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悪なるミタマ  作者: 九尾
第二幕 ウォルター編
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帰宅の道のり

 満月の夜。

 阿久はアルラとかえでを連れて、やはり細い路地裏を歩いていた。

 失禁して汚してしまったかえでの服は捨てた。代わり、かえでより一回り大きな阿久のコートを、覆うようにかえでに着せている。下は現在何も履いていない状態だが、仕方ない。少しの間だけは、待っていてもらいたい。

 時刻は、おおよそ一九時といったところだが、如何せん、この日は多くの店が休業日だ。

 ここ帝都では、満月の夜、外に出てはならないという暗黙の了解がある。

 それはなにも、子供だけに限らない。大人も老人も例外なく、だ。

 この国だけの異例の習慣だと思ったが、どうも違う。これは世界共通の了解(ルール)らしい。

 満月には人が出歩かないのだから、つまり客が来ないのだから、店を開いても仕方ない。

 そういうわけで、満月の夜には街の明かりすらもがほぼ皆無なのである。

 だから阿久は、コンビニを見かけた時に、アルラにかえでを任せて、一人コンビニの前に立つ。

 一発、ガラスでできた自動ドアに蹴りをブチ込んだ。

 ガシャンとガラスが割れ、床に落ちてはまた、大きな音を立てる。


「ちょっと阿久!」


 かえでが何か言っていたが、無視。

 これほど大きな音と大声が、静かな夜に響いたのだ。近隣住民に聞えないハズもあるまい。しかし、近隣住民が様子を見に来ることは無いだろう。彼らは、満月の夜には基本的に外へ出ない。例え悲鳴が聞えようが、誰かから助けを呼ばれようが、家に入れることもないし、ましてや助けるために外へ出ることもない。


 ――数十年前。

 満月の夜、帝都月区画にて。どういうわけかは知らないが、『誰か』助けを求めた者がいた。心優しき家族が家に招き、食事を与え、寝床を与えた。そして翌日。

 家族は、皆殺しにされた。

 その『誰か』の死体はなかったことから、『誰か』が犯人であることとなった。

 この事件は近隣住民の聞いた話声や事件の状況を統合した結果であり、噂の域をでることはない。しかしその何者かをかくまったという家族、それを皆殺しにした何者かの存在というのは確かに実在する。警察によって事件の全貌が明らかになることはなかったが、家族の死に様は、それは残酷なものであったという。

 これが、満月の夜には頻発した時期があった。

 その犠牲者の総数は、三〇人を超える。

 ――俗に『満月連続惨殺事件』と呼ばれる事件である。

 以降、特に帝都の月区画では、満月の夜の人の警戒ぶりは並みではなくなった。

 満月の夜を出歩いてはならないというのは昔からの教えではあったが、この時ほどそれが顕著になったことはない。

 また国のほうからも、満月の夜は出歩くなという法律を定めようとしたほどであるのだから、よほどの物好きか狂人、社会の規定からはみ出た者でなければ、外へは出ないのだ。

 もう数十年も昔の話だ。なのに、未だにその話は語り継がれている。

 それはきっと、今も犯人が捕まっていないこと、そして、夜な夜な行方不明者が多くいることも、関係していることだろう。


 阿久は、蹴り破ったガラスの先を突き進み、コンビニの中へと侵入していった。

 まずは関係者以外立ち入り禁止と書かれた事務室の扉を蹴りで無理やりこじ開け、監視カメラの録画機器を破壊する。

 そこからようやく、阿久の万引きが始まる。

 欲しいものは女性用の下着。サイズが三つほどあったので、とりあえず全部。ついでにシャツなども確保しておこうかと思ったが、コンビニでは品ぞろえが悪い。かえでのぶんの三つだけ確保。これだけ荷物が増えると、両手で持つのは億劫なので、レジの近くにあるビニール袋を拝借し、そこに突っ込んだ。

 本当はこれで帰宅してもよかったが、せっかく人がいないのだ。どうせなら他の物も拝借しておこうと、阿久は更に三つのビニール袋を拝借して、パンやおにぎり、お菓子に缶詰、適当な食品を片っ端から詰めていった。

