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二つの昨日と、一つの明日  作者: 逸亜明
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交差 4


 放課後、美空の家がある住宅街にやってきた水野は、美空の家を横目でちらりと見ては、何度も顔を少し赤くしていた。


「水野君、コレなんだけど……」


「あっ! ごめん!」


 慌てて向き直った水野は、美空から木材を受け取る。見事にまっ黒く焼け焦げており、幅十センチ、長さは一メートル程度の柱だった。


 この柱には、不規則な間隔で、横傷がいくつも刻まれている。美空によると、この傷は、美空自身と、陸と言う幼馴染の身長を刻んで記録した物だという。


 美空は、傷の一本一本がいつの物か覚えており、刻んだ日の事もすぐに思い出せると水野に語った。そして、陸の家が焼失した日からも、毎日のようにこの柱を眺め、決して記憶は色あせてないと自信を持っている。



 その柱に、今朝になって突然、新たな傷が出現した……と、美空は言うのだ。



「この、一番上の傷なの」


 美空が指で指し示す場所に、確かに一本の線がある。その真下の傷とは、十センチ以上離れていた。


 水野は、柱に目を近づけてじっくりと観察した。


 線傷は、木目のように柱のシミとなっており、横から見ても殆ど凹凸が無い。つまり、刻んでから焼かれたので、表面が滑らかになっているのだろうと思われた。一年半前に焼けた木材に、一年半以上前に付けられた傷が、今朝になって現れた。道理に合わない。


 一番可能性があるのは当然、『記憶違い』で、実は傷は昨日以前にもあったと言うことになるのだろうが、美空がわざわざ水野をここまで引っ張ってくるほどの自信との事で、この考えは排除しなければならなし、排除しなければ話が進まないと水野は考えた。



 水野は、順を追って検証することにした。


「この、身長を計った時の傷は、(なに)でつけたんだい?」


「陸のコンパスの針だよ」


「コンパスか……」


 水野は、自分の鞄の中を一応探すが、やはり高校生はコンパスなど持ち歩いていない。


「あっ! 私のを持ってくるねっ!」


 美空はそう言うと、スカートをひるがえして自分の家へ入って行った。そして、すぐにコンパスを手にして現れる。息を切らせながらコンパスを手渡す美空の健気な様子に、水野はまた顔を赤くした。


 水野は、美空に断って、柱の横の目立たない場所にコンパスの針で傷をつける。すると、柱が焼けて炭と化しているので、やはり傷の周りがポロポロと砕け、美空が言う傷とは一目瞭然で違いがあった。これで、野良猫などの動物が引っかいた可能性も、何かがぶつかって出来た可能性も消えた。


 水野は、辺りを大きく見回した。


 良く言えば閑静、悪く言えば特徴の無い、結局の所、何の変哲もない住宅街だ。住んでいる人たちも、一般的な職業の人達ばかりだろうと考えられた。


「水野君、どう思う? 傷が浮き出てくる事なんてあるのかな?」


「それは……ありえないと思う。だけれど、このような傷をつける方法は、無い訳ではないのかもしれない」


 美空は、コンパスを受け取りながら聞き返す。


「どんな方法で?」


「例えば、木工関係の専門家にかかれば、加工痕を古く見せる技術が普通に存在するのかもしれないし、一般人には見る機会が乏しいレーザー照射装置等を使えば、このような痕になるのかもしれない。だけれど…」


 水野は、腕組みをして指に顎を乗せる。すると美空が、水野に代わって続ける。


「そんな事を誰がするのか? 目的が分からない!」


 美空が拳を握って言うと、水野は「その通り」と言ってにっこりと笑った。


 平凡な住宅街に、専門(プロ)家が現れて焦げた木材を微妙に加工して立ち去るなど、とても考えられなかった。



 水野は、大きく振り返って美空の家を仰ぎ見た。そして、二階の窓を指さす。


「あそこが……もしかして、井口さんの部屋かな?」


 美空はこっくりと頷く。


 そのまま水野は、しばらく睨むようにじっと窓を見ていた。


「……井口さん、ビデオカメラを持ってる?」


「うん、お父さんのがあるよ」


 水野は、美空の部屋と空地を何度も確認し、射線を確認した。そして、美空に言う。


「今晩から、ビデオカメラでずっとこの場所を撮影すべきだと思う。できれば、昼夜問わずに」


「それで原因が分かるの?」


 美空はくりくりとした目で聞き返すが、水野は首を横に振った。


「いや、この傷の謎を解くのは難しいかもしれない。だけれど、次に現れるかもしれない、別の傷の謎を解くヒントになるかもしれない。二度あったって事は、三度目の異変があるかもしれないし」


