プロローグ 【少年と少女】
皆さん初めまして。 黄田 望といいます。 この度、私が描いた小説に目を向けて頂きありがとうございます。 何とか最後までこの作品をつくり上げたいと思っていますのでどうかできるだけお付き合いください。
昔から伝えられる物語。 それはまだ世界に人間界と天界、そして魔界と結ぶ道があった時のお話。 その時代の人間達は天界と魔界との戦争に巻き込まれ、たくさんの人間が命を落としていった。
戦争が始まって100年程経った頃、天界の者達が人間に助けを求めてきた。
「人間達よ。 魔の者が世界を征服をして、世に災いを出そうとしている。 しかし、魔の者達の力は壮大故に、我々神の使いだけでは手が付けれなくなってしまった。 どうか世界の為に力を貸してほしい。」
人間達は空に飛んでいる人間とほとんど姿が変わらない天界人の話を聞いて手を取り合った。 この時から人間は天使という者を信じ、神という壮大な力を持つ方を信じる様になった。
天使達は人間の中でも戦いに才がある者、守りの才がある者、知恵の才がある者、癒しの才がある者の4人を選び不思議な力を与えたという。
一人は戦いの才を認められた男。
「貴方には誰よりも強い力があります。 これで魔の者達を倒してください。」
一人は守りの才を認められた男。
「貴方はどんな事からも人を守る力があります。 これで味方を守ってください。」
一人は知恵の才を認められた女。
「貴方には誰よりも賢い知恵があります。 これで味方を助けてください。」
一人は癒しの才がある少女。
「貴方には誰よりも強い人を癒す力があります。 これで傷ついた味方を救ってください。」
三人は天使に与えられた力によって、人々から恐怖を祓い、安心な生活を手に入れたのです。
選ばれし4人により、人間界は平和を取り戻し、遂に魔界へと向かう日が訪れました。 天使は4人の見送りに来て一つ話をしたという。
「いいですか。 魔の者はとても強大な力を持っています。 そして外見は恐ろしい牙を持ち、腕を一振りふれば体が裂ける程の力をもつ魔の者もたくさんいます。 そして最後に、魔界を統一する魔王を決して許してはいけません。 必ず、魔王を倒し、世界の平和を完璧に取り戻すのです。」
4人は天使の言葉に強く頷き、魔王を撃つため魔界へと旅立ったのです。
*
4人が魔界に旅たって1年が過ぎようとした時、またも魔の者が人間界に戦略してきたのです。 人間達は絶望しました。 魔王を倒しに行った4人はきっと魔王にやられたのだと。
天使達も慌てました。 一体あの4人はどうしたのだろうと。 困惑の中、少しずつ魔の者が人間界を侵略しようとした時、魔の者が現れてきた場所から眩しい光が人間界を包み、魔の者達のいた所に大きな大きな木ができました。
それは一体どこまで伸びているのかわからず、空を突き破り、そしてまだその先が見えないくらい高く大きな木でありました。
人間達は安心しました。 きっとあの選ばれし4人が封印してくれたのだと。 しかし、人間達の安心も一瞬で吹き飛びます。 大きな木から何かうめき声のような物が沢山聞こえてきます。 これはきっと封印された魔の者が外にに出ようとしているに違いない。 人間達はまたも恐怖を抱いてきた時、天使達が人間達の前に現れこう言いました。
「人間達よ。 これは選ばれし4人が最後の力で守ってくれた力だ。 しかし、魔の者達はこの中で生きておる。 人間達よ! 今こそ立ち上がれ! そして4人の敵を取るために魔の者を一匹残さず世界から消すのだ!」
そして天使は人間達にそれぞれ、あの3人と同じ力を与えたのです。 選ばれし者でなくても不思議な力を使える様にして、天使達は天界へと帰っていきました。
人間達は歓喜に溢れ、魔の者の全滅を目指すのでした。
そして始まったのです。 我々はこの瞬間から、次の世代の為にこう残します。
大きな木の事を【ダンジョン】・不思議な力を持つ者を【聖人】・そしてここからの時代を【始まりの時代】。
「・・・はい! ここまでの流れの話はわかったかな?」
