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ユニオンジャック  作者: velvet punk
第1章 非公式サークル
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非公式サークル

「よしっ開けるぞ?」


先陣をきった正文が二枚目のドアにしゃがみこみ、俺達に振り返る。俺は無言で頷いた。

生唾を飲み込み正文の喉が上下に動く。ゆっくりとした動作。顔は真剣そのもの。

まるで爆弾処理の現場みたい。少しでも気を抜いたら、ドカン!


「なんか用?」


ヤツがいよいよドアノブに手をかけたのと、後方からの声はほぼ同時だった。

まさかの不意打ちに動けずにいる俺達。恐る恐る振り返った視線の先には、しゃがみこむ俺達を見下ろすように人が立っていた。


金に近い無造作な茶髪。緩くウェーブした前髪の隙間から瞳だけはしっかりと俺たちを捉えていた。耳にぶら下がる極太のピアスが印象的。彼はどう見ても勉学に勤しむ優等生には見えない。

学年ごとに変わる上履きの色で、彼が三年生だってのはわかった。


そうこうしている間にも、扉の向こうからはさっきよりハッキリとした楽器の音。慌てるでもなく、怒るでもなく、だからといって笑いかけるでもない突っ立ったままの先輩。


どうしよう……。


言葉を交わさなくとも、俺たち三人が同じことを考えているのがわかった。

ただ硬直するだけの俺たち。先輩も相変わらず微動だにしなかった。

そのまま無言で数十秒が経過した。


「一年だよな?どうした?」


沈黙を破ったのは先輩だった。リアクションからして、敵意はなさそう。でも無表情。まるで感情が読めなかった。


「ギターの音が聞こえたから気になって。すいません。俺達、バンド組んでるんです」


「ギター? 俺のヤツ誰か弾いてんのかな」


言い方からして、どうやら聴こえてくるギターの持ち主はこの人なんだろう。話が通じるかも。少し安堵する俺。

そして、そいつを裏付けるように、さっきの修二の言葉に先輩は初めて笑顔を見せた。


「バンドやってるんだ?」


緊張の糸が切れた俺達もつられて笑う。


「屋上行くか。 俺達が何をしてるのか教えてやるよ」


なんでわざわざ屋上なんだ。そんな疑問が湧いてはきたが、しっかりと修二の肩に腕を回した先輩は、半ば強制的に修二を廊下へと連れ出した。

この頃には、実は屋上に仲間がいてカツアゲされたらどうしようと、心は再び不安に支配されていた。


連れられた先は階段だった。下から見上げる乱雑した踊り場は、過去の物であろう年季の入った運動会の看板で窓が塞がれていた。そのせいでやたらと暗く、なんだか異世界の入り口みたいだ。


そこにある机や椅子、様々な物がひと昔前の作りだった。まるでこの場所だけ時が止まったような感じ。それはなんだか不思議な感覚でもあり、不気味だとも思った。


蒸し暑さに不安な心も合間って階段を昇る足は重い。未だ肩を組まれたままの修二に至っては、なんとも言いがたい表情で引きずられるように歩いていた。何度か修二を置いて逃走しようかとも考えた。