「なるほどっ! また陸の家が見える事があったら、それも撮れるかもしれないしねっ!」


 水野は頷くが、傷はともかく、家が一瞬だけ見えたのは、隣や、一つ奥の住宅が目に入っただけの見間違えだろうと、現地に来て周囲の状況を確認しそう思った。



 今日の所はここで一区切りだなと水野は思い、腕時計を見た。すると、体感ではまだ十五分ほどしか経っていないのに、すでにここへ来て一時間も経っていた。空も、いつの間にか真っ赤になっていた。


「今日はありがとう水野君。家で、お茶でも飲んで行く? お母さん達まだ帰っていないけど」


「えっ!?」


 美空は何げなく言っただけだったが、水野の顔は空と同じように赤く染まっていく。


「い……いや……あの……、帰って勉強をしなければ……」


 右に左へふよふよと泳ぐ瞳で水野はそう答えると、後ずさりをする。


「あっ! そうかぁ。ごめんね水野君。また明日ねっ!」


 そう言って美空は、腕をぶんぶんと横に振る。


「う…うん! また明日っ!」


 つられて、水野も腕をぶんぶんと振ってから、すぐさま振り返って猛ダッシュをした。頭から湯気を出して走るその姿は、昔の蒸気機関車のようであった。




「水野?」


 自室から何気なく外を眺めた陸の目に、走り去る男子生徒の後ろ姿があった。細身で背が高く、同じクラスの水野(みずの)誠人(せいじ)に思えた。だが、電車通学である水野が、高校から見て駅向こうになるこの辺りにまで来ることなど考えられない。


何より、陸の知る水野誠人は、路上で走ったりするタイプでは無いのだ。彼は機械のように緻密に行動し、慌てる事など皆無であった。性格もそれに則して高圧的で、陸はあまり得意な相手では無い。



 陸はカーテンをすぐ閉め、鞄を机の上に置いた。


 今日は、放課後に風早に呼び止められ、教室で一時間ほど話をした。


 林田は気を利かせて先に帰ったのだが、直後に、『ダブルデート』と、一言が書かれたメールが入った。陸は、昼休みに林田が言っていた正論を思い出し、慣れない女子との会話ながらも、最近流行っている遊び場所などの話題を振ってみた。


風早は、上品で大人しい印象を皆に与えるのだが、噂などに疎いはずの陸の耳にも届くほど意外に男関係が派手なので、やはりそのような場所は良く知っていた。次々にデート場所を提案してくれたのだが、土壇場になって、陸は具体的な日取りを誤魔化してしまった。頭には、腹を膨らまして怒るぽっちゃり男子の姿が浮かんだ。



「ディスティニーランドかぁ……」


 ベッドに腰かけた陸は、日本を代表するテーマパークの名前を口にした。


 三年ほど前に、美空の家族と、陸の家族とで遊びに行った場所なのだが、この夏に新たなアトラクションが追加されたらしく、風早曰く、十代の間で大変な人気となっており、一番のお勧めとの事だった。美空は新しいものが大好きだったので、もし生きていれば、一緒に行こうと言ったに違いないと陸は思った。