白いスーツをきて、白いフレームの眼鏡をクイッと上げる女性が笑顔で話を聞いていた子供達に聞いて見る。 彼女はこの6歳から12歳までの子供達を預かり基礎知識と魔法の勉学をする学び場の先生である。
ここは12歳の子が習う教室でさっきまでは子供達に昔から伝わる教科書に書かれている物語を読み聞かせをしていた所だったのだ。
子供達は面白がる子もいれば、家でも聞かされているのか飽きたという感じの顔でボッ~とした子がいた。 しかし、その中で一人だけ目立つようにその場に立って手を上げている子がいた。
「はい、ユウ君!」
先生はその一生懸命に上げている姿に愛しく感じながら名前を呼ぶ。 周りとは少し違い黒い髪の短髪の男の子。 ここに入園した時は周りの子達とハブられるかと思っていたが、元気に、そして優しいその性格ですぐに他の子供達となじんだ。 だが普段は外見以外ではあんまり目立つような子ではないので子供達も皆ユウという少年に目を向ける。
「先生。」
「うん?」
やっぱり恥ずかしかったのか、当てられた後少しずつ顔が赤くなり、頬をポリポリと掻いた。 そしてこの子の質問に先生は答えるのにとても困った。
「魔の者ってどんな姿をしているんですか?」
「!・・・。」
この話は、人を襲う魔物は描かれているが【魔の者】というのは者は言葉でしか表現されていないのだ。
先生は困りはてた顔をしながらも「それは怖い姿をしている。」と言ってごまかした。
*
その夜、ユウ・カンザキという少年は家の食事テーブルに絵を描いていた。 昼間、先生が呼んでくれた教科書の物語は少年にとってとても興味をもたらしていた。 魔物というものはよく商店街で肉とかで売られている。 外見はウサギだが耳の代わりに角が生えている生き物や、カラスのような外見でも飛行機くらいの大きな鳥みたいな物や色々といる。 勿論、おとなしい生き物もいるが、ダンジョンの中から連れてきて外で買っている。 だからダンジョンから来た生き物をこの世界では【魔物】と呼んでいた。
今日もタコとイカが混じったような生き物のから揚げが晩御飯だった。 大きさは少年の手に収まるくらいの大きさで全く危険性はない魔物だ。 これはダンジョンから流れる川からとれるもので、この辺りでは普通に出てくる。
絵を描いているとさっきまで台所で食器を洗っていた姉、マサミ・カンザキが覗き込んできた。
「ん? ユウ? それ何?」
ユウが書いているのは何か大きな建物が沢山建てられている所に黒い服を着ている人達や箱のような物に入って移動している様に書かれている人達の絵が描かれていた。
「・・・わかんない。」
「え~・・じゃあこれは?」
もう一枚、床に落ちていた絵を拾いあげ質問してみる。 その絵は人のような姿をしているがこの世界での服装とは少し違い、一人は黒いマントか羽織、一人は自分の背より小さな杖を持ち、一人は体格が大きい男性で、一人はマントを羽織った人の隣で剣を構えていた。
「あぁ、それは自分なりに考えてみた魔の者!」
「・・・え? 魔の者?」
姉は驚くような顔を見せるとユウの肩を強く握り目を合わせた。
「お、ねいちゃん?」
「ユウ。 この絵は絶対に他の人には見せてはダメよ。」
この時の意味はまだ年齢が幼いユウには理解できなかった事だが、いつもはここまで真剣に怒らない姉の顔を見たことがなかった事で、姉との約束を守る事にした。
「・・・わかった。」
「約束よ? ほら、もう今日はお休みしなさい。」
「うん・・おやすみなさい。」
「はい、おやすみなさい。」
ユウは大人しく自分の寝室に戻って行くが、扉を閉める際、姉は顎に手を当てながらさっきの絵を見て何か考え事をしていた。
何故、姉があんなに怒ったのかユウにはわからなく不思議な気持ちでいっぱいだったが、それと同じくらい、いつか魔の者を見てみたいという気持ちが心の中でいっぱいだった。
それから一週間が経った日。 この日は幼稚園も休みで姉がある所に連れて行きたいと言って街を離れ、ダンジョンの近くまで出かけていた。 本来、ダンジョンに近づくには【聖人称号】という物を持っていなければならない。 これはダンジョンで魔物と戦う力を持った者だけが持てるいわば通行証みたいなものだ。 ダンジョンに近づくには【ダンジョン通行路センター】という銀行の受付のような場所に行って許可書をもらわないといけない。 他にもここでは【依頼】から【アイテム売買】、【武器売買】。【防具売買】などショップビルの様に全部で7階まである。 今日はただ近くまで行くだけという事で通行路センターで許可証をもらうだけ。