「よし。着いた」


半分物置と化した踊り場を、壊れた机やら機材やらを掻き分け突き進む。白いワイシャツはあっというまに黒くなり、手も埃でベタベタ。

なんでこんな目に。好奇心が招いた現状に若干の後悔を抱えつつ、奥にある階段を再び昇るとそこに扉はあった。


曇りガラスから漏れる日光。壊れかけたドアノブは施錠されておらず、いとも簡単に開いてしまった。

薄汚れたドアを押し開けると、心地の良い夏の風が流れ込んできた。

蒸し暑い空間に溜まったホコリまみれの空気が外気と混ざり、息苦しさがいくらか軽減した気がする。俺は外の空気を肺いっぱいに吸い込んだ。


「まぁ座れ」


屋上のど真ん中に座り込んだ先輩に促され、俺達も地べたへと腰を下ろす。夏の青空には真っ白な入道雲がまるでCGのようにくっきりと浮かんでいた。

夏の空ってなんかいいよな。その場にいた全員が、アホみたいなポカ口で空を見上げていた。それは思わず目を細めてしまう眩しさ。


「あっちぃな」


先輩は左手に持っていたペットボトルを開け、一息で三分の一を飲み干した。


「あそこに来た一年はお前らが初めてだ。よく気がついたな。放課後の二階なんて用ないだろ」


そう。二階は第一音楽室と茶道室、視聴覚室に製図室と、一年生の授業では馴染みのない教室ばかり。それが放課後のことなら尚更だ。


追試で視聴覚室を使ったこと。たまたま 音楽室側のトイレに立ち寄り、音を聞いたこと。修二はそれを大まかに説明した。


「なるほどな。お前が勉強できないってのはよくわかった」


ひひっと小馬鹿にしたように笑いマジマジと修二を見て先輩は言う。


「この中では一番まともそうなのにな。ギャップ萌えってヤツですか」


それは違う気がした。修二のバカさ加減に萌える人間なんていやしない。


「あの活動は部活としてやってるんですか?」


ようやく本題を切り出したのは正文だった。先輩はチラッと正文を見て、首を横に振る。


「昔は第一音楽室を合唱部、第二音楽室を吹奏楽部が使ってたんだけどな。

部員不足で合唱部が廃部になってからは、ずっと空いてたんだよ第一の方はな。だから俺らが利用してるの。学校は非公認だから部費は出ないし部活じゃない。機材は全部自分達で揃えたんだ」


少し得意げな先輩。俺は素直に、なんだか楽しそうだと思った。同じ趣味を共有した仲間とつるむ場所があるっていいよな。俺にはこの先輩が、とんでもなく自由を謳歌しているようで羨ましかった。

それは二人も一緒のようで、先輩を見る目が明らかに変わっていた。俺を含め、数分前までとんでもないヤツだと思ってたから。

あんな汚い場所に引っ張ってきたんだから当然だろ?

とりあえず先輩の株は急上昇したわけなんだけど、同時に俺にはいくつかの疑問もあった。


「いくら自分達で揃えたって言っても、よく音楽室を貸してくれましたね。アンプを使う以上電気代だってかかるわけだし」


「あっ。鋭い」


俺を指差した先輩は面白そうに笑う。ペットボトルの中身を更に一口飲み、彼は再び口を開いた。


「軽音部を作りたいって学校側に意見書を出したのが去年。そんな遊びみたいな部活認められないって門前払いだった。まぁこんなナリしてるし、溜まり場になるのがオチだって」


先輩は自分を指差してまた笑った。よく笑う先輩だ。この頃にはすっかり警戒心も解け、いつしか俺たちは先輩の話に真剣に耳を傾けていた。


「でもな、校長だけは部活動にするのは難しいけど、音楽室と電源の使用は認めるって言ってくれたんだ。何事にも真剣に取り組むのは良いことだってな。あれは部活動には登録されてない非公式のサークル活動」


