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ユニオンジャック  作者: velvet punk
第1章 非公式サークル
2/21

門出

キミは自分の高校時代がどんなだったか覚えてるかな。

それは思い出したくもない悲惨なものだったかもしれないし、仕事に挫ける度に戻りたいと願う青春を絵に描いたような日々だったかもしれない。


幸運なことに俺は後者。この三年間は忘れられない記憶となり、俺の頭に刻み込まれた。

きっと爺さんになっても俺はあの日々を思い出しては頬をゆるませ、そして、時に涙するだろう。


勉強はおろそかだった。これから先も立派な企業には就職できないと思う。ただ、あの日々は決して金で買えないってことも俺は知っている。

そう思うと低賃金で働く現状だって、いくらかマシだって思えるんだ。

ビルゲイツだって過去に戻る術なんて持ってやしない。



「入学おめでとう。これからの三年間を充実したものにしてください」


静まり返った体育館。校長は言葉を切り壇上から俺たち生徒を見渡した。校長の延々と続いた話がようやく終わりを迎えた瞬間だ。


晴れてこの王寺(おおじ)農業高校に入学した俺は、他の入学生と共にボーッと壇上の校長を眺めていた。

校長は、スラッとした長身に白髪が混じったオールバックの髪。刻まれたシワは彫刻みたいで、そいつが日本人離れした印影を顔に刻んでいた。なんかこう、ダンディズムってやつを具現化したような風貌だ。


多分家ではガウン羽織ってワインなんか飲んでるクチだろう。煖炉と大きな老犬も忘れちゃいけない。

この年のワインは出来がいい。よく分からないうんちく並べて目を細めるんだ。

ギリギリまで落とした照明に、煖炉の灯りがチラつく洋間でさ。


そんなくだらない妄想ばかりが浮かび、俺はそれを暇つぶしにしてた。ようやく校長が締めの一言に到達したのは、壇上に姿を見せて二十分弱はたった頃。

とりあえず無駄な話が多いんだ。まず、本校の歴史なんてどうだっていい。

もうすぐ創立百年! いったい誰がそんなのを喜ぶって言うんだ。くだらない。


四月にしては肌寒い朝。俺は寒さに耐えながら、ひたすら二十分を耐え抜いた。確か今朝の天気予報で、気温がひと月くらい戻るとかいってたっけ。

まぁ、教師たちも鬼じゃないし体育館の端に二基、航空機のエンジンみたいなでかいヒーターが唸ってはいたが、広い体育館を温めるには役不足だった。

ただ、ヒーターの真ん前に突っ立つデブだけは顔を赤くして辛そうにしていた。

そいつを見ていると、寒い方がマシだって思えるんだから笑っちゃうよな。


寒さと長話に耐え、やっと俺たち新入生が各々の教室へと戻ったのは十時半過ぎだった。教室まで俺たちを先導した担任は、プリントを忘れたとかですぐに教室を後にする。他人だらけの教室で、俺たちはさっそく進行役を失ったのだ。


普段だったらここで大騒ぎの一つや二つ始まるのだが、俺たちは今日まともに顔を合わせたヤツらばかり。互いに探るような微妙な空気が教室を支配する。


それでも会話は聞こえるわけなんだけど、俺もどっちかというと話しかけちゃうタイプ。

友達作りも最初が肝心てことで、俺はさっそく隣のヤツに話しかけてみた。そいつは少しおとなしそうなチビだった。


「どこ中? おれは王寺中だったんだ」


「そうなんだ。僕は王寺北中・・・」


せっかく話しかけてるのに、ヤツは視線を泳がせ一言二言で会話は終了してしまった。

キャッチボールが上手くいかないんだ。返事が返ってこないもんだから、なんだかこっちまで気まずくなってしまう。

無口でもさ、まだ笑顔とか見せてくれれば「あぁ、口ベタなんだな」とか思えるんだけど、隣のチビは迷惑そうに眉をゆがめていた。話す気が失せた俺は、なにげに周囲を見回した。


《あいうえお》順で並んだ安易な席順。俺の名前、関根拓海(せきね たくみ)は教室のど真ん中だった。ふと窓際に目をやれば暖かそうな陽射しが、これでもかってくらいに机を照らしている。


そして、中学校からの友達でもある井上修二(いのうえ しゅうじ)が、その陽射しを背中一杯に受け、気持ち良さそうに眠っていた。ヤツの猫毛は日光に照らされ、うっすら茶色の乗った天然の髪をいっそう強調していた。