姉は昔、【聖人称号】を持ち、とても有名な人だったと聞いたことがある。 今日もダンジョンの近くに行くせいか周りの聖人達と同じように動きやすそうな服装に、腰には剣を持っていた。
「おはようございます! ダンジョン通行路センターにようこそ! 今日はどういったご希望でしょうか?」
受付の赤いスーツを着たお姉さんが笑顔で元気のいい挨拶を向けてきた。
「やぁリーン。 久しぶり。」
「あっ! マサミさん! お久しぶりです!」
どうやら二人は知り合いのようで受付のリーンと呼ばれたお姉さんは姉の手を握りブンブンと振る。
「わぁーー! どうしたんですか今日は! もしかして本業に復帰するんですか!?」
「いや、今日はこの子にちょっと見せたいものがあってね。」
「この子?」
リーンはマサミの後ろに立って軽く頭を下げるユウの事に気づく。
「あっ、この子は・・・。」
「?」
何か理由がすぐに分かったのか、リーンはマサミと目を合わせると、「少々お待ちください。」と言ってテーブルをターンとタップした。 そこからモニターのようなものが浮かび上がり操作し始めた。
「許可証の作成が整いました。 時間は1時間です。」
そういうと、また最後にタップを押すとマサミとユウの足元から魔法陣のようなものが浮かび上がり、センサーの様に足から頭まで見るとすぐに消えた。 その代わり手の平に何やらカウントダウンのようなものが浮かび上がった。
「えっ? えっ? なにこれ?」
特に痛みは感じないがないか不快に感じユウは何とかその時計をかき消そうとする。
「こ~ら。 止めな。 それはダンジョンに滞在していい時間を表すものだよ。」
「滞在時間?」
「そう。 見てな。」
姉はユウが見えるように腰を下ろし、自分の手の平に書かれる時計に軽く触れる。 すると、さっきのリーンの様に小さい画面が出てきた。
「これは【オプション】と言ってな、私達の道具や今いる場所のマップなど、それと自身のステータスを見ることができる。」
画面をスライドしていくとそこには確かにそう書かれている物があり、道具で今ほしい物をタップすると足元にすぐ出てきた。 道具を片付けたければモニターを道具にピントを合わし写してタップをすれば収納が可能という仕組みらしい。
「はぁ~・・すごいね~。」
ユウが興味心身にモニターを見ていると。
『そうでしょーーー!!!』
「うわぁ!!?」
急に画面にリーンの顔が表示されて、尻餅をついてしまった。
「あははは! ごめんねユウ君!」
「こらリーン。 あんまりユウに悪戯しないでくれ。」
「あっ! これ懐かしぃいいいいててて! ふいまへん! ふいまへん!?」
ほっぺを強くつねられて涙を流しながら笑っている。
「うぅぅ。 マサミさん、こういう所はあまりお代わりないですね。」
「そっちもな。 ほらユウ。 大丈夫か?」
「う、うん。 だいじょうぶ。」
手を引っ張られゆっくりと立ち上がるとリーンがカウンター超しからユウの頭を撫でてきた。
「ごめんねユウ君。」
「ううん。 気にしてない。」
頭を横に振るとさっきのモニターをまた見る。
「あっ、さっきのは【テレホン】って言って私達ダンジョン通行センターと繋がる様になってるの。 もしもの事があった場合すぐに救援を呼べるようにとか、厄介な魔物と鉢合わせしてしまった場合などのサポートもさせてもらってます!」
ビシッ!と不慣れな感じの敬礼をしたリーンに同じように敬礼で返すユウに心を奪われカウンターから出てきて頬ずりしてきた。
「!!?」
「あああああああああ!! 可愛いいいいいいい!!? なにこれ! マジ天使なんですけど!」
「いい加減にしろ!」
「痛い!」
マサミがユウを引き放し、リーンの頭にチョップをくらわせた。
「まったく。 だいじょぶかユウ?」
「・・・。」