校長で浮かぶのは、長話でうんざりさせられた思い出だけ。


夏の風に乗って、野球部の声が屋上にまで届く。さっきよりも熱のこもった声援。フェンス越しにグラウンドを見下ろした。


他校との練習試合らしく、二つのユニフォームが確認できた。隣のプールでは水泳部がクロールのタイムを測っていた。時折聞こえるホイッスルの音。


「あんまフェンス寄りに立つなよ。教師に見つかる。屋上は立ち入り禁止なんだ」


先輩の声に慌ててフェンスから距離をとった。やれやれといった表情の先輩は、地べたに大の字に寝そべり無表情で空を眺めていた。


「もう夏だなぁ。俺は夏が一番好きだ。この場所でこうやって空を見上げるとさ、視界には空しかないんだ」


「はぁ……」


返事に困る。確かに景色はいいかもしれないけど、直射日光がモロに地面を熱し熱気がハンパなかった。彼はなんで平気なのだろうか。


「先輩はよく屋上に来るんですか?」


「あっ? そうねぇ。夏はちょくちょく来るよ。俺はここで焼いてんの」


「はっ? ここで身体を焼いてるってことですか?」


「うん。ここは俺の日サロだから」


言いながらワイシャツのボタンに手をかけた先輩は、あっというまに全てのボタンを外しそれを脱ぎ捨てた。

裸の上半身は確かに小麦色。ただ、薄い胸板とぺたんこの腹が貧相。


「こうやって寝転がってさ」


本人はそれを気にする様子もなく、再び地べたに寝転がった。すごく得意げな顔。

言っても日光に熱せられたコンクリートの上だ。それは両面焼きのグリルみたいなもん。なんで熱くないのかが不思議でたまらない。


「わざわざ覗きに来たって事は興味があるんだろ? ちょっと顔出すか?」


寝そべりながら視線だけを俺に向け先輩はいう。呆気に取られて忘れていた。そういえばサークルがどうって話をしていたんだ。

そいつを思い出した俺は、ますます先輩がやっている行為の意味がわからなかった。サークルの時間を使ってこの人は何をしてるんだろう。他のメンバーは怒らないのだろうか。

俺に変わって疑問をぶつけたのは修二だった。


「お願いします。だけど、先輩は遊んでて怒られないんですか?」


「いいんだよ。ぼーっと身体を焼いてるわけじゃないから。俺はここで作詞してんの。

作詞しながら日焼けすれば時間が有効活用できんだろ」


「暑くて頭まわらなそう」


「俺はまわるんだよ。人のことより自分の脳みそ心配しろ。赤点ばっかだと留年すんぞ? 」


俺たちがわいわい盛り上がっている間も、定期的にホイッスルの音が聞こえる。

ギリギリ見つからないであろう位置から頭だけを出し、俺は下を確認した。キラキラと乱反射する水面を、しぶきを上げて数人の人間が泳いでいた。


大人は彼らみたいな生徒を頑張っているって褒めるんだろうな。教師にしても、自分を磨いて記録を出し、ストイックに頑張る生徒は誇りだろう。

アイツらとこの先輩は何が違うんだろう。そんな疑問が浮かんだ。


楽器だって練習しなければ上手くはならないし、努力は必要。現に俺も何度かギターを挫折しかけたしな。部活って生徒が自分を突き詰めて結果を出す過程が重要なのではないだろうか。

大会優勝に向けて努力を重ねる中で何かを見出すことが大事なんじゃないのかな。


ーー遊びみたいな部活は認められないって


さっきの言葉が妙にひっかかった。

ギターの腕を磨くよりも、水泳でいいタイム出した方が偉いのか?

俺はそうは思わない。


「そろそろ戻るか。お前らも来いよ」


ワイシャツを羽織った先輩は、チラッとグラウンドに目を向けてドアをくぐった。何も言いはしなかった。ただ、感情の読めない瞳が下の連中を捉えていたのは確か。


「そういや名前言ってなかったな。俺は矢代伸治やしろ しんじ三年だ」


ガラクタだらけの踊り場をすり抜けながら先輩はいう。時たま壊れた机やら椅子にぶつかりながら。

その度に”ガチャン”だの”ガガッ”だの豪快な音が鳴るが、俺は教師に見つかるんじゃないかと気が気ではなかった。

邪魔ならばどかせばいいじゃないかと正文が提案すると、先輩は道を作ると誰かが出入りしているのがばれると首を横に振った。


話をしながらだと道のりはあっという間。俺たちは残りのメンバーにも挨拶をすべく音楽室のドアをくぐる。しかし、すでにみんな帰ってしまったらしく残っているのは二人だけだった。

