異世界転生異端
意識は微睡みの中に溶けていく。
自らの死を自覚しながら、全てを受け入れて瞼を閉じた。
このまま意識も消えていくのだろうと思われたが、
いつまでも自意識は残り続け、目を開けると、そこは真っ白い空間だった。
「やっとお目覚めかい?」
まだ年若い顔立ちの整った青年が声を掛けてくる。
「ここはどこだ?」
状況を把握するべく、取り敢えずただ一人視界に入ったその青年に問い質す。
「う~ん、何と言えばいいかなあ?生と死の間ってとこかな?」
胡散臭い事極まりないことを告げられ、その表情が出ていたのだろう、
青年は少し苦笑しながら詳しい状況説明を続けた。
「君は死んでしまった訳だけど、もし良かったら別の世界で生まれ直す気は無いかい?」
そう問われふと考える。
それは皆に言っているのか、それとも自分だけなのか。
「転生するにあたって、特別な力を与えることもやぶさかではないよ?」
見る限りは善良を絵にかいたような姿だが、その実はどうだろう。
「何故俺なんだ?」
自らの半生を鑑みれば、決して善人ではない。
「そうだね。言うなれば、戦い続けた君へのご褒美といった所かな。」
俺は侍と呼ばれる人種の人間だった。
殆どの時を戦場に出るための修練に費やし、斬った数は百を超えるだろう。
「して、その代償は?」
何も失わずに得られるものなど存在しない。
ならば、この神にも似た者が求めるのは一体何か。
「何も要らないよ?それが僕の仕事だからね。」
軽く嘲笑を漏らした後、口を開く。
「俺からは要らないなら、・・・・一体誰から取るつもりだ?」
青年は少し驚いた顔をした後、少し顔を歪めてから口を開いた。
「・・・へぇ~、分かるんだ。でもいいじゃない。知らないなら何もなかったのと同じだよ。」
一見何の代償も求めず、人の弱さに付け込み何かを押し付けようとするもの。
それは・・・。
「お前は悪鬼の類か?」
確信に至る。
これは我ら人に取り入る魑魅魍魎の類であると。
「君みたいなのは珍しいね。はははっ!気に入った。気に入ったよ!」
もはや隠す気は無い様で、その端正な顔立ちは悪鬼羅刹といった容貌か。
「選択を与えたのはその方が面白いからだよ。
どちらにしろ君に選択権はないんだけどね。僕が捕まえた時点でもうその魂は僕のものだ。」
自由の利かない体を疎ましく思いながら、フンっと鼻を鳴らす。
「これから君が何を為すのか、楽しみに見せてもらうよ。」
自分という存在そのものが、何かに吸われる様に溶けていく。
「ああ、そうだ。君の名前、聞いてなかったね。」
このような存在が相手だとしても、名乗るのは礼儀か。
「遠宮刀一郎だ。いずれ斬りに来る。覚えておけ。」
最後に残った僅かな誇りで虚勢を張り、自らの全ては溶け去った。
誰もいなくなった白い空間にて、悪鬼の歓談が始まる。
「いやぁ~、さっきの男、面白かったね。」
一体どこから現れたのか、青年よりもさらに幼い風貌のそれが愉快そうに語る。
「そうだね。皆自分だけが特別だって思い込むのに、あの男は違ったからね。」
自分だけが特別でありたい、それは誰しもが思う願望だ。
「何の代償もなく力が与えられるなんて、信じる方がどうかしてるよ。」
そんなことは誰しもが分かっていることだ。
「こうやって直に与えられなくても、自分の中に覚えのない力が宿っているなら、
同時に何かを失っているかもって考えに至らないのかな?」
夢だと思っていた力を得た高揚感、それは何にも勝る愉悦であろう。
「ふふっ、しかも代償を払っているのが自分とは限らないしね・・・。」
そして歓談が終わると、その白い空間には只静寂だけが残った。