99度目の転生
令和こんにちは。主人公転生チートの時流に乗って。
はるか3000年ほど前のこと。世界を統べる夫婦神の間に、待ち望んだ愛し児が生まれようとしていました。愛する妻が腹を痛めるのを心苦しく思った男神は、とある人間の胎に我が子を宿し、代わりに産ませることにしました。しかし産まれた我が子を天に連れ帰ろうにも、生身では神界に耐えられず死んでしまいます。仕方なく神は、愛しい我が子が100度の転生を終えて、神霊として神の世に還ってきてくれるのを心待ちにしているのです。
99度目の転生
ゴン、という軽い衝撃にぱちりと目覚めると、ふかふかの絨毯が鼻先に迫っていた。ぐるりと頭を巡らせると、隣には豪奢な天幕付きのベッドがある。どうやら寝相が悪くて落ちてしまったらしい。
いそいそとベッドに上って、ぐわんぐわんする頭で記憶を辿る。毎度3〜8歳くらいになると以前の転生時の記憶を思い出すのだが、やんちゃに楽しく生きていた子どもの頭にすごい量の記憶が流れ込んでくるので、転生する度に大混乱だ。
さて、今回の転生先はお金持ちの家だ。
今の名前はサラスターシャ・ラグノー、先月8歳になったばかりだ。ここ、グァンチャール領の領主の右腕として働く父と、領主の息子の教育係の母を持つ。教育は厳しいが、ちゃんと子供を愛してくれる良い両親だ。
今世に意識を持ったら、まず最初にしなくてはならないのが「彼」への知らせだ。私の転生に「彼」が気づけるように、有り余る神力を解放し、大地に薄く拡げていく。あまり強く放出すると、神力が暴走して死んでしまうので、慎重に行わなくてはいけない。
一刻ほどかけて地球全体を自分の神力で覆うと、ふうと息をついた。これでばっちり。あとは「彼」が私の存在に気づいて、飛んできてくれるだろう。
一仕事終えて満足したので、ふかふかのお布団に潜り直す。今世は神力を暴走させることなく、10歳まで楽しく生きるのだ。
翌朝目覚めると、屋敷の中がバタバタと慌ただしい。起床を報せる鈴を鳴らして、私付き筆頭メイドのミナを呼んだ。
「ミナ、何かあったの?」
「お嬢様、おはようございます。昨夜遅くに、正体不明の神力が世界中を覆ったのです。被害状況は確認中ですが、あちこちの領地の結界が破壊されてしまったようです。グァンチャールの結界も消し飛んでしまい、現在ご主人様や領主様が対応に当たられておいでです」
「まあ」
やばい。なんか大ごとになってる。今世では各領地を囲む結界なんてものができていたらしい。時代は進歩したものだ。うげろろろ、それ壊しちゃったの、間違いなく私だ。
ミナは深緑の目を伏せてため息をつく。
「結界が破壊されたタイミングから考えると、ここグァンチャールに謎の神力の発症源があるのではと考えられているようですわ。近くに何か強大な魔物でも潜んでいたらと思うと、恐ろしいですね」
「そ、そうね」
ホホホ、と曖昧に笑って誤魔化した。
魔物と間違われて退治されたらたまらない。バレてないみたいだし、黙っとこう。うん。
「それよりミナ、今日もマイラーンと一緒にお勉強よ。早く準備しなきゃ」
「失礼致しました。それではお召し替えのご準備を致しましょう」
自分の寝坊を棚に上げて急かすと、ミナは微笑んで見逃してくれた。ミナが片手で盥の水を軽々と運びながら、指揮をするように指を振ると、私の今日のお洋服が宙を舞う。ついでにベルがチリンと鳴り、もう一人の私付きメイドのセラニールが目覚めのティーセットを運んできた。
ミナの運んだ水にセラニールが手をかざすと、ホワッと湯気が上がってくる。
「お嬢様、お湯のご準備ができました」
ほどよく温まった盥のお湯で顔を洗い、セラニールが差し出すタオルで拭う。その間に紅茶の蒸らし時間が終わり、ミナがお茶を用意してくれた。素晴らしい連携プレーだ。
ホッと一息つきながら飲んでいると、湯を片付け終えたセラニールが私のお洋服を揃えて控えているのが目に入った。
お茶は飲みたい。けど時間もないしちゃっちゃと着替えたい。うーん、飲みながらでも、タイツくらいなら履けるんじゃない?
