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ユニオンジャック  作者: velvet punk
第2章 それぞれの過去
8/21

心のうち

その晩、俺はなかなか眠れなかった。

夕方の出来事は、俺の脳に未だ鮮明な状態でファイリングされている。

もう何回、引きずり出したかわからなかった。

そうこうしている間に、時刻は日付をまたいでいた。眠れない。

今日はいろいろありすぎたのだ。まぁ、全ては今野に関することなんだけど。

いったい俺はどうしちまったんだろうな。


結局眠りに落ちたのが何時だったのかはわからないが、その朝俺は壮大な寝坊をした。

目覚ましは消した記憶がないし、タイマーを設定したテレビでは、俺のいる時間に写ってはいけない人間が、ニコニコと天気を読んでいた。

彼女を拝めるのは祝日だけ。

それは朝の情報番組の締めの天気予報だった。


「くそっ! 寝坊した!」


別に遅刻に焦っているわけじゃない。

正確にはそうなんだけど先生に怒られるだとか内申がどうだとか、そんなくだらないことじゃないんだ。

わかるだろ?

もうすぐ十時。学校は半日。

これはマズイ。急がなければみんな帰っちゃうじゃないか。


また明日ね。ばいばい。


あの言葉を初っ端から裏切る愚行を俺は犯そうとしているんだ。

焦る俺とは裏腹に番組は着々と進行を続け、メインキャスター締めの一言まで進行していた。


とりあえず行かなくちゃ。


しかし、焦る気持ちとは裏腹に、今の俺の状態は近所すら歩きたくない悲惨なものだった。

癖毛の俺に朝のセットは欠かせない時間。たとえ歯は磨かなくともセットなくして外出なんて論外。

学校で築き上げた俺のイメージは一瞬で天パー野郎にすり替わるだろう。

俺が王寺農業を選んだ理由の一つはプール授業がないからだし。これは絶対条件。


朝から最悪だ。


視界に入ったテレビ画面で深々と頭を下げる出演者たち。


よい一日を。


結局校門をくぐったのはかろうじてホームルームが残ってるかなってくらいの微妙な時間。

ここまで来たら逆に登校してきた俺を褒めてほしいくらいだ。

ひとけのない昇降口を駆け足で通り過ぎて教室に向かう。静かな廊下に俺の足音が響く。


前方のドアから隣のクラスのヤツらがぞろぞろと出てくるのが見えた。

面倒な一日をやり遂げたって感じの顔だ。


「あれ? 拓海?」


「おはよ」


知り合いに声をかけられたがそれどころじゃない。

俺はそいつに適当な返事を投げ、教室へと飛び込んだ。


「おはようってなんだよ!まさか、今きたのか?」


後ろから微かに聞こえる声はシカトした。


「セーフ!」


全員の視線が一気に後方のドアに集中した。誰もが呆然と俺を見て微動だにしなかった。

チラッと俺を見た担任は不審者でも見るような怪訝な顔。


「えっ? 関根くん、なにしにきたの」


感じからして担任のこの言葉は嫌味でもなんでもないってのはわかった。

本気で俺が何をしに学校に来たのか理解できていないようだった。


「寝坊しましたすいません。てか、俺は気にしないでホームルーム続けていいっすよ。みんな早く帰りたいんじゃないかな」


「おバカ。欠席扱いだからね」


淡々と話す口調からは怒りすら感じなかった。心底呆れた。そんな感情が見え隠れする声。


「普通ここまで寝坊したら来ねぇだろ。頭のネジどっか飛んでんじゃねぇのか」


デリカシーのない三神(みかみ)の大声が合図となり、クラス中がざわつく。

調子に乗ったヤツらが俺をおちょくり始めたのだ。


「黙れよ。気安く話しかけんな」


俺は三神が嫌いだ。たいして親しくもないのにヤツはだれかれ構わずに突っかかり、気に触ることを平気で言う。たぶん頭がイカれてるんだろうな。

そのくせ、ヤンキー連中には媚びを売るスネ夫みたいなヤツだった。


三神と睨み合いつつ席についた瞬間、学校はこの日の予定を全てこなしクラスのヤツらは晴れて解散となった。何人かの生徒が席を立ち、俺の隣でもいそいそと帰り支度をしているヤツがひとり。


「おはよ」


カバンに何やら詰め込んでいた手が止まった。ゆっくりと俺を捉える瞳は相変わらずフチが真っ黒。

今野は若干の戸惑いを見せ、俺を無言で見るだけだった。


「おはよう」


何も言わない今野に再び朝の挨拶を精一杯の笑顔と共に言ってやった。


「お、おはよ?」


疑問符混じりのイントネーションで眉をしかめる今野。

動きは完全に止まり、席についているのは俺たちだけ。


「終わっちゃったね。……学校」


遠慮がちに今野は言う。彼女から話を振られるなんて思ってなかったから少しびっくり。


「あぁ。終わっちゃったな。席について十秒で終わったわ」


ふっと彼女の表情が緩んだ気がした。ギリギリまで感情を抑えた笑顔。

それでもなんだか無性に嬉しかった。


「おう拓海。音楽室行こうぜ」


いい感じだったのに。突然放たれたデリカシーの欠片もない声に今野の身体がびくつき、会話は途絶えてしまった。ヘラヘラとなにも考えていないような顔で正文が突っ立っている。


