらえるなんて思いませんでしたよ。さすが自治体の長をやってるだけありますね!」
「ん、まぁね」
ハルのおだてじみているが本心からの敬愛を感じる褒め言葉。
それに気をよくしたのか、村長はここまで一切綻びることのなかった余裕の微笑みから照れを感じさせるにやけ顔をしながら頬を掻いた。
「まぁ、それは置いといて……ハルくん、カルマポイントを稼ぐなら、口調は悪ぶったものを維持した方がいい。形式的でも失礼な態度であることには変わりない。きっと地道に加算されていくだろう」
「なるほどですね……あっ、なるっす」
「そうそう、そんな感じ」
村長のアドバイスを肝に銘じたハルは、その後の彼が巡ってきた異世界を話題にした談笑でも悪ぶった口調を崩すことはなかった。
村長の家族が淹れてくれた紅茶をゆったりと飲みながら「うっす」「マジなんすよ」と話す、そんなハルの姿は傍からみれば違和感がありすぎて笑えてくるものだった。
「そうだ、ハルくん。ウチの娘を君の家に送ってやってもいいかい?」
「ブフッ(紅茶を吹き出す音)!えっ、突然何の話っすか⁉︎」
「いやね、実はウチの娘が使用人学校に通っていてね……」
村長が言うには「使用人学校に通う娘の研修先としてハルの家を候補に挙げたい」、という話だった。
子離れできない村長にとって、遠く離れた都市で学校に通って過ごす娘がもっと離れた土地に行ってしまうのがとても寂しく感じているらしい。
だから、地元でも馴染みのないハルの家を娘に研修先として決めて貰えれば娘の姿を頻繁に見られてとても安心できる、とのことだった。
「それにハルくんは家事全般を赤の他人に任せることになるから、自然とカルマポイントを貯めることができる。どうだい、結構いい話じゃないかい?」
「ムム……確かにいいアイデアっすね」
この話を聴いたハルは葛藤に頭を悩まされた。
(確かに料理洗濯その他諸々を人に任せられるのは好都合だよな)
(でもその娘さんと仲良くなっちゃったら、家事を押し付けているっていう罪悪感で、いつかは手伝っちゃうかもしれないもんなぁ……。んで、最終的には家事を折半しちゃうかも……ウーム)
確実に異世界転生を避けるため、下手な選択肢は取りたくないーー。
ハルのカルマポイントを貯めることに賭ける情熱は一見僥倖とも言える提案にも作用していた。
「ちなみにさっき紅茶を出してくれた美人さん、あれが帰省している娘だよ」
「ありがたくお迎えさせていただきます」
ハルは村長が制止する暇を与えることなく、本日二度目となる完璧な土下座を披露した。
その土下座はブラック社員時代の形だけのものではなく、美人と毎日イチャコラできる可能性を手にした感謝に溢れたものだった。
村長の表情はというと、二度目ということもあり困惑よりも呆れが強くなったようだった。
完全なる右頬の引きつりが披露された。
「ーーよし、それじゃあ身分証明書は後日確認する、と。これで手続きの方は完了だよ」
「あざっす、村長!」
再び席に戻ったハルは、元々の用事だった住民票の手続きも完了して無事今日の予定を終えた。
ハルが時計に目をやると時刻は午後12時半、ランチタイムだ。
「そういえばもう昼だね。ハルくんは何か昼飯のアテはあるのかい?」
「いや、全然っすね。いい店とかあったら教えてもらいたいっす」
「それだったら、ベイカーさんのピザ屋がオススメだよ。イデ村特産のチーズをふんだんに使ったチーズピザが堪能できる。せっかくだから私が案内しよう」
「何から何までサーセン、村長」
昼飯を食べに行くべく、ハルと村長は席を立ち玄関へと向かっていった。
仲良くなった人と一緒に食事に行く……転生が多く人と深い関係になりづらかったハルにとって、このイベントは今回の計画が心を癒すバカンスも兼ねていることも実感させた。
その嬉しさの余り、ハルは瞳を潤わせているようだった。
(あぁ、今回の転生は心身ともに癒される、素敵なものになりそうだ……)
そう思った直後、ハルは扉の向こうから何か違和感を感じた。
何かが近づいてくる音だ。
やがてそれは様々な音の集まりであることにハルは気づいた。
腹部に響く低音……大勢が走る音。
耳をつんざくような甲高い高音……何十人もの女性の声。
そして言葉の節々に聞こえる二文字はーー。
「ま、まさか……!」
「ハルくん、一体どうしたんだい?ドアノブを握ってから一歩も動かずーーうぼぁ‼︎」
村長の家を埋めつくさんばかりの勢いで雪崩れ込んでいく女性たち、無情にも最後の言葉はハルに届くことなく村長は突然の人波に消えていった。
「ハルくーーん!私とランチしましょーー!」
「ずーるーいーわよ!私がハルとお昼ご飯食べるのー!」
「いやいや、私のお父さんのお店にご招待してあげる!今なら半額クーポンもあげちゃう!」
「何よ、この泥棒猫ども……!ハルさんは私のものなのよ……!」
ハルを囲むようにして詰め寄ってくる何十人もの女性たち……いや、下手をすると3桁に突入しているかもしれない。
ハルは彼女たちのうち何人かの顔に見覚えがあった。
そう、彼女たちはこの世界の魔王軍討伐までの1週間で出会った女性たちだった。
ある者はアイテム屋で、またある者は街の入り口で、果てにはたまたますれ違って美人だと思っただけの者も、その集団の中に混ざっていた。
そして、彼女たちの容姿はハルの記憶とはある一点だけ違っていた。
瞳の奥にハートマークが浮かんでいるのだ。
「この見覚えのあるハートマークは……まさか!」
「はるた〜ん♡助けに来たわよ〜♡」