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ユニオンジャック  作者: velvet punk
第2章 それぞれの過去
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6/21

無口な隣人

翌日も朝から太陽が照りつける猛暑日だった。

チャリを漕ぐってだけで、額からは大量の汗が吹き出す。


教室に着くまでにペットボトルの中身半分を消費した俺は、エアコンが効いているわけでもない蒸し暑い教室で、さらにペットボトルの中身を流し込んだ。


「おはよ。どうだったグレッチ」


席に着くなり正文が声をかけてきた。

こうも暑いと、ヤツの茶色い坊主頭がやけに涼しげに見える。

左耳に下がるピアが、ヤツが動く度に、耳の下でチャラチャラと揺れていた。

飾り気のない、糸みたいに細く編まれたステンのワイヤーを穴に通すだけの簡単なやつ。


なぜだかこの学校の校則はゆるゆる。頭を染めようが、ピアスを開けようが、とりわけ問題にはならない不思議。

口では取れって言うけど、なんだか放任主義なんだ。


さすがに、たまにある服装チェックの時は外すし、髪だって黒くするけどな。

それだって、教師たちはタスクをこなすようにやってるだけなんだけどさ。染めてるヤツは、後日再び再検。ただ、その場しのぎの黒染めスプレーでOKなんだから笑える。


そんな貴重な環境に俺が順応しないハズがない。

最初は一個だったピアスも、気づけば一学期で片手を超えた。

また増えてる。ピアスが増える度、誰かしらにかけられた言葉も、五個を超えたあたりでなくなった。

俺は、耳元で揺れる正文のピアスを眺めながらいった。


「むりむり。買えねぇよ」


「そっか」


自分から話を振ったわりに、正文はたいした興味もなさそうだった。

ヤツは窓の向こうに目を向け、照りつける太陽を眺めている。


「あと数日乗り切れば夏休みだな」


頭の中は、翌週に迫った夏休みでいっぱいみたい。


「ちょっと関根くん」


正文との会話が途切れる隙を狙って、同じクラスの今野千鶴(こんの ちづる)が俺に声をかけてきた。

ミディアムショートの黒髪に目元をがっつりアイラインで武装した特徴的な見た目。

その風貌は金髪のギャル軍団が占めるうちのクラスでは少し浮いていた。


とはいってもこのクラスは圧倒的に男子が多いんだけど。

俺たちのクラス農業高校《緑地計画科》には女子が六人しかいない。

逆に足袋を履いて植木の剪定なんてモノ好きが六人いるのも驚きだが。

今野とは挨拶くらいは交わしていたし、たまに話しかけたりもしていた。

ただ、こうして向こうから話し掛けてきたのは初めてだった。

そもそも俺は入学以来、ヤツが誰かと親しげに話しているのを見た記憶がない。


「ん? どうした?」


「先輩が呼んでるよ」


言われて廊下に目をやれば、ニヤニヤしながら伸治先輩が立っていた。手ぇ振ってるし。

まるで教室まで彼女を迎えに来たのぼせた彼氏みたいだ。


「ありがとうな」


今野に礼を言い、先輩の元へと急いだ。もう五分もしないうちに、朝のホームルームが始まる。

何か急用だろうか。


「グレッチどうだった?」


開口一番に先輩はそう言った。それを聞くためだけに、わざわざ来たのだろうか。

遥か向こう、教室に向かって歩く担任が見える。遠目でわかる何か言いたげな顔。

生徒たちは教室へと消え、廊下に残るのは俺と先輩だけだった。


「やっぱダメだって言われました。貯金して数ヵ月後。売れちゃったら最悪、諦めるしかないっすよ」


「そっか。わかった! じゃあな」


嵐のように過ぎていった伸治先輩の背中を呆然と見送る。本当にグレッチのことだけを聞きに来たんだ。

放課後でもよかったような……。

せめて次の休み時間とかさ。彼の行動は、時々わからない。


「ほら。ホームルーム始めるよ」


気づけば隣に立っていた担任に背中を叩かれ、俺は自分の席に戻った。

先月の席替えで手に入れた念願の窓際最後尾であくびを一つ。

朝のこの時間は、太陽の角度的にも直射日光は当たらず、心地の良い風だけが入り込んでくる。


遠くに担任の声を聞きながら、俺は眠気に逆らわずにウトウトやっていた。

かろうじて開く視界に時折感じる視線。机に突っ伏したまま、うっすらと目をあけて視線の方へ目をやった。


一瞬だったが隣のヤツと目が合った気がした。俺の隣は今野だ。

気のせいかな? 今野とは特別親しくもないし。

てか、友達以下かもしれない。

席替えでこの席になってひと月たつが、今野が俺に興味を示したことなんて一度もない。


「バンドやってるの?」


それはまさに、どうしようもない眠気にいよいよホームルームとおさらばしようかと、目を閉じた瞬間だった。馴染みのない少しハスキーな女の子の声。


「えっ?」


不意打ちに眠気も飛び再び視線を隣に向ける。

間違いなく、黒いアイラインで囲われた目は真っ直ぐに俺を見ていた。


「へっ? あぁ。はい」


我ながら素晴らしいキョドりっぷり。まさか今野から話を振られるとは思っていなかった。

いつも一方的に俺が話しかけ、ヤツは微妙な返事を二言三言返すだけ。


まわりから言わせれば、俺が今野に話を振ること自体、変わってるらしい。

誰が話しかけても会話は続かず、みんな次第に今野から離れていく。

今現在、クラスで今野に話しかけるのは、俺と正文くらいだった。