「なんだよ」


思わず睨みつける俺に少しばかり構える正文。意味がわからないといった顔。

なにも知らない修二がさらに合流して、俺の予定は台無しになった。

今野は再び表情を強張らせて手早く荷物をまとめていた。

ガタッと椅子を鳴らして立ち上がった彼女は、ぎこちない笑顔で「じゃあ」とだけ漏らすと、出口へとくるっと身体を反転させた。


「またね!今野さん」


背中で受けた正文の言葉に一瞬すくんだ肩。カバンのベルトをぎゅっと握りながら笑顔なのかよくわからない微妙な表情で今野はかすかに振り向いた。


「またね」


ひと言そう言い残して教室をあとにする今野を、俺は呆然と見送った。


「おい。俺、見ちゃったんだ」


今野を見送った正文の言葉に、俺の心臓が一度だけ暴れた。


「な、何を見たんだよ」


平静を装う俺の頭には、昨日の出来事が鮮明に浮かんでいた。こいつ、公園の話をしてるのか?

品のない刑事気取りの嫌な目つきで俺を見る正文。あからさまな好奇が瞳のなかで爛々に光っている。

だが、ヤツの口から出たのは全く別のことだった。


「さっき、今野がお前に話を振ってた。自分から話しかけてんの初めて見た」


そっちか。


俺は安堵すると共に、二人にあることを話そうと決心を固めた。


「ちょっと場所変えようか」


とりあえず続きは屋上で。二人もなんとなく察したようで、俺の言葉に素直に頷いた。



「じゃあアレか。昨日先輩が来て、今野がお前を呼びに来た。で、そこから少しずつ今野から話してくるようになった」


「そう。最初はバンドやってるの? ってな具合に」


「興味があるのかな?」


修二の問いには首をかしげておいた。俺にもよくわからない。

まぁ、興味がなければ聞かない気もするけど。それよりも気になるのは別のこと。修二に聞いてみた。


「お前がアイツと話さないのはなんでだ?」


「近寄りがたいから。……かな」


やっぱりだ。クラスの連中にもそう思っているヤツはいるはず。

険しい顔で正文がいう。


「でもよ、最初の頃は今野に話を振るヤツ何人かいたぞ。

だけどさ、会話が続かねぇんだ。それで次第に誰も話しかけなくなった。

会話が成立しないから、みんな見限っちまったんだよ」


見限るか。嫌な響きだ。

今現在、あの教室で今野と会話をするのは俺と正文だけだ。

それ以外で、今野の声を聞くことは全くと言っていいほどなかった。

そんな現状でいいわけがない。

だって、今野はたぶん人を避けてなんていないから。


「なぁ正文。今野と会話していて気づかないか?」


「んっ? なにが?」


何もわかっていないといった顔。

正文の場合、気分で行動しているから他人の様子には鈍感なのかもしれないな。


「あいつ、会話しながら何かにびびってる。喋りたくないんじゃなくて、言葉が出てこないんじゃないのかな」


それはずっと感じていたことだった。

影を落としたコンクリートの上に座り込んだ俺たちの間を風が吹き抜けた。

汗をかいた身体に一瞬、心地のいい空気がぶつかる。

襟元を広げ、そいつを首元に感じながら正文がいう。


「人見知りってことか」


「そう。ハナっから会話したくないなら、もっとこう返答も冷たい感じだと思うんだ。

ただ、今野の場合は違うんだよな。言葉が出てこないみたいに固まって表情が強張る」


「彼女は必死に何か言おうと考えてる?」


ポツリと漏らした修二に目をやり、俺はうなずいてみせた。

直射日光の注ぐ屋上で、気付けば汗まみれになっていた。不思議と暑さは感じない。


「寂しくないのかな」


わからないといった顔で修二が首をかしげた。

俺にもそれはわからない。

友達がいないってどんな感じなのだろうか。

ざわつく教室に孤独でいるってどんな気持ちなのかな。


「確かにな。俺にも実際に今野がどう思ってんのかはわかんねぇ。

俺は拓海みたいに、今野の違和感に気付いてやれなかったから尚更な。拓海みたいに具体的に会話したこともないし。

なんで拓海には話しかけるんだよ!お前、モテモテじゃん!」


次第にヒートアップした正文は、俺を指差してわめき散らしていた。そんなこと言われても困るよな。

だいたい、俺は別にモテモテじゃない。

きっと今野が話を振ったのだって理由があるはずだ。

ただ、その理由はわからなかった。


「なぁ、お前は自分がウザがられてると思う?」


正文はいつになく真剣だった。似合わない表情。


「どうなんだろうな。でもいいさ。あいつひとりに嫌われたって俺には友達がいる。

でも、あいつにはクラスで話せる人間がいない。本当はみんなみたいに仲良くやっていきたいのかもしれないのにさ。

俺が嫌われるのと、本当は友達が欲しいのに孤立したままの今野と辛いのはどっちだろうな。

ハッキリ迷惑だってわかるまでは、このままでいいと思う」


「お前どうしちまったんだよ」


正文は大袈裟なリアクションで俺の額に手のひらを押し当てた。

自分でも思うよ。暑さにやられちまったんじゃねぇのって。


「熱はないみたいだな。まぁ、俺ももう少し会話ってやつをしてみようかな。

お前だけ今野と仲良くなるなんて許せねぇ」


ニッと口の端をつり上げた正文は、もういつもの調子だった。


「アイツ結構美人だと思うんだよね。

いいじゃんクール系女子高生」


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