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ドブザラえもん -溝浚右衛門-

作者: 後藤章倫

     ドブザラえもん


 溝ヲ浚ッテ候。溝を浚っておるのです。

何故、溝を浚っておるかというと、依頼を受けたからであります。

 男やもめの気楽な暮らし、気楽な商売、そうでも無いか、色々あるか、やっぱり気楽か。

 荒ら屋に看板を掲げ便利屋稼業を営んでおり、本日の仕事が溝浚いという寸法なのです。

 溝を浚っておりますと、行き交う人々が様々な反応を示します。

顔を背ける人、鼻や口を手で覆う人、笑う人、何故か逃げ出す人、驚く人、泣き出す人、転げ回る人、叫ぶ人、泣く人、怒り出す人、無反応な人。

「お疲れ様、大変ですね」

等と声を掛けてくださる方もおられます。

私は、軽く会釈するものの、お金を貰ってやっておる仕事ですので、と思っておりますし、その労いの言葉の裏側に何か先程の、顔を背けたり、鼻や口を手で覆う人達の行動に似た感情を感じ取ってしまうのです。

 そんなに醜いですか?そんなに臭いですか?本当は分かっておるでしょう?一番醜いものは、私やアナタの心の中に或るという事を。

 浚ったヘドロの中に硬貨や金品が混じっておる事もあり、その場合、私は何の躊躇も無く拾い上げ頂きます。その様なつまらない人間なのです。

 溝ヲ浚ッテ候。溝を浚っておるのです。黙々と。


     今宵


 今宵、少しも動きたく無く、こうして頁を捲るくらい。たまにハイボールを口まで運ぶくらい。それくらいの動きしかやりたく無く、だからと言って身体を悪くしただの、強力な接着剤で畳に固定されているだの、ハンドパワー等の念力によって身体の自由を奪われているだのの理由は無く、只々少しも動きたく無いのだ。

 頁を捲り、右の頁から左の頁へ目を移すと、さっきからギリギリ視野に入るくらいの所に黒い生き物らしいものが鎮座している。

 私はゴキブリだろうが、ゲジゲジだろうが、屁放き虫だろうが、蛇だろうが、普段ならば跳んで行き捕まえて処理する。処理の方法は色々あるが此処では割愛しよう。


 扨、『這っても黒豆』なる噺がある。

とある言うこと聞かずの頑固者が床にある黒いものを

「あれは黒豆だ」

と、言い張る。皆は、

「あれは、虫ですよ」

と、諭す。言うこと聞かずは、

「いいや、あれは黒豆だ」

と、言い張る。そのうちに、其の黒豆はササササッと這って移動した。皆は、

「それ見た事ですか、あれは、虫ですよ」

と。しかし、言うこと聞かずは、

「いいや、それでもあれは黒豆だ」

と、言い張ったという噺。


 扨、先程から左頁の上の方ギリギリ視野に入るこやつは、虫である。普段ならば跳んで行き捕まえて処理するのであるが、今宵は別である。何故ならば今宵は少しも動きたく無く、しかし、其の虫の存在が気になり始め、その気になり始めた事が動きたく無い自分の気持ちの邪魔を始め、元々、動かざる事、山の如し等という気合いの入った理由なぞ、そもそも持っておらず、気になり始めた事が気になり、気になり、気になり、そのゲジゲジを跳んで行ってスリッパで

「ビシっ!」

 あ、激しく動いてしまった之助。


     栴檀轟の滝


 朝、電話が鳴る。本日は仕事の予定は無く、缶ビイルに手を伸ばす寸前。

「はい、そうです。まぁ大丈夫ですが、はい、内容は、はい、でも専門的な事は分かりませんよ、はい、あと料金ですが本日の振り込みだと有り難いです。はい、ありがとうございます。では、現場に八時という事で、失礼します」

という寸法で仕事が入り出発。どうやら水道工事の仕事で急に人が来られなくなり便利屋風情に依頼という事らしい。


 青信号に成っても、なかなか動かない前の車にクラクションを

「パァーン」

ウィンカーを出す前にブレーキを踏む前の車に肝を冷やし、なかなか上がらぬ踏切のバー、通過する電車、電車の中のネクタイを絞めた死んだ眼、その眼を見たら、なかなか上がらない踏切で待つのも悪くはないかと。

 午前七時三十八分に現場に到着。

あの方が青田さんなのか?電話では現場に青田という者が行くので指示を受けて欲しいという事だった。

 第一印象は髭が濃いなと思った。髭剃り跡が青く成っていて、いわゆる青髭な状態。あっ、だから青田なのかと阿呆な事を考えつつ声を掛けてみる。

「おはようございます」

青髭は無言である。

「あのぉ便利屋の角といいますけど、青田さんでしょうか?」

またしても青髭は無言である。何とも失礼な話では無いか。何故に返事をしない?扨は耳が遠いのか?いやいや早朝の静まり返る住宅地、聞こえない訳も無く。将又、外国の方なのか?いやいや顔は、ザ・ジャパニーズである。いや、しかし人を見かけだけで判断するのは良くない。すると、後ろから

「便利屋の角さんですか?」

と声がする。青髭は目の前に居る。振り返ると、恰幅の良い、頭にタオルを巻いた男が汗をかいて歩いて近づいて来た。朝から、汗全開やがなと思いつつ

「青田さんでしょうか?」

と、尋ねてみると

「本日は、宜しくお願いします。青田といいます」

「角です。宜しくお願いします」

そして、青田氏が青髭に

「朝早くに、すみません、ちょっと御確認して欲しい所が御座いまして」

すると青髭

「仕事に遅れるから手早く頼むよ」

と、無愛想に言い放ったのだ。

 ん?待てよ、すると、此の青髭は施主という事か?すると何だ?便利屋風情が施主様とは知らずに話し掛けた事が不愉快だった為に無言を貫いたとでもいうのか?ニャロメ、こっちが不愉快だ青髭め。と思いつつも、青田氏は施主に何やら確認してもらい、その青髭施主はスタコラと居なくなった。