この時、一体どんな反応をすればよかったのかわからず、しばらく放心状態になってしまった。
*
無事、通行センターを通る事が出来た二人は、ダンジョンの入り口には向かわずそのまま大きな木の外をたどって行った。 最初は普通の人が通る道があったのだが、途中がら段々と獣道となってきて、まだ幼いユウ一人では歩けないほどになっていた。 姉が手を繋いで何とか歩けてはいるが、一体ここになんの用があるのかと考えていると、いきなり獣道が消え、綺麗な水場にたどり着いた。
「?」
ユウは不思議だった。 いくら辛くて周りに気が向いていなかったとしても、こんな綺麗な空気や、水の音がさっきまで全く聞こえてこなかった。 考えている事が分かったのか姉は腰を下ろしてユウに目の前に流れている水を持ってきた水筒のコップで組んで差し出した。
「飲みな。 少し休憩しよう。」
「うん。」
もらった水を飲むとそれは今まで飲んできた水よりもさらに美味しく感じた。
「美味しいか?」
「・・・うん。 とってもおいしい!」
ユウはもう一杯水を汲んで一気に飲み干した。
「ここの辺りは結界で張られていて中に入らないと誰も気が付かないようにしてあるんだ。 だからここに来るまで水の音も匂いも感じなかった。」
説明をされてもまだよくわからないユウではあったが、何かに守られているという事だけはすぐに分かった。 そしてここが何処なのかも思い出した。
「あっ、ここは・・。」
「思い出したかい。 そう、ここはあんたと私が初めて会った場所だよ。」
約一年前、当時すでに聖人称号の先鋭から離れダンジョン周りのサポートの仕事をしていたマサミはここでユウと出会った。 その頃の事はユウ自身あまり覚えていない。 しかし、ユウはマサミに保護された後、マサミを姉と慕い今日まで一緒に暮らしていた。 実を言うとマサミはまだ年齢的に26という若い女性である。
「そろそろ、お前をここに連れてきてもいいと思ってな。」
「うん。」
二人は綺麗に流れる水を見ながら話をしていた。 ここに連れてきた理由は、ユウが何か思いださないかと思ったからだ。 あの時のユウは見慣れない服で今にも死ぬのではないかという程の大怪我をしていた。 頭から血を流し、右腕は完全に折れていた。 足も立つ事さえギリギリという状態でユウはあの時、確かに何かと戦っているようだった。 意識はほとんどない状態で、マサミ達の事も敵と認識していた。
『!! まだ、生きていたのか!?』
『な、なに?』
『お前たちは! 絶対に! 絶対に!! ゆるさ・・な・・。 』
『!? おい!』
それから保護をして目が覚めると、ユウは名前以外の記憶をすべて忘れていたのだ。 自分が何処から来て誰といたのか、何に襲われていたのか。 すべてを・・・。
「本当はまだ先でもいいんじゃないかと思っていたんだけど。 何か思い出しそうか?」
ユウは黙って顔を横に振った。
「そっか。 まぁ別にいいんだけどな。 実際はただ単にお前が何処から来たのかを知っていた方がいいのかもって思って連れてきただけだし。 来年からは聖人見習いの学校にも通わないといけないしちょうどいいかもと思ったからさ。」
ユウの頭を優しく撫でながら言うと、ユウもそのまま甘えるようにマサミの膝に頭をのせて寝転がった。 この子がどんな目にあったのかはわからないが、この子がこれから悲しい事にはならない様にとマサミは心の中でユウを守る決意を決めていた。
*
いつの間にか眠ってしまっていたのか、滞在時間が残り15分程しかなかった。
「やっば。 ほらユウ。 時間だから起きなっ・・・てユウ?」
自分の膝に眠っていたユウの姿はなく、代わりにマサミの方にはユウの上着がのせられていた。
「ユウーー! 出ておいでー! ユウーー!!」
かなり大きな声を出したが返事はない。 ここにいる限り魔物が入ってこればすぐにマサミが察知するはずなので襲われている筈はないのだが、いくら呼んでも返事がない事に少しずつ不安を感じてくる。
「ユウ! 出ておいでったら! ユウ!?」
しかし、返事は帰ってこない。
「ちょっと、いくら何でもおかしい。 ユウ! お願い! 返事して! ユウ!!」