修二はちょっと今野にびびってるんだ。


なんたって今野は、黒髪ショートにガッツリのアイライン。

加えて指には女子高生には不釣り合いのごついシルバー。

普通、女子高生の指輪ってイニシャルとかが裏に彫ってある小さなやつだろ。

今野のは、ぶっといリングにトライバルがエングレービングされた重厚なやつだった。

そして、両耳に点在するピアスは、どれもいかついボディピアス。

ギャル共が絶対にチョイスしないような、無骨なステンのやつ。

そんな風貌で無口とか、どこかぶっ飛んでで警戒しちゃうよな。

しかも、修二はいかつい女が苦手なんだ。こわいんだってさ。

ただ、今野にはそいつがよく似合っていた。


「それは俺に言ってるのか?」


また間抜けなことを口にしてしまった。


「うん」


そんな俺の質問に、彼女は少し困っているようだった。

変な違和感を感じさせる表情で、微かに首を縦に振るだけだ。よくわからないヤツ。


「バンドやってるよ。ほら、正文と修二っているだろ? あいつら」


俺が指差した方向に今野の視線が流れる。


「わかるよ。指差さなくったって」


微かに開いた口から発せられたその声は、教室に充満する夏の空気とは裏腹にやけに冷たい。

怒りと悲しみを混ぜたような声だ。

今野の表情は少しばかりムッとしているようだった。


「えっ。怒ってんの?」


「怒ってない」


表情がさらに険しくなった。鋭い眼光が容赦なく俺を捉えてピクリともしない。

眼力に負けて最初に目をそらしたのは俺だった。睨み殺されるかと思った。

修二がびびるのも無理はない。


しばらく沈黙が続いた。

多分俺が何か言わなかったらここで会話は終了して、再び昨日までの他人同然の関係に戻ってしまう気がした。

いや、振り出しどころかマイナスか。なんたって俺は今野を怒らせたんだから。

原因はイマイチわからないけど。


別に何もフォローしなければそれまでの関係に戻るだけの話。

どうだっていいじゃないか。

頭ではそう思っても、やっぱり怒らせたままでは気分が悪い。

俺は今野について、いろいろと考えた。


何を言っても会話は続かない。楽しいのかつまらないのか、それすらもわからなかった。

話 しかけられるのをウザがってるのではないか。そんなことも考えた。


しかし、今日は向こうから話を振ってきたんだ。初めてな。

さっきの流れからして、今野が俺との会話を避けてるんじゃないってのは半分確信。

じゃあ、なんでいつもあの態度なんだ?

様々な疑問が湧いては消えた。

全く人と話さないって辛くないのだろうか?

余計なお世話と言われたらそれまでだが、俺は今野がどういう気持ちで話を振ってきたのかが妙に気になった。


「関根くん!」


担任の声が教室に響いたのは、俺が答えを模索してあれこれ頭を巡らせているときだった。

クラス中の視線が俺へと集中する。


「えっ、俺?」


「そうだよ。難しい顔してぼーっとしてどうしたの。私の話聞いてた?」


全員が俺の次の動向を面白半分に期待しているのが

わかった。もちろん俺は担任の話なんて聞いてない。


「そ、そりゃあね。バッチリですよ。完璧」


「そっか」


なんなんだよ……。俺から教卓に落とされた担任の視線に安堵したのもつかの間。

担任は再び顔を上げてさらに言葉を続けた。


「じゃあ、なんて言ったかもう一回よろしく。今日は午後からなんだっけ?」


午後!


……午後?


「おい、午後からなんなんだ?」


とっさに話しかけたのは今野。しかし、彼女はろくに口も動かさないで聞いてなかったと小声で言うだけ。


「こら! 今野さんに聞かない!」


クラスの誰もが、隠さずにあからさまな好奇の目で俺を見ていた。なんかムカつく。


「ご、午後からPTA!

PTAのなんかやるんでしょ?」


適当にそれっぽい事を言ってみたが、違うってのはすぐにわかった。

周囲のヤツらが、笑い交りに俺をおちょくり始めたからな。


「バカ! PTAなんかやりません!

午後からB棟に床のワックス業者が入るから立ち入らないようにって話をしたんだよ。足跡つけたら関根くんにやり直してもらうからね」


「床のワックス? そんなん聞かれてもわかるわけないじゃん!」


「クイズやってるんじゃないんだから。おバカ!」


ずっとオヤジが担任だった俺は、若い先生に怒られるのに不思議な感覚を覚えた。

なんだか先生に叱られたって感じがしないのだ。姉ちゃんが怒ってるなぁみたいな感覚。

聞いた話だと、まだ二十代半ば。俺と十くらいしか離れていない。

その若さで高校教師になり、こうやってクラスをまとめてるんだから偉いよな。

何様だって話だが、俺に注意する担任を見ながら、俺はただただ関心していた。偉いなぁって。

十年後、俺はきっとこうなってはいない。


「すいませんでした」


突然の謝罪に、担任は面食らったように俺を凝視した。人が素直に謝ってるのに失礼なヤツ。

何かを疑るように一瞬眉をしかめ、担任は「次からちゃんと聞いてるんだよ」なんて小さく言ったきり話を切り上げてしまった。


多分、若いから他の生徒になめられてるんだろう。

ふざけた返答を予想してたところでの俺の謝罪に、どうしたらいいかわからなくなったんだ。

なんとなくそう思った。










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