 では、お仕事を

「先ず何をやればよいですか?」

すると青田氏は更に汗を垂らしながら

「スコップで此処から真っ直ぐに掘ってください。勾配は、そうだなぁ二パーセントでお願いします」

と、何やら数字を提示してきた。

 はて?二パーセントとな?どういう事なのか考えてみると、この汗かきさんが言うには、穴を堀やがれ便利屋め、一メートル掘る毎に二センチ勾配をつけて掘り進めコノヤロ。と言っておるのだな、この汗かきめ。

 掘り進んで行くと青田氏が何やら言ってきた。此の汗かきさんは、掘った所から順に配管をしている様だ。

「ちょっと角さん、深いよ、深すぎだよ。これじゃ勾配つき過ぎるから」

「はい、すみません」

と、言ったものの釈然としない。

 大体、一メートルにつき二センチの勾配等と言われても、そんなもん分かる訳も無く、しかも勾配はついておる訳だから、そこはプロである汗かきさんが上手い事アレすれば良いだけの話ではないのか?


 陽も段々と高くなり気温も上昇。気温の上昇と共に青田氏の汗の量も増え、更に発汗による悪臭も凄い事に成ってきた。

 物の例えで、滝の様に流れ落ちる額からの汗、等と言う事がある。

 滝と言えば子供の頃に家族旅行で九州へ連れて行って貰った。熊本県の山間に紅葉が綺麗な栴檀轟の滝という滝を見に行ったのだが、紅葉の時期、狭い山道は大渋滞。嗚呼、一体何を見に来たんだろう?前も後ろも車しか見えないじゃないか。

 鈍々と動く車の窓から急に目に飛び込んで来たのは、美しい水の流れ。紅葉に染まった山肌を涼しげに、しかし力強く流れ落ちる水。

 正に今、青田氏の額からは、栴檀轟の滝の如く汗が流れ落ちておるのです。

「だから深いって、ちょっとは考えて掘ってよ」

と言いながら近づいて来る栴檀轟の滝。もう、服なんか水浴びでもやったかの様に濡れている。そして、その悪臭も先程より破壊力を増して鼻に突き刺さる。

 お願いだ、それ以上此方へ近付かないで欲しいと思っていると、そんな願いが叶う訳もなく近付いて来るのですよ。

 臭い、本当に臭い、溝浚いの方がまだましである。そして終に目前まで来てしまった栴檀轟の滝。

「これ位で、こんな感じでこう」

と説明しながらスコップを振り乱す滝。滝が動く度に悪臭がそこいらを埋め尽くす。土を掘っているのに埋め尽くすとは、等と阿呆な事を考えていたら、ようやく自分の作業へと戻って行ったので、気を取り直してまた掘り始める。

 しばらくすると、また来た滝。

「あのさぁ」

後退りする私、来ないでくれ滝。

「話聞いてる?ちょっと此処へ来て」

行くものか、本当に臭いのだ行くものか、声は聞こえるし話も出来る。姿も見える。すると滝が

「何で来ないの?呼んでるでしょ?」


 此処で分かった。そうなのか、分かった。今日、仕事に来る予定だった人は、仕事に来れなく成った訳では無く、来たく無かったのだ。こう成る事が予想出来ていたのだ。臭いのだ。納得。激しく納得。

そして、滝が来た。青田のくせに赤い顔してやって来た。目の形が三角形に成っておる。怒り心頭だな。嗚呼。

「分からないの?そうならそうと言えば良いでしょ?こっちは、お金払って頼んでいるのに話も聞かないし、どう成ってるの?ねぇ角さん、便利屋さん?」

はい。もう我慢の限界である。

「青田さん、あのですね言わせて貰いますわ。二パーセントの勾配と言われますけどね、そんなに正確に掘れると思いますか?逆勾配では無く勾配を付けて掘り進めておるのです。青田さんは勾配を測る道具等で後から測りながら追って来る訳でしょ?私は、スコップ一本ですよ?仕事をお受けする時に会社の方へ、はっきりと伝えましたよ。専門的な事は分かりませんよ、大丈夫ですか?って、あと、お分かりに成りませんか?ご自身の汗による悪臭、もう臭くて臭くてたまらないのですよ」

 すると、更に赤い顔に成った青田が一言。

「帰れ」

と言い放ったのだ。

 はいはい、帰れというのなら帰りますよ。こんな事ならば、あのビイルを飲んで朝から気持ち良く過ごしておれば良かったなと思いながらも速攻で帰り支度を済ませてスタコラサッサと帰路に着いた。


 今日は、気分が悪いなぁ、そう言えば本日の報酬は、どうなる?貰えないか?まぁそうだな、しかし、うん?そう、しかしだ、私は確かに現場へ行き、青田氏の指示に従って行動しただけだ。帰って来たのも、青田氏の『帰れ』という指示通りであるから便利屋としての落ち度は全く見当たらない。

 まだ午前十時前ではあるが、口座を確認してみると日当はバッチリ入金されておりました。毎度あり。

 例え青田氏が怒り狂って会社に、あの便利屋の野郎は午前十時前には、帰りやがったぞ。どうなっているんだ?という事になり、会社から私の処へ一体どうなっているんだコノヤロと連絡が来ても、私は、涼しい顔で、青田氏の指示に従ったまでで御座いまするよ。と言おうと思っておりましたが、幸いにも、その様な事も無く、日当も手に入り良かった良かったというセンダントドロノタキの思い出でした。