「暇だなぁ。今日は何時に帰れるのかな」


隣のヤツがチラッと俺を見た。別に会話をしたいわけじゃなかった。まぁ、暇つぶしだ。

俺はニッと笑いかけて携帯をヤツに向けた。


「見てくれよ。ついにスマホにしたんだ」


「すごいね」


ヤツは微妙な返答と顔で視線を泳がせ、ついには机に突っ伏し寝ようとしていた。喋りかけないでくれってオーラが全開。

初日から嫌な気分にさせるのも悪いから、俺は再び携帯に目を落として、今度こそヤツのことは放っておいた。暇だからゲームでもしようかな。

高校入学と同時に手に入れたスマホは、俺のいいおもちゃだ。既に電話の域を越えてるよ。

だってさ、ゲームがいくらでも入るんだぜ。しかも無料で。


「いいよなぁ。窓際」


俺が夢中で携帯をいじくり回していると、間延びした呑気な声がどこからか聞こえた。その声につられて視線を上げると、前の席に座る坊主頭がニコニコしながら俺を見ている。

切れ長の目は笑っているからだろうか。それよりも気になったのは眉毛なんだけどな。ヤツの眉は歌舞伎役者みたいなへの字で、キレイに型どられていた。


「あ、あぁ」


数テンポ送れての返事は、自分でも微妙だったなって思った。だっていきなりだったんだ。

さらには、俺の注意は眉毛にばかり行ってしまい、返事のタイミングを逃したんだからしょうがない。

坊主頭は完全に身体を反転させ、俺の机に両肘をついていた。


「あそこで寝てるヤツ友達? 朝一緒に来てたっしょ」


坊主頭の指さす先には修二。俺はそうだと言った。


「中学校からの同級生。窓際いいよな。ど真ん中ってのは落ち着かないよ」


「あぁ。確かに。高校でも席替えってあるのかな」


坊主頭の素朴な疑問に俺は首をかしげる。俺たちはまだ、高校って所がどういった場所なのか全く想像がつかないのだ。


今だって携帯の電子音がそこら中から聞こえ、ガムをクチャクチャやっている奴だっている。

中学で携帯なんていじっていたら取り上げられるし、菓子なんて廊下に包みが落ちていただけで教師達は大騒ぎだ。


そんな些細な違いだけでも、随分と自由を手に入れた気がする。

そんな高校にも、席替えなんて小学校から続くガキの頃からの恒例イベントはあるのだろうか。


きっとあるんだろうな。てか、なきゃ困る。

とりあえずこの席は寒かった。

俺は寒がりなんだ。 携帯を握る手が冷たいのは、感覚でわかる。

俺は多分末端冷え性ってやつ。


「ずっと真ん中なんて耐えらんねぇよ。冬は寒いし、夏は暑いし。てか名前は?」


俺が名前を聞くと、ヤツは満面の笑みで口を開いた。


須藤正文すどう まさふみ。正文でいいよ」


細い眉ばかりに目がいってしまったが、よくよく見ると耳たぶには透明の樹脂ピアス。なんか猿みたいな顔だなとか思ったが、さすがに言えなかった。

友好的な笑顔を浮かべ、一目でわかる不自然な黒染めの髪をシャカシャカとかきながら、ヤツは俺の自己紹介を待っているようだった。


「正文か……。俺は拓海。関根拓海」


「そっか。よろしく。なぁ、番号交換しない?」


ゲーム画面のまま机に放置された俺の携帯を指差し正文は言う。ポケットから自分の携帯を取り出し、俺の返事を待っていた。

もちろん断る理由なんてないし、何より奴とはなんだか気が合いそうな予感がした。


「あぁ。いいよ」


俺は自分の電話番号を表示して、そいつを正文に手渡した。俺はまだ自分の電話番号をスラスラと言えない。

俺と自分の、二つの携帯を交互に見ながらヤツは番号の入力を始めた。


「よしっ。LINEも入ってるはず」


言われるままにLINEを起動してみた。確かにあった友達一号のLINEネームはマッサンだった。ヤツのあだ名かな。猿のアイコンを選ぶあたり、自分のことをよくわかってらっしゃる。

そして、そうこうしている間に戻ってきた担任は、プリントを配りながらようやく静かにするように俺たちを促した。


「はい!静かに」


よく通る声。そういえば担任がどんな人か話してなかったな。オヤジだと思ってた?