俺たちに背を向けるかたちでちょこんと座り、なにやら雑談している女子高生二人。


「ただいま!」


伸二先輩の声で、二人の女子高生が振り返った。一人はロングウルフの黒髪がよく似合う整った顔立ち。小柄な身体に、傍のベースがやたらとデカく感じたのが印象的だった。


「誰?」


小首をかしげたのはもう片方。座っていてもわかる長い脚。スカートの丈は膝上ギリギリで抑え気味。

どこか真面目な雰囲気の漂うロングの黒髪は、修二に負けないくらいの天使の輪。


「新メンバー。こいつらバンドやってるんだって」


先輩の言葉に反応し、二人の女子高生はあからさまに眼をギラつかせた。舐めるように俺たち三人を観察し、小さい方が笑顔で口を開いた。


「そんな緊張しなくてもいいよ。アタシは吉井麻理子よしい まりこ。伸治と同じクラスなんだ」


ニッと笑った顔は子供みたい。綺麗系ではないけれど、独特の可愛さがある笑顔。


「サークルの説明してやって」


伸二先輩の言葉に彼女は素直に頷く。当の本人はパイプ椅子にドカッと座り、ポケットから携帯を取り出しこっちには無関心だ。


「アタシと伸治を入れてもメンバーは四人。その四人でバンド組んでるわけだから、このサークルは私達のバンドだけで構成されてる。

ちなみにこの娘はメンバーじゃないんだけど、生徒会長だから敵に回したら厄介だよ」


「厄介ってなにそれ!ひどーい」


麻里子先輩の発言にすかさず反応した会長は、真面目な見た目とは裏腹なテンションで甲高い声を発した。

目の前でじゃれ合う二人を見ていて俺は思った。


非公認ながらこのサークルって、とんでもない鉄壁なんじゃないのかなって。

認可したのは校長で、入り浸っているのは生徒会長。

漫画やドラマなんかでは、こういった非公認組織を潰そうと生徒会が躍起になったりするもんだ。

二人を見る限り、その心配はなさそう。逆に、仲良しすぎるだろってテンションで、会長は執拗に麻里子先輩に絡んでいる。


「おい。あの会長美人だよな。なっ?」


先輩たちの視線の裏で、俺の身体を肘で小突き正文が小さく耳打ちする。コイツはいつだって女を前にすると、まず可愛いかどうか。

で、いちいち俺に同意を求めてくる。下品だし意味のない行為。

俺の同意なんて必要ないだろ。


ちなみに言うと、俺も会長は美人だと思う。

黒縁メガネ越しに大きな瞳。飾り気のない薄化粧は、なんだか二十代の少し落ち着いた女性って雰囲気。

ミスなんとかに選ばれるような、正統派美人だった。

挙動のおかしい正文に気づいたのか、会長はヤツに視線を流してニコッと笑った。


「どうかした?」


「どうもしませんっ!」


緊張しているのか、ふいに話しかけられたからなのかはわからないが、正文の返事は悲鳴混じり。気をつけの姿勢でピンと伸びた姿勢。


「おもしろい子だね」


会長が隣の麻里子先輩に笑いかけるも、彼女がそれに同意することはなかった。

怪訝な表情で正文を見る先輩は、温度のない声で言った。


「いつもそのテンションなの?」


「まさか。会長が美人だから緊張しちゃって」


ヘラヘラと笑いながら放つ発言は、気持ちいいくらいにストレートだった。正文には恥じらいもなければなにもない。


「付き合ってやれよ」


会長の視線が携帯をいじくる伸治先輩に向けられた。声の主は携帯から顔を上げ、にやにやと笑っていた。とりあえず人を煽るあたり、なんだか正文と通じるものを感じる。


「冗談やめてよ。キミって女の子に片っ端から綺麗とか言ってるクチでしょう? チャラいなぁ」


「いやいや。会ちょ……、愛子先輩だから。

だってほら!麻里子先輩には言ってねぇし」


「ちょっ! どうゆう意味よ」


地雷を踏んだな。きっとみんながそう思った。

しかし、迷いなく踏み込んだ地雷が爆破してなお、粉塵の中の正文はヘラヘラと突っ立ったまま。

もしかしたら、そいつを踏んだことにも気付いてないのかもしれない。


「申し訳ないけど俺、美人さんがタイプなんで。

麻里子先輩は、どっちかっつーと可愛い系かなぁ。いや、本当に申し訳ない」


「なんでアタシが振られたみたいになってんの? なんかムカつくわ」


フッと声を漏らしたのは修二だった。咳で誤魔化しているけど確実に笑った。

幸いにも俺の陰に隠れていたので、麻里子先輩から表情は見えない。そして、笑ったのもバレていない。

ただ、会長だけは感づいたみたいで、ニヤッとたくらむような笑顔で修二を見ていた。


「もういいじゃん。平和にいこうぜ、平和にさ」


話をややこしくしたのは自分なのによく言う。伸治先輩は再び携帯に視線を落とし、人差し指で画面を叩きまくっていた。


くそっ! 間違った! だぁっ!