     鼠に齧られた叔母さん


 叔母さんの話は、いつも面白い。叔母さんは話題に事欠かない。

 何時の日かは、しきりに帆立に中ってお腹を壊した事を、皆で寿司を食べている最中、急に話始めた。寿司盛りの中に帆立を発見したからだ。

「まぁ帆立、帆立は絶対食べないから、もう懲り懲り、嗚呼嫌だ。思い出したら、お腹痛く成ってきた。帆立、帆立、ホ、タ、テ」

と力説。一緒に居た皆は、また始まったと笑顔になる。

 そう皆は、この叔母の富子さんの事が大好きなのである。

 その富子さんが先日、指を怪我したと大慌て、何がどうした?と聞いてみると、また何とも富子さんらしいエピソードが始まった。

 家に鼠が出るものだから鼠取りを仕掛けた。すると思惑通りに鼠が引っ掛かり、しめしめ。そして、その鼠を処分しようと鼠取りを手に取った時、鼠取りシートの上でベッタベタになり身動き出来ないはずの鼠が、急に反転し、なんと富子さんの指を、ガブッと齧ってしまったとの事。

 傷は以外と深く血も止まらず、病院へ行かねばと思った矢先にある考えが突出してしまい病院に行けなくなったと。どういう事なのか。

 病院へ行く。どうなされましたか?と聞かれる。そこで、鼠取りに捕まった鼠を処分しようとしたら、その鼠がヒョイと反転し指を齧られた。とはとても恥ずかしくて言えない。

 それを聞いた皆は、口々に早く病院へ行きなさいと諭すも、今まで病院へは行っておらず、すっかり治ったその傷口を、此方に見せながら、その鼠の話をし、また周りを笑顔にした叔母さんなのでした。


     新世界


 水の中は、すっかり居心地が良く、此処に居ればのんびりと過ごせるのです。

 何の心配も無く、偶に水面に浮上してみたり、プカリプカリと漂ってみたり、また水の中に潜り大鼾で寝てみたり。

 ところが日々こうして生きておりますと、水の外は、どの様に成っているのかと思ってしまうので御座います。

 水の中は周囲を、ぐるりと壁で囲まれておりまして、壁伝いに上へ行ってみようと登り始めました。

 水の中には、魚も泳いでおり、底には石も有り、食べ物にも困らず本当に快適な暮らしなのです。

 遂に水面まで到達、しかし其処から更に上へ上へと登って行きます。

 壁は青々として滑らかで美しく、段々と頂上付近が見えてきました。

 壁の上部は、緩りと外の方へ傾いており、やっと其処まで辿り着いた矢先、壁は絶壁へと急変し、私は、その絶壁から、真っ逆さまに落ちました。

 落ちた処は、固く埃っぽく水分等は、まるで無く、段々と身動きが出来なく成り、もう此処で干涸びる他は無いのでした。


 水の中に居れば、全く何の心配も無く、緩りと暮らせていたものを。

 しかし、後悔は有りませぬ。外の世界を一瞬でも見られたのですから。 

 只、外の世界では、生きていけぬという事が、ようやく身を持って分かった私は、金魚鉢で飼われていたタニシなのでした。


     プロフェッショナル


 段取り、その作業で仕事の八割方は決まると言っても過言ではない。いかに段取りが大事だという事を力説しても聞く耳を持たぬアンポンタンも数多く存在するのも事実である。

 扨、一人気ままな便利屋稼業の私では有りますが、一人では、どうにも成ら無い仕事を、どうしても引き受けなければ成らない事も有り、その様な時に、扨、困った困ったと思っているばかりで、屁を放いて酒を飲むばかりでは、何も解決しない訳でして。

 ところが私、こういう事に直面した時の為に緊急ホットラインと言うべき頼もしい電話番号が有るのです。電話をかけ仕事の依頼をすると十中八九の割合で引き受けてくれるのです。

 それが此の男、田中さん(四十二歳独身)で、売れない(失礼)イラストレーターである。田中さんは八年程前に、とある仕事先で、たまたま一緒に作業した人であって、大体、初対面に於いて同じ様な立場で仕事をやる場合、その相手が相当な変人、狂人、言語を理解しない者等で無い限り、名前や年齢、出身地、その他好きな食べ物、好きなアイドル、爺ちゃん婆ちゃんの名前とかで盛り上がって、その後の関係を築いたり、円滑な作業効率に繋げたりするものなのです。

 しかし、その次に出る話題が大切であり、更に非常にデリケイトであり何とも、そういう事なのです。

 この様な処で仕事(とは言ってもアルバイト)をしておる輩共は、大体に於いて、やりたい事(つまりは夢)が有るのです。そのやりたい事(つまりは夢)の事を『普段は何をやられておるのですか?』等と聞くのです。普段は何を?と聞かれても、普段はアンタ此の仕事(といってもアルバイト)をやっておる訳で、でもそんな事を言い出すと身も蓋も無くなるので、禁句なので有ります。

 田中さんに初めて逢った時も、自己紹介的な事の後に

「田中さんは普段何をやられておるのですか?」

とお聞きしたのですが、田中さんは当時三十四歳で、もう段々と夢見る少女じゃ居られない年齢でした。すると田中さん

「俺はね、イラストを描いているんだよ」

「じゃ、イラストレーターさんなのですね」

「ところで君は?」

「私は、便利屋をやっておりまして、それで此処に、はい」

といった具合だった。

 田中さんがどの様なイラストを描いているのか?それが少しでもお金になるのか?大体イラストレーターとは、どの位の需要が有るのか?等様々な事柄が頭を駆け巡ったが、さほど興味も無く、まぁそれで食っていけないから此の様な仕事(アルバイトやけど)をやっておるのだな、自称イラストレーターめ。