 楽しむ美空の笑顔ばかり頭に浮かび、陸はどうしても風早と二人で遊びに行くイメージが湧かず、言葉を濁してしまったのだ。


「小学生の時もさ、遊園地でジェットコースター連続乗りの勝負をして、二人同時に目を回してぶっ倒れたよな」


 陸は、柱に刻まれた小学五年生の時の美空の身長傷を見ながら、笑顔で独り言を言った。陸の目には、いくつもの傷に見合った背の高さの美空の姿が、何人も見えていた。


「約束……覚えてるか?」


 陸はベッドから立ち上がると、柱の前に立った。そして、一番上の傷、自分の現在の身長傷を指さす。


「俺の勝ちだ。確か、負けた方がおごるんだったよな?」


 陸は、机の上からコンパスを拾うと、傷の下に『ディスティニーランド』と、刻んだ。





 翌日、教室の後扉を激しく開く生徒がいた。嵌められたガラスが、びりびりと震える。


 開かれた扉の場所に立っていたのは美空で、左から右へと、サッと見回す。二時の方向で視線が固定されたと思うと、すぐさまそちらへと急ぎ足で歩く。


「おっはよー、美空」


 と、手を上げて挨拶した八雲の前を、美空は一瞥せずに通り過ぎた。


「おはようございます、美空さん」


 小首を傾げてそう言った風早の前も、美空は通り過ぎる。風早の前髪が風で揺れた。



「水野君! 大変なのっ!」


 教卓の横に来ると、黒板の前に建つ水野に美空はそう言った。そして、握っていたスマホを教卓の上に置くと、美空は鞄の中から記録媒体読み取り装置(メティアリーダー)を取り出し、スマホに差し込もうとするが、端子の接続に美空は手間取った。


「裏表が逆だな。反対にしてみろ」


 助言を受け、読み取り(メディアリーダー)をひっくり返してみると、すんなり端子がスマホに差し込まれた。美空は、教えてくれた人に礼を言う。


「ありがとう~、ヒゲ……」


「ひげ?」


 髭を触りながらにっこりと笑って聞き返す体格の良い男性に、美空の顔は青くなった。


「お……おはようございます、松尾センセ……。き…今日は早いですね……」


「井口が遅いんじゃないかな~?」


 松尾教諭が、黒板の上の時計を指さす。時刻は八時三十五分だった。美空がそーっと生徒達を見ると、全員が綺麗に着席していた。


「あ……あの……いろいろあって、いつの間にやらこんな時間に……」


 美空がしどろもどろでいると、松尾教諭が水野の背を軽く叩いた。


 水野は、出席簿の一番上の名前を読み上げる。


井口(いぐち)美空(みそら)さん」


「ふぁっ…ふぁい!」


 手を上げた美空の目の前で、水野が出席簿に丸を付ける。どうやら、遅刻扱いにはならなかったようだった。


 生徒達の笑い声がくすくすと聞こえる中、美空は恥ずかしそうに自席に座った。




 一時間目の授業が終わった時、美空はまたすぐに水野の席へと直行した。朝からまったく話しかけてもらえない親友の八雲綾香だったが、その様子を満足気に遠くから眺めていた。