残念。俺たちの担任は、二十代だと思われるまだ若い女。妙にハキハキした喋り方で、俺は第一印象から少し苦手。


「じゃあ自己紹介してもらおうかな」


担任の言葉で少しだけ張り詰めた空気。予想はしていたけど、やっぱり緊張はしてしまう。

改まって大勢の前で喋るのってなんか苦手なんだよな。


そして、正文のあだ名はやっぱりマッサンだった。自己紹介でマッサンと呼んでくれとか自分で言っていたくらいに筋金入りのマッサン。ただ、俺がヤツをマッサンと呼ぶことは卒業までなかった。

理由はない。俺には正文の方がしっくりきたってだけ。


こうして半日の日程を終え帰り支度をしていると、修二がのこのこと近づいてきた。思えば朝ぶりの会話。ヤツの髪は少女漫画のイケメンみたいなサラサラヘアーで、髪が蛍光灯に照らされてツヤツヤと光っている。

童顔だから笑うとガキみたいなんだけど、顔立ちは悪くないと思うんだ。ただ、残念なのが身長と脳みそだった。早い話がバカなチビ。

中学時代はクラスの女子から弟みたいだと言われ、いまだに彼女はゼロだった。


一応はモテモテって言っていいのかな。やたら女子が寄っては来るんだけど、どいつも修二を男としては見てなかった。不憫なヤツ。

まだ寝呆けているのだろうか。のんびりとした気のない声で修二は俺に笑いかけた。


「帰ろうぜ。楽器屋付き合ってよ」


「楽器屋? なにか楽器でもやってんの?」


修二の言葉に俺よりも早く反応したのは正文だった。


「えっ?」


見ず知らずの奴にいきなり声を掛けられたら驚くよな。

「誰?」と言わんばかりの視線。


「正文だよ。お前の席を狙う俺の仲間」


「はっ?」


意味が分からないと言った表情。再度正文へと向けられた視線は、少しばかりの警戒心が混じっていたように思う。


「いや、窓際の席いいなって話してただけだよ」


当たり障りのない笑顔だった。修二も幾分警戒心が解けたのか、表情から力が抜けるのがわかった。


「楽器屋行くんだろ? 俺もいい?」


懐に飛び込むのが上手いやつ。なんたって校門を出る頃には、昔からつるんでいたかのように三人でバカな話に華を咲かせていたんだから。

俺たちはじゃれ合いながら、朝きた道を倍近い時間をかけて歩いた。


三人で向かった駅前は新品の制服に身を包んだ高校生で溢れていた。通りざまに見た改札の向こう、ホームへと続く階段は高校生だらけ。毎日列車で登校なんて、俺には考えられない。

そういう俺もバス通学なんだけど、電車よりはよっぽどいい。近所の停留所で待ってりゃ、勝手に運んでくれるんだ。

贅沢言っちゃえば学校の前にビタ付けして欲しいくらい。しかし、残念なことに最寄りの停留所は駅前ロータリーだった。


三人で《シェゾンアーケード》の西口ゲートをくぐった。駅構内に併設された入口をくぐると、百メートル近い直線通路。その左右にテナントが軒を連ね、どん詰まりにスーパーが店をかまえる小さな商業施設だ。