 すると不意に田中さんが

「じゃ、君はプロなの?プロでやっているの?」

と言ってきた。はて?プロとな?と少し考えてみたが、まぁ一応便利屋として、独りではあるが生計を立てておるのだからプロフェッショナルではあるが、只、その事柄一つ一つにプロフェッショナルな知識は無く、そのプロって言う言葉に田中さんの夢を感じてしまった次第。

 其れから八年が経った今、私の便利屋としての仕事に田中さんは仕事に(アルバイトですが)来てくれるのです。

 その田中さんが描くイラストの方は、良く知らないのですが、仕事の段取りに関しては、もの凄く頭の回転が速く、動きにも無駄が無く毎回感心致します。田中さんが最も才能を発揮するのは、イラストを描く事では無く、仕事の段取りではないかと思ってしまいます。

 今回も田中さんに仕事を手伝って貰おうと電話連絡をし、又々二つ返事で仕事を引き受けてくれるものだと高を括っておりましたら、連絡が取れません。それどころか電話から発せられる音声ガイダンスは

「オカケニナッタデンワバンゴウハ、ゲンザイツカワレテオリマセン」

というもの。どういう事だ?何時でも連絡が取れ、直ぐに仕事を引き受けてくれる自称イラストレーターで段取りが格別に上手い田中さんは何処に?

 その時、私は閃いた。田中さんは、よく数字選択式の宝くじ、いわゆるナンバーズだのロトシックスだのを購入していて、それが当選した時の手筈、つまり段取りを完璧にシミュレイトしていたのです。なかでも頻りに言っていたのが、絶対に誰にも言わない、周りに知られずに何処かへ行くと。

 田中さんは遂に大金が当たったのでしょう。あの執拗なまでに拘ったプロのイラストレーターの夢等もうどうでも良く成って好きな絵を好きなだけ描いて、何処かで楽しく暮らしておるのでしょう。

 良かったね田中さん。いけない、のほほんと屁を放きながら酒を飲み、こんな事を考えている場合では無い。畜生、トホホ、又、人探しである。


     メリークリスマス


 酒を飲み始めたのは午前二時過ぎ。別に昨夜から飲み始め午前様と相成った訳では無く、午前二時過ぎより飲み始めたのです。

 そして本日は仕事で御座います。午前三時過ぎに現場へ到着予定。なのに午前二時過ぎより飲酒という暴挙。此には訳が有りまして、事の発端は仕事の依頼からなのです。

 電話口には年配と思われる女性。

「あのう、私、三丁目の田島荘の大家をやっております。実は入居者の件で、ご相談が有りまして、単刀直入に申しますと、その入居者達を追い出して欲しいのです」

何ともグレーな依頼なのでした。

 六畳一間の部屋、借したのはインドネシア出身の男性ヤン・ビアンコ三十二歳。しかし何時からか、其の部屋には様々な外国人が出入りし、夜中に騒ぐ事も屡々で更には、どうやら三人で暮らしているらしく、他の入居者、周辺住民から苦情に次ぐ苦情で、遂には善良な入居者が退居してしまう事態に成り、此のままでは、アパートの経営や風紀が滅茶苦茶に成ってしまうから追い出して欲しいというもの。

「少々手荒い事に成りますけど大丈夫ですか?」

と確認したところ、二階の部屋は、ヤンの部屋を除き、ほとんど退居してしまったらしく、一階の入居者、近隣の住民へも話を通しておくからと大家さん。

 少々気が退けるものの、此も仕事で有るし、当然報酬も良く引き受ける事にした。

 扨、此の仕事を一人でやるのは、あまりにも危険なので人探し。先の田中さんは、もう居ない。そこで高校の同級生だった高田君を思い出した。

 高田君は身体も大きく、更に空手の有段者でもある為に心強い。その様な風体ではあるものの、彼は心優しいのである。しかし高田君は、会社員である為に平日に行う予定の、この仕事を手伝って貰うには、会社を休まなくては成らない。

 其処を何とか頼み込み、日当も短時間で三万円という事で納得して貰い、本日決行と相成った次第。

 本日、午前三時過ぎに部屋へ乗り込む事、窓ガラスは何枚か割る事、入り口のドアは完全に破壊する事、他の入居者や近隣住民への説明等を大家さんに事前に伝え、只今午前三時前、徒歩にて三丁目の田島荘へ。

 高田君の手には鉄パイプ、私は金属バットを各々装備し田島荘の二階へ続く外階段を登る。階段を登りきり部屋の前まで静かに歩く。そしてヤン・ビアンコの部屋の前に到着。

 午前三時十三分、高田君と顔を見合わせ、互いに目で確認し頷き、一気にボルテージを高め、廊下に面した窓ガラスを金属バットで叩き割る。隣りの窓を高田君が鉄パイプで畳み掛ける。

 普段は温厚な高田君も仕事と割り切ったか、将又、酒の影響か、人が変わった様に狂い出し

「出て来い、ゴラッ」

と叫び暴れております。私も仕事に専念とばかりに

「ヤン、出て来んかい」

と金属バットを振り乱し、入り口のドアを完全に破壊して部屋に突入した。

 中へ入ると、寝込みを襲われた外国人達は、パニックになり逃げ始めたのです。

 ところが三人と聞いていた住民は、ヤンを含む三十代から四十代の外国人男性が三人、三十代半ばであろう外国人女性が二人と、押し入れで寝ていた日本で言えば小学校低学年の女の子が一人の計六人で暮らしていたのです。