「水野君っ! これ見て!」


 美空はスマホを(タップ)し、動画を再生する。映っているのは、焦げた木材だった。

 身長を刻んだ例の柱だなと思いながら水野が見ていると、画面がズームアップされる。すると、柱に見覚えの無い文字が刻まれているのが分かった。


「ディ…ス……ティニ……ランド。ディスティニーランド?」


「今度は単語が現れたのっ!」


 小さな画面で分かりづらかったが、新たに表れた文字も、やはり前回に現れた線と同じく、燃える以前から柱に付けられていた傷のように見えた。


 水野は腕組みをし、指に顎を乗せながら考える。


「メッセージ? 比喩? ……あ、そうだ! 録画は?」


 美空は、別フォルダを開いた。読み取り(メディアリーダー)はホームルームの時からスマホに接続済みだ。


「早送りで登校途中に見ただけだから自信は無いけど、誰も柱に近づいては無かったよ!」


「二日連続で、しかも今度は意味のある言葉か……」


 水野は、再生される動画を見ながら呟いた。動画は、暗い通りをじっと映しており、時折に通行人が映るが、誰も足を止めない。


「ディスティニーランド、……で何か気が付くことは?」


「ないないない! そりゃ、行ったことはあるけど、中学生の頃だし!」


 美空は、首と両手を横に振った。水野は、俯き気味に眉間にしわを寄せて考える。


「昨日の線傷は……テストだった? 試験し、今日のメッセージが本命? しかし、どうして超有名なテーマパークの名前なんて……」


「……はっ! テーマパーク?」


 美空は、何かを思い出したかのように両腕を胸の前に縮こまらせた。そんな美空に、水野は尋ねる。


「やはり、ディスティニーランドに何か?」


「ううん。そこは関係無いんだけど……テーマパークって言葉に……ちょっと……」


 美空は言おうか言うまいか少し悩んだ。だが、黙ってじっと待つ水野に口を開く。


「一年半前に 最後の身長を刻んだ時、陸と約束したの。来年、次の身長測定で負けた方は、勝った方をテーマパークに連れて行く……って」


「……勝った方? テーマパーク? すると……」


 水野は美空のスマホを操作し、柱の動画に戻した。


「一日目の『線』は、陸君の身長を現したもの。二日目のメッセージは、勝ったからディスティニーランドへ連れていけって意味になるのかい?」


 すると、美空は手をぱちんと叩いた。


「そっかぁ! 最初のは、今の(・・)陸の身長だったんだぁ! 大きくなったなぁ……陸……」


 美空は頬に手を当て、感慨深いように目を細めて柱の動画を見ている。


「井口さん、その二人の約束を、誰かに話したことは?」


「ううん。ないよ~」


 美空は動画を注視しながら、首を横に振る。


 水野は、最初の線傷を、自然に起きたプラズマなどのエネルギー放電現象ではないかと疑っていた。だが、それだと単純な直線などなら可能かもしれないが、複雑な文字を、それもいくつも、しかも意味を成すように、刻むなんて事は天文学的確率になる。更には、美空と陸の二人しか知りえぬ約束事に都合よく沿っているとなると、これはもう不可能で、絶対にあり得ないと断言出来る。


 水野が腕組みをして試行錯誤していると、美空から「ふっふっふ」と声が聞こえてきた。見ると、美空は両手を腰に当てて笑っている。


「水野君、変だと思われるから昨日 言わなかったけど、実は私には、一昨日に陸の家の幻を見てから閃いていた仮説があったのだ!」


「仮説? それはなんだい?」


 水野が聞き返すと、美空は一層と胸を張って言う。


「それは、陸が幽霊になって戻ってきている説なのだ! それがついに、立証されたのだっ!」


「ゆう……れい……?」


 水野が無意識下でのようにオウム返しすると、美空は、どうだぁと言わんばかりに、Vサインと共にドヤ顔を見せる。


 水野の頭の中の結び目が、緩やかにほどけていった。


 映像に策略(トリック)は無く、確かにこれは人間の仕業では無かった。しかし、やっている事は、間違いなく人間の意志を感じる。この矛盾が水野を悩ましていたのだが、美空の言う通り、幽霊だと考えればつじつまが合う。 



 つまり、柱に傷や文字を刻んだ犯人は、相沢陸……の幽霊である。



 とは言うものの、物心つく前から勉強一筋だった水野は、一般的な幽霊(オカルト)など証明が不可能なものは信じていない。


だが、古来より伝わる火の玉が、プラズマ現象の一つだと説明出来るように、幽霊も、科学的に言い換える事が可能なのではと考える。数百年後には、それが当たり前になっているのかもしれないと。つまり、今回は便宜上、一時的に『幽霊』と言う言葉を採用した。


「幽霊……天国……別世界……。別世界の……残像? 別世界の……相沢陸……?」


 集中して考える水野の耳に、廊下をバタバタと走ってくる足音が聞こえた。

 