一人でやたらとうるさい。指の腹でポコポコとガラスを叩く音が間抜けに響いた。


《GAME OVER》


しばらく眺めていると、無駄にいい声がスマホから聞こえた。


「あーあ。くそゲーだ、くそゲー」


誰に言うでもなく吠える先輩。たぶん独り言。

呆れたように見つめていた麻里子先輩は、スマホから再び発せられた《READY? GO!》の掛け声に合わせるように、表情をキッと引き締めた。


「伸治はもう放っとこ。説明するから聞いて。

まずこのサークルの活動だけど、練習だけじゃないよ。文化祭のライブのプロデュース。これが一番大事な仕事。

機材の手配から、ステージの設営。参加バンドの管理だってするから、文化祭シーズンは忙しいよ。

この時期だけは、練習場所として参加バンドにこの教室を貸し出すから少し賑やかになるかな」


ここで一旦話を切った麻里子先輩は、俺たちに順に視線を送る。


「だったらなんで文化祭に参加する他のバンドはサークルに参加しないんですか?」


頼りなさげに手を上げ修二はいった。意見のある人は手を上げて。小学校時代の教えを忠実に守る十六歳。討論番組の連中にも見習ってほしいよな。


「大体の人は、普段バンド活動はしてないの。文化祭が近づくと楽器のできる人が集まって、即席の文化祭バンドを結成するわけ」


「でも、そういうのって普通は他の委員会とかが担当じゃないんですか? なんで先輩達が手配してるんですか?」


「キミ詳しいね」


修二の言葉に先輩は少しばかり関心したようだった。ヤツは勉強が苦手なくせに、やたらと学校の運営には詳しい。理由はわからないけど。


「このサークルを立ち上げるまではこの学校で文化祭にライブなんて出し物はなかったの。やっぱり機材の手配とかバンドメンバーの募集とか色々あるじゃない?

演劇やダンスなんかのもともと部活動として存在する物は、やっぱりそういった業者とのコネもあるし、機材だっていくらかは部内で持ってるからね。

だからアタシたちが実行委員に話をつけて、スケジュールにライブを入れてもらったってわけ。

代わりに準備や手配はよろしくねって感じで、うちに仕事が回ってきたんだよね」


なんとなく話の筋は見えてきた。会長がいる意味も。俺は聞いてみた。


「なるほどね。会長がいるのもそれと関係ある?」


「まぁね。私たち生徒会も文化祭には関わってくるから。でも、今日はアレだよ。七月の活動報告をもらいにね」


バイプ椅子に置かれた紙切れをぴらっと掲げて見せた会長は、ニコッと笑っていう。


「部活じゃないけど、学校の組織に属している以上はね。それにさ、ちゃんと報告書をまとめてれば部活動として認めてくれるかも」


まるでそれを期待するかのような言い方。

俺はそこまで肩入れする会長が不思議だった。単に仲のいい麻里子先輩のため? 少し違う気がする。

ただ、それを本人に聞くことはできなかった。事情ってヤツがあるんだろう。

俺にはそこまで詮索する気も、興味もなかった。


「お前たち帰る時はきちんと施錠してな」


ふいに入口付近から声がした。ドアに背中を向けるかたちで座っていた俺が振り向くと、そこには何回か見かけたことのある名前も知らない教師が立っていた。

誰も楽器を触っていないし、伸治先輩に至っては携帯ゲームの最中。それでも無関心て顔。良くも悪くもサラリーマンなんだろうな。

わざわざ面倒ごとに首を突っ込む熱血教師なんて、そうそういない。


「はい。じゃあアタシ、バイトがあるから帰るね」


教師の声を合図にベースを担ぎそそくさと部屋を出ていった麻里子先輩の背中を見送った。時刻は既に午後三時を過ぎていた。夏の太陽は相変わらずの陽射しを地上に落とし、まだまだ沈む気配はない。


「そうそう。お前、俺のギター弾いたんだから仕舞えよな」


頭の後ろで手を組み、パイプ椅子に全身を預けながら伸治先輩はいう。相手は会長だった。

あのギターが会長だったってことに、まず驚き。

ますますこの生徒会長がわからない。いったい何者?