 訳も分からず裸足で飛び出す者、母親らしき女性に抱えられ泣きながら逃げる親子、何か大声で叫ぶ者、転んでしまう者。

 此処で大切な事は、怪我をさせてしまってはいけないという事。鉄パイプや金属バットで殴り倒したりしてしまっては、もう犯罪に成る訳で、それでなくても、もうギリギリの事を行っておるのです。相手の出鼻を思い切り挫く様にパフォーマンスしなければ成りません。

 其の甲斐も有り六人中四人は逃げ、ヤンともう一人の男を取り押さえる事が出来た。荷物を纏めさせ、二度と此処へは戻って来るなと言い聞かせ、まだ暗い早朝の三丁目に解放してやったのでした。

 時間にして約一時間、午前四時過ぎにはガラスや小物が散乱する静まり返った部屋に高田君と二人、ポツンと座って居た。


 此で良かったのだろうか?彼等は確かに悪い事をした。一人に借した部屋に六人も住んでいた。度々夜中に騒ぎ他の住民に迷惑をかけた。結果、退居する者もあり、アパートの経営に悪影響を及ぼした。

 あの六人の関係は何だったのだろうか、異国の地で暮らす家族だったのだろうか、幸せに暮らしていたのかも知れない、あんな小さな子供が居るなんて夢にも思わなかった。

 夜が明け始めた部屋に二人無言だった。柱の落書きに目をやり、そして一旦うちへと、来た時と同じ道を来た時と同じく徒歩でトボトボと帰宅。 

 午前九時過ぎに大家さんへ連絡し、行った事を報告して仕事は終了。私の許には報酬の十万円と虚しさだけが残った。

 高田君にも嫌な思いをさせてしまったと三万円の日当を四万円にして渡した。もう高田君を自分の仕事に巻き込むのは止めようと思った。

 きっと幸せに暮らしていたのだろう。今頃どうしているのだろう。今日から何処へ行くのだろう。

 柱の落書きには楽しさと暖かさがあった。

 メリークリスマス。


     変な顔


 生きる為なら何をやっても良いのか。許されるのか。生きる為なのだから仕様が無いという言い訳で片付けて良いのか。

 生きる為なのだから他人から金品を奪い、それで飲食する。

 他人の家に勝手に上がり込み、その家の朝食、将又お昼ご飯、夕食時に、其の献立を片っ端に平らげ空腹が満たされ

「では失敬」

と、ずらかって行く。

 生きる為なのだから仕様が無い。そんな事は無い。

 動物は弱肉強食である。常にそうやって殺戮が繰り返されている。生きる為に、生きる為に食べる。

人間は働き、その労働力をお金として貰い、そのお金で食べ物を買い求め食べる。働かざる者、食うべからずである。

 何を当たり前の事をツラツラ書き綴っておるのだ?

 蚊は生きる為に、しれっと飛んできて平気な顔で私の血を吸って行く。それだけならまだしも、わざわざ、あの痒痒薬を塗布して行くから始末が悪い。血だけ吸って行くのなら、まだ少しは

「まぁ、蚊が生きる為だし仕様がないか」

等と思うのかも知れないが、あの痒痒薬は頂けない。何で奪った上に、更に痒痒薬を塗布するのか?痒くて痒くて仕方ないではないか。蚊の野郎め、もう君らが生きようが、死んでしまおうが知った事では無いのだよ。

 そんなに痒痒薬をぬりたくりたいのなら、こっちは、その様な事されたく無いし、一丁やりますよ。もうやりますよ。蚊取り線香焚きますよ。はい、此で問題解決。君らとは共存出来ません。悪しからず。

 ようやく平穏が訪れた矢先に、また痒い、酷く痒い、蚊なんてもんじゃ無く痒い。何だ何なのだ?良く見ると黒い点、更に良く見ると、その点が痒い。更に更に良く見ると、その点が動いた。

 逃がすかと捕まえた。すると小さな小さな虫だった。此は蚤である。体は堅く、ちょっとやそっとでは潰れ無い。更に動きは素早く、見え辛い。

 こなくそと、爪と爪の間に挟んで潰す。私から吸い取った血と共に蚤は潰れたが、その痒痒薬は、蚊の十倍いや百倍にも匹敵すると思われるスーパー痒痒薬なのである。此も蚤が生きる為だから仕方が無いというのか?蚤を取り締まる法律は無いのか?犯罪レベルで痒いのです。

 と、私は先程から何を思い、何で、生きる為なら何をやって良いのか?等と怒っておるのかと言うと、この蚤に身体を数十箇所も食われてしまい、痒くて痒くて仕方が無い事からの乱心で有りました。

 蚊が鼻血を垂らして、こっちを見ていやがる。変な顔だね、お前。


     ワンダフル


 会社員であるのならば安泰か?そうでは無い。同僚や上司等との些細な出来事。そんなちょっとした事柄から始まり、それが日を追う毎に、どんどんと積み重ねられ蓄積するストレス。遂には、ぶっ殺してやりたいとさえ思い始め

「嗚呼、こんな会社は、こっちから願い下げだ」

と退職し、無職に成り、朝から晩までヤケ酒を喰らい、果てる。

 将又、会社員最高、俺は一生サラリーマンなのだ。仕事も好きだし、安定もしている。ベリーハッピーと働いている最中、突然として会社が倒産。絶望し、無職に成り、朝から晩までヤケ酒を喰らい果てる。