いよいよ始まった高校デビューをどう飾ろうか。そんなオーラが満開のギャル予備軍がたむろするアクセサリーショップを横目に、俺達は楽器屋《音教堂》へと歩を進める。

修二の買い物が終わるまで、俺は正文と共に壁一面にかけられたギターを眺めながら時間を潰した。


「修二ってバンドやってんの?」


ベースの弦を手にする修二を遠巻きに見ながら、正文はいった。


「いや。趣味でやってるだけ。バンド組みたいけどな」


「お前も楽器やってるの?」


「ギター。つっても、アンプとか教本がフルセットの初心者ギター使ってるんだけどな。あっ。これカッコいいな」


正文と話す俺の視界に、一本の黒いギター。無数のギターが壁に掛けられる中、そいつはギタースタンドに置かれていた。

とっさに手を伸ばした俺は、値札を見て思わず手を引っ込めた。


《値下げしました!》


派手なポップの下に書かれていた価格は、今日高校生になったばかりのガキをびびらせるには申し分ない価格。


グレッチ


デュオジェット


230000円


いち、じゅう、ひゃく・・・。


俺の場合、一万の位を超えてくるとケツから上がってった方が早いんだ。


「グレッチかぁ。試奏させてもらえば?」


俺は躊躇した。二十三万のギターを試奏なんてそんな。壊したりぶつけたりしたら洒落にならない。


「こわい。二十三万だよ?」


「何がこわいんだよ。二十三万くらいで怯むな」


グレッチをガッと掴み、近くの店員につきだす正文。片手一本でネックを握っている為、俺はどこかにボディをぶつけやしないかとヒヤヒヤだった。

そもそもこれって、絶対に勝手に触ったらいけないやつだ。直感だがそう思った。てか普通はそうだ。

どういうつもりでスタンドに立てといたのから知らないが、無神経に掴んじゃう奴だっているってこと。そして、それが正文だったのだ。


「すいません。これ試奏していいっすか?」


「どうぞ。あそこのアンプ使っていいよ。それから今度からはギター持ってくる前に、スタッフに声かけてね」


ほら怒られた……。


当の本人は全く気にした様子はなく、早速チューニングを始める。テキパキとセッティングを済ませると、正文は徐にギターをスタンドへ立て掛けた。その様子を見る限り、ヤツがギター初心者とは思えない。

そんな俺たちの様子を、遠目でスタッフがちらちらと見ていた。真新しい高校の制服に身を包んだガキにヴィンテージギターを触らせるのは不安なのだろう。

そりゃそうだ。

俺が店員でも見ちゃうよ。正文も俺も、ポンと二十数万円を支払えるような坊ちゃんには見えないからな。壊されたらたまらない。


このグレッチは俺たちがおもちゃにするには少し高すぎ。買えもしないギターを弾いてなんになる。しかも、チラチラ見てくる店員までいるわけだし。

特別ギターの腕に自信があるわけでもない俺は、そいつを店員に見られるのも嫌だった。憂鬱。


「ほら、早く早く!」


急かす正文に軽い殺意を覚えつつ、仕方なくグレッチに手を伸ばした俺は、ストラップを肩にかけ適当にコードを鳴らした。

無難なコード進行の曲を頭から。やっぱり気のない顔でこっちをチラ見している店員。自分の演奏が彼にどう思われているのか、それが妙に気になった。

ただ、正文がご機嫌で鼻唄を合わせてくれたのが救い。ギターを手にして数年だったが、見ず知らずの他人に演奏を聴かせたのはこれが初めて。


ぶっちゃけ俺には、愛用の入門ギターとどっちがいいかなんてわからなかった。バンドも組んだことないし、個々の機体から音を聞き分けるなんて無理な芸当だとすら思ってる。

何より今日初めて触ったギターだ。ネックの握り心地も、弦を弾くピックの感触も、なにもかもがしっくりこない。

それでも、音を出した時から心のどこかで俺は、コイツに惹かれていた。それは単にビジュアルなのかもしれない。見た目に惚れて二十三万はさすがに無理。第一そんな金は持っていない。


「どうだ?」


正文の言葉に俺は首をかしげた。


「どうだろうな」


はっきりと違いがわからないとは言わなかった。


入門ギターと二十三万のグレッチが一緒のわけがない。ただ、違いがわからないなんて言うのは、なんだかしゃくだ。


ギターをスタンドに置き、さっきのスタッフに声をかける。再び定位置に戻されるグレッチを再度見つめた。

今の俺には宝の持ち腐れだ。そして金もない。俺には手の届かない代物。

現実的に考えて、諦めるしか選択肢はなかった。

ただ、去り際に店員が放った一言に、俺は少しばかり調子に乗った。


「キミは弾き方が丁寧だね」


ぶっちゃけ意味はわからなかったけど、褒められたんだってことはなんとなくわかった。

何故かオマケだとピックを一枚くれた店員に礼を言い、俺たちは再び店内を物色した。その間も、俺の頭の中ではさっきの店員の言葉とグレッチがぐるぐるまわっていた。



修二の買い物も終わり、俺たちが向かったのは駅前のマックだった。牛丼屋に比べてコストパフォーマンスは落ちるが、今日の気分はジャンクフード。

俺がマックで頼むのは大抵テリヤキバーガーのセット。その日も、メニューすら見ずに俺はテリヤキバーガーをオーダーした。


「またテリヤキバーガーかよ」


呆れ顔の修二が、ダブルチーズバーガーのトレーを手にして俺にいった。ヤツはバーガー制覇を狙うとかで、行くたびにオーダーを変えているんだ。

ちなみに今は二周目。変わったヤツだよな。

大半を学生が占めた店内は、がやがやと賑やかで昼休みの教室のよう。窓際に席を取った俺たちの話題は、自然と音楽のことだった。


「修二がベースでギターが拓海だろ。バンド組もうってならなかった?」


「なったよ。でも、ドラムが見つからなかった」


俺の言葉に「あぁ」と、小さく唸った正文。Lサイズのファンタを一口飲み、ヤツはいう。


「中学生だと金もないしなかなかドラムは叩けないからな。スタジオ代だってバカにならないし。俺の学校もそうだったよ。

楽器と言ったら大半がギターかベース。そう考えると、俺は恵まれてた。親父が昔使ってたドラムセットがあったからな。もうさ、大人気だったんだぜ、俺 。いろんなバンドから引っ張りだこ」