帰ってくる様子のない事からマサミは徐々にパニックになってきた。 マサミの魔法を使って探しても察知するのは弱い魔物ばかりでユウの気配は感じられなかった。
マサミはすぐに通行センターのリーンにテレホンを掛けた。
『あーマサミさん滞在時間残り10分ですよ! 一体今何処に・・。』
「ユウがいなくなったの!?」
初めて聞くマサミの慌ての様子に一瞬驚きはしたもののすぐに仕事モードに切り替えた。
『状況を把握します。 今どちらにいらっしゃるんですか?』
「だ、ダンジョン外の西にある結界所有地!」
『了解しました。 只今から放し使い魔の通信でそこの一体の捜索とユウ君のオプションから居場所を探します。 マサミさんはそのまま待機、並びに通信はオンのままにしてください。』
「わかった!」
通行センターでも慌てる様子がモニター越しでもわかった。 本来、付き添いで聖人ではない者がダンジョン近くに行く場合、保険で通行センターから鳥型の使い魔を一体連れて行くようにしているのだが、今回はあの有名なマサミという訳で特別に使い魔はなしで来ていた。
マサミももう一度自身の魔法で周囲を捜索する。 しかし、やはり先ほどと同様に弱い魔物しか反応しない。 マサミの捜索魔法範囲は半径10kmは軽く捜索できるようになっていた。 しかし、それでも見つからないのはおかしすぎる。 余計に焦りが出てきた時、リーンが画面越しで呼んできた。
『マサミさん! ユウ君のオプション反応を検出しました!』
「! 何処!?」
もういつでも迎えに行く準備はできていたがリーンは何故か口をごもらせた。
「リーン! ユウの居場所は何処!?」
『そ、それが・・おかしいんです。』
「おかしい? 何が?」
『ユウ君のいる場所は・・その、【ダンジョン内】なんです。』
「・・・え?」
*
「ここは、何処?」
さっきまで姉の膝を枕変わりにして休憩と言いながらそのまま自分が寝てしまったのは分かる。 しかし、今自分がいる所はさっきの綺麗な所とは真逆のジメジメした地面に周りからは不気味な声と気配が多数感じる嫌な場所にいた。
「おねいちゃん! おねいちゃーん!?」
姉をいくら呼んでも返事はなく、逆に不気味な笑い声があちこちから聞こえてくる。
「・・・。」
でも不思議と泣きはしなかった。 怖い、嫌だ、早く帰りたい、そんな気持ちは確かにあるのにユウの気持ちはそのどれよりもある一つの感情の方が強かった。
「倒さなきゃ。」
誰を? 何を? どうやって? 何もわからないのに唯々その気持ちだけが周りの不気味な笑い声が大きくなるにつれてその気持ちも大きくなってきた。
「倒さなきゃ、倒さなきゃ、倒さなきゃ・・・。」
気がついたらユウは一人ブツブツと言いながらその暗闇を彷徨い始めた。
*
一方その頃、ダンジョン外ではもう一つ大きな混乱がダンジョン通行センターを悩ませていた。 なんとダンジョン内の魔物達がすごい数で外に出ようとしていると報告が来た。 町は緊急放送が流され、近くにいる聖人、またはダンジョン内にいる聖人達は直ちに外に出てきて入り口の結界強化をするように言われていた。
「ダメですよマサミさん!?」
「放せリーン! 中にはユウが!」
そう、入れない筈のユウがオプションの捜索によってダンジョン内にいることが判明。 それを聞いたマサミはすぐに入り口まで来たのだが、その時にはすでに下級聖人から上級聖人が集まって結界の強化に入っていた。
「しかし今マサミさんが入ったら怪我だけじゃすみません!」
「うるさい! 私の事なんてどうでもいい! あの子を助けに行かないと!」
「マサミさん!」
意地でもマサミから離れないリーンにどうしようもなかった。
「頼むリーン・・・行かせてくれ・・頼む。」
「・・・マサミさん・・・・。」
一年前まではどんな事でもうろたえた所を見せた事がなかった強い女性が、一年一緒に暮らした少年に此処まで感情を出すとは。 リーンはそれほどユウの事を大切に思っているマサミの気持ちに答えてあげたいが、入り口を見ると、下級魔物が多数みられ、中にはここにいる上級が10人いてやっと倒せると言われる魔物まで来ていた。 そんな所に一人で突っ込んでいったらただではすまない。 おまけに今は頭が冷静ではないマサミにこのままいかせるわけにはいかなかった。