 我々の様な自営業は、どうなのか?何の商売でもそうである様に、毎日毎日忙しく、忙しくて仕様が無く、儲けに儲けて

「こりゃたまらん」

と嬉しい悲鳴を上げているばかりではない。季節や時期等で忙しく成ったり、暇に成ったりする。

 食べ物を扱う店ならば、昨日までは、大繁盛していたのに、仕入れ先のミスで食中毒を起こしてしまい、直ちに営業停止に。問題は改善され、営業再開と成ったものの、食中毒を起こした店という事実から客足は遠退き閉店へと。

 店主は、在庫の酒を朝から晩まで喰らい果てる。

 漁師は、どうだ。毎日、大漁に次ぐ大漁で

「こりゃたまるか」

と嬉しい悲鳴を挙げている場合だけではなく、魚が捕れない事も有る訳で、しばらく、その様な事が続くと

「ひょっとしたら、もうこの海には魚なんて居なくなったのではないか」

と思ってみたり

「俺、漁師には向いていないのではないか」

と自暴自棄に成ってみたり、将又

「サラリーマンは、安定していて良いよなぁ」

等とトンチンカンな事を考え始めたりするものである。

 海が時化て漁に出られない事も当然有る訳で、その様な時化の状態が何日も何日も続くと

「もう海は、ずっとこのまま時化ていて一生漁には、出られないのだ」

という考えに陥り、朝から晩まで酒を喰らい果てる。

 便利屋、何でも屋、町のお助けマン等と表向きは言われておりますが、多分に人々の思いは違うと思われます。

 いい大人が、その様な事を生業として恥ずかしくないのかね?とか、遊んでばかりで何時働いておるのか、さっぱり分からない。という様な事を言われまくっておるに違いないのだが、まぁ仕事の依頼は来る訳で、それを受けて、その報酬で暮らしておるので有りますが、御多分に漏れず仕事の依頼が無い日が続く事が有ります。

 何日も何日も仕事が無く

「嗚呼、このまま一生仕事の依頼等無く、野垂れ死ぬのか」

と思う事も度々で、今日現在みたいに仕事が無い日が五日目ともなると、朝から酒を喰らい、良い気分に成っては要らぬ事を考え、落ち込んでは酒を飲みの繰り返しで、夕刻を迎え、溜め息ひとつ吐いたところに電話が鳴った。

 受話器を取るも、酒の影響で呂律が回らず、ゴボゴボ言っているうちに気味悪がられ、電話を切られてしまい明日に繋がるであろう仕事を受け損なったのである。

 翌朝、目が覚め、昨日の事等さっぱり忘れ、朝からまた酒を喰らい、もう少し、もうちょっと、もう少しだけやってみようとしぶとく生きておるのです。

 結果、まだ果てない。ゴキブリ並みの生命力。

 其処は、素晴らしい。


     走れメロン


 最初は些細な事、何も感じ無く、反応等する事も無く過ぎていく。それが僅かに感じだし、此はちょっと変だぞと思った時には、もう実は手遅れに成って居て、其処からは崖を転げ落ちる石の如く、自分では、もうどう仕様も無いくらいに激しく事が進んで行くのです。

 何故こんな事に成ったのだろうか。何故最初に気付かなかったのだろうか。

 悔しい、悔しい、悔やんでも悔やみきれない。気持ち、行動が制御出来ない。

 駄目だ。堕ちていく。何処までも深く深く、強く強くもっと強く。

 此の想いを何処にぶつければ良いのか。自分の中で押し殺す事しか出来無い、出来無い、出来無い。

 嗚呼、駄目だ。駄目だけど強く、強く、強く。

 掻き毟る。


 先の出来事、そう蚤である。日を追う毎に、腫れや痒みが増す増す増す。もう気が狂いそうに成り強く掻き毟る、掻き毟り、そして薬を塗布する。

 今度は沁みる、沁みる、染みる、沁みる。

 この様な悶絶行為を行っておる最中に、ふと本棚に目を向けると、太宰治の走れメロスが見えた。走れメロンなら面白いのにと思った自分に、メロンが走る訳無いなと考え、その瞬間に痒さ等忘れ、ちょっと吹き出した次第。


     必須事項


 理由は何故だか分から無いのだけど、多分、物心着いた頃くらいからでは無いかと考える。

 清潔感が有る物というか、具体的には、ハンカチ(特に白色)、レエスの類(カアテン、衣服、花瓶敷その他)、テエブルクロス等が苦手なのです。嫌いなのです。

 そして何より駄目な物がポロシャツであります。此の衣類が最高に苦手なのです。何故なのかは分からないけれど、形なのか、肌触り(想像上)なのか、兎に角、嫌いで嫌いで仕方無いのです。テニスやゴルフといったスポーツが嫌なのも、この衣類が関係していると信じて疑いません。

 扨、本日の仕事は、隣町の新仙公園で行われるイベントでソフトクリームを販売するというもの。近いので自転車で会場へ。晴天の朝、街道沿いの木々、草花、雑草に至るまで緑が鮮明に美しく、空は何処までも蒼く、ペダルを漕ぐ足も実に軽やかで、気持ち良く新仙公園に到着した。

 早速、依頼が有ったソフトクリームの販売テントを探す。会場には様々なイベントスタッフが居て、皆お揃いの、よりによってポロシャツを着用しているではないか。薄ピンクの生地、その背中には緑色の文字で『第9回 ミズとミドリのエコアクション』と書かれている。