 これだけあれば、数日は腹いっぱい食えるだろう。今は阿久とアルラだけでなく、かえでもいるのだから、食品が多いに越したことは無い。

 砕けたガラスを通って、阿久はコンビニから出る。

 するとかえでが駆け寄ってきて、今すぐそれをコンビニに戻せという。


「せっかく盗って来たんだ。返す意味が分からんな」


 そういって、下着の入った袋をかえでに差し出した。

 なにこれ、と問うかえでに「下着だ」と答える。


「お前、唯一持ってた下着を汚しただろ。明日も下着なしで生活するつもりか」


「それは……」


「別に俺は構わんぞ。お前がノーパンだろうがなんだろうが。ただな、俺はお前の我がままのために女性用下着を買うのはごめんだ」


 うっと、一歩引いたかえでは、アルラを見る。

 アルラは「なにかしら」といった様子でかえでを見た。どうやら、二人の会話などまるで聞いていなかったらしい。


「アルラさん。明日、あたしのパンツ買ってきてくれる?」


「わたし、昼は出歩けないわよ」


「え?」


「だって、吸血鬼だもの」


「……ああ」


 納得したような、落胆したような声と態度で、かえでは自嘲気味に笑った。

 明日の夜にでも買いに行きたいところだったが、かえでには自由に使えるお金がない。

 さて、どうしよう。


「諦めてこれを履け。コンビニのトイレで着替えればいい」


 耳元では、悪魔が囁いていた。



 結局、阿久から万引きした下着を受け取り、着替えてきたかえでは、それでも他の食品を置いていけとうるさかった。

 無視してアルラと共に歩く阿久だったが、あまりにうるさい。


「消しゴムを万引きした少年も、銀行強盗を行った男も、元の所は同じだろう」


 そう言ったら、


「全然違うわよ!」


 猛反対された。

 何が全然違うのか、阿久にはいまいちわからない。


「程度の差こそあれ、どちらも性根の腐った犯罪者だろう。違うか?」


「……それは、そうだけど」


「だったら一つの物を盗もうが、百を盗もうが同じだ」


 一つの下着を盗った少女と、多くの食品を盗った男はなにも変わらないと、彼は言う。


「でも、そういうことじゃなくて!」


「だいたいな、既にガラスを割ったんだ。ガラス割られて盗られたのが下着一枚だと、店側も愉快犯の仕業かと思って、納得しないだろう。しかし食品もなくなっていれば、泥棒の仕業だと一発でわかる」


「そんな問題でもないでしょ」


「ならどういう問題だ」


 どういう問題なのか。そう聞かれても、道徳の問題として、としかかえでは答えられない。

 しかし道徳の問題が云々と言ったところで、眼前のこの男には通用しないのは目に見えている。そもそも道徳とは何だとか、道徳を守る必要性がどこにあるのかと聞かれてしまったら、説得できるだけの語彙も、知識も、かえでにはない。


「でも、防犯カメラとかがあったら……」


 負け惜しみ程度にかえでは言った。


「ああ、安心しろ。入った時に壊しておいた。指紋も残していない。目撃者もいない以上、俺を特定するのは不可能だ」


 本当に、悪魔のような男だった。


        ☆


 満月の夜。悪夢の夜。

 のそりと、何者かが起き上がる。

 周囲を見渡す。状況を確認する。そして、理解する。

 自分の身に、何が起きたのか。自分の身が、どうなったのか。

 彼は理解する。

 満月の夜、出歩いてはならないという、その本当の意味を。


 ――彼女の悪夢は、これから始まるのだろう。


        ☆


 その日は、阿久とかえでが同じ布団で眠った。

 阿久は枕と毛布があればいいといったのだが、かえでが断固として譲らなかった。

 もともと二人が眠れるような大きな敷布団と掛布団だったため、阿久は仕方なくかえでと同じ布団で寝ることにした。

 目覚めは、悪くはなかった。


「おはよう」


 夜通し本を読んでいたのだろう。本から目を逸らさないまま、アルラが、目を覚ました阿久に挨拶をする。


「ああ」


 起き上がった阿久は、となりで寝息を立てるかえでを見た。

 気持ちよさげに睡眠をとる彼女には、これから悲惨な現実を突きつけられるなどとは微塵も察していない、無垢なものだった。


「出かけるの?」


 服を着た阿久を見て、アルラが問う。


「そうだ」


「ご飯の調達?」


「いや。氷川に、昨日の話をしなけりゃいけないからな」


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