「はっ?」


突然間の抜けた声を上げたのは修二だった。


「それってドラム叩けるってこと?」


「あれ。言ってなかったっけ」


とぼけた奴だ。ヘラヘラと笑いながら、目ではガラスの向こうの女子高生を追っている。


「でもさ、あとボーカルが揃えばバンド組めるな。俺たち」


本気なのか冗談なのかわからない顔で正文はいう。


「マジでさ。一回合わせてみない? バンド結成して高校生活をモテモテで終わらせよう」


どうらや本気らしい。根元はどうやら女の子にモテモテってところみたいだか、そんなのはどうでもいいこと。

目の前にドラムを叩けるヤツがいて、そいつにバンドを誘われてるんだ。断る理由なんてなかった。


お互いの曲の好みも知らない中でのバンド結成だった。



その場の勢いで組んだバンドだったが、俺たち三人は結構マジでバンド活動にのめり込んでいった。いつしかボーカルは俺に定着し、ギターボーカルなんて器用なマネをこなす日々。

最初はギター弾きながら歌うとか、そんな器用なマネができるかと不安だったが、案外なんとかなるもんだ。

なにより、生音で合わせるセッションが、こんなに楽しいものだとは思わなかった。


しかし、とりあえずバンドを組んだものの、俺達に練習場所はなかった。

ドラムセットのある正文の家は、田んぼの真ん中にある一軒家。近所のことを気にしないで音を鳴らせる環境なんだけど、不幸なことにヤツの姉貴が大学のセンター試験に失敗したんだって。