「セラニール、私浮いておくから、その間に着替えさせてくれないかしら?」
紅茶を飲みながら、わずかに神力を放出して身体を浮かし、足をぶらぶらさせてお願いしてみた。
「お嬢様、お行儀が悪...え? う、浮いておられる!?」
「お嬢様!? 空中浮遊なんて、い、いつの間にそのような高度な神術を...いえそれより、空中浮遊は神力の消費が激しいはず。何卒お戻りを! こちらにお座りになって下さい!」
「誰か! 旦那様にご報告を!」
あちゃー、やっちゃった(再び)。『サラスターシャ・ラグノー』としての私はまだ神力の扱いが上手じゃない子だった。8歳の女の子がいきなり空中浮遊なんてしたらびっくりされるよねえ...失敗失敗。
慌てふためくメイドたちを眺めながら、椅子に座りなおして紅茶のカップを置いた。こういう時は気づかれないうちに逃げるのが一番だね。みんながあたふたしてるうちに、勝手に着替えてこっそり窓から抜け出した。
「マイラーン、お腹減ったよぉ〜」
朝ごはんを食べそびれたので、一緒にお勉強予定の弟分であるマイラーンの家に転がり込んで泣きついた。マイラーンは私に椅子を勧めると、やれやれ、と亜麻色の髪をかきあげた。むう、美少年はこんな動作も様になる。
「サラ、君またこっそり家出てきたの? ダメじゃないか、ノムールさんに怒られるよ?」
「だって、メイド達を待ってたら遅刻しそうだったんだもん。お勉強に遅れたらお母様に叱られるわ。お父様よりお母様の方が、怒ると怖いもの」
にっこり笑顔で鉄拳制裁するお母様を思い出して身震いする。マイラーンはコバルトブルーの瞳を細めて微笑むと、チリンとベルを鳴らした。
「仕方ないなあ。...シャール」
「かしこまりました、マイラーン様」
マイラーン付き執事のシャールが、即座にティーセットと一緒にスコーンを用意してくれた。クロテッドクリームと木苺のジャムが添えられている。
「わあ、最高! マイラーン大好き!」
「もう、サラは調子良いんだから」
焼きたてのスコーンにクリームとジャムをたっぷりのせると、スコーンの熱でクリームがじんわり溶ける。ぱくりと頬張ると、口の中いっぱいにミルクと木苺の甘酸っぱい香りが広がった。やっぱりカルサイム家のおやつは最高だ。
マイラーンはここグァンチャール領の領主、ボナムント・カルサイムの息子だ。6歳とは思えないほど物腰柔らかで、端整な顔立ちに微笑みを絶やさない、将来有望な男の子だ。私のお母様、ナターシャ・ラグノーが家庭教師を務めているので、毎日一緒に勉強することになっている。私の2歳下だけど、ものすごく頭が良くて向学心があり、神力も豊富なので、半年前から授業の進度が追いつかれているのだ。
ホクホクとスコーンを食べていると、来訪のベルが鳴った。お母様ーーーもとい、先生の到着だ。慌ててスコーンのクズだらけの手を拭いて姿勢を正す。
「「おはようございます、ナターシャ先生」」
「おはようございます、マイラーン様、サラスターシャ。今日もご機嫌麗しゅう。...特にサラ」
お母様が微笑みながらこちらをじろりと見た。思わず、ヒッ!と身震いする。
「旦那様が今朝、大事なお話があったのに、気づいたら部屋にいなかったと嘆いておいでだったそうですよ。帰ったら一緒にお話をしましょうね」
「は、はい!」
このまま授業が終わらなければ良いのに...。
コホンと咳払いして、お母様ーーーもとい、ナターシャ先生が授業を開始する。
「さあ、今日は二人もよく知っている『神力』についておさらいしましょう。マイラーン、神力の起源は?」
「2940年前、この地球が滅びた時、神が地球を再創造する際に神の力を地球にたくさん注ぎました。そのため、新生した地球の生物や大地には神の力、すなわち神力が満ちていると聖書に書いてあります」
「その通りです。よく勉強していますね」
お母様が満足そうに頷く。私も地球の歴史についてはよく知っている。なんたって、初めて生まれたのは滅びる前の地球だもの。
「この世界は神力で満ちています。
神力とは万物に宿る生命の源です。常時身体から微量漏れ出ており、我々人間はこれを巧みに利用して生活しています。
神力を操って活用することを神術と言い、神術は大きく3つに分けられます。使える者が多い順に、①触れずに物を動かす念動力、②筋力を強化する肉体強化、③火や水などの自然に干渉する森羅気能。どれか一つに特化しているのが一般的ですが、複数の要素を使える人間もいます」
私のメイドのミナは念動力と肉体強化、セラニールは森羅気能が使える。二人とも一般に比較すると優秀な神術の使い手らしい。ちなみに記憶を思い出した私は全部できる。むふふふん。
「この他にも他者の精神に直接干渉するものや、無から有を生み出すような力もあるそうです。大変珍しいですが、危険ですので、特に精神干渉には気をつけて下さいね。
さて、我々は神力、体力、精神力の3つがうまく均衡して生きています。一般的に、神力が多いほど日常的に使える神力の量も増えるため重宝されがちですが、必ずしも良いとは言えません。神力が強すぎると身体が耐えきれないため寿命が短く、すぐ死んでしまいます。逆に少ないと身体が成長しなかったり、うまく動かなくなったりします。