「マサミさん! 今は耐えてください! お願いします!」
「・・・頼む・・行かせてくれ・・・ユウ・・。」
マサミはその間に膝から崩れ落ち、まるで絶望と言わんばかりに泣き始めた。
どうすることもできない。 実際、この結界もまだ中に人が数名残っているというのに待たずに発動させたのだ。 そのせいか、中に残っている人とは連絡が取れなくなり、その心配できたご家族の方も何人か見られる。
「誰か! 娘を見なかったか! 今日は魔物の討伐に行くと言っていたのだ!」
「お願い! まだ主人が中に残ってるの! 誰か助けて!?」
ユウ君と同じくらいの子を連れて主人の安否を確認してきた人や、娘が心配になってきた人もいた。 リーン自身、まだここに働いて2年程しか経っていないが、働く前でもここまで大きな事件は見たことがなかった。 たまに上級魔物がフラッとあらわれて結界を強化することは見たことがあるがまさかここまで色々な魔物が一斉に来るのは初めての事だった。
「やばい! 離れろ!?」
「!?」
一人の聖人がこの場にいる全員に伝わるよう大声で叫んだ。 結界を見ると、それはあり得ない現象が起きていた。
「結界に・・ヒビ?」
魔物の数と力が大きいせいで聖人達の力では抑えられなくなっていたのだ。
「ひっ! も、もう無理だ!!」
後ろの方でボ~っと見ていた聖人が慌てて逃げ出す。 すると一人、また一人と次々と逃げ出していった。 そして結界は壊され、魔物達が人間達に襲いかかってきた。
「マサミさん! 立ってください!」
「・・・リーン。 貴方は逃げなさい。」
「はぁ!?」
マサミはゆっくりと立ち上がり腰に下げていた剣を構えた。
「時間は稼ぐ。 そしてその間あの子を探す。」
「何言ってるんですか! 他の魔物ならともかくあれ見てください! 【エレファントタイガー】までいるんですよ! あんなの一人でどうしよっていうんですか!」
リーンの判断は適格だった。 エレファントタイガーはクエスト依頼では大聖人でさえ倒すのが難しいと言われる魔物だ。 それが数体いると分かった時点で国まで逃げて大規模結界に入らなければ確実に死ぬことになる。 しかしマサミはその言葉を受け入れはしなかった。
「いいから。 行かせて。」
「だめです! マサミさん!」
マサミが魔物の群れに入ろうとしたその瞬間、フワッとマサミの横に風が通り、目の前には全身にローブで覆われ顔が見えない人物がいた。
「ここにいたら危ないですよ?」
声は子供の声だった。
「あ、貴方は・・・?」
「・・・・。」
急に目の前に現れ、そしてマサミの一歩をただ肩に手を乗せただけで止めたこの子にあっけを取られ身動きが取れないでいた。
「すいません。 あんまり目立たない様にと言われているので自分の事は言えないんですよ。」
「・・・くっ!」
「おっと。」
マサミの肩に乗せられた手を払おうとしてもその手は退かすことができなかった。
「まぁまぁ、貴方の探している人も私の使いが見つけて戻ってきますよ。」
「えっ?」
「あ、あの、それってどういう意味ですか?」
二人は顔の見えない少年の顔をマジマジと見ていると、ゆっくりと顔を覆っているローブを取った。
「もうそろそろです。」
少年が入り口の方を顔を向けると、魔物達は何故か次々にダンジョンに戻って行った。
「ど、どうなってるの・・。」
「これは・・・。」
そしてその魔物が戻って行っている間から、中に取り残されていたであろう人達が出てきた。 あの魔物達から傷一つ無く全員が無事のようで、心配で様子を見に来ていた人達が皆涙を流しながら出迎えた。
聖人達は目の前に起きている現象に困惑しながらもその場一体の責任者の聖人が結界を再び張る準備を伝達していく。 マサミもまだ困惑してはいたが、ユウの姿がない事に気が付く。
「ユウ・・ユウは!?」
まだ結界が張られていない入り口にすごいスピードで走っていた。
「あっ! おねえさん!」
「マサミさん!」
一瞬のスキを突かれ驚いた少年は急いで追いかけようとした時、入り口から大きな牙を出し、体長が6メートルはあるであろう魔物が顔を出した。