それは二人も同じだったようで、俺たちは三人して会長の反応を伺っていた。


「伸治はもう弾かないの? てか、今日はまだギターに触ってすらいないじゃない」


そういえば俺はこの人がギターを弾く姿をまだ見ていない。そもそも携帯しかいじくっていないじゃないか。


「先輩。ギター聴かせてくださいよ」


俺には視線も合わせずに彼は言う。


「嫌だよ。めんどくせぇ」


面倒臭い! とことんやる気のない先輩。


「大丈夫なの? このサークル」


小声で耳打ちする修二には、わからないと返した。

俺も思うよ。大丈夫なのか?

終始ニコニコ顔を維持し続けていた会長も、さすがに呆れたみたい。シラっとした視線は伸治先輩を捉え、ギターの方へと流れていった。


「もう。一名やる気無しって報告書に付け足しちゃうから」


「あぁ。今日は指が痛いんだ」


「スマホ叩きすぎなんじゃないの?」


「そうね多分それだわ。あぁ。あとさ、お前らタバコって吸う?」


ついでにみたいな感じで振られた言葉に、俺たちは首をひねった。タバコ?

なんの脈絡もない質問。先輩がなにを言いたいのかが、これっぽっちもわからない。

しばらく考え、俺たちが首を横に振ると先輩は少し安堵したように表情を緩めた。

少し声のトーンを落とし彼は言う。


「吸わないならいいんだ。だけどもし、これから吸うような事があれば学校では絶対に吸うな」


やっぱりなにを言いたいのかイマイチわからない。一呼吸おき彼は再び口を開く。


「このサークルはほとんど校長の独断でなんとか認められている。最初にこの話が出た時には、教師の中には溜まり場になるのがオチだって反対意見もあったらしい。

まぁ、いざサークルを立ち上げた今になったらドラマみたいにわざわざ潰そうなんて動く人間はいないけどな。

さっきの先生見たろ? みんなあんな感じでスルーしてくれる。でも、腹の底ではなに考えてるかわからないよな。

もしもメンバーの誰かが面倒ごとを起こして停学処分にでもなったらどうなる」


そいつは簡単な話。きっと反対した教師たちの中で燻っていた感情が燃え上がるのに時間はかからない。

ほらみろ。音楽室でたむろして好き放題やってるに決まってる。

脳内で見るビジョンはやけにリアル。いや、実際こうなるだろう。


「このサークルに飛び火する」


「そう。現状、半分は溜まり場みたいなもんだし誰かが問題を起こせば懸念材料のひとつであるこのサークルは解散だろうな。

そいつは避けなくちゃ。

なにより、あの時俺たちを信頼してくれた校長を裏切るわけにはいかない」


口には出さなかったけど、この瞬間、俺はサークル加入を決めた。

やる気のないように見えても、この先輩たちは本気だ。そう感じた。

正直な話、ただの溜まり場ならば断ろうと思っていた。


「タバコは吸ってないです」


「そっか」


修二の返答に安堵したような笑みを見せ、先輩は視線を会長へと向けた。ギター片手に突っ立っていた先輩は、そいつをケースにしまいながら伸治先輩に視線を合わせる。


「だってさ。健全なメンバーが増えたから部活にしろ。予算回してくれよ会長」


「私だってそうしてあげたいけどさ。出来る限りのことはやってるよ。ただ、先生たちが軽音を遊びの延長だと思っちゃってるから……」


会長の言葉に、伸治先輩はあからさまにふてくされていた。子供みたいに感情を顔いっぱいに出し、不機嫌な態度で椅子に身を沈めて黙りこくってしまったのだ。


「まただんまり?」


それは馴染みの光景らしく、会長は気にする素振りも見せずに俺たちに顔を向けた。


「伸治ってすぐふてくされちゃうから。まぁ、気にしないで放っとけばいいよ。じゃあ生徒会室に戻るから」


ニコッと笑い音楽室を出ようとする会長。ふてくされた先輩と残るなんて御免だった。


「待った! 俺たちも今日は帰ります。ほら! 伸治先輩も行きましょう?」


必死な俺を見ながら会長が満足そうに笑う。なんか嫌な予感がした。


「そうそう。そうやって伸治のお世話よろしくね」












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