第2話 勇者ハル
魔王軍討伐から3日後、ハルは世界の辺境にあるイデ村のとある一軒家にたどり着いた。
魔王軍討伐の褒美として、異世界の神から1ヶ月のバカンスと別荘が与えられたのだった。
家に入ったハルはまず、纏っていた甲冑と鎧を勢いよく脱ぎ捨てた。
「ブハァ!あー暑かった……」
猛者とは思えない冴えない顔つき、この世界では珍しい黒髪、気の抜けたラフな口調。
甲冑を脱いだ素顔のハルは、とてもじゃないか魔王を倒した男とは思えない、むしろ一般人然とした風貌をしている。
そう、何を隠そうハルは異世界転生者である。
彼はかつて九十九悠という名前でブラック企業の営業課に勤めていた元企業戦士だ。
地獄のような職場環境でも取引先を回る健気な男だったが、ある日過労がたたって心臓発作を起こしてしまい、そのまま帰らぬ人となってしまった。
そんな不幸な死に同情した神々によって異世界に転生し、ハルはとある世界の勇者として活躍することになった。
(これで通算99回目の救世……カーッ!俺も長いこと頑張ったもんだなー!えらいぞ、俺!)
椅子に座ったハルは、村の途中の市場で買った干し肉を齧りながら心の中で自分の頑張りをねぎらった。
ハルは最初の異世界転生で迅速かつ無駄なく異世界を救ったため、神々からは「早い!(転生コストが)安い!(能力活用が)上手い!」の三拍子揃った勇者ハルとして広く知られるようになった。
そのため、数多くの神々から異世界転生者として抜擢されることが多く、今回の転生まで数えて99回連続で異世界を救ったきた。
(時にはパーティから突然追放されたり、手違いで魔物に転生したり……思い出したくないようなことも沢山もあったが、よく乗り越えてきた!)
(そして、今回でそんな異世界転生者としての日々ともお別れだ。長年俺が温めてきた、この計画によってな!)
ハルは口元に笑みを浮かべながら、干し肉の傍に置いていた包み紙を勢いよく破いた。
中には金色に輝く鎖型の首飾りと遮光魔法の掛けられた黒い眼鏡、黒い魔獣の皮でつくられた外套と帽子、これまた黒く染色された絹製の薄い衣服とが入っていた。
それらに身を包み、ハルは玄関前の姿見に立った。
その服装は現世で言うヒップホップファッションに近いものだった。
「フフッ、中々ワルっぽいじゃないの」
彼の言う計画とは、素行の悪そうな振る舞いをすることでカルマポイントを積み上げ、神々からの評価を下げることで異世界転生を避けようとするものである。
カルマポイントとは、神々が生物の邪悪さを評価するのに使われる基準だ。
基本的に生きているうちに何か悪いことをすれば、その行いの酷さに比例して自動的に換算されていく。
最終的に死んだ時にこのカルマポイントが一定数を超えていると、ワンクラス下の世界に転生することになってしまう。
ちなみに、厳密にはハルは人間ではなく「異世界転生者」という記憶と見た目を保ったまま転生することを許された神世界の特別住民ということになっている。
そのため、もしハルがワンクラス下がった場合は異世界転生者としての見た目と記憶を失った、元の世界でどこかの誰かとして生まれ変わることになる。
(この格好でさらに薄汚れた仔牛に餌をやったり、午後の秘薬を午前中に飲んだりすれば……1ヶ月後には、俺は異世界転生者として不適格なヤツになれるはず!)
(そしたら、あの三女神からもオサラバだ!)
フフフ……とハルは笑みをこぼしながら、賞味期限切れのチーズを頬張った。