ピリピリムードで浪人を決めた姉貴にとって、弟の打ち鳴らすドラムは騒音でしかないってこと。

軽音部でもあれば全て解決。学校で思いきり練習できるのにな。

残念ながら、そんなしゃれた部活は俺達の高校にはない。結局はスタジオしかなく、スーパーでのバイトの給料は大体スタジオ代に消えた。


特定のバンドをコピーするでもなく、オリジナルを作るでもなく、ただ好きな曲を演奏するだけ。遊びの延長。

ただ、それも最初だけ。活動を続ければ当然もっと高みを目指したくなるものだ。俺たちも例外ではなく、すでに気持ちは遊びの域を超えていた。


「夏を目処に初ライブをしよう」


そいつが三人の合言葉。

フライング切って、今のノリで出演するよりも、各々が腕を磨いてオーディエンスを圧巻するような華々しいデビューを飾ろう。それは俺たち共通の目標だった。


一人きままにギターを鳴らしていた時とは、何かが違う。CDに合わせ、正確に弾ければそれで満足だった演奏では物足りない。

それこそ、入門ギターでは満足できなくなっていた。まぁ、その大部分は見た目ってのが占めているんだけど。

やはりステージに立つことを考えると、ヘッドに無名の刻印が刻まれた安いストラトキャスターよりも、それなりに名の知れたブランドの方が格好がつくってもんだ。

わかるだろ? 俺はあの日見たグレッチが忘れられなかった。


そんな俺達のバンド活動に転機が訪れたのは、七月も中盤に差し掛かった夏休み直前だった。

俺の知らぬまに宣言された梅雨明けを象徴するかのような、よく晴れた日だ。


この時期になると期末テストも終わり、毎日が半日授業だった。夏休みまでの暇潰しのような日々。高校ってパラダイスじゃんてな具合で、俺達は完全に浮かれきっていた。

あっ。修二は省いといてくれ。

話したと思うけど、ヤツは少しばかり頭が弱い。今だって赤点の追試真っ最中。

確か数学と英語、国語がダメだったはず。

俺たちの高校は頭が悪いで有名だ。最初の中間テストはびっくりしたよ。中学時代、赤点ギリギリが常だった俺の答案は、バカみたいに丸ばかりだったんだから。


はっきり言ってしまうと、高校に入学してからの数ヶ月は、中学時代の予習にも満たないカスみたいに簡単な授業だったんだ。

農業高校ってこともあり、普通高校ではやらないような特殊な授業に力を入れてたってのもあるけどな。

そいつを落とす修二は筋金入りだ。脳みそ腐ってんじゃないのかなって本気で思うよ。


バカの代償は放課後の居残り勉強。暇人の俺達は、バイトのない日は修二を待ち、放課後の学校に居座るのが日課になっていた。

部活の連中のために店を開いている購買からパンを買い、みんなが帰った教室でパンを頬張りつつ時間を潰すのだ。


時刻はもうすぐ午後一時になろうとしてる。グラウンドから聞こえる、なにを言っているのかわらない野球部の掛け声以外は何も聞こえない静かな教室。

そんな校舎に足音が響いたのは、いよいよ暇で二人してふて寝を始めた頃だった。ガキが走るみたいにバタバタとした走り方。よほど急いでるのだろう。


「おいっ!お前ら!」


開け放たれたスライドドアから顔を覗かせたのは、修二だった。肩で息をしているのに、表情はハツラツとした笑顔。


「なんだよその顔。走ることに喜びを見いだしたか? 陸上部いけ」


茶化す正文を無視して、ヤツは興奮気味に口を開いた。


「追試の帰りに音楽室から音がした!」


意味がわからなかった。音楽室なんだから音がするのは当たり前。修二はなんで興奮しているのだろう。やっぱ頭が足りないのかもしれない。


「ベートーヴェンがピアノでも弾いてたか?」


本気で取り合わない正文は、修二をからかいヘラヘラ笑っていた。


「どうだった? やっぱベートーヴェンてピアノ上手いのか?」


乗っかる俺。そいつにイラついたのか、修二の言葉は少しばかり荒々しい。


「違うよバカ!」


すぐ怒る修二を面白がり、正文がちょっかい出すのはいつものこと。そして、あまりいじり過ぎるとキレるのも知っている。ふいに真面目な顔をした正文は、チラッと廊下に目をやった。


「音楽室から音ってなんだよ。吹奏楽部が練習してんだろ。別にどうでもいいし」


退屈そうに正文が言う。自分の興味以外のことには、とことん関心のないヤツ。

ただ、修二だけは興奮が抑えられない様子であたふたしていた。妙にソワソワして今にも教室を飛び出しそうな勢い。


「違う。エレキギターだった。誰かが音楽室でギターを鳴らしてる」


シュウジの興奮は、瞬間で俺達にも伝染した。


「マジか!早く言えって」


ガタンと机を鳴らして立ち上がった俺たちは、乱雑した椅子をそのままに教室を飛び出した。

気がつけば、俺達三人は全力で廊下を駆けていた。


競うように三人で廊下を駆けた。ただでさえ蒸し暑い廊下は、放課後ってこともあり窓だって完全施錠。まるでサウナだ。

上履きを鳴らしながらカーブを曲がり、階段は二段飛ばしで駆け降りた。校舎内をこんなに全力で走ったのは小学校の鬼ごっこ以来。

音楽室は二階の突き当たりにあった。廊下にまで聴こえるくぐもったギターの音。誰かがギターを弾いている。それは確かだった。


「マジで聞こえるな」


汗だくの顔で俺たちに目を向けた正文は、ドアノブに手をかけ固まった。一回握ったノブから手を離し小声でいう。


「どうする。開けるのか?」


俺も修二も、うんとは言えなかった。

勢いでここまで来たが、冷静に考えれば先輩の可能性が極めて高い。

俺達にはまだ、知り合いでもない先輩に気軽に声をかける勇気はない。まして、音楽室に乗り込むなんて考えられなかった。

不良が勝手に音楽室を占拠してる可能性だって無いわけじゃないだろうしな。

そうこうしてる間にベースとドラムが加わり、完全なるバンドサウンドに発展した音。好奇心に負けた俺達は、こっそり覗いてみるで話がまとまった。


「いいか? 隙間開けるから覗くぞ。音は立てるなよ」


正文の手に力がこもり、スローモーションで回るドアノブ。軋んだ扉の先に見えた景色。それは扉だった。


「二重扉かよ・・・」


絶望にまみれた修二の声。普段使っている第二音楽室は扉一枚なのにな。壁の劣化もドアの感じも、普段使っている第二よりも年期がある。

きっと先に建設されたんだ。で、こっちの方が古い分防音性能に乏しいのだろう。当てずっぽうだけど、多分そうだ。

二畳ほどの何もない空間に足を踏み入れた俺たちの緊張はMAXだった。ここで鉢合わせたら逃げられない。


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