 実に嫌な予感がしてきた。金魚すくいの準備をしているテントの二つ右側に、アイスクリームのテントを見つけ、依頼主の元へ。

「すみません、便利屋の角ですが、権田さんはおられますか?」

すると例の薄ピンクのポロシャツを着用した眼鏡を掛け顎髭を蓄えた五十代と思われる痩せた男が

「角さんですね、本日は宜しくお願いします」

と言いながら、ビニイル袋に入った薄ピンクのポロシャツを手渡して来た。予感は的中である。

「あのぉ、このポロシャツは、どうしても着用しなくては成らないのでしょうか」

と尋ねてみたら

「一応ですね、スタッフと一般の人を区別しなくてはいけないので着用をお願いします」

此はエラい事に成ってしまった。嫌の根源ポロシャツである。しかし、しかし仕事なのだ、好きだ嫌いだと言ってられない。

 覚悟を決めて、ポロシャツに腕を通した。ぞわっと身体が反応した。そしてみるみるうちに鳥肌が全身を覆い尽くした。

 駄目だ、駄目だ、こんなシャツを着ると大変な事に成る。気が狂いそうだ。もう無理だ。限界だ。

 すぐさまポロシャツを脱ぎ捨てた。周りに居た人達は、一体何事が起こったんだ?という様な顔で、私を見ていた。

「権田さん、すみません、わたくしポロシャツが着れ無いのです。本当にすみません」

と言ってみたものの、本人以外に此の感覚が理解出来る訳も無く、ほんの数秒だけど妙に長く感じられる変な時間が流れ、もう何が何だか分からなくなり

「すみません、すみません」

と逃げる様に自転車へ飛び乗り街道を全力でペダルを漕ぎ最悪の気持ちで帰ってしまいました。

 仕事を自分から放棄してしまったのは、この時だけであるが、先の事は分からないし、仕事を受ける時の確認事項にポロシャツの事は必須にするべきだと、強く思った次第。


     夕焼け番長


 凄い仕事が舞い込んで来た。こんな事が有って良いのか?仕事の内容は、鰐を運搬して欲しいとの事。

 ワニである。あの獰猛な奴、爬虫類の鰐である。その鰐を港で受け取り、船に乗せ換え、約百キロメートル先の依頼場所まで運んで欲しいとの事。

 報酬は百万円。此はエラい事に成った。その際の船と船員は、依頼主が準備するとの事。

 鰐なぞ実際に見た事も無い。どうやら、その鰐は体長が普通の奴より大きいらしいのだが、大きい鰐と言われても、一体どの程度を大きいと形容するのか全く想像も出来無かったが、何せ百万円である。鰐運搬の仕事を引き受けたのです。

 何とか五名のアルバイトを探し、雇い入れ、その五名と共に港へ向かう。港では、貨物船から何やら全長二十メートル程の木箱が、クレーンで吊り下ろされている最中だった。思わず

「まさかアレじゃ無いよね?ハハハハハ」

するとアルバイトの一人が

「あの中に鰐が入ってたら、まるで恐竜ですよ。そんな訳は無いですよ」

そこに、見慣れない船が近付いて来て、クレーンのオペレーターと無線で話を始めた。どうやらクレーンで、そのまま其の船に積み込む様子。

 まぁそれは良いのだが、依頼主が手配した船は何処だ?すると、その木箱を積み込んだ船の甲板から、我々に向かって

「便利屋さん達ですかぁ?」

と大声で話し掛けてきた。毛むくじゃらの男である。

「あっ、はい、私が角ですが、御依頼主の船の方ですか?」

「そうです。此処から百キロ宜しくお願いしますよ」

という事は、あの約二十メートル程の木箱の中身は鰐かよ。一同ポカンと成るも、仕事だと思い直し、アルバイト五名と共に船に乗り込んだ。

 毛むくじゃらが、やって来て

「木箱をバラして貰えますか」

とトンチンカンな事を言い出した。

 ちょっと待って?木箱をバラしたらアンタ、鰐が、ワニが、ワニが出てくるじゃんすか、何考えてますの?ねぇ毛むくじゃら?続けて毛むくじゃらが

「鰐は、海外からの長い航海でストレスが溜まってますから木箱から出してあげて下さい。口から胴体まで縄で縛って有りますから大丈夫ですから」

そんな事言われても、こんな大きな木箱に入っている鰐って…‥

 体長を尋ねてみると、毛むくじゃらが

「えっと、十五メートルちょっとですね」

と軽く言い放ちやがった。更に

「我々は、操舵室で船の運航に集中しますので、鰐の方は、お願いしますね。客室には誰も居ないので縄を切ったら、鰐をひたすら運動させてください。約四時間後に目的地へ到着予定です」

と言って、サッサと操舵室へ数名のクルーと共に消えて行った。

 残された六人は、顔を見合わせた。言っている意味を、ゆっくり少しづつ理解してみる。先ずは木箱をバラす。そして縄を切る。更に、その自由に成った鰐を運動させる。その時間、約四時間。

「プッ」

とアルバイトの一人が吹き出した。

「嘘でしょ?何で木箱をバラしたり、縄を切ったりする必要あるの?此のまま運べば良いじゃん」

ごもっともな意見である。が、であれば態態お金を払って便利屋なぞを頼まなくても良い訳で此は、そういう仕事であって従わなければいけないのです。

 私が音頭をとり仕事を始めた。と同時に船も出航した。

 バアル、金槌、ノコギリ、電動ドライバー等を駆使して木箱をバラす。徐々に縄で縛れた鰐が姿を現す。体長十五メートル超えの、何という種類の鰐かは判らないが、白い鰐である。何とも綺麗であるが、問題は此の後なのだ。

 縄を切って運動させるって、どういう事?つまりは、縄を切れば鰐は自由に動ける。当然、我々目掛けて突進して来る。そうしたら我々は、必死にひたすら逃げる。

 という事かい?此が即ち鰐を運動させるという事なのか?えー四時間も?此は縄を切る前に作戦を考えなければいけない。

 客室には誰も居ない訳だから、客室から客室へと逃げ回るという寸法。

 先ず、アルバイトの五人に客室の椅子やら、段ボールやらを、客室内に迷路の如く置いたり積んだりして鰐の突進を少しでも防ごうと考えてた。その間、私は鰐の見張り。しばらく鰐を見ていると、アルバイトから、準備が出来たとの知らせ。