体力はいくらあっても神力の限界値までしか発揮できず、少なすぎると神力に負けて身体が保てず崩れてしまいます。
精神力は神力のコントロールに必須なので、神力に見合う分だけないと力に飲み込まれてしまいます。
この点、マイラーン様はとてもバランスが良いですね。サラは...バランスが悪いわね」
お母様が言い淀む。私は桁違いの量の神力を身に秘めているらしい。まあこれまでに神力の暴走が原因で何度も死んでるし、当然だよね。毎回10歳までに死んじゃうけど、今回はもう少し長く生きられたら良いのにな。今世で新しく開発されていた、神力制御のためのブレスレットを撫でた。
「ですから神力は...」
「ナターシャ様!」
バン、と勢いよく扉が開いて、衛兵が駆け込んできた。
「どうしたのです。授業中ですよ」
「失礼致しました。...町外れに魔物が、ライグーンの群れが出没しました。現在神具の結界で抑えていますが、長くは保ちません。どうかお力をお貸しください」
「ライグーン...厄介ね、領地の結界が壊れている今に限って...。分かりました、すぐ参ります。マイラーン様、サラ、貴方達はここにいなさい」
お母様は身を翻すと、颯爽と部屋を出て行った。お母様は領内でも有数の肉体強化の使い手で、魔物討伐に度々駆り出されている。とても強いので、お母様に任せておけば安心、のはずなのだが、嫌な胸騒ぎがする。何か、すごく強いものが来ている気がする。
「マイラーン、私も行ってくるわ」
「何を言ってるの、サラ。僕らが行っても足手まといだよ」
「いいえ、私、行かなくちゃ。お母様が危ない」
「え? ちょっと、サラ!?」
マイラーンの制止の声を待たずに飛び出した。お母様は今頃動きやすく、神術を発揮しやすい武術服に着替えているはずだ。現地へ向かう俥に潜り込むなら今しかない。
私は屋敷の階段を駆け下りると、玄関先に停まっている特急俥を発見した。ご飯粒のような、白い楕円形の乗り物で、神力を動力とする乗り物の中でも5指に入るほど速い俥だ。1台あたり7人乗りくらいの大きさの俥が3台停まっており、衛兵が15人くらいで取り囲んでいる。
どうやって潜り込もうかと悶々していると、追いついてきたマイラーンが私の肩を叩いた。
(どうしても行かなくちゃ行けないんだね?)
(ええ、どうしても。絶対行く)
私を覗き込むコバルトブルーの真剣な瞳をキッと見据えた。マイラーンは肩を竦めて微笑み、余計なことを言うなと口に人差し指を当てて目配せすると、立ち上がる。
「ベルドア卿、ご苦労様です」
「おお、マイラーン様。如何なされましたか」
マイラーンは穏やかな微笑みを浮かべ、一番偉そうな衛兵に近づいて行った。私もお口にチャックして半歩後ろをついていく。
「この度ライグーンが出没したと聞きました。父上より、領地を担う子として討伐の見学をするよう指示が出ました。我々もお連れ下さい」
「し、しかし危険では...」
「あのナターシャ先生に師事を受けているのです、我々も自分の身は守れます。ご安心を」
「はあ、それではナターシャ様に...」
「ナターシャ先生の気負わない闘いぶりを見るため、我々の同行はナターシャ先生には伏せるように、との領主の仰せです」
「しかし...」
「領主の仰せです」
ニコリとマイラーンが微笑むと、衛兵が陥落し、随行する特急俥の一つに乗せてくれた。さすがマイラーンだ、反論の隙すら与えない。
(すごいねマイラーン。さすがだわ。いつの間に領主様の許可を得ていたの?)
(一月前にね)
(え? どういうこと?)
はて、そんな前から魔物の襲来を予見していたのだろうか? 首を傾げていると、マイラーンが人の良さそうな天使スマイルの口元をニヤリと吊り上げた。
(一月前に父上が、ナターシャ先生の実技をこっそり見られる機会を作ってやる、と約束して下さったんだ。今日がその『機会』だと、僕は解釈したのさ。何も間違ったことはしていないだろ?)
(う、うわあ〜。さすがマイラーン ...)
領主様は今日のような危険な討伐を指している気は全く無かっただろうに。ものすごいこじ付けだが、しかし確かに領主様の言質は取っている。嘘は付いていない。咄嗟によくここまで頭が回るものだ。恐るべしマイラーン、絶対に敵に回したくない。
マイラーンの末恐ろしい笑顔に身震いしていると、周囲がざわざわと騒がしくなった。お母様の準備が整ったようだ。私達が乗る俥にも衛兵が次々と乗り込んでくる。
「お二人とも、出発します。どうか戦闘中も決してこの俥の中から出られぬよう」
「「はい」」
衛兵が懇願する目で見てきたので、素直にお返事する。無茶言ってごめんなさい、でも行かなくちゃいけない気がするの。
運転席の衛兵がエンジンを入れると、特急俥の周囲がくるりと神力で包まれた。俥体がほんのわずか、地面から浮き上がる。
「発進」
アクセルが踏まれ、私達を乗せた特急俥は、景色が見えないほどのスピードで空を走り出した。
GW10連休に浮かれて書き始めました。楽しんで頂けたら幸いです。