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上下関係

作者: 浦木 佐々

 父が死んだと後輩に告げられた時、何と答えて良いのか解らず、俺は暫くの間、固く口を閉ざした。心の淵がザワザワして、気の利いた事を言わなければという観念が心音と連動して喧しく鳴る。


「世話をしてくれる人を紹介してあげる」


 やっとの思いで捻り出した言葉は他人行儀で、余りにも他力本願な響きを孕ませていた。それでも後輩は笑ってくれた。自尊心の強い僕は彼の人懐こい笑みを確認すると、良かった、良かった、と心の淵で蠢く気味の悪い奴を何処かへと押しやった。


「仕事も住まいも食事も面倒をみてくれると思う。恥ずかしがることはないよ。実は俺もその昔少しだけ世話になった事があるんだ」


 自分に言い聞かせる様にゆっくりと語りかけた。後輩はうんうんと一生懸命に首を振りながら、耳を傾けている。


「善は急げだ。じゃあ、行こうか」


 所在が明らかでない事はこのご時世とても不安だろうと、僕は彼の手を引き、溜まり場にしていたカフェを出た。目的地である人の家までは敢えて遠回りをした。これは後輩への配慮だった。彼に馴染みのある風景が今は毒だと考えたからだ。普段は立ち入らない路地裏を野良猫みたいに体を斜めにして進んだ。


「その人は小さな町工場を営んでいて、不良少年から家出少女まで幅広く世話をしているって有名でさ」


 まるで自分の事の様にスラスラと言葉が出た。後輩はアヒルの子供みたいに俺の後を追いながら「人情のある人ですね」などと相槌を打つ。

 路地裏を抜けると傾斜のキツい坂が現れて、初夏の風に葉の触れ合う音が耳を撫ぜた。俺たちは軽く目配せをして、それから無言で坂を登った。

 登り切ったところでラムネ売りを見つけると後輩が愛嬌のある声で「喉が渇きましたね」なんて言うから、俺は仕方なくスラックスから小銭を取り出して、ラムネを買って渡したやった。


「少し休憩するか?色々あって疲れただろう」


 ラムネの蓋を開けながら尋ねる。


 爽やかな音が鳴った。


「いえいえ、飲みながら歩きましょうよ」


「分かった。もうすぐだから飲み終わる頃には着くだろう」


 シャツに少しの汗が滲み、ラムネ瓶を何度か傾けた頃、俺たちはトタン屋根が剥がれかけた町工場の前で端正な顔立ちの男と会話を交わしていた。


「そうか、親父さんが……わかった。暫くは家に置いといてやる。でも、仕事を手伝って貰うよ」


 その言葉に続けて「お前も道連れだ」と本日のノルマを言い渡し、彼は工場の奥へと引っ込んでしまった。


 俺たちは再び顔を見合わせ、


「良かったな」


「……有難うございます」


 と言い合った。


 それから何日か過ぎた早朝の事だ。

 蝉の絶叫に嫌気が差し、学校へ行くのをボイコットしようと決心したタイミングで電話がリンリンと鳴り始めた。


「一体こんな朝から何の用だ!」


『俺だ。町工場の主人だ』


 貫禄のある声に思わずギョッとする。

 そして後輩が何かトラブルでも起こしたのではと思い、受話器をより強く耳に当てた。


『お前の後輩の父親が尋ねて来たぞ』


 一瞬、彼が何を言ってるのか解らなかった。


『その事を話したら後輩は何処かへふらふらと消えてしまった。どういうことか説明して貰おうか』


 受話器を手放す。そのまま大きく後ろへ仰け反り、背を壁へ預けた。

 窓の外からは相変わらず蝉の劈く様な絶叫が聞こえて、心の淵をドロドロとした何かが伝って行く。


「うるせぇよ、馬鹿にしやがって!!」


 電話機を乱暴に掴むと窓を開け、目の前にあった木に思い切り投げつけた。

 ジジと小便を撒き散らしながら蝉は何処か遠くへと飛んで行った。

本作から活動を行います浦木佐々です。この度は上下関係を読んで頂き有り難う御座います。

今後は随時短編を投稿し、また目標としてる長編ファンタジーも連載予定です。よろしければブックマークなど気軽にお願いします!


Twitterアカウント@uraki_rekisei

で検索して頂ければTwitterで活動報告などしております。


また櫟聖社という団体に所属しており今回投稿させて頂いた上下関係も動画化し、youtubeにて公開しておりますので気になった方は「櫟聖社」で検索をお願いします!

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