 扨と、では縄を切りますか、しかしナイフ等でゴソゴソと切っていたのでは、鰐に奇襲を喰らう恐れがあるし、逃げ遅れる可能性も有る。此処はパイプカッターと言う道具を用いて一気に縄を切断する事にした。

「南無三、うおりゃ!」

バチンと縄は切れたが鰐は大人しい。ちょっと拍子抜けに成るも、もう一本の縄も切断した。鰐は、此で自由である。まだ鰐は動かない。

 何だよ鰐、弱っているのかな?と思った矢先、ゆっくりと頭を動かし、其の黄色い、爬虫類特有の目と私の目が合った。

 鰐が動き出した。ゆっくりゆっくりと歩を進め近付いて来る。

 嗚呼、此からが鰐の運動という訳か。覚悟を決め一番前の客室へ走り込む。鰐もゆっくりではあるが、後を追って客室へ進入。椅子や段ボールの間を縫って次の客室へ行く。そして、その客室の真ん中付近で鰐が来るのを待つ。

 前の客室の中で、椅子や段ボールが不気味にズレる音がする。その音が段々と大きく成り、遂に鰐が、この客室へ進入して来た。またまた逃げる。鰐は、のそのそと向かって来るが、動きが少し早く成ってる様に感じた。此は、ちょっとピンチでは無いのか?と思ったが、我々の方も、ちょっと慣れて来たのか逃げる動作に無駄が減ったみたいで割と楽に逃げているではないか。

 次の客室へ行くと、もうこのフロアには、客室が無いので、下のフロアへ逃げるしか無い。階段を下り、踊場で一時的に待機し、鰐に自分達の姿を確認させてから、このフロアの客室で又逃げ回る。

 鰐は長時間縄で縛られ木箱に閉じ込められていた為に、動きが鈍く成って居たが、我々との追いかけっこにより徐々に本来の動きを取り戻している。それは、つまり我々が生け贄の如く扱われているのだなと理解した。

 出航して、早三時間が経っていた。いい加減に疲れて来たが、止まる訳にもいかず、此の訳の分からない追いかけっこを、ひたすら続けていた。

 ようやく目的地の港が見えた。港には、大きな檻が用意されており、我々は着岸するや否や手筈通りに六人全員で、その檻へ走り込み、我々を追って白い鰐も檻に入り込んだ。

 我々六人は、檻の鉄格子の間から外へ、スルリと身体を交わして脱出し、どうにか鰐だけを檻の中へ閉じ込める事が出来たのだった。

 もうクタクタである。クレーン車が到着して鰐が入っている檻ごとトラックの荷台へ積み込み、ようやく仕事が終わった。と、思った。

 そうしたら例の毛むくじゃらが

「先ずはお疲れ様でした。では、あと一回お願いしますね」

と抜けしゃあしゃあと言い放ったのだ。

 ちょっと待て、あと一回とは、どういう事だ?もう一匹居るの?またあの港に戻って、また四時間、鰐から逃げ回るの?と呆然としていたら、アルバイトの一人が、いや二人が突然、毛むくじゃらを殴り倒した。毛むくじゃらは、派手に倒れ込み、運が悪い事に倒れ込んだ場所の石に頭を打ちつけてしまった。

 石には、血がドロリとと滴り、何故か毛むくじゃらの毛が身体から取れてツルツルに成って居た。

「何だ、毛むくじゃらじゃ無いじゃないか」

とトラックの運転手が大声で叫び、鰐を乗せたトラックが動き出した。

 夕焼けが綺麗だった。


 そこで目が覚めた。面白い夢だったなと思ったが、あの白い鰐はデカかったなぁと、冷蔵庫へ向かいビイルを飲んだ。


     酔い夜


 ヤスっ、ヤスって、おい、ヤス。昔の事とかな、コーラ、コカ・コーラくれ。最高だじぇ、お元気?あら懐かしい、お爺さんの写真。

 コーラ、前の販売機で売っとるわい。そういう婆やん、前のな前の。

 雷は、どうだ?楽しいか?俺の雷は見えたか?

 エアコン効いとって寒いわ。コーラ遅すぎてブラ上がったわい。運転席が上がらんでコッチが上がった、コッチて助手席。

 あっ、抜かされた、最悪、雷。

 シラホ立っとったし、シラホ、あの日は何処も行けんかった。午前中はな。

 それ位にしてやらんと駄目なんだよ。言いてぇ事、言わな。

 アレ?何やったっけ?何とかライト、働いとる人が言うたもん。ライトアップ、そうそれそれライトアップ。

 私に言うな、ソフトはソフトで美味しいの。

 逢えて良かったなぁ、仲良うしいや。

 来週中には、行けると思います。あっ今週中か、測っとるんで、大体わかっとるんです。はい、わかりました。

 ストライクぅぅぅ。え?何処の?知ってる。

 お前の記憶力はゴミか?


 仕事終わりで、近所の居酒屋へ行き、カウンターで一人酒。建設会社の一堂、婆さん五人組、家族四人(内二人は、ゲーム機持ち込み)、サラリーマン二人組が、同時に居合わせ、此の様な会話を楽しみながら酒を飲んで居た。

 阿呆話も楽し。良い夜に酔いしれる。


 角一(すみはじめ)、四十一歳、独身、職業便利屋。溝浚いの仕事をやっておる時に、そこいらの子供達に、ドブザラえもん等と椰われても、其れも良し。まさに溝浚右衛門なのだから。



                終


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