 教室に、林田が慌てた様子で現れた。巨体を揺らして、机や椅子にぶつかりながら、窓際の席に座る陸の元へと突き進む。


「相沢ちん! オイラのアンテナびんびんキャッチよ!」


「お前がプロのパパラッチだって事は良く分かってるけど、……痛くないのか?」


 陸は、椅子が林田の脛を直撃したと言うのに、顔色一つ変えない林田に驚愕した。


「女子の派閥争いよん」


「……はぁ?」


 もうすぐ十月だと言うのに、林田は滝のような汗をかきながら陸の隣の席に座る。


「来年は受験の年になるじゃん。だから、女子の上位層が追い込みに入ったって事よん」


「派閥とか、上位層が追い込みってなんだよ。もっと詳しく言えよ」


 林田は、目を閉じ下唇を突き出しながら、鈍感な陸に向かって肩をすくめた。その顔に陸はイラっと来たが、何とか拳を収めた。


 林田は、袖で汗を拭ってから続ける。


「学年に可愛い子は多いけど、その中でも、うちの六組では、(かざ)(はや)(こと)()、五組の山下由香、七組の後藤沙織とか、肉食系女子が動き出したのよ。自分が学年で一番だと思ってる奴らが、今まで誰も手を出さなかった、誰も相手にされなかった、超大物獲得に乗り出して来って訳。そいつを落とせば、文句なし、自分が一番の美人だってね!」


「ああ……派閥って、ちやほやされてるアレね」


 確かに、可愛い子を中心にして女子達はグループを作っているなと陸は思った。その周りを取り囲むように、男子グループも衛星のごとく様子を伺いながら存在する。


「で、誰が狙われてんの?」


 陸が首を傾げて聞くと、林田は両手を頭の上にやり、大きく振りかぶった。そして、人差し指をぶん投げる。


「お前だぁぁぁ~!」


 指を差された陸は、驚きながらも、林田から飛び散る汗と鼻水を、顔を背けて避けた。


「馬鹿言うなよ」


「マジだって、まじぃ! それに、(かざ)(はや)(こと)()には覚えがあるだろうし、今朝に相沢ちんを教室前で待ち構えていたのが、五組のエース 山下由香でしょーがっ!」


「ヒゲゴリラが廊下をこっちに向かって来てるってのに、しつこく話しかけてきたあの女子か……」


 確かに顔は可愛いかったかもと思い出した陸だったが、単純な疑問を林田に告げる。


「でも、どうして俺が最後の大物なんだよ? 確かにずっと彼女はいないけど、そんな奴は沢山いるだろ? お前もそうだし」


 陸が林田を指差すと、林田はその指をどかせ、どこからともなく出した鏡を陸に向けた。


「相沢ちんは、自分のルックスを過小評価しているよんっ!」


 今度は陸が、林田の鏡を手で押してどかせる。


「そんな事は無いだろ。だって、小学校の時も、中学校の時も、全然もてなかったし」


「そりゃ、美女の幼馴染がいつも一緒にいりゃ、どんな女子も近づかんわぁ!」


 林田は、涙と鼻水にまみれた暑苦しい顔を近づけて熱弁してくる。


「じゃあ、高一の時は? やっぱりもてなかったぞ」


 陸が聞くと、腕組みをした林田が思い出すようにして答える。


「いやぁ、オイラが知ってるだけで、去年 一年間で五人は寄って来てたな。相沢ちんは超鈍感だから、気づいてなかったけど」


 まったく心当たりの無い陸だったが、そう言えば席替えをするくじ引き中、陸の隣を引いた女子が絶叫していたのを不思議に思った記憶があった。


「なら、バレンタインは? チョコ くれても良さそうだけど?」


 陸がそこまで言うと、林田は立ち上がって、頭を思いっきり下げた。


「すまん! 相沢ちんが女に興味無いと思って、机と靴箱に入ってたチョコをオイラが全部食べちまった!」


 唖然とした陸は、声を震わせながら林田に言う。


「お…女には興味無くても……チョコはかなり好きなんだけど……」


「そんな事より、ほら、また来たよん」


 林田が教室の扉を指さすと、別のクラスの女子達数人が入ってきており、そばにいた男子に何やら話しかけている。すると、その男子は陸へ声を出す。


「お~い相沢、お前に用事だってよっ!」


 林田は、陸の肩に手を置いて言う。


「あれが、七組のエース 後藤沙織だお」


「マジかよ……。めんどくせぇ……」


 立ち上がって向かう陸の背に、林田は「オイラと相沢ちんはセット売りだって言っといてね~」と上機嫌で言った。





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