「!?」
「きゃああ! マサミさん!?」
「クッ!」
一番先に標的にされたのは入り口に近づいていたマサミだった。 魔物は口を大きく開け、そこから強力な魔力を集め一気にマサミに向かい放出した。 マサミは一瞬でそれが今まで見てきた魔物の技で一番強い事を直感で感じ避けようとしたが、それが自分だけでなくここら一帯が無事ですまない事も悟り、自分のありったけの防御魔法を発動させ、魔物の攻撃を受けた。
「ぐっ! ~~~~~っ!!?」
何とかもっているという状況だった。 他の聖人達も自分と同じように防御魔法を発動させてはいたが、風力だけで破壊されほとんどが飛ばされていった。 一般人はなんとか耐えている聖人達に守られてはいたがそれも長くはもちそうでもなかった。
何とか対策を考えてはいるが、あんな馬鹿でかい魔物を見るのは初めてだった。 さっきのエレファントタイガーでさえ大きさは3メートルほどで二体までならマサミ一人でも倒せる範囲だ。 しかし、この見たことのない魔物はその2倍もある。 しかも攻撃力はくらった事がない衝撃を出したした。 そのせいで魔力の消失のひどくすぐにガス切れがきた。
マサミの魔力が切れかけた時、急に攻撃の威力が消えた。 魔力が切れかけて何とか顔だけを魔物の方に向ける。 魔物の攻撃は止まったわけではなかった。 他の誰かの結界で周りの人をまとめ守っていたのだ。
「一体・・誰が・・・。」
「ね? だから大丈夫っていったでしょ?」
いつの間にか隣にはさっきの少年が立っており、その後ろから少年と同じ黒いローブを被っている男と少年より小さな少女が手を繋いで立っていた。 この結界は男が発動させたものらしく、足元から魔法陣のような物がずっと発動していた。 そして男が背に背負っていたのは・・。
「ユウ!?」
ぐったりとしてはいるが吐息は落ち着いているらしく、別段怪我をしている風には見えなかった。
「ユウ・・ユウ!!」
マサミは自分のことなどお構いなしでフラフラな状態で男からユウを渡してもらい優しく抱きしめて泣き崩れた。
「ユウ! よかった・・本当によかった!!」
「貴方はこの子の家族の方ですか?」
男はマサミに目線を合わしローブを外した。 紳士的な顔立ちで落ち着いた印象を持つ男性だった。
「はい・・ありがとうございます。 この子を助けて頂いて。」
マサミは男に深々と頭を下げた。 自分が今人には見せられない程顔がグチャグチャなのはわかっていたが、それでも感謝の気持ちが強く気にしてなんかいなかった。
「いいえ。 お礼を言うのは私達の方です。 その子のおかげでこの子を助けて頂きましたから。」
「え?」
男はニコッと笑顔を見せると、マサミに手を出しゆっくりと立ち上がらせる。 そして男は少女の方に向かい何か話した後、少女は結界の境界ギリギリまで近づき手の平を魔物に見えるように上げた。
「何を・・。」
まったく状況に理解できないマサミを置いて、男と少年も同じ様に手を上げ、何かを呟いた。 その瞬間魔物に大きな落雷が落ち、一発で倒してしまった。
「・・・・。」
電撃系の魔法を使う聖人は見たことはあるが、それでも手から電撃が出てくるだけでそれ以上の力を発動させようとすると自身の腕を吹き飛ばしてしまう事がある。 だが今のは偶然ではなく確かにあの三人が出した電撃系魔法であった。
魔物が倒れた勢いで強い風が流れこみ、その時少女のローブが外れしっかりと見れた。
少女は綺麗な黒く腰まで長い髪に、まるで天使のような綺麗な顔立ち、そしてとても綺麗な瞳でユウを見ていた。
しかし、マサミはそんな少女からは他に何か違う奇妙な感じがした。 それはマサミ自身がよく知っている。 ・・・いや、さっきまでその同じような感じを出していた少年の事を思い出していたのだ。 何かに恨みを持ち、強い復讐心を抱いている。 この子にもユウと初めてあった時と同じオーラを小さくはあるが感じとれた子供だった。
最後まで読んでいただいてありがとうございました! ほとんど独学で小説を書いてはいますが、少しでも皆さんに楽しく読んでいただきたいと思っています。
これからもよろしくお願いいたします。